四十二話、獣人の島フィーネ(前)
しばらくすると地上のほこりっぽさはなくなって、爽やかな海風に包まれていった。そして船の周り全体が、海の深い青と空の淡い青に染まっていく。
「海と空だけの水平線! 美しいわね」
「うん! キラキラだね」
「あぁ。綺麗だな」
船が作りだす波と、遠い水平線からはるばるやってくる少し強い波。太陽の光を受けて輝く海面から一斉に飛び跳ね水飛沫をあげ小さな虹をかける魚の群。魚たちを狙って勢いよく水中に潜りこんでは、咥えて飛び立つ海鳥たち。
「見飽きないね」
「そうね」
甲板の上、サアヤと背中合わせに座る。波の音は耳に心地よく、波に揺れる感覚も好きになった。
「メディセーラに来る時はモリスと二人だけだったが、今はサアヤとニャーがいる。そしてルネディアで待っていてくれる仲間もできた」
手すりに体をもたれさせファディスは、ボクたちに向かって微笑んだ。
「オレについてきてくれてありがとう。これから大変な旅になるが、あらためてよろしく頼む」
風にふわりと舞い広がる紫の髪の毛はファディスの心の炎。太陽の光で輝いて見える。
「もちろんよ。お友達を助けるのは当たり前だもの。だから気にすることはないわ」
「うん! ぜんぜん大変じゃないよ。それにファディスもボクにとって大切な仲間なんだよ」
もう何ヶ月も一緒にいたからファディスが悪い人間じゃないって分かってるし、家族と同じくらい大切な存在になってるからね。爺ちゃんも「そうだ」と言っているかのように、トクンッと鼓動する。
「……オレもサアヤとニャーのことを大切な友だと思っている」
空を見上げ拳をにぎるファディスの声は少し震えていた。
◇
船に乗って二ヶ月が経った。天気も荒れたりすることなく青い海原を順調に進んでいく。
「思ったより小さな島が沢山あるんだね」
「サラさんが島のことを星々って言っていたわね」
「星々。綺麗だからかな?」
「きっとそうね」
「これから行くフィーネは、どれほどの島なんだろうな?」
甲板に座って三人で話すのも日常になっていた。
「夕方にはフィーネに着くはずだ。そういえば港にいた冒険者たちがフィーネは獣人たちの住む島だと言ってたな」
今日は大きな声のモリスも話に加わってきた。モリスは普段、船の操縦してるけど、たまに外の空気を吸いに休憩にやってくる。
「獣人? ボクにそっくりかな?」
「どうかなぁ? ワシも話でしか聞いたことがないからな」
「そっか。でも楽しみだなぁ!」
「大陸では出会ったことがないから私も楽しみだわ」
「あぁ。オレもない。獣人たちだけの島。街の雰囲気も違うだろうな」
夕ごはんに旅の定番、乾パンと干し肉を食べながら海を見てると島が見えてきた。
「緑の島って感じだね」
「島全体が森になってるのね」
「海のギリギリまで木が生えてるのは凄いな」
近づくにつれ砂浜も無く、桟橋以外は島に入る手段がないくらい木々が生い茂っているのが分かる。
「船を桟橋につけるから手すりに、しっかりつかまっておいてくれ」
操縦室に戻ったモリスが窓から顔を出して注意をうながす。ボクたちは甲板の手すりにしがみついた。
ゴトンッという音と共に船が接岸した。モリスの操縦が丁寧だから危険はまったくなかった。
ボクはピョンと手すりから桟橋に飛び降りた。ファディスも手すりからヒラリと桟橋に着地。サアヤは、モリスが木の板を桟橋にかけてから渡って上陸。
「ワシは船に残る。くれぐれも気をつけて行ってきてくれ」
「分かった。モリス爺も気をつけろよ」
手を振って別れる。そんなに大きな島じゃないから何かあれば、すぐに船に戻れそうだよね。
「まだ身体が揺れてる感じがするわ」
「ふわふわする」
「久しぶりの地面だからな」
桟橋でサアヤの足がもつれて転びそうになったのを支える。
「ありがとうニャーさん」
「手を繋ご」
「そうね」
これで安心だよね。ボクが転びそうになってもサアヤがいるからね。
「わぁ! 木の匂いがする!」
「新鮮で清々しい空気ね」
「少し蒸し暑いが悪くないな」
森に一歩入ると細い獣道が奥へと続いてる。木々が風に揺らされザザァーッと音が広がる。海の音も混じり合い、まるで魔物の鳴き声みたいだ。
