五十三話、二つの太陽
「儂はこの世の全てを手に入れる。人間や魔物だけでなく太陽と月さえも儂に従わせる。王は儂だけでじゅうぶん!」
ギロリッと血走った眼で、ボクたちを見下ろす。
「まずは貴様らを含めギルドなどという愚かな反乱分子を排除しなくてはな」
床から大剣を引き抜き、巨体に見合わぬ素早さで向かってきた。いち早くクロスが動き、帝王の刃を受け薙ぎ払う。
「愚かなのはお前だろ」
「まさかとは思ったが小僧、その声やはりクロスか? なぜ子供のままだ?」
「教えねーよ」
「まぁ、いい。聞かずとも貴様を殺して生き血をすすってやろう!」
「完全に発想が魔王だな」
「ハーハッハッハッ! 魔王、いい響きだ」
話しながらも激しく剣と剣がぶつかり合う。さすが勇者スキル、巨人と子供と言っても過言ではない体格の差をまったく感じさせない。互角にやり合ってる。
ビリビリ空気が震え、窓ガラスがガタガタ騒がしい。
クロスが帝王を引きつけている間に、ファディスとサアヤは力を発現させるために集中しはじめた。ボクは猫スケルトン姿のまま、もしもの時に備えて二人の前に出る。ソフィアは怪我をさせるといけないから、床に寝かせた。
「フゥ! 埒があかんな。仕方ない全力で貴様らを叩く!」
大剣をかまえ「フンッ!」と気合いを入れた。すると帝王の全身から赤黒いオーラがたちのぼり風が巻き起こる。
「……!? グッ! 儂の中で。ハアハア……暴れるとは……小賢しい!」
異変は突然、起きた。帝王の全身を蔦が這いまわりはじめたのだ。
「赤い石は種だと言っていた。それが芽吹いたのか?」
大剣を受け流しながらクロスが、つぶやいた瞬間。無数の葉っぱが帝王の皮膚を突き破る。
「グハッ!」
口からも目からも葉が這い出る。血まみれの手を、クロスに向かって伸ばしかけてドサリッと鈍い音を立てて倒れた。
「準備はできた。が、これは大丈夫なのか?」
赤々と浄火の炎をまとったレイピアをかまえたファディスが、サアヤに目配せをした。
「私が本当に聖女の力を持ってると言うなら、きっと助けることが出来ると思うわ」
「サアヤ、そしてニャーを信じる。クロスここからはオレ任せてくれ」
クロスは頷きで返すと後ろに飛び退いた。
「父上、今から救ってみせる」
浄火の炎がレイピアの刀身に吸い込まれ、刃をオレンジに染める。そして一気に、ためらいもなく帝王の胸、心臓めがけて刃で貫いた。ファディスがゆっくりとレイピアを引き抜くと、もう流れる血さえも残って無かったのか、その胸からは何も流れない。けれど葉っぱと蔦の動きはピタリと止まった。
「いきます!!」
サアヤが両手を広げ声を張りあげた。瞬間、全身から黄金のオーラが輝き出て、サアヤを中心に虹色の波紋が広がっていく。その波紋は部屋だけでなく、塔の外にも一気に広がり、グレングル大陸全土を包み込む。
「上手くいったらいいな……」
力を全開放したサアヤは、そうつぶやき意識を失った。ボクはとっさに人間に変幻すると、床に倒れないようにサアヤを抱きしめる。スゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてホッとした。床は痛そうだけど寝かせておくことにした。
「……クロス、そして我が娘ファディス、予言は良き方へ成就されたのですね」
布すれの音と共に聞き覚えのある声がして後ろを振り返ると、ソフィアが微笑み立っていた。見た目も声も、女王ヴェルチマーそっくりすぎてビックリしてしまう。ただヴェルチマーよりも、年はとってるから優しげな婆ちゃんって感じだ。
「あぁ。多くの犠牲者も出たが、もう何も心配はいらない」
「けど助けられなかったヤツの方が多かった……」
「ですが救えた者たちも多いはずです。わたくしも救っていただいた者の一人ですからね。クロス、ファディス、そして皆さんに心からの感謝を申し上げます」
着てる服はぼろぼろだし髪の毛もボサボサだけど、深くお辞儀をするソフィアは綺麗だと思った。
「別に、礼なんていらねーし! 目的は果たした。俺は女王とピネのいる場所に戻る」
転移石を手にクロスは「ルノンのいねー、ルネディアにはいたくない……」とつぶやき、シュンッと消えていった。
「やはりクロスは、ルネディアよりメディセーラで生きることを選んだのですね」
少しさみしそうにクロスの消えた場所を、ソフィアは見つめた。
「たぶんクロスはツライ記憶ばかりのルネディアにいるのは耐えられないんだろう」
「……そうかもしれませんね」
予言スキルで分かっていて覚悟をしていても、やっぱり別れはさみしいのだろう。ソフィアの目は潤んでる。
「うっ……うぅ……」
床に倒れたままだった帝王も目を覚ましたようだ。起き上がり頭を振ったり、首をかしげだりしてる。ソフィアは帝王の隣に膝をつく。
「目を覚まされたのですね。帝王、いえストラフォリ」
「ソフィアか……。儂は今まで一体、何をしておったのか? それにこの惨状は……」
「ストラフォリ、貴方は触れてはならないモノに触れ魅入られ、今まで操られてしまっていたのです」
「魅入られていた?」
「えぇ。何かきっかけがあったはずです。覚えておりせんか?」
ソフィアの問いかけに、帝王は顎ひげをさすりながら「うぅ〜む」と考えるようにうなり、しばらくしてからハッと顔をあげた。
「思い出したぞ。儂は成人する前ヒルのダンジョンに迷い込んだのだ。その時、赤い実を拾ったんだが、あまりにも甘く美味しそうな匂いがして食べてしまったのだ」
「太陽樹の実に間違いなさそうですね。あの石版には続きがあるのです。大樹は強大な力を持ち時に人心を惑わす。ゆえに禁を破らぬよう強大な力を持つ魔物を傍らに置くと記されていました」
「……そう……か。儂は……魅入られたとはいえ、酷いことをしてきたのだな……」
「今までの記憶もあるのですね」
「あぁ、あぁ……」
ガクリとうつむき全身を震わせはじめた帝王の背中を、ソフィアはゆっくり優しい手つきで何度も撫でる。
「魅入られてしまったのは心も身体も幼かったからなのです。今からの全ての人生をかけて償っていけば良いのです」
「儂に出来るだろうか?」
「ストラフォリなら出来ると思っています。それにわたくしもおりますし、貴方の優秀な娘ファディスも力になってくれるはずです」
「あぁ。出来る限り力を貸すし手伝ってやる」
「分かった。これからの儂の時間の、すべてを大陸の復興に捧げよう」
その時、ボロボロに壊された壁の隙間から光が入ってきた。
「見て! 太陽が昇ってきたよ!」
「久しぶりの太陽ね」
目を覚ましたサアヤが眩しそうにしながらも嬉しそうに太陽を見つめる。
「太陽とは、こんなにも美しいものだったのだな」
「生命の力そのものですからね」
「力強く暖かいな」
「えぇ。そしてわたくしたちの心にも貴方という大きくてあたたかな太陽が戻ってきました」
「……ありがとうソフィア、ファディス」
ボクとサアヤは、三人を残しこっそり静かに塔を出た。これからのことは家族で話し合わないといけないからね。




