29話 セルペンス掃討戦⑤
ガレットとラムートは、通路の中央で激しい撃ち合いを繰り広げていた。
金色の光が走り、それを漆黒の弾丸が迎え撃つ。
衝突するたびに火花が散り、壁や天井から石片が降り注いだ。
すでに通路は無数の着弾痕で傷だらけになり、床には砕けた石材が散乱している。
「こんなもんかよぉ、クソジジイ」
ガレットは両手の拳銃を構えたまま、獰猛な笑みを浮かべた。
「口ほどにもねえな。神だの奇跡だの、大層なことをぬかしてたわりにはよぉ」
「ふん。生意気な小娘じゃわい」
宙に浮かぶ老人――ラムートが、しわがれた声で吐き捨てる。
その背後には、金色に輝く無数の光の矢が浮かんでいた。
ラムートの固有魔法――『光の矢』。
魔力を光の矢へと変換し、高速で射出する魔法だ。
その速度と貫通力は凄まじく、並の騎士でも反応する間もなく身体を貫かれてしまう。
さらに厄介なのは、一度に無数の光の矢を生み出し、絶え間なく撃ち込めることだった。
しかし、ガレットには通用しなかった。
光の矢が放たれるたび、彼女の銃口が素早く動く。放たれた漆黒の弾丸は、正確に矢の軌道を捉え、空中で撃ち砕いていった。
金色の光が次々と弾け、砕けた魔力の欠片が雪のように通路へ降り注ぐ。
「……小癪な」
ラムートは忌々しげに顔を歪めた。
これまで幾人もの敵を葬ってきた光の矢が、目の前の小娘には一本も届かない。
しかも、ただ闇雲に撃ち落としているわけではない。
矢の軌道を正確に見極め、最小限の射撃で迎撃している。
「……ならば、これでどうじゃ」
ラムートが片手を掲げると、その周囲に四本の光の矢が浮かび上がった。
次の瞬間、それらは一斉に放たれる。
ただし、今度は一直線には飛ばなかった。
一本は天井近くを回り込み、もう一本は床すれすれを滑るように進む。
残る二本は左右の壁際から大きく弧を描き、ガレットを挟み込むように迫った。
四本の矢は異なる軌道を描きながらも、ガレットへ到達する瞬間だけは完全に一致していた。
二丁拳銃では、同時に二方向までしか迎撃できない。
どの矢を撃ち落としても、残る二本が別の角度から襲いかかる。
それがラムートの狙いだった。
しかし、ガレットは笑みを崩さなかった。
「……あまいんだよ」
そう言うと、両手の拳銃を無造作に放り投げた。
宙へ投げ出された拳銃は、突如として現れた黒い空間に呑み込まれ、跡形もなく消える。
同時に、ガレットはその空間へ右手を突っ込んだ。
次の瞬間、引き抜かれたのは漆黒の散弾銃だった。
「まとめて落ちな!」
ガレットは素早く散弾銃を構え、迫り来る四本の矢へ銃口を向ける。
引き金を引いた。
ドォンッ!!
