15:意見
「君たちも楽にしたまえ」
そう言うのは、私たちの正面のデスクに着いたテイラー基地司令だ。
私、ガラティア・オーランド少尉を含む、兵装試験部隊ハンス隊のパイロットチームは、帰還してすぐの報告を求められて司令の執務室に連れてこられたのだ。
「ハッ、失礼します」
隊長を中心に横一列に並んだ私たちは、「楽にするように」との言葉に揃って返事をして「気をつけ」の姿勢を緩める。
「さて、先に通信で報告をもらってはいるが、これは本当なのかね? 新型LBの暴走の原因は自我の覚醒である、と?」
「荒唐無稽な話であるとは思いますが、そうとしか説明のつかないことが実際に起きております」
「言い訳をするわけではありませんが。私の操縦はまるで受け付け無くなってしまっていました」
環太平洋連合軍の新型機アルシエル。これに私が乗ってテストしていた最中に起きた暴走事故。
あらかじめ通信で報告を入れていたその原因を後押しする形で、隊長と私は首を縦に振る。
「ライムブラッドが自我に、か。意思を持った兵器だ、などと……まるでムービーかコミックじゃあないか」
「同感です」
「……だが、格納庫での様子を見る限り、リアルなのだろうね」
「認めるしか、ありませんね」
あの激しい威嚇と、それをイチカくんが抑え込んでいた様子を目の当たりにしては、どれだけ疑り深くても信じるしかないでしょう。
「それで、その目覚めた自我が選んだのは、民間人のイチカ・アルカラ君だけ、というわけか。頭が痛いな」
そう言ってテイラー司令は頭痛をこらえるように指を添えてため息をつく。
「はい。イチカくん以外の人間は操縦席には全く受け付けようとしません」
アルシエルは確かに、性能面でいえば従来のLBをはるかにしのぐものを持っている。
でも乗り手を馬以上にえり好みをしてる。
騎馬の時代なら気性が荒すぎて駄馬以下。使い物にならないとされるようなものだわ。
「はっきり申し上げまして、兵器としては落第です」
そう。民間人に戦いを強いる兵器などあってはならない。
そんなもの、私は兵器とは認めない。
でも、対する司令の言葉に私は耳を疑った。
「……しかし、映像で目の当たりにしたが、あの性能は素晴らしいかった。あれは惜しいな」
「そんな、司令!?」
信じられなかったのは隊長も同じようで、信じられないと前のめりに。
「アルシエルは今のままでは民間人に乗ってもらわなければまともに制御も効きません! 軍人の乗り手を探すべきです! 最悪の場合は、単に大量のエレックライムの塊として電源化するのが妥当であると意見します!」
運用し続けるならアルシエルに乗れる人間を探す。
これは私と隊長の共通の見解だわ。
イチカくんの能力、人格を信じてないからじゃないわ。
性能の秀でた機体に選ばれたからって、彼は民間人なのよ。
守るべき民間人を戦わせる。
民衆の盾となるべき軍人として、それは無能の証明でしかないわ。
それはともかく正規のパイロットを受け付けず、暴走するような危険な機体は、いっそ解体してしまう方が正解なのではないかとも思える。
パカル氏が言っていたように。
だけれど、それをやるにはアルシエルは危険過ぎる。
今は確かにパイロットとしてイチカくんを求めている。けれど、アレは無人でもさんざんに動き回ってる。
大人しく解体させてくれる訳がないわ。
で、暴れだしたらあの性能。
取り押さえるなり破壊するなりするまでに、どれくらいの被害が出るか想像もつかないわ。
それにもし逃がしてしまえば、完全に敵対されることになってしまう。
そうなればイチカくんが取りなしてくれたとしても、アルシエルが受け入れるとは思えないわ。
最悪、ずっと襲撃をかけてきてる連中みたいな、どこぞの軍に回収、利用されてしまうかもしれない。
「ですから、私たちはアルシエルを電源として封印。脱走を防ぐため、イチカくんを定期的に面会に招くべきだと考えます」
これが諸々の事情に応じた、最もベターな考えだと私は信じている。
まあ……多少、私自身もイチカくんと顔を合わせる機会が残るのを嬉しくは思ってる。知り合ってまだ短いけどだいぶ親しくなれた相手だし。個人的な恩もまだ返せてないし。単に親しくなれた知人だから! 私が年下好みなのは確かだけど、他意はないから! だからピッコロ少尉がほんのりにやけるようなことはないから! ないったらないから!
