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追放貴族エルンストの受難~たぬきが聖剣を抜いてしまいました~  作者: あらまき


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人生万事バッカーノ


 ぽんぽこぽよぽよ、ころころもちもち。

 小柄であっても、ずんぐりまるまる。


 可愛らしくも、どんくさい。

 それでよくもまあ生き延びたものだと、正直感心を覚える。


 そんな『たぬき』で、すべてを失った馬鹿が一人いた。


 男の名前はエルンスト。

 エルンスト・サヴァリオン。

 いや、失ったものに家名も含まれるため、今となっては旧姓である『エルンスト・クライヴ』の方が、より適切な名となるだろう。


 富、名声、力。

 彼は“とある事情”により、そのすべてを失った。

 代わりに彼が得たのはどんくさい同行者……すなわち、たぬきだった。




 青空の下、大勢の人々が広場いっぱいに集まっていた。

 雲一つない空はどこまでも澄み渡り、初夏の光が石畳を白く照らしている。


 多くの若者たちは、これから始まる旅立ちに胸を高鳴らせながら、その場に立っていた。

 新たな世界へ踏み出す期待と不安が入り混じった表情が、あちこちに見て取れる。


 そして……そんな彼らの門出を祝うため、老若男女の市民たちもまた広場を埋め尽くしていた。


 そんな希望に溢れた世界で中、絶望を宿す者がここに一人。

 エルンストは頭にたぬきを乗せ、若者たちの集団に混じっていた。


 冷たい目線……なら、まだマシな方だ。

 彼に向けられた視線の大半は、侮蔑と嘲笑だった。

 けれどそれさえも、彼は受け入れていた。

 本当につらいのは、憐憫。


 彼の事情を知れば、馬鹿にしていた者たちでさえ同情を覚える。


 侮辱や嘲笑は甘んじて受け入れる。

 サヴァリオン一族から追放されたことにも納得している。


 けれど……憐れみだけは、本当に辛かった。

 正直、泣いてしまいそうになる。


「ゆー?」

 下の人間がなんだか落ち込んでいることには気づいたものの、たぬきはとくに気にすることもなく、頭の上で安住していた。


 すがすがし過ぎて、嫌になるほどの晴天だった。

 雲一つなく、絶好の冒険日和。

 今日の旅立ちを、始祖なる神と我らが王が祝福してくれているような、そんな天気。


 その恩恵を最大限に受け取り、頭の上のたぬきは眠りだした。


 なぜわざわざバランスの悪い頭の上を安住の地に選ぶのか、エルンストにはわからないし、知ろうとも思わない。

 というか、明日からどうやって生きていくかという状況で、そんな細かいことを気にしている余裕はない。


 他の若者は皆、純粋な旅立ちである。

 だがエルンストに限って言えば、追放の方が近い状況だった。


 人生において、“取り返しのつかないこと”というものは、実のところそう多くない。

 その時は“やっちまった!”と思っても、後から振り返れば大したことではなく、十分にリカバリーできるものだ。


『人生万事塞翁が馬』

 何事も、案外どうにかなる。


 けれど、エルンストの状況はそうではない。

 彼の場合は、本当に“取り返しのつかないこと”だった。


「次!」

 声が響き、エルンストは自分の番だと理解して受付のもとへ向かい、その名を告げた。

「エルンスト・クライヴ」

 エルンストが名乗ると、受付の女性が首を傾げる。


「えっ? サヴァリオン家では――」

「お、おい馬鹿!」

 隣の男性が声を荒らげ、耳元で何かを囁く。

 何を言ったかまでは聞こえなかったが、『追放』という単語だけは耳に入った。


「……ど、どうぞ」

 受付の女性は、エルンストに先へ進むよう案内する。

 その時には、その目は憐れみへと変わっていた。


 エルンストは、ほんの少しだけ泣きそうだった。


 案内され、彼は――石に突き刺さった剣の前に立った。

 頭にたぬきを乗せたまま。


 これは、かつて勇者が振るったと伝えられる『伝説の聖剣ミストルテイン』。

