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五十一話、地下道の先で


 物置部屋のタンスを、クロスが横にずらすと石造りの階段が現れた。少し湿ってるから、滑らないよう慎重に降りていく。


「人数は少ないのですが何十年もかけて、グレルの街の住人たちが掘り進めた道なんだそうです」

「どこに通じてるのかしら?」

「三週間前後で、ヒルのダンジョンのボス部屋の手前に出ることができるそうです」


 コツコツ、カツカツ、靴音と杖の音が響く。ピチャンピチャンと地下水の音もテンポがいい。地下道は雪もないし一定間隔に魔法石ランプが灯って明るい。そしてなにより寒くない。


「だが帝国に見つかったりしないのか?」

「ルネディアにも我らの同胞がいます。彼らはスキル持ちではありませんが信用に値します」

「何故、言いきれる? ダンジョンに到着した途端に襲われては意味がない」

「ユウハ様の指示だからです。処分されるはずの人々をユウハ様が保護しているのは聞いてますね?」

「えぇ。人間だけじゃなくて魔物や動物も助けてると聞いたわ」

「そうです。そして救われた子供の両親。ルネディアに住む家族が我々に力を貸してくれているのです。だから信用ができるのです」

「そっか! ルネディアの今を変えたら子供たちが帰ってくるって信じてるんだね!」


 ボクの声に、ルノンは「正解です」と微笑む。同時にユウハがギルドのトップだと言うのも納得してしまった。


 土壁、石壁、ぬるぬる滑る壁、色々な壁はあるけど景色はまったく変わらない。寒くないのだけは救いで、サアヤたちの足どりは割と軽い。


「お外よりはいいけど、やっぱり太陽がないと日にちが分からなくて不便ね」

「ほぅ。日数をメモしているのですか」

「えぇ。地下道を進んで今日で二十一日目ね」

「ならそろそろ目的地に辿り着きそうですね」


 少し気になるのは、いつでも騒がしいイメージのクロスが、地下道に入ってからまったくしゃべらなくなったことだ。


「着いたら何をするの?」

「まずはファディスの母君を助けましょう。ボスの封印が解かれれば、帝王の力も少しは弱体化できるはずです」

「……っ!」


 苦笑いを浮かべながらルノンは、何か言いたげに口を開きかけたクロスの頭を抱えて撫でる。クロスは、うつむきされるがままだ。


「行き止まり?」


 今まで真っ直ぐにあった道の先が、壁に閉ざされ進めなくなった。立ち止まってボクとサアヤは首をかしげる。


「何か仕掛けがあるんだろ?」

「えぇ。突き当たりの壁から三つ目の魔法石ランプがスイッチになっているそうです。そしてこの先が目的地です」


 スイッチと聞いて、何が起こるのかドキドキワクワクしてしまう。尻尾が期待に揺れる。


「ボクがやってみていい?」

「はい。たぶん誰がスイッチを押しても問題はないはずですからね」


 走って突き当たりの壁まで行って魔法石ランプを数える。


「一……二……さん!! アレ? 押してもビクともしないよ?」

「光を消してから押してみてください」

「分かった」


 魔法石ランプの根本のスイッチを切って灯りを消してから、奥にグイッと押した。


ガチャン!


ゴゴゴォォォー……。


 大きな解錠音と共に、突き当たりだったはずの壁が動きだし道が開いていく。


「凄い! 全部キラキラだ!!」

「すべて魔法石の原石です。そしてこの中心が目的地です」

「とても美しいわね。命の輝きだからかしら……」

「あぁ。ボスと……母上の……命そのものなんだろうな……」


 精霊の住むルフトラーガも素晴らしかったけど、脈打ち命そのものが結晶化したダンジョンの最深部は見たものすべてを魅了してしまう気がした。


「虹色に輝く大きな水晶がニョキニョキ生えてるだけなのに、人間を惹きつけるパワーみたいなのを強く感じるよ」


 ハッと我に返ったようにサアヤたちは、ボクに注目した。


「少しの間だったけれど、目が離せなくて頭がぼんやりしてしまったわ」

「オレも一瞬、意識を持っていかれた」

「なるほど。これは危険ですね。早く事を済ませて脱出してしまいましょう」


 まるでボクたちを誘っているかのように一本道になっている。予想通りかなり強い魅了効果があるみたいで歩いてる間中、サアヤたちは頭を振ったり頬を両手でパンッと叩いたりしてる。ボクは魔物だし、爺ちゃんの精神妨害無効スキルのおかげで大丈夫だ。


「着いたようですね」


 人間が百人くらいは入ることができそうな広い空間の中心には、赤い実をたわわに実らせた巨木と魔物。そして夜色の髪の毛の女性が祈りのポーズのまま凍りついたように固まっている。


「……俺が結界を破る!」

「待ちなさい。ここは僕の仕事です」


 クロスが懐から出した短剣を、ルノンが奪って躊躇うことなく自らの手首に刃を走らせた。


「結界は聖属性、僕の身体の穢れた血は魔属性、破るにはこの方法しか無かったんですよ」


 ポタポタ滴る赤黒い血を、巨木と魔物と女性に向かって何度も振りかける。


「万能薬を飲まなかった理由はコレかよ! なんで相談しなかった! 一緒にいたのは、たった数ヶ月だったかもしれねーけど俺はお前のことッ」


 髪の毛を振り乱し地団駄を踏み泣き叫ぶクロスを、ルノンは無事な方の腕でありったけの力をこめて抱きしめる。血の滴る手首はクロスから遠ざけながら……。


「ありがとうございます。僕もあなたと過ごした日々は、生きてきた時の中で一番幸せで充実していました。心から楽しかったんです」

「今からでも遅くねーだろ! 万能薬、飲んでくれ! 頼む!!」

「それはできないのです。これだけは最初から決めてました」

「なんでだよ!」


 その時、ドサッと音がした。女性の身体を捉えていた水晶が消え去り床に倒れたのだ。同時に赤い実は枯れはじめ青々とした葉を揺らす巨木に戻り、ドラゴンゾンビもゆるゆると目を覚ました。


「この女性を救わなくてはいけないからです」


 クロスの身体を優しく撫でてから離れると、今度は女性が横たわる床に膝をつきズボンのポケットから小瓶を出しふたを開けた。


「ゆっくりでいいです。すべて飲み干してください」

「……ぐっ。ゴホッ! コクン、コクン……」


 ルノンは女性の呼吸に合わせて、時間をかけて小瓶の中身を飲ませていった。クロスは膝を折り震えながら、ルノンの行動を呆然と見つめる。顔は涙と鼻水とヨダレでぐしゃぐしゃだ。


「ファディス、母君を大切にしてください。僕には、やりたくてもできなかったこと貴女なら出来ると信じてます」

「ルノンッ!」

 

 闇色の粒子がルノンの身体から吹きでる。


「来ないでください。魔属性に耐性が無い貴女を穢してしまう」

「……!?」

「クロスを頼みましたよ……」


 ふわりとルノンは微笑んで、そして無数の闇色の粒子が霧散したかと思うと、存在したはずの身体は空気に溶けて消えていた。ファディスはルノンに伸ばしかけた両手で、自分を抱きしめ静かに涙をこぼしてる。


 あまりのことにボクとサアヤは言葉を失い、ただ見てることしかできなかった。


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