10:理由
フロンティア軍基地に向かって月面を進む大型輸送車両。
その食堂でいま僕はハンス隊のみんなと食事を囲んでいた。
オイルドレッシングをかけた彩り鮮やかなサラダ。
パスタは赤いトマトソースにとろけたチーズの白の絡んだもの。
小ぶりのハンバーグは刻んだキノコのソースがけだ。
「さ、たんとおあがりなってな」
そんな料理を前に軽い調子ですすめてくるのは、上半身のインナースーツをさらした上にエプロンをかけたピッコロさんだ。
「ピッコロ少尉、お前また勝手に色々使ったな?」
「いやいや隊長。糧食にちょいちょいしただけですって。調味料と油はちゃんと私物ですしおすし」
「これ、ピッコロさんが作ったんですか?」
「そう。これで料理が趣味らしくて、うちの隊の食事にはちょくちょくピッコロ少尉の手が入ってくるの」
「ま、食にうるさいイタリアと日本の血が騒ぐっていうかね? 冷やっと味気ない飯食っても気合入んないだろ?」
そう言ってピッコロさんは「賞味期限はあったかいうちだぜ」と重ねてすすめてくる。
「日本人の血がっていうのは分かる気はします。じゃあ、いただきます」
なので僕はすすめられるままに目の前の食事に手をつける。
まずはサラダから。シャクシャクとした歯ごたえに、野菜の旨味を塗りつぶさないドレッシングがいい具合だ。
「美味しいですね。ドレッシングもピッコロさんの?」
「お、分かるか? もちろん手製だぜ」
ご機嫌に親指を立てるピッコロさんの前で、僕はどんどん食事を続ける。
パスタも肉や野菜の旨味を含んだトマトソースとチーズがよく絡んで、ハンバーグもキノコソースの香りが爽やかだ。
「いや嬉しいね。味を楽しんでもらえるってのは。隊長もガラティアもお小言の方が先にくるからよ」
ピッコロさんは言いながら、隊長やラティさんをチラリと見やる。すると二人とも、その視線から気まずそうに目をそらす。
「……味が良くなったことに文句を言ったことはないだろう」
ポツリとハンス隊長はピッコロさんに返して、ハンバーグの付け合わせのポテトを口に運ぶ。
ピッコロさんはそんな上司と同僚に軽く笑って、自分も食事の手を動かす。
「……そう言えばイチカ、日本人の血って話が分かるって言ってたが、お前さんもそっち系か?」
「はい。母が日本人で。父は先住民系の、マヤ系メキシコ人なんです」
「へえ。顔立ちから日系、アジア系だとは思ってたけど、そういうハーフなのね」
「ハーフって言っても、ほぼ完全に黄色人ですけれど」
枝分かれした黄色人種同士の混ざり合い。
それがこの僕、童顔イエローボーイを生みだしたルーツというわけで。
日本の街で歩いていても、違和感を感じる人無しで普通に溶け込めると思う。ただおまわりさんに学校、それもジュニアハイスクールに連れていかれそうだけれども。
「そっかそっか。そう聞くとますますイチカに親近感を感じるな」
「はい。ピッコロさんは名前からそうじゃないかと思ってましたけれど、奇遇ですよね」
「だよなあ。ところでイチカって、字はどんなの書くんだ? やっぱり男につける場合だと一に翔る? いや夏か?」
「や、僕のはそのどちらでもなくて、霞を逸するで、逸霞です」
「ほうほう。面白い字を当てるもんだな」
言いながら指で漢字を書いて見せたら、ピッコロさんはふむふむと興味深げにうなづいてくれる。
「むぅ……二人だけの話題でずいぶん盛り上がってますね」
その一方で、ラティさんからは退屈そうな抗議の声が出る。
「お? なんだなんだ嫉妬か? ジェラシーか? ナオトお兄さんばっかかまってないで、お姉ちゃんともお喋りしようよってか?」
「どうしてそういう方向にばっかり話をもっていくんです?」
「キシシッ……決まってるだろ俺が面白いからだよ」
「アナタって人はッ!?」
楽しそうに言うピッコロさんに、ラティさんは椅子を蹴立てて立ち上がる。
「ま、まあまあ……ラティさん落ち着いてくださいよ」
