11話 不運な出会い②
路地裏のさらに奥へ進む。
道は進むほど細くなり、足元には瓦礫や生活ゴミが散乱していた。
鼻をつくのは、湿った土と腐った残飯の混じった嫌な臭いだ。
「そういえば、まだ名前……聞いてなかったですよね」
歩きながら、ヘンゼが振り返る。
慣れない敬語なのだろう。
言葉の端々が、少しぎこちなかった。
「俺はヘンゼです」
「アッシェよ」
アッシェは短く名乗った。
その隣で、マロンも一拍遅れて小さく頭を下げる。
「……マロンです」
愛想のない返事だった。
マロンはすぐに視線を逸らし、それ以上は何も言わなかった。
ヘンゼは特に気にした様子もなく頷く。
「お二人は、街の人じゃないですよね?」
ずっと気になっていたのだろう。
ヘンゼはためらいがちに続けた。
「どこから来たんですか?」
アッシェは足を止めずに答える。
「南の方からよ。バルド商会の噂を聞いてね」
その名を聞いた途端、ヘンゼの表情がわずかに曇った。
足取りも、ほんの少しだけ重くなる。
それだけではない。
近くの小屋の隙間から向けられていた視線が、わずかに鋭くなった気がした。
「……どうしたの?」
アッシェが問うと、ヘンゼはすぐには答えなかった。
周囲を気にするように視線を巡らせ、声を潜める。
「ここで、その名前はあまり出さない方がいいです」
「どうして?」
ヘンゼは少し言い淀んだあと、苦いものを飲み込むように言った。
「……商会のことを恨んでる人が多いからです」
それから、低い声で続ける。
「あの商会ができてから、この街は変わりました」
細い路地の奥。
崩れかけた壁や、打ち捨てられた木箱の向こうを睨むように、ヘンゼは目を細めた。
「客を取られて、店を畳んだ人もいます。暮らしていけなくなって、このスラムに流れてきた人も大勢います」
そこで一度、言葉を切る。
「ここにいる人の大半は、商会のせいで人生をめちゃくちゃにされたって、本気で思ってます」
「……なるほどね」
アッシェは静かに頷いた。
やはり、バルド商会の影響は小さくない。
表通りでは華やかに繁盛している。
だがその裏で、仕事を失い、居場所をなくした者たちが確かにいる。
「それに、悪い噂も多いです」
「悪い噂?」
「商会が、裏社会の組織と繋がってるって噂です」
「裏の組織ね……」
「だから、この話をするのはおすすめしません」
アッシェは、街に来たばかりの時のことを思い出していた。
あの借金取りのような男も、商会に関わる人間だったのかもしれない。
何にせよ、調べるべきことは多そうだ。
そう考えているうちに、ヘンゼが足を止めた。
「着きました」
視線の先に建っていたのは、家と呼ぶにはあまりにも頼りない住み処だった。
扉は斜めに傾き、壁には無数のひびが走っている。
屋根も外壁も、布や板で継ぎはぎに補われ、どうにか形を保っているように見えた。
ひと目で、まともな住まいではないと分かる。
それでも、壁の隙間からはかすかな灯りが漏れていた。
その弱い明かりだけが、ここに誰かの暮らしがあることを伝えている。
「これが、俺たちの家です」
ヘンゼはそう言って、そっと扉に手をかけた。
軋む音を立てないよう、慎重に押し開ける。
「グレーテ、戻ったよ」
すると、家の奥から明るい声が返ってきた。
「ヘンゼお兄様!」
澄んだ、幼い少女の声だった。
鈴を転がしたように軽やかで、この場所には不釣り合いなほど無邪気に響く。
その声を聞いた瞬間、ヘンゼの表情がわずかに和らいだ。
「お客さんを連れてきたんだ。入るよ」
ヘンゼに促され、アッシェとマロンは家の中へ足を踏み入れた。