「見て家があるわ」
「行ってみよう」
「あぁ」
しばらくすると、藁で作られた黄金色の小さくて可愛い家が、ポツポツとあちこちに建っている場所にでた。
「おや。珍しいお客さんだねぇ」
「人の子と……半獣人の子……初めて見たよぅ」
声に振り返ると、エプロン姿の白ウサギと、手にクワを持った虎がいた。二人とも言葉をしゃべるし二本の足で立ってる。その後ろにはひとまわり小さなキツネとタヌキの子供たちが五人、ボクたちをキラキラした目で見つめてる。服装は人間たちと変わらないシャツとズボン姿だ。
「こんにちは。私たちはサラさんに会うためにフィーネに来たのですが、ルフトラーガへの光の道はどこにありますか?」
サアヤがお辞儀をしてから聞くと、二人は目をパチクリさせ、そして。
「おやおや。サラさまのお知り合いでしたか」
「じゃあ。安心だねぇ」
「この道を真っ直ぐに進んでごらん」
「長老ベルガがいるぞ」
いつの間にか狼と猫の獣人も興味津々といった感じで、ボクたちの周りに集まってきた。「ありがとう」とサアヤが再びお辞儀をすると「可愛い子だね」と白ウサギは目を細める。表情が分かりにくいけど、微笑んでいるのかもしれない。
「細い道が枝分かれしてるけど真っ直ぐって、こっちでいいんだよね?」
「他の道より少しだけ広い気がするから良いと思うわ」
獣人たちと別れ、言われた通り奥に進んでいくと、どっしりしたとても大きな木が現れた。
「木の上に家があるな」
「凄いところに住んでるんだね」
見上げるほどの巨木には、鳥の巣みたいに枝に支えられるようにして藁造りの家がくっついて、縄梯子が垂れ下がり風に揺れている。
「あの縄梯子で登っていくのね」
「行ってみよう」
「あぁ」
ギシギシ梯子をきしませ登る。かなりの高さがあるから風が吹くと、落ちてしまわないかハラハラしてしまう。サアヤは風が吹くたびギュッと梯子にしがみつく。ファディスは平気そうだ。
「ついたわね。少し怖かったわ」
「うん。ドキドキした!」
登りきると、家の周りには落ちないように、しっかりした手すりと床板が作られていて安心できた。
チリーン、チリーン!
藁の家だから扉は無く布が風に揺れている。その布のすぐ側の鈴をサアヤが鳴らす。
「入れ」
中から、しわがれた声が聞こえてきた。布を手で開いて家に入る。室内は外より涼しくて過ごしやすそうだ。
「久しぶりの客人、歓迎する。まぁ、座って楽にするがいい」
部屋の中央に、頬が痩せこけタテガミもボサボサの白いマントを肩に引っかけたライオンが足を組んで椅子に座っていた。サイドテーブルに気だるげに肘をついてるけど、ボクたちを見る眼光は鋭い。
「こんにちは。突然の訪問にも関わらず歓迎していただきありがとうございます」
強い視線に臆することなくサアヤが挨拶すると、ライオンは口角を上げクツクツ笑う。
「気に入った。儂の威圧にも怯まぬとは、なかなかのものだな。儂は獣人族長老ベルガだ」
「私はサアヤと申します」
「ボクはニャーだよ」
「オレはファディスだ」
ベルガは「うむ」と立ち上がり、ボクの前にやってきた。
「お主は人間でも半獣人でもないようだが?」
「ボクはスケルトンだよ」
ピョンッと飛び跳ね、猫スケルトンに変幻してみせる。
「ほほぅ! これは珍しい。だがそれだけではないだろ?」
「うん。爺ちゃん、ドラゴンスケルトンもボクと一緒にいるよ」
再び人間に変幻して胸に手を当て、ベルガを見つめる。
「なるほど。なるほど。強大な力の源はドラゴンスケルトンのモノであったか」
「分かるの?」
「もちろんだ。このフィーネを守るため獣人は気配に敏感にできてるからな」
「守る? もしかしてルフトラーガに繋がってるから?」
「クックックッ! その通りだ。そしてここは獣人族の楽園でもある」
「楽園。もしかしてフィーネには獣人族だけが住んでるのかしら?」
「うむ。理由は色々あるが、まぁ……今は話す必要はないだろう。とりあえず要件を聞こうか」
腰に手を当て胸を張るベルガは、身体が痩せていても覇気は衰えてないし体術スキルも持っている気がする。守り人としての誇りが感じられた。