僕がなだめに間に入るけれど、ラティさんは収まりがつかないようでピッコロさんをにらんでる。
こういうところを見ると、アルシエルに対しての件といい、結構カチンときやすいタイプみたいだ。
それにしてもピッコロさん、慣れてるのかもしれませんけどニマニマ笑うのは止めてください。それだけで挑発になってしまいますから。
ますますピリピリしてくるラティさん。
それに対して余裕を崩さないピッコロさん。
そんな二人の間で僕がオロオロしていると、ふと固いもののぶつかるような小さな音が響く。
本当に小さな。小さな音。
普通に食事をしていれば聞くこともあるありふれたそれが、やけに大きく響いた。
なぜか無視できないそれに僕らが目を向けると、そこにはフォークを休ませて机に手を置いたハンス隊長の姿があった。
「……ピッコロ少尉にオーランド少尉。食事は喧嘩しながらするものか?」
隊長さんが低い声でひとにらみに。すると物騒な方向に高ぶっていた空気が一気に冷えてしぼむ。
「……いえ、違います」
しゅん、としぼむようにして、ラティさんは浮かせた腰を椅子に戻す。
「子どもではないのだから分かっていることは実行するように」
たくましく角ばった体躯から吐き出されるズシリとした声。ラティさんはそれにのしかかられてしまったかのようにさらに身を小さくしてしまう。
「……で、ピッコロ少尉?」
「はい小官も調子に乗りすぎましたでっす。はい」
続いてにらまれたピッコロさんも素直に自分のやり過ぎを認める。軽い調子は崩さないままに、だけれど。
ハンス隊長はそんな悪びれた様子のないピッコロさんにため息を吐くと、今度は僕に顔を向けてくる。
「すまないね。落ち着きの無い連中で」
「あ、いえ。僕なら平気ですよ」
隊長さんの厳つい顔がこっち向いた時は、正直ちょっとギクリとしたけれど、特に何もなくてホッとした。
「……快く力を貸してくれている市民に理不尽に当たったりはしない」
「え? あ、すみません、顔に出てましたか!?」
「いや大丈夫だ、気にしていない。強面なのは自覚しているから……慣れているから、な」
メチャクチャ気にしてる!
ちょっとやそっとじゃ揺らぎそうにないくらい、武骨で頼もしい体格と顔つきをした隊長さんは、その実結構繊細でした!
「ご、ごめんなさい! そんなつもりはなくて、お二人が叱られていた流れからだったので、つい思わず……」
「ああ、うん。分かっているよ、分かっているとも。気を使わせてしまったようですまないな」
うわあ……ハンスさんは平気だって言ってくれてるけれど、陰った顔は全然晴れてない! 角張って彫りの深い顔なだけに余計に影が濃く見える。
どうしよう。もっとしっかり謝るべきなんだろうか? でもあんまりしつこく繰り返して謝っても余計に気にさせてしまうかもしれない。僕の気にしすぎなんだろうか? でもデリケートなところを踏んでしまったんだから、気を使いすぎてやりすぎってことはないはずだし。
僕がそんな風に内心で頭を抱えていると、ふと足元にぶつかるものがある。
足を蹴ってくるのは何者だろうか。そんな疑問に僕が目をやると、そこには6つある脚のひとつで僕の足を小突くルカがいた。
「ルカ? どうかした?」
『本当ニ申シ訳ナイトイウ気持チデイッパイナラ、這イツクバッテ豚ノ真似ダッテ出来ルハズ……豚……豚ハ、死ネ!』
「だからなんなのさ、それって……」
ルカがいきなりに突っ込んできた意味不明なセリフに、僕は思わず感じためまいに頭を抱えてしまう。
「そう言えばイチカくん、そのルカっていうの連れてきたのね」
「あ、はい。僕は置いていこうか、とも思ってたんですけど、パカル叔父さんが連れていけって」
僕にとって頼もしい助手であることに違いはない。だけれど、仕掛けからリサイクルセンターに置いていく方がたくさんの人の役に立つのも確かだ。
だから叔父さんに預けてって思ってたんだけど、僕の方が必要にするはずだって、助手役として連れていかせてくれたんだ。
