16:博士
「モップとバケツって、これでいいのかい?」
「はい。ありがとうございます!」
貸して下さいと頼んだ掃除用具を受け取って、僕、イチカ・アルカラは見よう見まねの敬礼を返す。
「おう。ほんじゃ、使い終わったら返してくれな。置場所はアソコだから」
「分かりました。忙しいところをありがとうございました」
「なに、こん位いいってことよ」
若い整備士さんに僕はもう一度頭を下げて、モップとバケツを手に、ある方向へ向かう。
「やあ。お待たせ、アル」
向かった先っていうのはもちろん、アルシエルのところだ。
折り畳まれた長いバッタ脚。
その間から声をかければ、バッタみたいな顔が僕を見下ろして、その赤い目を点滅させる。
点滅って言っても緩やかなリズムを刻んでのもの。それに合わせての柔らかな振動波も、まるで猫が喉をゴロゴロ言わせてるみたいなものだ。
待ち遠しくてたまらなかった。とでも言うようなその様子が愛らしくて、僕はなんだか笑えてしまう。
「ごめんごめん。すぐ始めるから。ルカ」
『アイサー』
頼もしい助手に声をかけると、ルカはそのテントウムシみたいなボディを僕の腰に取りつかせる。
準備よし。
腰に着いたルカの姿を確かめた僕は、モップを湿らせてジャンプする。
弱重力の中をふわりと跳び上がった僕の腰から、ルカがワイヤーアンカーをショット。
吸着式のそれはしっかりとアルシエルの装甲表面にくっついて、僕をジャンプするだけじゃ届かない高さにまで引き上げてくれる。
「それじゃ、戦いの埃を落とそうね」
虫の顔のような胸の上。
そこに降り立った僕はモップを足場にした装甲に下ろしてみがき始める。
ラティさんたちハンス隊の皆さんが、司令官さんに連れていかれてから少し。
アルシエルはいくらか落ち着いたけれど、もう少しなだめておいた方がいい。
開発者さんの代表が来るらしいし、少しでもアルシエルが穏やかでいられるように。
僕はそう思って、こうして装甲みがきを始めたんだ。
アルシエルは装甲をみがかれると気持ちがいいのか、これが好きだからね。
人間で言うところの、シャワーを浴びるようなものなのかもしれない。
「どう? かゆいところってあったりする?」
そんな冗談を言いながら、僕は装甲表面に着いた白い砂を拭い取っていく。
旧時代なら「月の砂」だってありがたがられたかも知れないものけど、僕にしてみたらただの砂ぼこりだしね。容赦なく落とすよ。アルシエルの黒いボディには目立つ汚れだし。
「なんだこれ?」
そうして洗浄作業を続けていた僕は、ふとモップに引っ掛かりを感じて、そこに目をこらす。
するとそこには、細く一本筋を書くように盛り上がりができている。
よくよく見回してみれば、同じようなものがそこかしこにいくつもある。
そんな無かったはずの不自然な装甲の盛り上がりに、僕ははてなと首をひねる。
「そこの! 白と緑のパイスー着たの!」
そうして疑問を抱えていたところへ、ふいに声が投げかけられる。
その女性のものらしい声の出どころ。下方向へ目をやると、そこでは白衣姿の人がこちらを見上げていた。
「僕ですよね?」
「そうだよ、お前だろ!? アルシエルの暴走を止めたのって!」
どうやら到着みたいだ。
「それじゃあアル、終わったら続きやるからね」
そう言って僕は名残惜しそうなアルシエルから後ろ向きに飛び降りる。
もちろんルカに命綱を出してもらうためだ。
「すみません。お待たせしました」
そうして床に降り立った僕は、そこに待たせてしまった白衣の女性に向き直る。
「この振動、アルシエルの声なのか……本当にコイツとコミュニケーションを……」
だけれど黒髪の女博士は、アルシエルの出した振動波に驚いていて、僕のことにまるで気づいてない。
「確かに可能性は示唆されてはいたけれど、それがまさかこんなにくっきりはっきり……」
「あの、すみません。お待たせしました」
「おわ! あ、いや、こっちこそ悪かった。つい気が逸れちゃってさ」
そう言って白衣の女性は軽く頭を下げる。
背丈は僕と同じか……もしかしたらちょっと高いくらいかもしれない。
最近知り合う人知り合う人みんな僕より背が高い人ばかりで、ちょっと悔しい。
「イチカ・アルカラです。はじめまして」
「ああ、アタシはキョウコ・シキシマ。よろしく」
身長の話は脇に置いて、僕らはお互いに名乗りあって握手をする。
でもシキシマか。何かで聞き覚えがあるけれど。
「あの、もしかしてシキシマ技研の関係者ですか?」
「ん? ああそうそう。ジジイが初代の所長なんだよ」
間違ってなくてよかった。そっかそっかお祖父さんが初代の……って、うん?