 次なる戦いの時代――世界が再び勇者を求める時、この大都市『ミストラウル』にて真の勇者が誕生すると言い伝えられている。


 その儀式こそ、今まさに行われている『選定の儀』。

 ミストラウルの住民は、これを終えなければ街の外に出ることは出来なかった。


 人々の注目を一身に浴びながら、エルンストはひそひそとした陰口を叩かれる。

 しかも陰口のわりに声が大きく、かなりの割合でエルンストの耳に入っていた。


「あいつがあの……」

「一族の面汚しが……」

祝福ギフトを台無しにした罰当たりめ」

「不憫……ぷふっ」

「たぬまにあ……」


 そんな不名誉な呼び名が、次々と飛んでくる。

 とはいえ、エルンストは基本的に受け入れるつもりではあった。

 自分が期待されていたのは事実であり、それを台無しにしたのも――いや、裏切ったのも事実だ。

 だから自分は、この街に恨まれても文句は言えない。


 ただし、『たぬまにあ』の称号だけは絶対に拒否するが。




「ふぅー……」

 静かに息を整え、精神統一を行う。

 形だけの儀式とはいえ、街の大切な行事だ。

 心構えを疎かにするつもりはなかった。


 意識を集中させ、剣の持ち手を握ろうと前かがみになり……頭の上で寝ていたたぬきが、ころんと転がり落ちそうになる。

 エルンストは慌ててキャッチした。


 たぬきは、『なんでそんなことするの?』と、裏切られたと言わんばかりの恨めしそうな顔でこちらを見ていた。

「……はぁ」

 一気に脱力し、やる気を失ったエルンストは、たぬきをその辺の隅に置き、改めて聖剣を握って引っ張る。

 そして――聖剣は、ぴくりとも動かなかった。


 周囲からも、何の反応もない。

 あざ笑う声すらも。

 当然だ。

 剣が抜けないことなど、この街では当たり前のことでしかないのだから。


 ぶっちゃけて言えば、選定の儀を信じている者は、この街には誰もいない。

 というか、普通に考えればわかる話だ。


 なぜ、勇者の末裔たる王のお膝元――つまり王都ではなく、この街で選定の儀が行われるのか。

 なぜ、王とは無関係のこの街の住民だけが、剣を抜く資格を持つのか。


 つまるところ……これは単なる町おこし。

 聖剣なんて祭り上げておきながら、ただ抜けないような構造になっているだけ。


 実際、岩に刺さった聖剣とやらも、大して綺麗なものではない。

 どう見てもそこらにありそうな普通の剣でしかなかった。


 だから、この結果は当然に過ぎない。


「俺は、勇者ではありませんでした」

 そう決まりの言葉を口にしてから、次の人のためにさっさと岩場を離れる。


 その、直後だった。


 からん……と、金属音が背後で響いたのは。

「えっ?」

 慌てて、エルンストは後ろを振り向く。


 そこには、あれだけ引っ張ってもびくともしなかった聖剣が、当たり前のように転がっていた。

 そしてその傍らには、たぬきが……。


 やらかした、みたいな顔でおろおろしているたぬきに、皆の注目が集まる。

 人々の視線に気づいたたぬきは顔を青ざめさせ、必死に聖剣を元に戻そうとする。

 けれど、そもそもたぬきはたぬき。

 聖剣を持つ器用さもなければ腕力もなく、持ち上げようとするたびに、カランカランと何度も聖剣を地面に叩き落とす。

 しかもそのたびに、周囲の岩場に傷が入り、ボロボロになっていった。


 しばらく悪戦苦闘した後……たぬきは諦め、その場で『たぬきはもう駄目です』という顔をしながら突っ伏し、めそめそと泣き出した。


 気まずい沈黙が流れる。

 皆が唖然としたままで、誰も言葉を発しようとしない。


 口を開くたびに誰かを怒鳴りつけている長老でさえ、ぽかんと間抜け面を晒したまま。


 エルンストは、空を見上げた。

 心地よい、晴天の空を。


 追放されて、何もかも失って、その上でどったんばったんの大騒動。

 エルンストは……ようやく、自分の運命を理解した。


 自分は、三流喜劇の主役なのだと――。



ありがとうございました。


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