「ミックシリーズの3番モデルだったか? ずいぶんとまたフリーダムになるように手を入れたモンだな」
「ええ、まあ。考えていた以上になりましたけど、その分柔軟に手伝ってもらえてるので、助かってます」
僕も、手を入れた時にはこんなにまでするつもりはなかったんだけどね。
何が原因かっていうのには、心当たりはある。といっても、アルシエルと見比べていて思いついたんだけれど。
「……どことなく新型に、アルシエルに通じるところがあるか?」
そんな僕の内心を見透かしたかのように、ハンス隊長がポツリとつぶやく。
何気ない風な一言だったけれど、核心を突いた言葉。それに僕の背筋はギクリと張りつめる。
「イチカくん? どうかしたの?」
「いやあ、その……」
どうしよう。正直に話すべき? ごまかそうにもここで詰まっちゃったから何かしらあるってのは分かっちゃっただろうし。
「なんだ? 実はバッテリーにエレックライム仕込んでるとかか?」
「はい。その通りです」
うん。正直に白状した。言い当てられちゃったらシラを切ることも無いだろうし。
「……マジで? 完全に適当に言ってみただけだっんだけど……」
言い当てたピッコロさんがビックリしてても、たぶん僕の態度でバレただろうし。自分から明かした方がいいよね。うん。
「大当たりですよピッコロさん。三年くらい前に、拾いものの中から見つけたほんのちょびっとをルカにつっこみました」
拾ったジャンク品の所有権は、回収された時点で回収した者が持つ。これはフロンティアの法が定めているれっきとした権利だ。
といっても、リサイクルセンター内の集積所で解体待ちの段階では、もちろん個人ではなくセンターにある。
だけれども、廃棄エリアにあるものは別だ。それらは一度完全に溶かして塊にするのを前提にした、そのままでは再利用しようにも余計な手間のかかる廃材たちだ。
そこにあるものは自由に持って行っていい。
そう言われていた僕は、小さな頃から度々使えそうな部品をあさりに廃棄エリアに行っていた。
それで三年前、いつものように廃品回収オブ廃品回収に行っていた僕は、回収漏れのエレックライムを見つけたんだ。
見つけたって言っても、そこは回収されずに廃棄されたもの。少し見ただけじゃ、もう何のエネルギーも残ってない死んだものの塊にしか見えなかった。
でもその時の僕は、輝きを失って濁った粘液の中に、ほんの僅かな輝きを見逃さなかった。
ほんのわずかな、涙一滴程度の生き残り。それを僕は大急ぎで疑似太陽光にさらして、一番手っ取り早い栄養豊富な有機物として、自分の手から出した血を与えたんだ。
そうして活性化して息を吹き返したエレックライムを慎重に増殖。
十分な量に安定させて、ルカのバッテリーと交換して今にいたるっていうわけだ。
その後すぐに叔父さんには知らせた。
僕がエレックライムを個人所有してしまったこと。その原因である見落としに、パカル叔父さんは頭を抱えてた。けど、僕は報せるのが遅かったことを叱られただけで、ルカを取り上げられたりはしなかった。
当時はルカが手元に残された事にただ安心しただけだったけれど、思うに叔父さんには、あの時ずいぶん面倒をかけたんだろうな。
ルカの非常用バッテリーとしての活躍とか、余剰分や素早い発見で生きたエレックライムが確保しやすくなったことで、元は取れているのかもしれない。けれどそれとこれとは別の話だよね。
「……で、振り返ってみると、ルカが色々と言わないでも動くようになったのは、あの改造をきっかけにして、ですね。ルカといいアルシエルといい、使ったメカがこんな風になるって奇妙な話ですよね」
『ルカ、アルシエル、同胞。同胞』
「そこは仲間とか、友達でいいんじゃないの?」
そんな僕らのやり取りに、ハンス隊長は難しい顔を向けてくる。
大丈夫。アレは考え込んでるかなにかだ。多分。きっと……!
