四十三話、獣人の島フィーネ(後)
詳しくは言えないけどと前置きをして、フィーネからルフトラーガに行けるとサラに教えられたとベルガに説明をした。長い話の間ベルガは腕組みをして、静かにボクたちの言葉に耳を傾けていた。
「うむ。来るべき時……来るべき運命。世界が動きだしたのだな。急がねばならんことも理解した。ルフトラーガへの道を案内させよう」
話が終わるとベルガは立ち上がり伸びをする。
「会ったばかりのボクたちのこと信じてくれるの?」
「クックックッ! お主らは精霊から加護をもらっておる。邪悪な者ではない証。それだけで信頼するに十分だ」
爺ちゃんの気配にも気がついたし、精霊の加護まで分かるなんてベルガは凄い。さすが長老、獣人族のボスだ。
「色々なことが分かってしまうのね。ベルガさんは、もしかして鑑定スキルを持っているのかしら?」
「獣人族はスキルは持たない。鍛錬によるものが大きい。生きてきた時間が長ければ長いほど感覚が研ぎ澄まされ心の力が増す」
「努力の結晶なのね」
「あぁ。獣人族は皆、誇りを持ち自分の心も肉体も磨くことをやめない。そして困難があったとしても決して挫けない」
「素敵ね。私も誇りを持って生きていきたいわ」
「クックックッ! 精霊が認めた強き心を持つ、お主らならば大丈夫だろう。さてと案内役を呼んでやる」
部屋の出入り口の布をバッと片手で振り払うようにして開くと、ベルガは空気を胸いっぱいに吸い込む。そして外に向かって。
「ガオォォォーーー!」
島全体に響き渡るくらいの大音量で咆哮した。思わずボクたちは両手で耳をふさぐ。
「ガオォォォーン……ォォォー……ォー……」
余韻がこだまする。
しばらくすると、タンタタンッと軽い足音と共に、角が片方だけのシカが現れた。艶やかな茶色の毛並みの上に、銀の鎧をまとって背中には剣を背負ってる。背も高くスラリとして勇ましい感じが、まさに戦士って感じだ。
「長老、お呼びか?」
「ルピカ、この者たちを光の道まで連れていけ」
「了解した。だが珍しいな。人間の子か」
「あぁ。人間だが精霊の加護を得た者たちだ」
「そうか。ならば喜んで案内しよう。アタイは獣人族を束ねる獣王ルピカ。ついてこい」
ルピカは、慣れた風にヒラリッと、手すりから飛び降りてしまった。
「行きましょう」
「うん」
「あぁ」
慌ててボクたちも梯子を降りた。
「こっちだ」
さっさと行ってしまいそうな勢いだったけど長老の家を出てから、ルピカは何度も振り返っては立ち止まる。
「なんでベルガじゃなくて、ルピカがボスなの?」
てっきり長老が一族のボスだと思ったんだよね。ボクの疑問にルピカが頭だけで振りかえり。
「ボスは年老いる前に次のボスを決めて長老になる。だから今はアタイがボスだ」
「じゃあ、ベルガは前のボスってこと?」
「そうだ。アタイも年老いればボスの地位を退き、次代の獣王を決め長老になる」
「なんか凄いね」
特に秘密ってわけでもないのか、隠すことなく教えてくれる。
「やっぱり力の強い人がボスになるのかしら?」
「いや。そうとも限らない。獣王は心が強くフィーネの結界を維持できる者がなる」
「結界が扱えると言うことは魔力を持ってるのか?」
「そうだ。獣人族はスキルは持たないが獣心力、お前たちで言う魔力を持つ。獣心力は心の強さそのものだ。だから草食一族のアタイでもボスになれた」
「心の強さか……。オレにもあるだろうか?」
「ある! だから精霊に認められた」
断言するルピカの言葉にファディスは「そうか……ありがとう」と顔をほころばせた。草食一族でボスになるだけあって言葉に力がこもってる。
「わぁ! 人間だ!」
「初めてみた!」
時々、獣人たちとすれ違う。手を振るとピョンピョン跳ねながら全身で挨拶を返してくる。クマだったり鳥だったりするから、なんだか可愛い。
「わぁ! 大っきい魚!」
海の見える道に出ると、黒い尾びれで水飛沫をあげ泳ぐ大きな魚が見えた。
「あの者はフィーネの守り神でユラと言う名のクジラだ」
「ユラさんもフィーネを守っているのね」
「背中から噴水が出たよ」
「塩を吹いてアタイたちに挨拶してる。手を振ってやるといい。喜ぶ」
ボクとサアヤが左右に大きく手を振る。
コヒューコヒュー!!
すると空気が震えるくらいの低音で、ユラは塩を空高く吹き上げた。まるで返事をしてるみたいに聞こえる。
「迫力あるな」
「身体が大きいからな。そしてユラはフィーネの海のボスだから獣心力も強い」
ファディスの言葉に頷き、ルピカは誇らしげだ。
「光の道はフィーネの南の岬に現れる。獣人族にとって神聖な場所だ。ゆえに選ばれたモノしか岬に立つ事は許されない」
再び草木の茂る獣道に入っていくと、複雑で狭い道が続く。けど分かれ道があっても、ボクたちが追いつくまで待ってくれる。周りに気を配り優しく、そして間違いなく強いルピカはやっぱり一族のボスなんだと思った。
「とても大切な場所なのね」
「その通りだ。そしてお前たちは精霊に認められた者たちだ。この先にある岬に立つに相応しい」
ゆっくり太陽が傾き紅色に変化していく。同時にルピカの毛並みもオレンジに染まる。
「空気が変わったわね」
「ほぅ! 力の流れが分かるとは素晴らしいな。人間の割に敏感なのだな」
「私、少し前まで目が見えなかったからなんだと思うのだけど空気や音に敏感なの」
「なるほどな。生きる本能とも言える、その素晴らしい能力と感覚は、かけがえのないものだ。大切にしろ」
「分かったわ」
空がじわじわと群青に変わりはじめた、その瞬間。
一筋の光の帯が、岬の先端に届いた。
「今だ。光の道へ走れ! 光の先に扉が開いているはずだ!」
ルピカの声に急かされ、ボクたちは岬に向かって走りだす。
「海に落ちたりしないかしら?」
「岬の先は崖になってるから凄い高さだよね! 大丈夫かなぁ?」
「だが行くしかないだろ!」
落ちたら痛そうと言うか、下手をしたらサアヤとかファディスは死んでしまうかも? と不安がつのるけど、ルピカを信じて更に走るスピードを上げていく。
ピョンッと薄い氷のような光の道に、三人で手を繋いで飛び乗った。
「大丈夫そうね」
「不思議だね!」
「あぁ、まるで空中を走ってるみたいだ」
靴音もしない光の帯の上、足が道につくたびに波紋が広がって陽炎みたいに揺れる。けど落ちたりはしない。
「見て! 扉かしら? まるでレースのカーテンのようだけど……」
ふわりふわりと光の扉、カーテンはボクたちを手招きして誘っているかのようだ。
「入ってみるしかないよね」
「もう後ろに道はないからな」
振り返ると光の道は空気に溶け消えはじめていた。日が落ちると同時に無くなってしまうのだろう。
「急ぎましょう」
「うん」
「あぁ」
サアヤはボクの手を、ボクはファディスの手を握りしめ、三人で扉の中へ駆けこんだ。
「ハァハァハァ」
「落ちなかったぁー!」
「なんとか間に合ったな」




