四十一話、海へ
朝になると城勤めのピネは「遅刻だわ! お見送りできないのは残念だけどヴェルチマーさまの朝食を作らないといけないから!」と、ドタバタ慌ただしく着替えて部屋から出ていってしまった。
「ふふふ! ピネお姉さま、お家にいた時と変わらないわね」
「ギリギリまで寝てたの?」
「あと五分、あと三分、一分でもいいから、もう少し寝かせてって、お母さまに毎日いってたわ」
「フェリアはどうやってピネを起こしたの?」
「ふふふ! お布団を一気にめくるのよ。それでも起きない時はお台所で水仕事をした後の冷たい手でピネお姉さまの首を触ってたわ」
「ピネ、ビックリしたんじゃない?」
「ヒャ!? って叫んで飛び起きて目をパチクリさせて、かなり驚いてたわね」
想像するとおかしくて「あはは!」って声をあげて笑ってしまった。サアヤも朝の光景を思い出してクスクス笑う。
「さぁ! 起きましょう。今日はお船に乗るのよ」
「島に行くんだよね」
「どんな島なのかしら?」
「楽しみだね」
ベッドの上で着替えを済ませてピネの部屋を出る。窓のない廊下は少し寒い感じだけど、大扉を開けると、昇りはじめた太陽の光が踊り場や階段に差しこんでほのかに暖かい。窓の外を見ると夜とはまったく違う景色が広がっていた。
「海も見えるんだね」
「これからあの海を渡ると思うとドキドキしてしまうわね」
「うん! すっごくワクワクする」
一定間隔にある窓の外を見ながら階段を降りていく。雲の合間をすり抜け羽ばたく鳥たちと、風が強いのかヒューヒューと音もする。そんなちょっとしたこともボクには楽しくて尻尾がリズミカルに揺れてしまう。
「朝の空気はクランシャン村も王都も同じなのね。気持ちいい」
「ひんやりしてるけど新しい一日って感じがするよね」
扉番にお辞儀をして城から出ると、サアヤは両手を天に向け深呼吸をして微笑む。ボクもマネをして空気を胸いっぱいに吸いこんで吐きだす。尻尾がピンって立ち上がって、なんだか身体中が新鮮になったように気分がいい。
「港町ルゥーイまでは近いから朝ごはん食べながら行きましょう」
「ごはんあるの?」
「昨日の夜、ピネお姉さまから貰ったの」
サアヤはリュックサックからパン香りがする紙袋を取りだした。そう言えばピネは寝る前に紙袋をサアヤに渡してたよね。
「わぁ! いい匂い」
「お船で食べてって言われたけど、お腹が空いてしまったの」
「ボクもぺこぺこだよー」
昨日あんなに沢山食べたのに不思議だよね。
「少しお行儀が悪いけど歩きながら食べてしまおうかなって思ったの」
「昨日みんな食べながら歩いてたよね」
「ふふふ! そうね。こんなにもいい匂いなんだもの、すぐに食べたくなってしまう気持ちが分かるわ」
紙袋に入っていたのはボクの顔くらいある大きな木の実パン。サアヤが半分こにしてくれたのを食べながら歩く。馬車の中で食べたことはあるけど歩きながらは初めてで、いつもと違う特別な感じがして楽しい。
「昨日と変わらないくらい美味しい」
「本当ね! ふわふわだわ。木の実もカリカリして香ばしいわね」
たまにすれ違う人々は、ボクたちが食べながら歩いていても気にする様子はない。それどころか目的地しか見えてないかのように、足早に通りすぎていく。
「みんな忙しそうだね」
「今からお仕事に行くのだと思うわ」
「クランシャン村も朝は忙しかった?」
「私たちの村は朝日が昇ったら目を覚まして、その日にやることが終わったら家に帰るという感じだから、のんびりしてたわね。お父さまなんて、雨が降ったりするとお仕事を休んでたわ」
青い空を見上げながら、サアヤはクスクス笑う。故郷の家族を思い出してるのかもしれない。
「ガウムはのんびり屋なんだね。フェリアは雨の日どうしてたの?」
「ふふふ! そうね。お父さまはのんびり屋さんなんだと思うわ。お母さまは雨の日でも炊事や洗濯はかかさないし、空いた時間に編み物とかしてたわね」
「わぁ! フェリアは働き者なんだね」
