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9:手製

「よしよし。いいよアルシエル。そのままそのまま……真っ直ぐ、ゆっくりにだよ」

 黒いバッタ脚の機械巨人であるアルシエル。その股間部のコックピットに納まった僕、イチカ・アルカラは動きの鈍い鋼の巨体をなだめすかしながらハンガーへ導いていく。

 ここはついさっき到着したフロンティア軍の輸送車両の中。

 アルシエルを基地へ運ぶ手伝いの手始めとして、LB用の座席ともいえるハンガーへ、アルシエルを格納している真っ最中ってわけ。

「ようし、いいよ。そのまましゃがんで。倒れたりしないように、大人しく固定具は受けてよ?」

『シートベルト、シートベルト! ツケナキャ違反、減点!』

「ルカが言う通り、似たようなものだしね。安全のためだから」

 不安げに震えるアルシエルに、僕はシートの一部を撫でながら必要なことだから大丈夫って声をかける。

 そんな僕のいまの格好は、普段の分厚くて動きにくい民生用のスーツじゃない。

 白をベースに鮮やかな翡翠色の硬質パーツをあしらった、動きを妨げないパイロット用のスーツだ。

 でもこのスーツは都市防衛部隊からの借り物じゃあない。と言っても、買い取ったっていうわけでもない。

 パカル叔父さんが少し前から僕へのプレゼントにって用意していてくれていたカスタムメイドのスーツだ。

 だから実は、これは純正な軍用のパイロットスーツではなくて、ウォーカービークル競技用のスポーツモデルだ。

 軍に協力することになった僕への餞別として、パカル叔父さんはこのスーツをくれた。けれど、完全に納得した上で僕がアルシエルを連れていくことを許してくれたってわけじゃない。

 今日の強盗風味たちの襲撃。アレがあって、叔父さんもアルシエルをこれ以上町に置いてはおけないって危機感を改めたからだ。

 アルシエルを移動させない限り、LBの集団の襲撃は繰り返されることになる。

 今回はしのげたけれど、次もまた撃退できるとは限らない。おまけに、襲撃の規模も、今回が限度いっぱいだと決めつけるのも危険だ。

 確かに今は向こうも、隠密に新鋭機(アルシエル)を奪い取りたいと少数で来ている。けれどいつ情勢が悪い方に転んで、なりふり構わない襲撃になるか、また別方向からもつつかれることになるか。そうならない保証はどこにもない。

 最悪、僕ひとりをかばい続けたために町を、そこに住む人たちみんなが犠牲になる。

 そこを秤にかけたら、パカル叔父さんだって僕がアルシエルに関わるのを許可するしか無かった。

「叔父さんには、嫌な決断をさせちゃったな」

 パイロットスーツを渡してくれた時の叔父さんの苦い顔。それを思い出すと、ため息が出てしまう。

『イチカ、辛イカ?』

「ん? まあね。でも、みんなの「いつも」を取り戻すには、これが一番いい方法だって思ったからさ」

 ルカのストレートな質問には、思わず笑えてしまう。

 そう。必要ならアルシエルの移動に協力する。そう決めたのは僕だし、やると叔父さんの決定を後押ししたのも僕自身だ。

 その事で、育ての親に辛い思いをさせている事には胸が痛む。けれど自分が動かないで故郷がめちゃくちゃになったら、絶対に後悔する。それに、アルシエルのことも放ってはおけない。だから辛いところはあるけれど、正しい選択をしたとも信じてる。

 そんな風に考えているうちに、アルシエルの固定が終わる。

「よくできたね。じゃあ一度降りるから、ハッチを開けてよ」

 それを受けて僕はシートの手すりを撫でて、シートベルトを外す。

 するとアルシエルは出会ってからしばらくが嘘みたいに、快く僕を解放してくれる。

 それでもシートから腰を浮かせた時には寂しげに震えてくる。

「キミを磨いたりとかもあるし、なるべく近くにいるようにするから。我慢できるよね?」

 そう言ってもう一度シートを撫でると、渋々とうなづくようにまた震える。

 最近のLBのコックピットはシートはトイレにもなるし、長時間こもっていられるように一人用としては広く作られてる。けれどさすがに四六時中こもらされるのはなるべく避けたいよ。

 というわけで僕はルカといっしょにコックピットを出て、床に向けてのスロープになった前腰の装甲を降りる。

「お疲れ様、アルシエル」

 床に足を着けた僕は、振り返ってアルシエルを見上げる。

 するとこっちを見下ろしている赤くて大きな目が「そっちこそ」とでも言うように瞬く。

 単眼みたいな3つのエネルギーガン。それを挟んで前に突き出した角に、複雑な造りで表面積を持たせた上で口のように開く廃熱機。

 そんな、見る人によっては悲鳴の出そうなほど虫みたいな顔なのに、触れあってみるといちいち反応が健気で可愛く思えてしまう。

 もっとも、その全身はほぼエレックライムで構成された、膨大なエネルギーの塊で、ただ奔放な子どものような心を宿したマシンと言うだけではない。

 力強く頼もしい。けれど同時にひどく危うい。

 そんなアンバランスさが、1人きりの小さな子どもを見つけたような、放っておけないって気にさせるんだろうか?