「……たしかに道理だが、すでに新型機の存在はその性能の一端とともに知られてしまったのだろう?」
けれど司令の指摘に私と隊長は勢いを削がれてしまう。
「はい。アルシエルの暴走をかぎつけた部隊と、すでに数度に渡って交戦しております」
「その部隊の所属は特定できてないのだったね?」
「残念ながら。テロ組織らには多く出回っているタイプのもので、どこの手のものかは……」
そう。あのフルフェイスメット型の頭をしたLBは、ライムブラッドのAKとも呼ばれているもの。
構造も部品も何から何まで汎用規格そのまま。しかも数の大小はあれ、使ってるところが多すぎて特定できないなんていう代物なのよね。
「確か確認できたのは五機、だったね。それほどの数を一部隊で運用できるとなると、ユーラシア共同くらいなものだが……決定的な証拠にはならないな」
確かに、比較的安価に抑えて、各地に出回っていると言っても、一部隊三機編成以上で構成できるような所は限られてる。
けれどテイラー司令の予測どおりだとしたら、敵の規模としては最悪の部類に入るわね。
「すでに敵に存在と性能の一端を知られてしまったからには、それに対応した戦力をぶつけて来ると考えるべきではないかね?」
「背後関係が予測どおり間違いなければ、仰るとおりのことになるでしょう」
確かに司令が予想したように、もし襲撃者の背後に共産同盟がいるなら、さらに戦力を整えてきてもおかしくない。
木っ端のテロ屋集団や傭兵たちと違って、控えとなる戦力を抱えているはずなのだから。
つまり次の襲撃があれば、この基地とアルシエルをどうにかできると計算された戦力と段取りを整えてくるはず。
それをアルシエル抜きに凌げるのか。そうテイラー司令は仰いたいのか?
「差し出がましいようですがしかし、だからと言って民間人に戦いを強いるのが正しいとは思いません。たとえどれだけ敵の戦力が充実しようとも、イチカくんを頼らずに退けるようにすべきです」
「オーランド少尉!?」
隊長は咎めるように呼ぶけれど、もう止まらない。
理屈はどうあれ、できるからってイチカくんを戦わせることが正しいはずがない。
もちろん上官の命令に抗うなんてとんでもないことだわ。
だけどまだ、司令から正式な命令として勧誘説得を打診されてるわけではない。
今の段階なら現場の意見として収まるはず。
「なるほど確かに。軍人としての倫理からすれば、オーランド少尉の考えは至極真っ当なものだ。気高き民衆の盾として模範的な判断だ」
「ありがとうございます」
上官に対する態度ではない。そう罰せられないかと内心ドキドキものだったけれど、司令の穏やかな声には正直安心した。
「だが、誇りや気高さだけでは国民を守ることは出来はしないのだよ。お綺麗な精神論は生き残りの手段すら狭めることになる」
でも続いた司令の言葉は、私の考えを青臭い理想論に過ぎないと切り捨てるものだった。
「実際に新型を封じ、その上で強奪しようという連中を万策もって迎え撃ったとしよう。しかしもしもの事態があれば……いや、仮に新型の拘束を破壊されたらというだけでいい。どうなると考えるかね?」
「それは……」
もしもそうなったところで、アルシエルは勝手に襲撃者を切り伏せるはず。
だけれどその先は?
きっとアレはそのまま襲撃の混乱に乗じて脱走してしまう。
そうなれば、行き先はイチカくんの帰ったリサイクルセンター街よね。
つまり、またあの居住区が戦火に巻き込まれることになる。
それも、戦いから遠ざけたはずのイチカくんを結局また巻き込む形で。
実際に指摘された通りの事態を想像して、その行き着く先に私は自分の顔から血の気が引いたのを実感した。
「想像できたかね? 付け加えて、巻き込まれた彼には気の毒な話だが、彼はすでに新型機のコックピットから機密を知ってしまった。いくら庇ったところで窮屈な暮らしを強いることにはなる」
その通りだわ。
アルシエルを制御できる現状唯一の人間だから処断を免れてはいるけれど、イチカくんが軍の機密に触れてしまったことはもう動かしようがない。
機密を漏らした私が処罰されるのはいい。
でもイチカくんがよくて監視付き。悪ければ軍の施設に監禁されることになってしまう。
そんなの納得できるわけがない!
「だからこそ多少でもマシになると思える選択肢があるのなら、誇りを棚上げにすることも必要ではないかね? 具体的には、彼をスカウトして君たちのチームで一人前のパイロットに育て上げる……とか、ね?」
「それは……!」
確かにその方がイチカくんにとっていくらかマシな境遇になるのかもしれない。
でも本当にそれでいいの?
イチカくんの境遇が多少マシになるだけの選択肢に誘導されているのでは?
もっと、なにかあるのでは?
あきらめなければ、考え続ければ。きっとみんなが納得して八方丸く納まる方法だって見つかるはず。
「構わん、発言したまえ、ピッコロ少尉」
そうやって私が踏ん切りをつけられずに思い悩んでいるのをよそに、ピッコロ少尉が手を挙げて発言の許可を求めていた。
「スカウトするにせよ何にせよ、本人の意思も重要だと思います。なんで、まずイチカ・アルカラ本人と相談して、意思確認しながらってことでどうでしょ?」
「少尉、君は相変わらず口の利き方が悪いな」
「スンマセン。こればっかりはどうにも。で、どうでしょうかね?」
注意を受けてなおも砕けた口調を整えないピッコロ少尉。
対する司令は深い、それは深いため息をひとつ。
それに私と隊長は冷や汗をかく。
「分かった。ピッコロ少尉の考えで構わない。本人にもこの段階で話をしたまえ」
「ありがとうございます」 けれど司令はピッコロ少尉をそれ以上咎めるでもなく、少尉の段取りにゴーサインを出したのだった。




