蛇足という名のエピローグ
エルンスト達が不安な気持ちでザットルの街に戻った時、意外な人物に出迎えられる。
彼の名前はオーレル。
リシャールと共に旅をした、英雄の一人である。
ただ、今の彼は全身に包帯を巻き、松葉杖をついて歩くという非常に痛々しい姿となっていた。
無言のまま、オーレルとエルンスト達は相対する。
それからしばらくの時間が経った後……。
「リシャールは、どうなった?」
絞り出すように、オーレルはそう尋ねる。
なんとなく、覚悟をしていたのだろう。
エルンストが彼の遺品である剣を渡すと、それだけであっさりと理解し、彼らに頭を下げた。
「……何があったのか、詳しく教えてくれ。そちらの不利になるようにはしないから」
エルンストが答えようとして――。
「すいませんが、信用出来ません。悪評を街にばらまくような人たちに、何を期待しろと?」
リディアが横から入り、そう口にする。
その目は、静かに怒っていた。
「すまない。そう言いたい気持ちもわかる。けれど、頼む。本当のことを知りたいんだ。もちろん、それを広める努力もするし、あんたらの名誉も回復させるよう努める」
「……どうしてですか? どうして、そんな無駄なことを……」
「リシャールは勇者だった。例え過ちを犯したとしても。俺はそう信じるから、そう行動したいんだ」
「勝手なことを――」
オーレルを怒鳴りつけるリディアを、エルンストは手を伸ばして止める。
「エルさん! こいつらは……」
エルンストは苦笑し、首を横に振る。
そして、オーレルの方に向き直った。
「信じるよ。俺もそうだからさ。……今はもう、俺とお前だけだよ。あいつが勇者だって、本気で信じてるのは」
「……すまない。……すまない……すまない……」
ぽろぽろと涙を零し、オーレルは俯く。
その肩を、エルンストは優しく叩いた。
自分の知る限りのことを、エルンストはオーレルに伝え、数日ほどザットルに滞在した。
その結果――。
「結局、こうなるんですね……」
追放処分を受け、リディアは盛大に溜息を吐く。
旅の準備支度が出来たことだけが、不幸中の幸いだった。
「いや、オーレルは大分頑張った結果だと思うぞ」
「どこがですか……」
「ホープ草を燃やした犯人が、俺たちにされていない。あいつがいなかったら間違いなくそうなってたぞ」
そう、もしもオーレルがいなかったら、悪事をすべて押し付けられ、処刑されている。
その方が、街としてもサヴァリオンとしても都合が良いからだ。
というかたぶん、英雄リシャールを殺した大罪人なんてプロパガンダを組まれていた。
そうでない時点で、オーレルがどれほど尽力したか想像は難しくない。
また、例えそうでなくとも、追放処分を伝える時のオーレルの申し訳なさそうな顔を見たら、彼がどれほど努力してくれたのかは十分に理解出来る。
「……それに、良かったじゃないか」
「何がですか?」
「ホープ草。何とかなりそうでさ」
そう言って、エルンストは笑う。
ホープ草の根は地中深くにあり、かなりしぶとい。
だからあの黒い炎で燃やされた状態であっても、ほぼ確実に再生できるらしい。
それは、エルンストにとって何よりのことだった。
「本当、貴方という人は……。ねぇ、たぬもちさん」
リディアの呼びかけに、たぬもちはエルンストの頭の上でびしっと腕を上げる。
その様子を見て、リディアはくすくすと笑った。
どこか居心地悪そうに、エルンストは苦笑する。
「……まあ、うん。巻き込んで申し訳ない」
「良いですよ。そのくらいは。でも、あまり自己犠牲を繰り返すようなら、たぬもちさんと一緒に怒りますから」
「善処します」
自分ではそのつもりはない。
けれど、少しだけ意識は変わっていた。
リシャールの最後の言葉は『気持ち悪い』だった。
そんなことを言わせてしまった。
ずっと、そう思わせてしまった。
その事実が、エルンストに地味に効いていた。
「善処してくださいね」
ふふんと笑い、先に進むリディアの背をエルンストは見る。
そして――。
「俺もさ、ちょっと聞いて良いか? ……リディアのこと」
エルンストは勇気を振り絞り、そう尋ねた。
この辺りは非常に国境が近く、小競り合い程度だが、良く他国と衝突する。
いや、説明はもっと単純にすべきだろう。
ミストラウルという街は、元々他国の街だった。
それを、サヴァリオンという一族を中心に戦争で奪い取った。
そして相手国はそれを認めておらず、奪還は国是として維持されている。
だから、ある程度荒れているのは当たり前。
この辺りは、他国で言うなら辺境伯が治めるような場所だった。
それは、国という視点で見ればとても重要な情報だ。
そんな重要な、それでいて当たり前のことを……リディアは知らなかった。