「……ということは、LBの第一世代を完成させたシキシマ博士のお孫さん!?」
親戚かなにかかもしれないとは思っていたけれど、まさかあのシキシマ博士のお孫さんだなんて!
だけどそんな僕の反応なんて慣れっこだって感じで、キョウコさんは大きな丸眼鏡を持ち上げる。
「おう、いかにも。まあアタシはジジイほど突き抜けられてもいないんだが」
「突き抜けて、ですか?」
「だってあのジジイがLBを二足歩行型に仕上げた理由ってのがさ、『ロボにプチッと踏みつぶされたいだけの人生じゃった』だぞ? 突き抜けてるだろぉ? ハハッ」
「そ、そう……ですね。凄い人はどこかが飛び抜けてたりってよく聞く話ですしね」
「気をつかってくれなくたっていいさ。アタシだって聞いたときはドン引きだったしな」
そう言うキョウコさんは、ひび割れたみたいな笑顔でどこか遠くを見てる。
突き抜けた偉人の親族って、常軌を逸した一面との繋がりも含むから、案外嬉しくないものなのかも知れない。
「……自分を踏み潰させたいとかド変態ジジイめがよぉ……足音だけでも威力を感じて震えそうってのはゾクゾクして良いけどさ……」
……うん。キョウコさんもご自分で言うほどマトモでもないかも? っていうか、同族嫌悪?
「……ま、アタシの祖父さんの話はともかくさ、聞かせてよ。アルシエルの話をさ」
「あ、はい。そうでした」
そんな僕の戦慄をよそに、キョウコさんは分厚く大きな眼鏡を直して深呼吸。
それをスイッチとして頭をスパッと切り換えて、話を本題へ。
促された僕はとにかく、アルシエルに乗って感じたことを並べていく。
エネルギー弾をほぼ無効化できるほどのバリア。
エネルギー刃同士のぶつけ合いで、相手を一方的に切り裂けるほどの高出力ブレード。
それら強力な武装を支えて余りある出力と総エネルギー量の凄まじいこと。
そうした機体そのものの強力さよりなにより、自我があるおかげで、僕のおおざっぱな指示にでも柔軟に対応してくれることが大きい。
アルシエルがアルシエルの判断で戦えるからこそ、素人の僕でも戦いで生き延びることができたんだと思う。
アルシエルが自分で体を使ってくれるから、任せる分には隠し腕を振り回す負担は無いしね。
ただその一方で、アルシエル自身がいくらかでも信用してる人間でないと、乗せることすら拒んでしまう一面もある。
でもそれは当たり前の事なんだよね。心があるんだから、信用、信頼できない相手と一緒に働くなんて無理な話だよ。
「……ですので、優秀なことに間違いはないです。ですけど、乗り手に求める要素は従来機とはまるで違いますね」
こんな思ったことをただ並べ立てただけの話しかできなかったけれど、キョウコさんはしきりに頷きながらメモを取ってくれてる。
キョウコさんがまとめ直してくれるんだろうけど、僕の雑感がLB開発者に回るかと思うと、なんか恥ずかしい。
「なるほどな、ありがとう。ところで、記録映像で見たけど、あの鈍器はイチカが作ったの?」
ひとまずメモに一区切りをつけたキョウコさんから、そんな質問がかけられる。
問いかけながら僕を見るレンズ奥のブラウンの瞳。そこには火を連想する輝きがある。
「いえ。僕はこんなの作ってって頼んだだけで、後はアドバイスはしましたけど、アルシエルが自分で作りました」
「アルシエルが! 作った!?」
「は、はい。そんなにおかしいですか?」
目を見開いて前のめりになるキョウコさんの驚きぶり。それに僕は首を傾げて尋ね返す。
「おかしいかおかしくないかって、おかしいだろうよイチカ君よぉ!?」
するとキョウコさんはずり落ちた眼鏡もそのまま、緩い癖のある黒髪をかきむしる。
「だってLBだよ? 最新鋭のだよ!? それを、それと何!? ちっちゃな兄弟と日曜大工やった風に武器作りましたって!? どういうこと!?」
そう言われても、そんなにおかしいかな?