腹の底に響くような銃声が、通路を震わせた。
銃口から放たれた無数の散弾が扇状に広がり、四方向から殺到する光の矢をまとめて捉える。
直後、金色の光が一斉に爆ぜた。
四本の矢はガレットに届くことなく砕け散り、通路には無数の光の粒が舞い散った。
「……なにっ!?」
ラムートの顔が驚愕に歪む。
「はっ! 残念だったなぁ、ジジイ!」
ガレットは散弾銃を肩に担ぎ、不敵に笑った。
「そんな小細工、アタシには通用しねえよぉ」「おのれ……!」
ラムートは歯ぎしりした。
長年磨き上げてきた魔法が、ことごとく撃ち落とされている。
それどころか、目の前の小娘には焦りの色すら見えない。
「……やむを得んか」
ラムートは低く呟くと、両腕をゆっくりと広げた。
その正面に、金色の光が集まり始める。光は次々と矢の形を取り、宙に浮かび上がっていった。
「小娘よ、歓喜せよ。貴様には、ワシの全力をもって――」
百、二百、三百。
光の矢は凄まじい勢いで数を増し、瞬く間に通路の奥を埋め尽くしていく。
壁も天井も、床までもが金色の輝きに染まった。
やがてラムートの姿は無数の矢に遮られ、完全に見えなくなる。
その向こうから、恍惚とした声が響いた。
「地獄の底へ送ってやろう!」
もはや、それは矢の群れというより巨大な壁だった。
無数の光の矢が隙間なく並び、通路を完全に塞いでいる。
一本一本が凄まじい貫通力を秘めており、すべてを同時に放てば、逃げ場など残されていないだろう。
圧倒的な物量で敵を押し潰す。
それがラムートの切り札だった。
「どうじゃ、小娘!」
光の壁の向こうから、勝ち誇った声が響く。
「さすがの貴様も、これには手も足も出まい!」
しかし、ガレットは目の前の光景を眺めると、にやりと笑った。
「おいおい……それがお前の限界かぁ?」
「……何じゃと?」
「どんな大技かと思って期待したのによぉ。馬鹿みてえに数を増やしただけじゃねえかぁ」
ラムートの眉間に深い皺が刻まれる。
「……よかろう。そこまで言うなら、見せてやろう」
ラムートは両腕を広げ、さらに膨大な魔力を解き放った。
すると、無数の光の矢が二重、三重に展開されていく。
金色の壁は見る間に厚みを増し、通路の奥を完全に埋め尽くした。
「――『神の御門』」
ラムートが勝ち誇ったように高笑いする。
「これこそ、我が神の御業! 今さら後悔しても遅いぞ!」
その言葉とともに、無数の光の矢が一斉に動き出した。
金色の壁が、通路を埋め尽くしたままガレットへ迫ってくる。
しかし、ガレットは呆れたように鼻を鳴らした。
「……だからよぉ。結局、同じだろうがぁ。くだらねえ」
そう吐き捨てると、手にしていた散弾銃を無造作に放り投げた。
投げ出された散弾銃は黒い空間に呑まれ、跡形もなく消える。
「……仕方ねえ」
ガレットは、獰猛な笑みを浮かべる。
「アタシが、お前に格の違いってやつを教えてやるよぉ!」
その背後の空間が、大きく裂けた。
黒い裂け目の奥から、巨大な銃身が姿を現す。
重厚な銃身に、魔導金属で組まれた機関部。銃身には紫色の魔力の紋様が刻まれており、内部から低い駆動音が響いていた。
現れたのは、巨大な魔導機関銃だった。
ガレットはそれを引き出すと、銃架を床に据え、両手で握りを掴んだ。
迫り来る金色の壁へ、銃口を向ける。
「――弾けろぉ!」
次の瞬間、魔導機関銃が火を噴いた。
ドドドドドドドドッ!!
耳をつんざくような轟音が、通路全体に響き渡る。
銃口から吐き出された無数の漆黒の弾丸が、金色の矢の壁へと叩き込まれた。
弾丸と光の矢が次々と衝突し、火花と魔力の破片が激しく飛び散る。
「馬鹿な……!」
ラムートは思わず目を見開いた。
目の前に展開した光の矢が、凄まじい勢いで撃ち砕かれている。
何百もの矢を隙間なく並べた、必殺の布陣。
回避も迎撃も許さず、敵を圧倒的な物量で押し潰すはずだった。
それなのに、ガレットの弾幕は止まらない。
ラムートは撃ち砕かれた矢を補おうと、次々と新たな光の矢を生み出した。
しかし、間に合わなかった。
補充するよりも早く、漆黒の弾丸が矢を粉砕していく。
まるで、金色の壁そのものが削り取られているかのようだった。