他国との摩擦も、ミストラウルという場所も、サヴァリオンという一族すらも。
何一つ、彼女は知らない。
それは、ありえないことだった。
「最初はさ、この国か隣国の工作員かと思ったんだ。知っている知識や能力からさ。けど、それならサヴァリオンを知らないことはおかしい。だから……」
リディアは表情を変えず、エルンストの言葉を待つ。
けれど、その目はどこか、寂しそうにしていた。
「だから……そうなると、わかったんだ。リディア。君の正体は……」
「はい。そうですね。私の所属は――ま」
「遠い国のスパイだったんだな」
「……はれ?」
「大国か小国かはわからない。けれど遠方にあり、そして勇者や聖剣について俺たちよりも詳しい知識を持つ国。法国あたりかな」
「いや、その。えっと……」
「誤魔化さなくても良いよ。わかってる。命令で勇者と聖剣についてどうにかしろと言われてるんだろ?」
「……まあ、そう言われるとそうですと答えないといけないんですけど……こう……もやっとすると言いますか、若干罪悪感があると言いますか……」
おろおろとした様子でリディアは告げる。
覚悟していた。
こうなる日も想像していた。
ただ……なんといえば良いのか……。
大体あってるけど、一番重要な部分だけ外していると言うか、もしかしてわざとかと思うくらい抜けていると言うか……。
「罪悪感があるならさ、教えてくれないか?」
「えと、何をでしょうか?」
「リディアの本当の目的。俺は……いや、俺とたぬもちはどうしたら良い?」
それは、エルンストの最大の信頼の証だった。
リディアの意向を聞き、そしてそれによってたぬもちが被害を受けないと確信しているからこそ、尋ねられる言葉。
命を差し出すから、一緒にこの子を救おうという自己犠牲の巻き込み。
それがわからないリディアではなく、眉を顰め、そして溜息を吐いた。
「私の命令はですね……」
「ああ」
「……まあ、最初は排除だったんですが……今は……」
「今は?」
「ぶっちゃけ特にありません」
「……え?」
「ないんです。完全にフリーハンド。好きにしろなんて言われています。むしろ私が困ってるんですよ。好きにって何ですか好きにって! 雑過ぎるんですよ命令が!」
「……なんというか、うん。苦労してるんだな」
「ええ、それはもう! というわけで、エルさんもたぬもちさんもどうこうするつもりはありませんよ。安心してください。これは嘘じゃないので」
「大丈夫、信じるよ」
「……簡単に信じないて欲しいなぁ。嘘じゃないですけどぉ……」
「はは、ま、リディアに追加の命令が来るまでは何の問題もないだろう」
「それもたぶん大丈夫です」
「どうしてだ?」
「これ、オフレコなんですけど、うちの方針で言いますと、聖剣とかがあまり使われない方が好ましいんですよね」
「……ほぅ」
「それで、今聖剣のユーザーってたぬもちさんじゃないですか? 普通の人が使うよりもはるかに……こう……アレな」
「そうだな。はるかにアレだな」
ちなみにアレは、今エルンストの頭の上で踊っていた。
「というわけで、わーくにとしましてはー。限りなく現状維持が無難なんですよ」
「なるほど。俺とそちらの陣営は協力し合えるということか」
「ですです。その上で、もし私があえて動くとするなら……」
「なら?」
「エルさんと、仲良くなりますね」
エルンストは、思わず吹き出した。
「ふ、ふぁ!? それは、もしかしてハニト……」
「もちろん、たぬもちさんともですよ。とりあえず仲良くなっておけば状況も把握出来ますし、最悪うちの国に連れて帰れますから。……って、どうかしました?」
蹲るエルンストに、リディアは首を傾げた。
「なんでもない。何でもないんだ。うん……」
リディアの美しい外見から出て来た『仲良くなる』に完全に邪推した自分の破廉恥さを、エルンストは憎んだ。
「何でもないなら良いですけど……まあ、おおむねこっちの事情はこんな感じですね」
「すまんな。言いづらいことを」
「いえいえ。むしろこっちが申し訳ないくらいです。というわけで……あの、もうしばらく旅に同行しても良い感じでしょうかね?」
「むしろこっちからも頼むよ」
リディアは嬉しそうに微笑み、大きく頷く。
(そういう態度がいちいち可愛いんだよなぁ)
そんな目で見たら悪いと思いつつも、心臓が高鳴るのをエルンストは止められなかった。
「最後にさ、もう一個聞いて良いか?」
エルンストの言葉にリディアは頷く。
「はい。何でもどうぞ」
「どうしてさ、あの時俺のいる場所に来れたんだ? というか毒があったのにどうして……」
「ああ……。それは私もうまく説明出来ないんです。むしろこちらから聞きたいことがあるんですが、良いですか?」
