エリックの最後
スティーグは跪いているアーゼル王に手を差し伸べた。
「立てよ。いつまでも王様が膝ついてちゃ、締まらないぜ?」
その言葉と態度は、先ほどまでの、気品に満ち溢れ、場を圧倒する気配を放っていた人間と、同一人物とは思えないほど軽かった。
アーゼル王は苦笑すると、スティーグの手に摑まり、状態を起こす。
「とは言っても、何もなかった事にはさせないぜ?」
「・・・解っている」
アーゼル王はエリックを見つめた。
エリックは話についていけずに、口を開けたまま呆けていた。
「ち、父上、何故、そんな男に膝を、は、早く殺すようにご指示を」
「・・・エリックよ」
アーゼル王は深い悔恨の面影を写し、エリックを見つめた。
リセリアはそんなアーゼル王を辛そうに見つめていた。
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数時間前。
リセリアはエリックが騎士団を引き連れて城外へ移動したことをアーゼル王に伝えた。
「・・・そうか」
アーゼル王は深く深く嘆息する。
「そうか」
アーゼル王はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「お父様。ハッキリと申し上げますが、あの愚兄は王族に名を連ねる事すら許されない愚か者です。人を見下す事ばかり一人前で、自分一人では何も成し得ないにも関わらず、自分は有能、いいえ、全能だと勘違いしている道化です。これまではお許しになっていたようですが、今回の件は度が過ぎています。断固とした処罰をお願いいたします」
「・・・リセリアよ。近う」
リセリアは父に呼ばれるままに近づいた。
アーゼル王はそっとリセリアの頬に触れる。
「美しくなったなリセリア。母と見まがうほどに美しくなった」
「わたくしなど、お母様の美しさの前では霞んでしまいます」
「エリックの母、エリザンナも美しかった。余がもっとあれに愛情を示していれば、エリックはあんな性格にはならなかったものを」
「・・・お父様」
アーゼル王は確かにリリーナを深く愛していたが、決してエリザンナを蔑ろにしていた訳ではない。
さすがに娘の前では言えないが、蜜月も過ごしていた。子供がエリックしか生まれなかったのは不幸な偶然に過ぎない。
「リセリア、確かにお前からしてみれば、エリックは暗愚にしか映らぬかもしれぬ。だがな、余にはお前同様、大切な子供なのだ」
「・・・」
リセリアは黙るしかなかった。
父の後悔。深い苦しみはまだ若いリセリアにはとても想像することができなかった。
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アーゼル王はエリックに向けてハッキリと告げた。
「無辜な民を殺害しようと、無断で王国騎士団を動かした罪は重い。その上、スティーグ殿だけでなく、その周りの者達まで巻き込むなど言語道断。先ほどのスティーグ殿の言葉を耳にしても、全く心を動かされなかったお前に、王になる資格などない」
「そ、それは、どういう?」
「現時点をもって、お前の王位継承権を剥奪する。王族としての位も同様だ。どこへなりと行くがいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」
「と、言いたいところだが、お前が一人で生きていくことなど出来ぬだろうし、どこか辺境の駐屯地にでも送ってやろう。そこで一兵卒として、心身を鍛え直すがいい」
エリックの体が、カクカクと、壊れかけの玩具の様に小刻みに動いた。
「ちちうえ、それは、なんのじょうだん、ですか? おういを、はくだつ? うそ、ですよね?」
震える声でアーゼル王に問いかけるエリックだったが、アーゼル王は目を伏して、何も言わなかった。
エリックはどこを見つめるでもなく、辺りを見渡すが、誰も自分を擁護してくれる者はいない。
次第にナワナワと震えだす。
「嘘だ! そんな馬鹿なことがあるか。たかが平民一人を殺そうとしたからなんだというんだ。私は王子なんだ。生まれながらに、特別な、唯一無二の存在なんだ。その権利を奪うことなど出来ない。そんな事はありえない。私は、王になるんだぁーーーーーーー!!」
途端に絶叫した後、プツっと糸が切れたように、白目を開けたまま気絶してしまった。
アーゼル王はため息をつくと、周りの騎士達を見渡す。
「誰か、エリックを王宮まで運んでくれ。それと、倒れている者の手当てを、まだ息をしている者もおるだろう」
『はっ!』
氷漬けから解放されたように、騎士達が一斉に動き出した。
スティーグが凝った肩をほぐそうと、腕を回していると、リセリアが近づいてきた。
「スティーグ。お父様を許してくれてありがとう」
「別に、あんなおっさんに頭下げられても嬉しくねーしな」
リセリアは苦笑する。
「あんたってほんと。・・・でも、さっきの言葉、心に留めておくわ。私は、民が安心して暮らすことができる国を作ってみせる」
「まあ、頼むわ」
「・・・でも、さっきのあの圧倒的な存在感。あんた、一体何者なの?」
スティーグは肩をすくめる。
「今は、誰でもない。ただのスティーグだ」
スティーグはそう言って、屈託なく笑った。
そこには、先ほどまでの威厳のある態度とはまるで違う、少年の様な無垢な笑顔があった。
その笑顔を目にしたリセリアの胸は、これまで感じたことがない程、激しく高鳴ったのだった。