アルシエルとルカ。エレックライムをボディに対して多く用いたことで自意識の強くなった彼らのつながりについて考えてるんだろう。
「ああ。つながりって言えば、あの日あの時、アルシエルがやってくる前後で、ルカが勝手に何かと交信してましたね」
「本当に? まさか、アルシエルと?」
振り回された当人であるラティさんとしては気になるよね。
「かもしれません。あの後も通訳したりとかしてましたし。ルカ、そうなの?」
『ソウダヨ。アノ時、パイロットヲ探シテ泣イテイタアルシエルニ、オススメノガイルヨッテ呼ンダンダ」
「泣いて、いた?」
『自分ノコトヲオ構イナシニ、一方的ニ振リ回サレルノハ嫌ダッテ、自分タチノ心ヲ知ッテル人ガイイ。ソレガ、アルシエルノ泣声』
「人を乗せて戦う、機械でしょうが……」
そんなアルシエルの心情を聞かされて、ラティさんは沈んだ声で苦々しくつぶやく。けれど言葉そのものとは裏腹に、弱い声のトーンにはどこか自嘲的な響きを感じる。
「キシシシシッ! まるで海に逃げるたい焼きだな? なあ、喧嘩して逃げ出されたガラティア少尉さんよ?」
そんなラティさんへピッコロさんが軽口をぶつける。
そんな、落ち込んだ人へさらに重石を乗せるような言葉には、僕もモヤッとしたものを感じる。
「……分かった、分かりましたよ。いまの言葉は軽率でしたって。言い過ぎた、悪かったよ少尉」
僕の顰蹙、そして隊長さんの厳しい目を受けて、ピッコロさんは慌ててヒドイ軽口だったと謝る。
「いえ。新鋭機の特性を読めずに、脱走させてしまったことは事実ですから」
でもラティさんの顔は晴れないで、落ち込んだままだ。
「えと、その……気を落とさないでください。兵器と思ってテストをしてたわけですから、まさかあんなにくっきりと自我を持ってるとは思わないでしょうし、自由にさせるわけにもいかないですよね? ね?」
「イチカ君の言うとおりだ。俺が知る限り、オーランド少尉ほどに柔らかな操縦が出来るものはいない。仮に俺がコックピットにいたところで、同じことだっただろう」
僕が援護を求めたのに続いて、ハンス隊長もまた僕の言葉を後押ししてくれる。
「その場合、イチカを下敷きにしてたのはガラティアの尻じゃなくて、隊長のムキムキなケツになってたワケだな」
その後にきた、ピッコロさんの冗談めかしたたられば話。それに僕はついついそのもしもを想像してしまう。
僕よりもずっと背が高くて筋肉質な隊長さん。その体重と、スーツ越しにも固い筋肉の塊に押し潰される僕。その予想図は正直、思い浮かべただけでゾッとする。
「……ラティさんで良かったです」
「キシシッ! そうか!? ま、そりゃそうだよな? イチカも純粋無垢な顔しちゃいるが、男だってことか!」
「ちょ! やめ、やめてくださいよ! あの時はそんな余裕なかったですし、そういう意味じゃなくて、体格的な意味で、ですから!」
「で、本音は?」
「……正直、スーツが分厚くて残念だな、くらいは……って、何言わせるんですか!?」
ピッコロさんにからかわれながら、僕はラティさんがセクハラだと気を悪くしてはいないかと、そちらへチラリ。
するとラティさんは耳まで真っ赤になって、八の字眉の困り顔でプルプルと震えていた。
まずい。
これはまずい。
「ご、ごめんなさいラティさん! こんなトコでする話じゃありませんでしたね!」
「あ、や、その……イチカくんのは、恥ずかしいけど嫌なわけじゃなくてね?」
「でも、恥ずかしい思いをさせてしまったわけで……」
「ああ、イチカ。これは大丈夫だから。ガラティアからしてみれば満更でもないってやつだから」
「ちょっと、どうしてそうピッコロ少尉は!?」
僕が重ねてお詫びしようとしたところに、ピッコロさんが割って入る。
ラティさんの内心をよそから勝手に語るその言葉に、本人が口を塞ごうと手をのばす。
―ドッゴォオオオンッ!!―
「う、わあッ!?」
「きゃあッ!?」
だけどその瞬間、爆音と振動が僕らを襲った!




