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不穏な朝食

身支度を終えたディクトを伴い、アッシェは食堂へ向かった。

朝の廊下はひんやりとして、窓から差し込む光だけがやけに澄んで見える。


広い食堂の中央には、長いテーブル。

その片側にだけ、すでに一人分の朝食が整えられていた。


焼きたてのパンの香り。

白く湯気の立つスープ。

艶やかな果実と、整然と並ぶ銀のカトラリー。


王族の食卓としては、何ひとつ不足のない支度だった。


「おはようございます、ディクト王子」


ディクトを出迎えたのは、白髪を端正に整えた長身の老人だった。

老いを感じさせない背筋。

穏やかな笑みの奥に、国を支える鋼のような芯が覗く。


宰相、カドラス・スタイン。


古くから王家に仕え、先王亡き後は事実上の国政を一身に担ってきた人物だ。

王城の者は皆、彼を敬い、頼りにし、その言葉を重く受け止める。

この国の「脳」と呼ばれる所以である。


「ああ、じいや。おはよう」


ディクトは気軽に返し、椅子へ腰を下ろした。

その所作は、どこまでも優雅で王子らしいものだった。

アッシェが背後に控えると、カドラスは一歩進み、恭しく頭を下げる。


「王子。本日の予定ですが――昼前に、コーネル伯爵がお見えになります」

「伯爵ね……。ああ、最近よく名前を聞くような気がするよ」

「はい。コーネル伯爵は近頃、多額の税を納めており、わが国に大いに貢献しております」


カドラスの声には、確かな喜びが滲んでいた。


その表情に浮かぶのは、権力者に取り入ろうとする者の打算ではない。

国に益をもたらす者が現れたことを、純粋に喜んでいる顔だった。


――彼は、心から国を良くしたいのだ。


民の暮らしを案じ、王家を支え、国の未来を信じている。

その想いに曇りはない。


だからこそ、その純度の高さが、逆に痛々しかった。


「その功績を認め、現在は“不毛”と呼ばれていた新領地の運営も一任しております。本日はその中間報告にいらっしゃいます」


ディクトはスープを一口含み、あくまで柔らかく頷いた。


「へえ。頑張ってくれてるんだね」

「ええ。彼のような有能な者が増えれば、この国の未来も明るくなりましょう」

「僕もしっかり挨拶するよ。細かいことは、じいやに任せる」

「もちろんです、ディクト王子。この宰相カドラスにお任せください」


カドラスは力強く頷いた。

国を想うその表情には、曇りひとつない。

その言葉に宿る熱も、信念も、すべて本物なのだろう。


その傍らで、アッシェは表情ひとつ変えず、銀のポットを傾ける。

琥珀色の紅茶が、一点の波紋も立てず、静かにカップを満たしていった。


カドラスが熱を込めて並べる言葉を、彼女はただ、形のない音として受け流している。

共感も、反発もない。

伏せられた瞳の奥にあるのは、色を失った静けさだけだった。


穏やかな朝食の場だった。

焼きたてのパンの香りが漂い、湯気の立つ紅茶が並び、宰相は国に尽くす貴族の功績を穏やかに称えている。


けれど、その空気の中に、ほんのわずかな歪みが混じっていた。

それに気づいていたのは、ディクトだけだった。


彼は紅茶に手を伸ばし、口元に淡い笑みを浮かべる。

まるで、その違和感さえ朝食の一部として味わうかのように。

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