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16話 二人の同僚

翌日。


アッシェ・レベンケは、王城の客間で静かに仲間の到着を待っていた。


朝の光がやわらかく差し込む室内には、一日の始まりらしい澄んだ静けさが残っている。

磨き上げられた床には淡い陽光が落ち、窓辺の空気さえ澄んで見えた。


今日果たすべき任務を、アッシェは頭の中で改めて整理していた。


リオネル郊外で行われる商人襲撃の阻止。

襲撃部隊の一部を捕縛し、セルペンスの情報を引き出すこと。

そして可能であれば、そのまま組織の中枢へ迫る。


今回の任務に同行するのは、ガレットとシトラス。


どちらも実力は申し分ない。

少なくとも、今回の任務においては、これ以上ない人選だった。


やがて、廊下の向こうから二種類の足音が近づいてきた。


ひとつは、重たく床を踏みしめる、今にも力尽きそうな足取り。

もうひとつは、コツ、コツと一定の調子で響く、気品ある靴音。


その対照的な響きに、アッシェはわずかに眉を動かした。


次の瞬間、勢いよく扉が開く。


「姉御ぉ……っ」

「おはようございます、アッシェ」


姿を現したのは、ひどく対照的な二人のメイドだった。


悲痛な声を漏らしながら、よろよろと部屋に入ってきたのはガレット。

燃え上がるような赤いショートヘアに、首元には黒いレザーのチョーカー。

メイド服を着ているにもかかわらず、どこかロックな空気を纏った少女だ。


だが今日の彼女には、いつもの勢いがまるでない。

肩は落ち、足取りは重く、目の下にはうっすらと青黒い隈まで浮かんでいた。


一方、その後ろから滑るような足取りで入ってきたのはシトラスだった。

陽光を弾く金髪は、美しい縦ロールに整えられている。

涼やかな微笑を浮かべる姿は、一見すれば高貴な令嬢と見紛うほどの気品に満ちていた。


もっとも、その口元には、わずかに気まずそうな苦笑もにじんでいる。


二人とも、王城の裏任務を担う『イビルナイツ』の一員。

ディクトに直接仕える、高位メイド七人の中に名を連ねる者たちだった。


「姉御ぉ〜……アタシもうダメだ……限界だっ……」


ガレットは力なく足を引きずると、そのまま縋りつくようにアッシェの腰へ抱きついた。


普段なら戦場でも笑っていそうな少女が、今は雨に濡れた大型犬のようにぐったりとしている。

アッシェは少し驚きながらも、甘えてくるガレットの赤い髪をそっと撫でた。


「……ずいぶん消耗しているみたいね」


呆れ半分、心配半分の声だった。

それからアッシェは、傍らで同情するように苦笑しているシトラスへ視線を向ける。


「何があったの?」

「それが、ですね……」


シトラスは少し言いづらそうに前置きしてから、静かに続けた。


「昨日、マロンさんとお二人でリオネルへ行かれましたよね?」

「ええ、行ったわ。それが何か関係あるの?」

「はい。昨夜、マロンさんが、アッシェとお二人で出かけたことを、ガレットさんに延々と話していらして……」


そこでシトラスは、気まずそうに言葉を継いだ。


「明け方になって、ようやく解放されたようで」

「えっ……朝まで?」


アッシェは思わず目を見開いた。


「マロンのヤツ、全然解放してくれねえんだよぉ……」


ガレットはアッシェのエプロンに顔を埋めたまま、恨みがましく呻いた。


「ごめんなさい……私への愚痴でも聞かされていたんでしょう?」


心当たりのあるアッシェは、申し訳なさそうに眉を下げる。


リオネルでは、自分の感情に流され、マロンをひとりにしてしまった。あのときのことを思えば、恨み言のひとつやふたつ言われていても仕方がない。


だが、返ってきた言葉は予想とはまるで違っていた。


「愚痴なんて、一言もなかったよぉ……」「……え?」


アッシェは思わず目を瞬かせた。

ガレットは力なく顔を上げると、目だけを不自然に輝かせ、ぐったりした声でマロンの真似を始める。


「『アッシェお姉さまがね』『アッシェお姉さまがこう言ってくださってね』『そのときの横顔がね』って、延々とキラキラした顔で話し続けててよぉ」

「……」

「ネックレスを選んでもらった話なんて、八回は聞かされたぞぉ……。なのに全然止まらねえし……新手の拷問だよ、あれは」


昨夜のことを思い出したのか、ガレットの顔色はみるみる悪くなっていった。