「ん? なんだ?」
「えっとですね……。夢に介入する祝福持ちの女性とか、知り合いに居たりしません?」
そのリディアの言葉で、エルンストはなんとなく事情を察した。
夢の中で、良くわからない犬が現れた。
随分と間抜けな姿で、けれどどこか憎めない愛嬌がある犬。
その犬が現れた後……。
『あ、ごめん。この犬ころは忘れて。なんかめっちゃ事情がややこしくなるから』
そんな声が空から聞こえた。
そしてその空の声は、エルンストが大変なことになっているということと、毒で死にかけているということを伝え、尋ねた。
『目が覚めたら、どうにか出来る? それなら助けてあげるけど』
リディアは尋ねた。
「どうして私を助けてくれるんですか?」
空の声は、答えた。
『なんとなくよ』
そうして目覚め、毒を治療してから、空の声に教えてもらった場所に全速力で向かった。
「という感じだったでしょうか……」
実際はもう二言三言会話をしたと思うが、夢の中だから記憶がかなり曖昧になっていた。
というか、間抜けな犬の印象が強すぎて、女性の声がどんなものかすらあまり記憶に残っていない。
「……ふむ。まあ、それに思い当たる人物が、一応二人いるな」
「二人もいるんですか?」
「ああ。夢に関する祝福を持って、リディアに声をかけられて、それでいて面白そうだからで動く女。なら二人だ」
「だ、誰ですか?」
「俺の姉と妹」
「お姉さんと妹さん? いらっしゃったんですか!?」
「ああ。と言ってもどっちとも血は繋がってないけどな。サヴァリオンの家族は多いんだ。……そういう意味で言えば、元姉と元妹と言った方が正しいか」
「な、なるほど……。複雑な家系なんですね」
「ああ。死ぬほどな」
そう言って、エルンストは大きく溜息を吐いた。
家から離れ、その呪縛を断ち切ったからだろう。
あそこにはもう二度と戻りたくないと強く思えた。
そしてそう思えるのはきっと、今の自分が一人じゃなくて……。
「あの、どうかしましたか?」
リディアが首を傾げる。
エルンストは少し気まずそうに、頬を染めて目を反らした。
「悪い。何でもない。……追放された町の前で立ち止まるってのもあれだな。さっさと行こうか」
「了解です」
答え、数歩歩いて……リディアは、じーっとエルンストの方を見ていた。
「あの、どうかした?」
「いえ。その……」
「……言いづらいことか?」
「いえ。もう一つだけ、ちょっと気になったことがあるんで、試して良いですか?」
良く見ると、その目はエルンストではなく頭の上で踊るたぬもちの方を見ていた。
「……良くわからないが、歩きながらで大丈夫か?」
「はい。えっと……チャッピー。ポンタ。おこげ。たんたん……」
それから、リディアは無数の名前を口にしていった。
「……あー。もしかして、たぬもちの名前を考えてる感じ?」
「いえ、むしろその逆ですね。みゃーこ」
けれど、返事はない。
相変わらず、頭の上でもくもくと踊っていた。
「……たぬもちさん?」
たぬもちは、どこか不満そうにびっと手を挙げた。
そして――。
「えっと……ジョンさん?」
「わ!」
たぬもちは、大きく威勢の良い声をあげ、両手を挙げた。
「……え?」
エルンストは目を丸くする。
「ああ……やっぱり……」
リディアは悩ましい表情で、深々と溜息を吐いた。
「あの……リディアさん? これ、どういうことです?」
「エルさん。かつて言ってたじゃないですか。犬ならジョンって」
「え? え? へ? いや、それは……どういう意味?」
「つまり……この子、自分を犬だって思い込んでます」
なんとなく、親近感があったのだ。
夢の中に現れた、間抜けな姿をした白いふさふさの犬に。
つまりあれは、たぬもちのイメージする自分の姿であった。
エルンストはそっと頭の上のたぬきを抱え、そっと見つめる。
そして……。
「ジョン?」
たぬもち(旧)は、『どしたの今更?』という顔で、小首を傾げた。
ありがとうございました。
これにて、本作は一区切りとなります。
ひとまず「完結」という形にさせていただきます。
ここまで読んでくださった皆様のおかげで、最後まで書き切ることが出来ました。
とはいえ、まだ書きたい話や描きたい場面はたくさん残っています。
もし続きを読みたいと思っていただけましたら、感想や評価などで応援していただけると、とても励みになります。
今回は、一話あたり二千字前後で区切る形を意識して更新していました。
少しでも読みやすく感じていただけていたなら幸いです。
まだまだ未熟ではありますが、だからこそ次はもっと良いものを書けるよう頑張ります。
改めて、本当にありがとうございました。
またどこかでお手に取って頂き、再び出会えることを願っております。