ウォーカービークル使って組み立て作業なんて当たり前の事だし、五本指があってもっと器用でパワーもあるLBならもっと凄い工作できるはずだし、それにLBだって瓦礫撤去とかに普通に活躍してるし。
それにアルシエルは自分で考えて行動出来るんだから、色々やらせてみたいって思うよね。
「……やばい。ある意味ウチのジジイ並みの、天才を突き抜けた変態を見つけたかも」
考えた事を包み隠さずに説明したら、変態呼ばわりされた。解せぬ。
「……ああ、だからか。だから自我の芽生えた機体に抵抗無しに乗れて受け入れられるわけだ」
そのまま、なんか一人で納得してるし。
「まあ、それは分かった。で、鈍器を用意させたのはアレだろ? 外骨格構造に対する有効性ってヤツ」
ずり落ちた眼鏡を上げたキョウコさんは、僕がメイスを選んだ理由のひとつをぴたりと言い当ててくる。
「はい。刀を打つなんてどうしたらいいかも分かりませんけど、鈍器ならどうにか形にはできそうっていうのもありましたけど」
用意しやすいって利点も挙げれば、キョウコさんはまたなるほどとうなづく。
「それに、物々しい見た目が結構威圧感ありますしね。実際砕いた痕があったりすると余計に……」
「そう! それだよ! 殴られたら痛そうな感じがまたいいんだよ! 破壊力が目で見て分かる……やっぱいいなあ鈍器系」
僕は萎縮させて追い返しやすくなるかもって言いたかったんだけど、キョウコさんは、なんか単純に見た目の話でうっとりしてる気がする。
「ただ……やっぱり素材と作りが甘かったからですかね。簡単に折れてしまいましたから、耐久性まわりをなんとかしないと、実用品にするにはやっぱり厳しいですね」
「だよな。問題はそこなんだよ。試作品はあるんだけど、実用に耐えるかのテストはな、まだなぁ、やってくれるのがな、見つかってないからなぁ、どこかに、テストを、してくれるの、いないかな? かな?」
なんか言葉を刻んでは、その度に僕の方をチラチラ見てくるキョウコさん。
僕は殴打武器の性能は認めてるけど、特別に愛好家やってるって訳でもないんだけど。
その実用テスト自体は、やらせてもらえるならやりますけども、ハンス隊の皆さんの仕事を取っちゃいけないよね。
「あの、ところでひとつ気になった事があったんですけど……」
「お、なんだなんだ? そう言うのは是非とも聞かせて欲しいな。是が非でもな」
質問よろしいですかって聞くまでもなく了承されて、僕の頬はぎこちなく持ち上がる。
「ルカ、さっきの撮れてる?」
『アルヨ、アルヨ』
僕が声をかければ、ルカはすぐさまに腰から離れて、床に記録した画像を映す。
その画像っていうのは、さっきアルシエルの装甲に見つけた、奇妙な盛り上がりの写真だ。
「これなんですけど、何でこんな風になってるんでしょう?」
「ああ、これな。生き物で言うところのカサブタだよ」
画像を指差しながらの僕が質問すると、キョウコさんの口からは簡潔な答えが返ってくる。
そうか。カサブタみたいなものなんだ……って、ちょっと待って!?
「ということは、アルシエルには自己再生能力があるってことですか!?」
「大正解! まあ自己再生ったって限度はあるけどな。人間が代謝で組織修復する程度にしか直らないはずだし」
「でも待って下さい、EL浸透チタンにはそんな能力無いですよね? アルシエルの装甲材ってまた違うんですか?」
そう。LBの一般的な構造材である浸透チタンは確かに強靭だけれどそれだけ。
エレックライムと触れ続ける事で強度維持はされるけれど、再生修復なんて出来ないはず。
「またまた正解だな! 実はアルシエルの構造材は新開発の……」
「はーいそこまでだアンパン」
説明に入ろうとしたキョウコさんの口を、後ろから出てきた手が塞ぐ。
「ピッコロさん」
「おう。ようやっとかたっ苦しい話が終わったぜ」
キョウコさんの口を塞いで笑うピッコロさん。
その後ろには、ラティさんとハンス隊長の姿もある。
ただ二人の顔が、ピッコロさんと違ってどこか重く沈んだ風なのは、どうしてなんだろうか。