「イチカくん、お疲れさま」

 そこでヘルメットにコツン。接触に続いて声が伝わってくる。

「ら、ラティさんこそ、お疲れさま、です。僕の方はただ、アルシエルに指示を出すだけ、ですから」

 うわ、バイザー越しにだけどすぐ近くに! 金髪青目の美人さんの顔が頬をすりあわせるような近さである!

 変な声が出ちゃった気がするけど、おかしく思われなかったかな? 大丈夫かな?

 って、そのクスッて感じの微笑みは何なんですか!? 何なんですか!?

「なにを言ってるの。このじゃじゃ馬に指示して聞かせるのは、今のところイチカくんにしかできないんだから。私たちじゃこうは行かないわ」

 でもラティさんはてんやわんやな僕の内心に素知らぬ風でアルシエルに目をやる。

 オーケー。落ち着こう……って、メットが触れあって密着してる状態じゃ難しいけども。

 とにかくゆっくりと呼吸をひとつ。ラティさんに続いてアルシエルを見る。

 するとアルシエルは、長い逆関節の脚を畳んで座った姿勢はそのまま、コックピットハッチはファウルガード装甲部分まで固く閉じて、搭乗を拒否している。

 あれはたぶん、僕が近づかないと開けないぞっ感じかな。

「……ホントに頑固なじゃじゃ馬よね。正式なテストパイロットとして、レポートには正直に書いてやるんだから」

 それに対してラティさんは呆れたようにため息をつく。

 アルシエルの意識ははっきりしてるけど、幼い風だし大目に見てやって欲しいけど、生まれ持った力と役割を考えると厳しいよね。

「ところでイチカくん? 戦闘の後から用意してたアレって?」

 どう間を取り持ったものかと頭を悩ます僕の横で、ラティさんがアルシエルを指さす。

 正確にはアルシエルの右背中。そこのハードポイントにマウントしたものを、だけれど。

「アレですか? 急ぎで造ったから見てくれは悪いかもですけど、武器ですよ」

「えっと、メイス?」

「はい。モーニングスターです」

 アルシエルはいま背中に一本、ハードポイントにホルダーを付けて、モーニングスターを装備してる。ラティさんが言ったとおりに、鎖つきトゲ鉄球みたいなタイプじゃなくて、メイス型のだ。

 戦闘の後、僕がアルシエルといっしょに廃材を集めて作ったものだけれど、材料と時間の割には悪くない出来だと思う。

「えっと、でもアルシエルにはブレードが4本もあるのに、なんでまた急いでしかも質量武器なんかを?」

「いやその、ブレードが僕にはちょっと強力過ぎて、まだ振り回しにくくて」

 腑に落ちない風だったラティさんだけど、僕がためらいを持ってると説明すると、なるほどとうなづいてくれる。

 確かにアルシエルのブレードは強力だ。相手とぶつけ合って競り合っても、そのブレードごと斬れてしまいそうなほどに。だから素人には振り回すのが怖い。もちろん出力の調整は効くけども、加減をして戦えるほどの自信はまだない。

 戦いの場で使うのに躊躇してしまう武器というのはかえって危険であるっていうのは実感した。慎重を通り越して、おっかなびっくりが危ないっていうのは、どんな道具でも同じことなんだけども。

 そこでモーニングスターだ。これなら勢い余って唐竹割りってことはないだろうし、エネルギーブレードより遠慮なく振り回せる。

「それだけじゃなくて、LB相手には有効な面もあると思いまして」

「そう? そうなの?」

「はい。LBの、少なくとも現行のものの構造上、間違いなく」

 現行のLBはすべてモノコック構造。つまりは外骨格型の構造だ。

 人間の感覚からするとイメージしづらいだろうけれど、これは体を支える骨格の役割を外装に委ねているということだ。

「つまり、装甲を割れれば、それだけで骨折に相当するんですよ」

「なるほど。理にかなってる話ね」

 もちろんちょっとやそっと装甲が歪んだ程度で、機体が崩壊するようでは兵器として話にならない。けれど影響がでるのは確実だ。

 付け加えて、装甲外殻を砕いた場所によっては、パイロットは生かしたまま、しかしLBを一撃で行動不能に追い込むこともできる。

 装甲を砕けばその内側の部品も併せて粉砕することになる。カニの背中をハンマーで砕けばどうなるか。それを想像してもらえれば分かりやすいと思う。

「でも、あのメイスでLBの装甲を割れるの? EL浸透チタンを」

「絶対無理とは言いませんけど、やっぱりその前に折れると思います」

「それはそうよね。だから実体白兵武装は廃れているわけだし」

 LBの装甲を含めた構造材であるEL浸透チタン。この従来の金属とは一線を画する高剛性材質を実体武器で破壊するには相当な質量とエネルギーが必要になる。

 なら同じ材質で作ればいいと思うかもしれないが、そうはいかないのがこのEL浸透チタンのややこしさだ。

 製造法そのものはものすごく単純。ただチタン合金をエレックライムに浸け置く。それだけ。

 たったそれだけで巨人兵器を支えて余りある強度をもった物質が完成するんだ。ね? 簡単でしょう?