「ジッとしてるのが苦手なのよって言っていたわ」
最後のひとかけらを食べてしまう頃には、港町ルゥーイが見えてきた。海の匂いも風に混じりはじめる。
「本当にすぐ近くだったんだね」
「夜だと分からなかったけど、お隣さんって感じの距離だったのね」
「うん」
王都に入る前は警戒しながら、道から少し外れて歩いていたぶん遠く思えたんだよね。
「ファディスさんとモリスさんはどこかしら?」
「きっと港だよ」
「行ってみましょう」
「少し人が増えてる?」
「ゾンビがいなくなったからかしら?」
サアヤの言葉にうなずきながらも周りを見ると、侵入者が入ったりしないように、ドアや窓に木を打ちつけられたままの家もあるみたいだ。住人の気配もない。
「でも様子が変じゃない?」
「よく見ると冒険者さんたちばかりみたいね」
「もしかしたら王都のすぐ隣だから空飛ぶ魔物を警戒してるんじゃないかな?」
「かもしれないわね」
剣を腰に差した者や、杖を持った者、なにやら難しい顔で書物を読みながら歩く者、様々だが町人や旅人とは違う雰囲気だ。はっきり言って物々しい。
「桟橋が見えてきたわ」
「船も止まってるね」
木製の桟橋には大小色々な荷物が積まれ、横付けされた船に一つずつ運び入れてるファディスとモリスの姿があった。
「忙しそうだね」
「お手伝いした方がいいかもしれないわね」
二人で手を繋いで走る。ボクたちに気がついたモリスが手を振ってニカッと笑む。
「おはよ! 手伝うよ」
「おはようございます。私もお手伝いするわ」
「おはよう。助かる。あと少しなんだ」
「おはようさん。あの木箱を三個頼む」
サアヤと二人で大きな木箱を持ち上げ、船に運び入れていく。
「間に合って良かったぁ!」
「なかなか大きな船だの」
夢中になって荷物の積み込みをしていると、聞き覚えのある声がして振りかえった。
「ピネお姉さま! それに!」
驚いたサアヤが思わず声を上げると、目深に白いフードをかぶった女王は、人差し指を唇にあててウインクする。内緒ってことみたい。
「ピネが、どうしても貴女たちに直接渡したいというので妾もついてきたのです」
「渡すもの?」
「何かしら?」
ピネは持っていた布カバンから小さな紙袋をだす。
「サアヤにはコレ、ニャーさんにはコレ、ファディスさんにはコレ」
ボクたち一人一人の手のひらに、ピネはしっかり紙袋を握らせる。
「旅の無事を願うお守りよ。着けてみて」
「妾の魔法で強化しておいたからの。低ランクのゾンビや魔物であれば消し去ることもできるであろ」
昨日のキツネの飾ってあったお店で、ピネが買ってくれていたのを思い出した。
「ピンクのお花がとっても可愛いわ。ありがとう。ピネお姉さま!」
サアヤはピネに飛びついた。ピネはサアヤを抱きしめ背中を撫でながら「絶対に無事に帰ってくるのよ」と涙をこぼした。
「わぁ! 目の青色がキラキラですっごく綺麗だね! ピネありがとう!」
尻尾をゆらし喜びを伝えると、ピネはボクのことも抱きしめて「ニャーさんもアタシの妹。必ず無事で帰ってきてね」と優しく温かい手で頭を撫でてくれた。
「美しいな。剣がモチーフになってるのか……。オレまで貰っても良かったのか?」
「もちろんよ! これから大変な旅に出る仲間なんだもの。ファディスさん貴女も無事に帰ってこないと駄目よ」
「ありがとう。大切にする」
ファディスとピネは握手を交わす。
「出航の準備ができたぞ!」
モリスの大きな声が甲板から聞こえてくる。
「それでは行ってまいります」
「じゃ! 行ってくるね!」
「必ずまた戻ってくる」
船に乗り込み手を振る。ゆっくりと船は大海原へ向かい動きだした。
ピネは顔中が涙でべしょべしょだ。声も震えてる。
「み、みんなの旅に、ひっ光を!」
女王は、そんなピネの肩を抱きよせながら、ボクたちに手を振りかえしてる。
「貴女方の旅路に光を……」
次第に桟橋の二人の姿が小さくなっていき、ついには港町ルゥーイも景色に溶けこんでしまった。