「な、なんなんじゃ……その馬鹿げた火力は……!」
「はっははは! どうしたぁ、ジジイ!」
ガレットは豪快に笑いながら、引き金を握り続けた。
「さっきまでの威勢はどうしたよぉ!」
魔導機関銃の銃身に刻まれた紫色の紋様が、さらに強い輝きを放つ。
駆動音が一段と高まり、連射速度が上がった。
漆黒の弾丸が濁流のように押し寄せ、金色の壁を容赦なく削り取っていく。
「くっ……! このままでは……!」
ラムートは歯を食いしばった。
このまま正面から撃ち合っていては、間違いなく押し切られる。
そう悟ったラムートは、攻撃の手を緩めることなく、展開していた光の矢の一部を自身の周囲へと引き寄せた。
金色の矢を幾重にも重ね、自身を守る盾とする。
「……やむを得ん。一度退くしかあるまい」
ラムートは光の矢を撃ち込み続けながら、素早く後退を始めた。
通路の奥へ飛び、そのまま右へ曲がると、さらに先の角を左へ折れた。
入り組んだ通路を利用し、ガレットの視界から逃れるためだった。
いくら凄まじい火力を持っていようと、射線が通らなければ攻撃は届かない。
まずは石壁の向こうへ身を隠し、態勢を立て直す。
ラムートはそう考えていた。
だが、その思惑は甘かった。
「……馬鹿がぁ。丸見えなんだよぉ」
薄くなった光の壁の向こうで、ガレットはにやりと笑っていた。
彼女の固有魔法――『空間』。
その能力は、単に武器を収納し、取り出すことだけではない。
自身の視界を中心とした一定範囲の空間を把握することもできる。
ラムートが逃げ込んだ先も、まだガレットの空間把握が及ぶ範囲内だった。
「逃すわけねえだろぉ」
ガレットは残った光の矢を撃ち砕くと、魔導機関銃の銃口をわずかに傾けた。
狙いは、ラムートが逃げ込んだ先を遮る石壁。
「姉御を侮辱したこと――」
ガレットの口元が、凶悪に歪んだ。
「悔やみながら、おっ死になぁ!」
再び、魔道機関銃が唸りを上げた。
ドドドドドドドドッ!!
無数の漆黒の弾丸が、石壁へと殺到する。
凄まじい火力を浴びた壁は瞬く間に砕け、破片を撒き散らしながら崩れ落ちた。
だが、弾幕は止まらない。
そのまま二枚目の壁をも撃ち抜き、逃走するラムートの背中を捉えた。
「……なっ!?」
背後から響いた轟音に、ラムートが振り返る。
崩れた壁の向こうから、無数の漆黒の弾丸が押し寄せていた。
「まさか、見えておるのか!? ワシの居場所が!」
ラムートは咄嗟に、展開していた光の矢を背後へ集中させた。
幾重にも重ねた金色の矢が、迫り来る弾丸を迎え撃つ。
しかし、その防御も一瞬で撃ち砕かれた。
次の瞬間、無数の弾丸がラムートの身体を貫いた。
「がっ……!」
金色の魔力が砕け散り、鮮血が宙に舞う。
無数の弾丸を浴びたラムートの身体は激しく跳ね、そのまま背後の壁へと叩きつけられた。
それでもガレットの攻撃は止まらず、漆黒の弾丸が容赦なく撃ち込まれ続ける。
やがて、弾薬を使い果たした魔導機関銃が自動停止した。
轟音が途絶え、通路に静寂が戻る。
立ち込める硝煙の向こうで、ラムートの身体がずるりと壁を滑り落ちた。
どさり、と鈍い音が響く。
床に崩れ落ちたラムートは、もはや見る影もなかった。
無数の弾痕が刻まれた身体の下には、赤黒い血だまりが広がっている。
「……ふう」
ガレットは短く息を吐くと、魔導機関銃から手を離した。
役目を終えた巨大な銃は、足元に開いた黒い空間へと沈んでいく。
ガレットは軽く肩を回すと、瓦礫の散らばった通路を歩き始めた。
床に転がる石片を踏み越え、崩れ落ちた壁の向こうへ進む。
そして、血だまりに沈むラムートを見下ろした。
「……あ」
不意に、その足が止まった。
何かを思い出したように、ガレットは瞬きをする。
「……やっちまったぁ」
先ほどまでの獰猛な笑みが消え、少しばかり困った顔になった。
「姉御に謝らせる前に、潰しちまったぁ……」
ガレットは足元のラムートを見つめた。
当然ながら、返事はない。
「…………」
しばしの沈黙。
やがて、ガレットはあっさりと肩をすくめた。
「まあ、いいかぁ」
ガレットは軽く首を鳴らすと、赤い髪を揺らして通路の奥へ歩き出した。