 こうして改めて考えると、エレックライムって物質は便利過ぎて、万能過ぎる。もう革新的エネルギー物質と言うより、超万能物質って言ってもいいんじゃないかな?

 とまあ、そんな万能物質による剛性強化だけれど、残念ながら落とし穴もある。

 それが、ある条件下に無いと強度が戻るということだ。

 で、その条件というのが、エレックライムと接触しているってことなんだ。

 つまり、浸透チタンの強度維持には、生きたエレックライムが常に必要になるっていうことになる。

 この条件は、内部にエレックライムが血液のように循環しているLBの機体そのものにとっては何の問題もない。けれど浸透チタン製の実体白兵武装を作る上では致命的だ。

 使用していない間でも、メンテナンスに常に生きたエレックライムが必須というのは無駄が過ぎる。

 戦闘に持ち出すにも、まさかエレックライムに満たした鞘に包んで持っていくわけにも行かない。

 武器の内部に仕込んだにしても、中のエレックライムを生かすためのエネルギーは必須だ。

 そしてなによりも問題なのは、それだけの手間をかけても武器として扱う以上は破損、消耗とは切っても切り離せないということだ。

 実用品のエネルギーブレードがある以上、そうした高コストな実体武器を使う理由はない。だから実体武器はナンセンスと、見向きもされていないというのがLB装備開発の現状だ。

「まあ、あれで装甲を打ち砕くっていうのは、あわよくば……っていう程度ですから」

 僕だってその辺りは百も承知で、強度に劣る鋼材でジャンクメイスを作った訳で。最初からボコボコとLBをへこませて穴を開けられると期待してる訳じゃない。

「というと? アレで何をするの? 装甲を割るつもりがないなら、中身を揺らすだけ?」

「はい! まさにそれですよ!」

 僕がジャンクメイスに期待しているのは、まさにラティさんが言ったとおり。LBの中身へのダメージだ。

 中身、といっても、パイロットを衝撃で揺さぶるのがメインじゃない。それは腰回りに的確に打ち込まないといけないから難しい。揺さぶるのはむしろ、装甲の奥にある部品たち。そこへのダメージが主な目的だ。

 実体武器の強みは、装甲に阻まれたとしても、そのエネルギーのいくらかは中に伝わるってことだ。

 その衝撃は中の機械の噛み合わせを乱して動きを鈍らせるだろうし、もしかしたらエレックライムの循環を乱すかもしれない。

 僕がバイトで回収してきたジャンクの中には、脱落した時か何か、衝撃の影響で故障した部品がいくつもあった。

 叩けば直る。なんて乱暴な事を言う人は未だにいるみたいだけど、叩けば壊れるんだ。

「アルシエルで工作してる時は何してるのかと思ってたけど、色々考えて作ったのね」

「まあ、材料が材料ですし、素人考えですけどね。ちょっとでも役に立てばいいかな、とは思ってます」

 そんな風に話をしていると、不意に後ろから肩を掴まれる。

「よお、お二人さん。仲が良いのは結構だが、もう出発だぞ?」

「あ、はい。すみませんピッコロ少尉」

「なに、お前さんは気にすんなって。善意の協力者に働けなんてケツ叩く気は無いからよ」

 そう言ってピッコロさんは僕のメットの上で手をポンポンと弾ませる。

「あの、子ども扱いはやめてくださいよ」

「悪い悪い。実戦経験者にやっていいこっちゃなかったわ。許してくれな」

 見上げながら僕が抗議すれば、軽い調子だけどもすぐに謝ってくれる。

「まあでも、イチカにはアレの機嫌さえ取っててもらえばいいから。頼むな」

「ええ。また脱走なんてされちゃたまりませんからね」

「ガラティア。お前は仕事しろよ。お気に入りの少年に頬擦りしてないでよ」

「ちょ!? ピッコロ少尉ッ!?」

 その一言に、ラティさんがとび跳ねるみたいにピッコロさんに掴みかかる。

「キシシシシ! んじゃイチカ、そっちは頼んだからな」

「いくら先任だからって! 今日という今日は許しませんからね!」

 けれどピッコロさんはひょいとラティさんを避けて、そのまま追われながら行ってしまう。

「……じゃ、アルシエルを磨こうか」

『賛成。賛成』

 それをしばらく見送っていた僕だけれど、とりあえずは頼まれたとおりにやろうと、道具を取りに動き出した。

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