王
エリックは恐怖した。
目の前の男に。
また激痛を与えられることに。
そして、その先に待つ死に。
事ここに至り、エリックはようやく自分が死の危険にあることを自覚した。
(こいつは、一体なんだ?)
自分を敬わない。畏れない。従わない。
こんな人間はエリックの世界には存在しない。
(化け物)
比喩ではなく、エリックにはスティーグが化け物に見えた。
全身が震えて、体に力が入らない。
情けなくも失禁し、股を濡らした。
「わかったか? それが死の恐怖だ。その恐怖の前に、王族も貴族も平民もない。お前の命令一つで死地に赴かなければならない者達が、等しく味わっている感情だ」
「・・・た、たす、けて。私は助けてくれ、他の者はいくら殺してもいいから」
その言葉を聞いて、騎士団は唖然とする。
自分達は飛んでもない主に仕えてしまったと思った。
スティーグも目を見開き激高した。
「王となる者が、民に『死ね』と命じるなら、その者の痛みも苦しみも、遺族達の悲しみも憎しみも、すべて背負って、その身と心がズタズタになりながらも、まだ残された民の為に、前へ進み続けるくらいの度量を示してみろ!!」
「その通りだ」
スティーグの言葉を肯定したのはエリックではなかった。
声の方向に目を向けると、いつから居たのだろ。
そこにはアーゼル王が立っていた。
その後ろにはリセリア、元帥、アドルフが控えていた。
『お、王!』
場の空気に飲まれて、硬直していた騎士達が一斉に膝をついた。
エリックはアーゼル王の姿を見るや歓喜した。
やはり、天は自分を見放さない。
経過はどうあろうと、最後にはすべて自分の思い通りにいく。
本来であれば見られてはマズい現場だが、今はそんなことは関係ない。
痛めた足を庇いながら、アーゼル王の元に駆け寄った。
「父上、聞いてください。あの者が、あの平民が、私を刺したのです。殺してください。殺すように命じてください。あいつは王家に仇なす化け物です!」
この期に及んでもまだエリックは権力にすがった。
王の命令があれば、騎士達の戦闘力が上がるとでも思ったのだろうか。
アーゼル王はそんなエリックを見て、目を瞑ると深く嘆息した。
その横顔は一気に十歳は老け込んで見えた。
「エリックよ。今のスティーグ殿の言葉を聞いて何も感じぬのか?」
「・・・は、はぁ?」
エリックは父が何を言っているのか解らない。
その反応を見て、アーゼル王は首をフルフルと振った。
「・・・どうして解らぬ。解らぬのだ。お前には何度となく話をしてきたが、結局、理解させることはできなかったなぁ」
「ちち、うえ?」
アーゼル王はスティーグの前に進み出ると、腰を落とし膝をついた。
『王!?』
騎士達は絶叫した。
王が平民に、いや、誰であろうと、屈するなどと言うことはあってはならないのだ。
だが、アーゼル王は深々と頭を下げる。
「スティーグ殿。今回の件、本当に済まなかった。そなたばかりではなく、周りの者にまで迷惑をかけた。エリックを許せない気持ちは解る。だが、全てはあれの母に十分な愛を注げなかった余の罪なのだ。全ての責は余にある。どうしても許せないというのなら、余の首を跳ねるがいい」
騎士達は絶句した。
エリックの命とは訳が違う。
もし、スティーグが何かしようとすれば、それこそ命を賭して助けなければならないと誓った。
その時、後ろに控えていたリセリアが声を張り上げた。
「お願いスティーグ。お父様を許して! 私はこの兄に同情はしないけれど、お父様はこの国にまだまだ必要なの!」
スティーグはしばらく黙ってアーゼル王を見下ろした。
雲が風で流れ、隠れていた月がその場を照らした。
同時にスティーグの声が厳かに辺りに響く。
「エルベキア王国、国王アーゼルよ。面を上げるがいい」
その声に皆、時が止まったように息をのみ、静止した。
アーゼル王はゆっくりと顔を上げる。
「我が真実の名において、そなたを許そう。これからも国の為、尽力せよ。それがそなたの負うべき責務だ」
そこにいたのは、今まで戦っていた『戦士』ではなかった。圧倒的な風格を漂わせた『王』の姿だった。




