哀れな貴族
「一応聞いてやる。俺に何の用だ?」
スティーグは尊大に小柄な貴族風の男に声をかけた。
目の前の男が、あの冒険者二人組の雇い主であるだろうと思っているが、確証はない。
念のため話を聞いてみることにしたのだ。
男は顎を上にあげて、こちらもまた尊大に応じる。
「ふん。よく私の尾行に気が付いたな。まあ、バレても構わんように気配を断ったりはしなかったが、な」
それは誰が見ても苦し紛れの嘘にしか聞こえなかった。そもそもこの男に気配を消すなどという芸当ができるとは思えない。
「聞こえなかったか? 俺は何の用かを聞いたんだ。もう一度チャンスをやる。答えろ」
男は盛大に顔を歪めた。
「き、貴様。一体誰に口を利いているのか、わかっていないようだな。私は由緒ある王国貴族、ラッセン=アイナ=クガナ子爵であるぎゃあーーーーーーーーーーーーーー!!」
途中からラッセンの声が悲鳴に変わる。
いつの間にか間近に迫ったスティーグがラッセンの右親指をへし折ったのだ。
「悪いのは耳じゃなくて頭か? 俺は用件を聞いているんだぞ」
「ゆ、指、ゆびぃー!私の指がぁ!!」
「それ以上喚くようならもう一本いっとくか? 最後だ。要件を、言え」
折れた親指を庇いながら、ラッセンは必死に声を押し殺した。
これ以上、聞かれたこと以外を口にすれば、スティーグは迷いなく有言実行すると解ったからだ。
「ふぅ、ふぅ。た、単刀直入に聞いてやる。教師など辞めて私に付け」
「ふざけてんのか?」
「くっくっく。あんなチンピラ冒険者を捕まえたくらいでいい気になっているようだな。その気になれば、あの程度の輩、いくらでも雇うことができる。私に逆らえば、貴様ごとき平民など、いつでも牢にぶち込むことができるのだぞ?」
スティーグは目をスッと細める。
「あいつらに指示したのはお前ってことで間違いないんだな?」
「今さら気づいてもおそうおぉーーーーーーーーーーーー!!!!」
再び、台詞を言い切る前にラッセンは絶叫した。
スティーグが今度は人差し指をへし折ったのだ。
もはや痛みのあまり立っていることができずにラッセンはしゃがみ込んだ。
「き、貴様。平民が貴族の私に手を挙げて許されると思っているのか? 死罪だぞ? 貴様は間違いなく死罪だぁ!」
「そりゃあ、怖いな」
ラッセンを見下しながらスティーグはふと思う。同じ貴族でもシャルロッテの家とはずいぶん違うな、と。
シャルロッテの両親はどちらも貴族の品格を持ち合わせた人物だ。
彼らの根底にあるのは国王から与えられた領地、そこに住まう領民を自分達が守るという強い信念だ。
その高潔な精神は正しくシャルロッテにも伝えられている。
生まれ持って与えられた人よりも大きな力を弱き者の為に使う。
その思想こそが、本来貴族に必要な資質だったはずなのに。
(長いこと平和で権力ってぬるま湯に浸かり続けると、人間堕落するもんだな。やだやだ)
スティーグは思考を目の前の男に戻す。
取り合えず、こいつの処分をどうするかである。
「捕まって死刑は勘弁だからな。お前を殺して口を封じさせてもらうか」
「・・・は?」
この期に及んでもまだラッセンは自分が殺されるなど夢にも思っていなかったらしい。
言っている意味が理解できないといった風に目を丸くする。
「・・・なるほどな。平民が貴族を殺すなんてことはあり得ない。そう、盲目的に信じているわけだ。だからこそ、一人でのこのこ俺の前に現れた、か」
スティーグはラッセンを哀れに思った。
先日のテロリストを思い出す。
彼らの主張していた通り、こんな腐った塵芥な貴族達がこの国には湧いているのだろう。
奴らは武力革命が起こって自分達が殺されるその瞬間まで、自分達の絶対性を疑わないに違いない。
リセリアやシャルロッテの家のような考えの者はもやは圧倒的にマイノリティーなのだ。
「さてと、それじゃあ、そろそろ死ぬか?」




