四十九話、雪道の旅
暗闇の中、サアヤとファディスの吐く息が白い。けれど動物や魔物の気配もしないし、光も匂いもない白黒世界。ザクザク歩く音だけが響く。
「グレルの街も洞窟の中かな?」
「どうかな? しかし名もなき街だけではないんだな。知らないことが多すぎる。……父上が隠していただけかもしれないが……」
「もしかしたらファディスさんのお父さまも知らないかもしれないわね」
「どうしてそう思う?」
「今のところ兵士さんに出会わないから、もしかしたらと思ったの」
サアヤの言葉に、ファディスは顎に手をやり考えはじめた。
「サアヤの言う通りかもしれないな。兵士どころか旅人さえ見かけない。つまり情報も流れない。モリス爺には情報は一番の武器になると教えられたんだが……」
「私のお父さまも情報は大切だって言っていたわ。だから村に訪れる旅人さんや冒険者さんたちの話はしっかり聞いていたそうなの」
「やはりそうか。けど父上は常にダンジョンにしか興味がなかった。だから当然、大陸のことや街の話は一切、出なかったな」
「何故、そんなにも周りにまったく興味無かったのかしら?」
「父上は三大ダンジョンを手に入れる者は世界の全てを掌握できると信じているようだったからな。他のことは、どうでもいいとさえ思っていた節がある。じゃなければ母上や家族を犠牲にはしなかったはずだ」
三大ダンジョンは魔法石そのもの。その全てを手に入れることができたら、たしかに国は繁栄するかもしれない。魔法石は色々なことに使えるって聞いてるからね。けどだからってボクは爺ちゃんやサアヤたちを犠牲にしてまで何かを得ようとは思わない。家族はボクの一番、大切な人たちだからね。
「そうよね。お母さまとクロスさん……他にも……」
「父上が何か得体の知れないモノに取り憑かれるてるとかであれば救いようもあるんだがな……」
ファディスは、精霊から貰った腕の紐を無意識に握る。その手を包み込むようにサアヤが手を繋ぐ。
「お父さまの意志だったとしても、何かに操られていたとしても、最悪は起こさせないわ」
「うん! きっとなんとかできるよ!」
人間に変幻すると、ボクも二人の手をとり手を繋いだ。
「そうだな。ぜったいに助ける」
吹雪の中、繋いだ手は手袋ごしでも燃えるように熱く感じた。
◇
雪の中を馬車もないからグレルの街まで、ひたすら歩くしかない。真っ暗で、どれほどの日数が経ったのかさえ分からない。そんな中、サアヤが目を覚ますたび不思議なことをしてることに気がついた。
「何してるの?」
「グレングルは真っ暗で時間も分からないでしょう」
「うん。お腹が空いたらご飯食べて眠くなったら寝るけど、昼も夜もないからね」
「だからね。日にちが分かるように印を付けていたの」
パチパチ弾ける焚き火の炎に、リボンを照らしてボクに見せてくれた。
「もしかして線が、一日?」
「えぇ。夕ご飯の時の炭で一本ずつ書いて、朝になったら数えるようにしてるの」
「凄いな!」
さすがのファディスも驚いてる。
「今日は何日?」
「グレングルに来てから三ヶ月くらい過ぎたかしらね」
「もうそんなにも経っていたのか」
焦りを含んだ声音のファディスを見て。あと半年くらいで決着をつけないといけないと、気がついた。サアヤもハッとした表情をみせた。
「急ぎましょう」
「うん」
「そうだな。サアヤが日にちを数えてくれていて助かった」
焚き火を消して更に雪でおおう。人間どころか動物や魔物にさえ会わないけど、もしものことを考えて痕跡は残さない。
「行こう」
「うん」
「はい」
再びゴウゴウと吹雪いてる白黒世界を歩きだす。吹雪が酷い時は、ボクも人間に変幻して手を繋ぐ。お互いを見失ったらいけないからね。昼ごはんも立ち止まることなく、干し肉を噛みながら進んでいく。干し肉と固いパンはまだ残ってるけど、竹筒に入れておいた水は一日でなくなってしまう。だから夕ごはんの時に雪を鍋で溶かして飲んで、余りをまた竹筒に入れるを繰り返した。
「リュックサックに入れておくと凍らないのは不思議ね」
「ちゃぽちゃぽ音もするよ」
リュックサックを振ると、竹筒の水が元気だと分かる。歩いてると周りの池や水たまりは凍って固まってるから、静かでおとなしい。
「マジックバックは特殊な構造だからかもしれないな」
「きっとそうね。沢山入るし、生ものも腐らないから本当に不思議だわ」
「家とかも入っちゃうかなぁ?」
「ふふふ! 入ってしまうかもしれないわね」
「木材なんかの運搬にも使えると聞いたことがあるから入るだろうな」
歩き続けると疲れて、しだいに言葉も出なくなってしまう。そんな時は歩くザクザク音だけが響く。ボクは猫スケルトンに変幻していれば疲れ知らずだけどね。グレングル大陸も、メディセーラ大陸と同じくらいの広さがありそうだよね。しかも両方とも南北に長細い。
さらに二か月の時が過ぎたころ。白黒の世界にサアヤが初めて色を発見した。
「見て! あれ炎じゃないかしら?」
「二つ見えるね」
「人がいるかもしれない。行ってみよう」
小さく揺らめく炎。久しぶりの何かの気配。ボクは人間に変幻して、サアヤたちの後ろについていく。
「炎じゃなかったのね。でも良かったわ。ここがグレルの街みたいね」
枯れてるけど生垣に囲まれた街。そして街の出入り口の門には二つの魔法石が赤々と燃えるように輝き、グレルと乱暴な文字で書かれた看板が斜めに、ぶら下がっている。
「洞窟ではないようだ。煉瓦……というより石で作られた、しっかりした家が建ってるな」
「でも窓は閉まってるよ」
「奥の一番、大きなお家なら誰かいるかもしれないわ」
サアヤが指差す家をよく見ると、窓の隙間から細く光がもれていた。
「ユウハの予言どおりならオレたちの最初の目的地に着いたことになるが……」
「緊張するわね」
「ドキドキする」
走っていって街の一番奥の家のドアを、ボクがノックする。雪の大地だからか少しシケタ感じに「ゴンゴンゴンゴン」と鈍い音が響く。




