四十七話、闇に住む者たち
フィーネの桟橋、ボクたちが乗ってきた船のすぐ隣に、小船は静かに着水した。
「アッと言う間だったね」
「えぇ。短い間だったけど空を飛べたなんて素敵な体験だったわ」
「オレも空を飛ぶのは初めてだった」
目をキラキラさせるサアヤとファディスの感想を聞いて、ますます空を飛ぶスキルを試してみたくなった。爺ちゃんのスキルには飛行もあるからね。ただボクに翼が無いのが問題なんだよね。
「もう朝が近いのかしら? ルフトラーガが見えないわ」
「だいぶ空も明るいね」
見上げると白くかすみはじめた月が、群青の空に浮かんでるだけだった。
「太陽が登る前に動こう」
「うん」
「そうね」
桟橋に降りると、小船は元の葉っぱに戻り海に、ゆっくりじわじわ溶けるようにして消えた。
コンコンコンコン!
停泊中の船に戻り操縦室の扉をノックすると、ドタンッと鈍い音が響き「アタタタッ」と、モリスのうめき声が聞こえてきた。まだ日の出前だから、寝てたのかもしれないね。
「開いてるよ」
「モリスさん、怪我はないかしら?」
真っ先にサアヤは扉を開け、モリスにかけよって心配そうに眉毛をへの字にしてる。
「ははは……。恥ずかしいとこ見られてしまったな。大丈夫、椅子をベッド代わりに寝てただけだから」
「怪我がなくて良かったわ」
ホッとサアヤは息を吐く。
「おかえり。無事で良かった」
「ただいま戻りました」
「ただいま」
「あぁ。ただいま。モリス爺も無事なようで安心した」
ファディスが挨拶した途端、モリスが固まってしまった。
「ファディス坊ちゃん、その髪は一体⁈」
「これか? 今から母上を助けに行くんだ。覚悟が揺るがないように己れの弱さと共に捨ててきた」
「……そう……でしたか。たしかに髪型が変われば変装もしやすそうですなぁ」
「あぁ。これなら女には見えないだろうからな」
「これまで以上に、かっこいい紳士に見えますな」
腰ほどまで伸びていた美しい髪が、一夜にして無くなったことにショックを受けた風なモリスだったけど、ファディスの覚悟と知って何度もうなずきながら話にのった。
「それよりも、これからのことだが……」
ファディスはルフトラーガであったことをモリスにすべて話して聞かせた。
「なるほど。分かった。ではワシはメディセーラに戻るとしよう」
「二人のカレンのこと頼んだぞ」
青い液体の入った小瓶をモリスに渡す。
「分かった。あとは……もしもの緊急時は女王を訪ねればいいんだな?」
「あぁ。オレたちが父上に仕掛けた時、何が起こるか分からないからな」
「ラスディの名前を出せばピネお姉さまが女王様に伝えてくれるはずよ」
「了解した。では無事に再会できるよう旅と計画の成功を祈る」
「あぁ。再会したその時は平和で穏やかな日々を約束しよう」
握手を交わしボクたちは船を降りた。モリスが少しさみしそうに目を潤ませ操縦室の窓から手を振る。ゆっくり波立たせながらメディセーラへ帰っていく船に向かい、ボクたちも手を振って見送った。
「私たちはルネディアに向かうのね」
「あぁ。だがいきなり帝国に入るのはマズイ。だから北端にある名もなき街に転移するつもりだ」
「名もなきって、街なのに名前が無いの?」
あまりにも不思議に思えたからボクが聞くと、少しファディスは考えこんでから頷く。
「ルネディア帝国のあるグレングル大陸には他に街は無いんだ。選ばれた人々だけが帝国に住み生きることを許されてる」
「どう言うこと?」
「オレも詳しくは分からないんだが、成人の儀の時に運命が決められてしまうと聞いたことがある」
「ん〜。よく分からないね。やっぱり行ってみるしかないんだね」
「そうだな。行けば色々、知らなかった真実が見えてくるだろうし、母上を助ける手がかりも見つかるかもしれない」
「クロスさんとルノンさんにも会わないといけないわね」
「あぁ、まずはそれが最初の目標だな。ではオレにつかまってくれ」
桟橋の上、ファディスの右腕にボク、左腕にサアヤが、しっかり両手でしがみつく。サアヤは目まで閉じてる。ボクは転移が初めてだから興奮して尻尾がブンブン揺れる。でも少しだけ不安もあるから耳はペシャンとヘタレてしまった。
「行くぞ」
握りしめたままだった転移石を、ファディスは天に掲げ「グレングル大陸、北端、名もなき街へ」と叫んだ。
風が巻き起こりボクたちの身体を浮き上がらせ、シュバンッ! と、大きな音が鳴り響く。
そして一瞬で景色が変わり、ふわりっと地面に降りたった。
「真っ暗だ」
「星も見えないし、とても寒いわね」
「着いたようだ。この重苦しい空気感はグレングル大陸特有のモノだからな」
暗闇の中、サアヤは身体をブルリッと震わせリュックサックの中から手探りでコートを取り出して羽織る。
「ピネお姉さまに貰ったペンダントもつけましょう」
「うん!」
「ここから先は油断できないからな」
ポケットに入れっぱなしだった紙袋はヨレヨレになってたけど、取り出したペンダントは暗闇の中でもキラキラ輝いていた。
「ニャーさん、着けてあげるから貸して」
サアヤに渡すと、ボクの後ろに回ってペンダントをつけてくれた。
「サアヤのはボクがつける」
「お願いね」
今度はボクが後ろに回ってサアヤにペンダントをつけた。思ったより簡単に着けることができた。
「ファディスさん貸して」
「ありがとう」
アクセサリーをつけるのが苦手なのか、四苦八苦してたファディスの手からペンダントを受けとると、サアヤがペンダントをつけてあげていた。
「これで安心ね」
声を弾ませるサアヤの声は明るい。ピネから貰ったペンダントは、安心感も与えてくれるんだと思う。
カラカランッ!!
「おまえたち、よそもんだろ?」
「何者だ?」
「女もいるから帝国のヤツラではなさそうだが?」
石の転がる音のした左手側を見ると、人間が三人、槍や弓をボクたちに向けて立っていた。人間たちは、かなり警戒してるのか空気がピリピリする。
「オレたちは人探しをしてる」
人間たちに話かけようとしたサアヤの手をつかみ、ファディスがボクたちの前に出た。
「揺らぐ帝国で人探しか……」
「話くらい聞いてもいいんじゃないか?」
「情報交換できるかもな」
「そうだな。悪くない」
三人は顔を見あわせて小声で話し合うと、再びボクたちの方をみる。けど武器はかまえたままだ。
「情報が欲しいなら、おまえたちの情報もよこせ」
「分かった」
「……灯りはつけるな。そのまま我らについてこい」
歩きだした三人の後を追う。だいぶ暗闇に目が慣れてきたみたいで、サアヤとファディスの足どりも、いつもと変わらなくなった。ボクはスケルトンだから暗闇は平気なんだよね。




