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追放貴族エルンストの受難~たぬきが聖剣を抜いてしまいました~  作者: あらまき


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8/22

おおきなおおきな、忘れもの


 エルンストは、気づかれないようそっとリディアを見つめる。

 彼女は間違いなく、何らかの思惑を抱えて勇者に近づいてきた。


 けれど――正直に言えば、そんなことはもう大した問題ではなかった。


「わかった。しばらくの間、よろしく頼むよ」

「えっ!? い、良いんですか?」

 リディアは目を丸くし、驚いた。

 話の流れから断られると想像していたのだろう。


「ああ。むしろ、こっちが頼みたいくらいだ」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 彼女は安堵の息を吐き、それから深く頭を下げた。


 十中八九……いや、十中十。

 彼女はどこかの諜報員である。


 それがこの国の人間か、他国の人間かまではわからない。

 だが、リディアがどの誰であり、そしてどんな目的があったとしても、エルンストにとっては大した問題にはならなかった。


 情報を盗む?

 好きなだけ流してくれ。

 それで勇者反対論が広まるなら、むしろ万々歳だ。


 聖剣を盗む?

 むしろ期待している。

 この『持ち主の元へ戻って来る聖剣』を本当に盗み出せるなら、自分たちは勇者という重責から解放され自由になれる。


 自分たちを物理的に排除する?

 たぬきと、そのお供が一人いるだけの二人旅に、そこまでする必要がどこにある。

 放っておいても、そのうち勝手に破滅する。


 結論――失うものがない。

 だからこそ、たとえ相手が敵であろうと、一緒にいてくれた方が得られるものの方が大きかった。


 仮に敵だったとしても、それでもなお本心から歓迎できてしまう。

 それほどまでに、エルンストを取り巻く状況は詰んでいた。


「ま、なにはともあれ、これであと二人……いや、俺を入れてあと一人か」

 エルンストがそう呟くと、リディアは小さく首を傾げた。

「何が、あと一人なんですか?」

「いけに――旅の同行者だよ」

 エルンストは誤魔化すように微笑んだ。


 少し考えた後、リディアは微笑んだ。

「ああ……。勇者の旅の最低人数ですね」

「そうそう」

「でもそれ、四人じゃなかったですか?」

「だから、たぬ勇者、俺、君であと一人」

 リディアの笑みが、ぴたりと止まる。


 少し考え込むような仕草をした後、言いづらそうに、口を開いた。

「……あの……凄く失礼なことを言っても良いですか?」

「どうぞどうぞ」

「その……果たして勇者様は、人としてカウントしてもよろしいのでしょうか……」

「…………あっ」


 はっとした後、エルンストは細かな制約を思い出そうとする。

 けれど、思い出せなかった。

「勇者と三人だったか、勇者を含めて四人だったか……。まあ良い。とりあえず、あと一人見つけた後で考えよう」

「そ、そうですね! "予言者"様の元へ向かうまでに、あと一人、仲間探しを頑張りましょう!」

 エルンストは感心したような声を漏らした。

「ほー。本当に良く知ってるな」


 正しく言えば、『スパイなのに、知ってることを隠さないんだな』だが、さすがにそれは失礼なので口には出さなかった。


「一緒に旅をするために、勉強しましたから」


 リディアはぐっと両手を握り、嬉しそうな笑みをエルンストへ向けてくる。

 どくりと、心臓が高鳴った。

 それを悟られないよう、エルンストはそっと視線を逸らす。


「助かるよ」

 曖昧な笑みを浮かべながら、呼吸を落ち着かせていく。


(メンタルが弱ってるのか……それとも、自分はこんなにも女に弱かったのか)

 内心で地味にショックを受けつつも、気持ちはすぐに切り替えられた。


「ところで、話は全然変わるのですが、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「ん? なんだ? 夕食の後は寝るだけだし、軽く豆のスープとパンだけど」

「あ、私、干し肉余ってますので、どうぞ使って下さい」


 干し肉という単語を聞いた瞬間、たぬきはぴくりと反応し、じわりと涎を垂らした。


「そりゃ助かるよ。ありがとな」

「いえいえ……って、そうではなくてですね」

「ん? なんだい?」

「はい。その、お名前をお聞きしてもよろしいかなと」


 エルンストは眉をひそめた。


「エルンストって言わなかったっけ?」

「いえ、エルさんではなくて、勇者様です」

「……へ?」

「さきほどから、“たぬぽん”とか“たぬ勇者”とか、そういう呼び方しかしていらっしゃらないので、お名前は何なのかなと……」


 エルンストは静かに空を見上げた。

 綺麗な、美しい星空だった。

 その後、そっと自分の顔に手を当て、苦悩するような姿勢を取り――。


「名前付けるの……忘れてた……」

 絞り出すよう、そう呟いた。


「そ、そんなことあります?」

 呆れ顔のリディアに、エルンストは何も言い返せなかった。


 たぬきは話が難しくてよくわからないのか、エルンストの腕の中で焚火にあたりながら、うつらうつらと舟を漕いでいた。


ありがとうございました。

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