「姉御ぉ……頼む。しばらく、マロンに会わねえように、アタシを外の任務に出してくれ……」


アッシェは思わず言葉を失う。


たしかにマロンは、皆に自慢すると言っていた。けれど、まさか夜通し語り続けるほどとは思っていなかった。


「それで、こうなっているわけね……」

「姉御ぉ……もっと慰めてくれよぉ……マジで頭がおかしくなるかと思った……」


ガレットは再び、ぐりぐりと頭を押しつけてくる。

アッシェは苦笑しながら、その赤い髪を撫でて宥めた。


シトラスは、そんな二人を見ながら、どこか微笑ましそうに目を細める。


「マロンさん。アッシェとお出かけできて、よっぽど嬉しかったんだと思いますよ」

「それはまあ……慕ってもらえるのは嬉しいけど」


アッシェは小さく息をついた。


「なんだか複雑ね」


今朝、廊下ですれ違ったマロンには、そんな様子は欠片もなかった。

朝の仕事くらいは自分がやると言ったのに、彼女は「任せてください」と強く押し切り、そのまま職務へ戻っていった。


けれど、本当に一睡もしていないのだとしたら――。


少しくらい自分も残って、仕事を片付けてくるべきだったかもしれない。そう思うと、急に心配になってくる。


「……ちゃんとできているといいのだけど」


アッシェが小さく呟くと、シトラスが興味津々といった様子で身を乗り出した。


「それで、お二人は街でどのような甘い時間を過ごされたのですか?」

「何もないわよ」


アッシェは即座に言い切った。


「本当ですか?」

「本当よ。あなたが期待しているようなことは何もないわ」


少し疑うような眼差しを向けられ、アッシェは呆れたように小さく息をつく。


「ただ遊びに行ったわけじゃないもの。バルド商会について探りを入れていたの」「バルド商会……」


その名を聞いた瞬間、シトラスの表情がわずかに表情を改まった。

令嬢めいた気品はそのままに、瞳の奥だけが静かに任務の色へと変わっていく。


「リオネルを蝕んでいる商会ですね」

「ええ。でも、今回狙うのは商会そのものじゃないわ」


アッシェは静かに言葉を継いだ。


「標的は、その後ろ盾になっている『セルペンス』という組織の方よ」

「商会そのものではなく、裏で支えている力を断つ、ということですね」

「その通りよ」


アッシェは頷く。


「まずは、連中が野盗に扮して商人を襲うのを阻止するわ」


その言葉を聞いた途端、ガレットはむくりと顔を上げた。


さっきまでへばっていたのが嘘のように、赤い瞳に獰猛な光が戻る。

拳をぎゅっと握りしめ、口元を吊り上げた。


「そんな奴ら、アタシが一人残らず皆殺しにしてやるよっ」


昨夜の恨みまで上乗せされているのか、その声音には妙に私情が滲んでいた。

アッシェはそんなガレットを見て、小さく息をつく。


「皆殺しはダメよ、ガレット」

「えっ、なんで……?」

「何人かは生かして捕らえるわ。組織の情報を聞き出すためにね」


今回の任務で重要なのは、ただ襲撃を防ぐことではない。

組織の構成や拠点を吐かせ、そのうえで本体を叩く。

そこまでやって初めて意味がある。


アッシェの言葉を聞いたシトラスは、ふわりと花が咲くような笑みを浮かべた。

だが、その笑みは花のように優雅でありながら、どこか毒を含んでいるようにも見えた。


「情報を聞き出すのは、私の役目ですね」

「そうね。そこはシトにお願いするわ」


シトラスの扱う特殊な魔法があれば、どんな相手からでも容易に情報を引き出せる。

こうした諜報任務において、彼女は欠かせない存在だった。


「ひとまず、街へ向かいましょうか」

「馬車で向かうんですよね?」

「ええ。だからガレット。着くまでは少し休んでていいわよ」

「やった! 姉御、愛してるぅ」


ガレットは、目に見えてほっとした表情を浮かべた。


シトラスは口元に手を添え、くすりと笑う。


「出発前から、ずいぶん賑やかですね」「ええ」


アッシェは小さく息をついた。


「でも、頼りにしてるわ」


そう言って、彼女は静かに扉へ向かった。


穏やかな朝の光が差し込む客間をあとにし、三人のメイドは、それぞれの影を床に落としながら歩き出す。


向かう先は、リオネル。

そして、その街を蝕む蛇の巣――セルペンスのもとへ。


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