20話 魔弾のガレット
森の中でもひときわ高い、切り立った崖の上。
そこに、ガレットは身を潜めていた。
アッシェたちと別れたあと、彼女は一足先にこの場所へ回り込んでいた。
シトラスが森の精霊から聞き出した情報をもとに、敵の潜む空き地を見下ろせる位置を探したのだ。
地上では、幾重にも重なる枝葉が視界を遮る。
だが、この崖の上なら話は別だった。
高所から見下ろせば、木々の切れ間を縫うように、森の奥にある空き地が視界に収まる。
「おおー……いい眺めだな」
乾いた土に腹ばいになり、ガレットは低く呟いた。
その声には、もう先ほどまでの苛立ちはない。
「さてと」
ガレットは片手を掲げ、何もない空間へ指先を沈めた。
空気がわずかに揺らぎ、そこから漆黒のスナイパーライフルが姿を現す。彼女はそれを慣れた手つきで引き抜き、乾いた土の上へ静かに据えた。
長い銃身が、森の薄闇の中で鈍く光る。魔導金属で作られた銃床には、細かな紋様が刻まれていた。
魔力を弾丸へ変換し、遠距離の標的を撃ち抜くための、ガレット専用の得物だった。
「そろそろか」
ガレットは片目を閉じ、スコープを覗き込む。
スコープの向こうには、楽しそうに笑う男たちの姿が映っていた。
互いに肩を揺らし、何やら下卑た会話を交わしている。
これから自分たちが狩られる側になることなど、微塵も考えていない様子だった。
「呑気なもんだねえ」
ガレットは喉の奥で小さく笑う。
しばらくして、木々の暗がりから、白銀の髪の少女が姿を現した。
「きたきた、姉御だぁ」
ガレットの口元が、抑えきれずに緩む。
スコープの向こうで、アッシェは静かに歩いていた。
周囲にいるのは、十数人の賊たち。
けれど、その足取りに迷いはない。
一歩。
また一歩。
白銀の髪が森の薄闇に淡く浮かび、黒いローブの裾が静かに揺れる。
賊たちに囲まれながらも、彼女はまるで舞台の中央へ進み出る主役のようだった。
男たちのざわめきが、スコープ越しにも伝わってくるようだった。
困惑し、侮り、やがて下卑た笑みを浮かべる。
それでも、アッシェは少しも揺らがない。
冷たい瞳で男たちを見据え、ただ静かに距離を詰めていく。
その凛とした姿に、ガレットは一瞬、呼吸を忘れた。
「やっぱ……姉御は綺麗だなぁ」
狙撃体勢のまま、ガレットはうっとりと独り言を漏らした。
スコープの中央にいるアッシェから、目が離せなかった。
今なら、昨夜のマロンの気持ちも少しだけ分かる。
あんな姿を見せられたら、誰かに語りたくもなる。
だが、そこでガレットは自分の口元が緩みきっていることに気づいた。
「……やべえ。見惚れてる場合じゃねえな」
小さく息を吐き、意識を引き戻す。
名残惜しさを振り払うように、ガレットはスコープの中心からアッシェを外した。代わりに、彼女へ近づこうとしている男たちの顔を順に捉えていく。
アッシェから受けた指示は明確だった。
指揮官らしき男は殺さない。
情報を吐かせるため、ほかにも二人だけ残す。
それ以外は、数を減らして構わない。
誰を撃ち抜き、誰を残すか。
その判断は、ガレットに委ねられていた。
「こいつでいいか」
ガレットは唇の端を吊り上げた。
先頭に立つ男をスコープに収める。
男は、まだ余裕の笑みを浮かべていた。
自分がすでに射程の中にいるなど、想像すらしていない。
その無防備さが、ひどく愉快だった。
胸の奥で、黒い熱がじわじわと膨らんでいく。
それでも、銃口は少しも揺れない。
ガレットはスコープの十字を、男の眉間へぴたりと合わせた。
「そのまま……いい子にしてろよ」
指先が、銃の安全装置に触れる。
カチリ。
小さな金属音が、やけにはっきりと耳に残った。
呼吸を浅く落とし、指先から余分な力を抜いていく。
風向き。
枝葉の揺れ。
わずかな光のちらつき。
さっきまで視界に入っていた余計なものが、ひとつずつ消えていく。
残ったのは、照準の中心にある一点だけ。
その時、スコープの先で、アッシェの右手が静かに上がった。
合図だった。
ガレットの瞳が、爛々と輝く。
「さあ、見せてくれよぉ」
歓喜に歪んだ笑みが、口元に浮かぶ。
「魂が弾ける、その瞬間の輝きを」
そして、ガレットは引き金を絞った。
パァン――!
乾いた破裂音が、森の静寂を無慈悲に撃ち砕いた。




