第6話 魔王との契約戦
「まあいい。お前が何を望んでいるのかは分かった」
「ああ」
「復讐ではなく、剣尊の先か」
「そういうことだ」
父はしばらく俺を見ていた。
その視線が、俺の右手へ移る。
今日授かったばかりのネクロマンサーの紋章だ。
「……しかし」
「なんだ?」
「お前がネクロマンサーになったのも、何かの意思なのかもしれんな」
「意思?」
父は少し考え、首を振った。
「いや。運命、と言った方がいいか」
父らしくない言葉だった。
「父上は運命など信じるのか?」
「普段なら信じん」
即答だった。
「なら、なぜそんなことを言う?」
「我が家には、代々当主だけに伝えられてきた秘密がある」
父が立ち上がる。
「こちらに来い」
「秘密?」
「ああ」
父はそれ以上説明せず、書斎の奥へ向かった。
壁一面に並ぶ本棚。
その横に飾られていた古い刀の鍔へ手を掛ける。
父がそれをひねると、壁の奥から重い音がした。
本棚が横へ動き、その奥に地下へ続く階段が現れる。
「隠し階段か」
「驚かんのか?」
「王城にもあった」
「……そうか」
なぜか少し残念そうだ。
父に続いて階段を降りる。
かなり深い。
だが、しばらく進んだところで俺は足を止めた。
「父上」
「なんだ?」
「強い存在の死体があるな」
父が振り返った。
「分かるのか?」
「ああ」
昨日までなら気づかなかっただろう。
だが今は、はっきりと感じる。
右手の紋章がわずかに熱を持っている。
「やはり、お前を連れてきて正解だったのかもしれん」
通路の先には、大きな扉があった。
父が手を触れると、重い音を立てて扉が開く。
その先には広い地下空間があり、中央に一つの棺が置かれていた。
巨大な黒い棺。
何重もの鎖で縛られ、その周囲には古びた術式が刻まれている。
右手の紋章がさらに熱くなった。
「これは?」
「刀尊家が代々守ってきたものだ」
父は少し間を置いた。
「第53代魔王」
俺は棺を見る。
「魔王?」
「ああ。名をグレイヴという」
悪くない。
いや。
かなりいい。
つい先ほど、強者の死体を集めると父に話したばかりだ。
その直後に魔王の死体が出てきた。
確かに、運命という言葉を使いたくなる気持ちも少し分かる。
「しかも、伝承ではグレイヴもネクロマンサーだったらしい」
「ほう」
さらにいい。
俺は棺へ近づいた。
ネクロマンサーになったばかりなので、術式など一つも知らない。
とりあえず右手を棺へ伸ばしてみる。
すると。
頭の中に、突然声が響いた。
【契約可能な強大個体を確認しました】
「なんだ?」
「どうした?」
「何か聞こえた」
「声?」
「ああ」
続けて、無機質な声が響く。
【魔王グレイヴとの契約戦を開始します】
契約戦。
なるほど。
どうやら強い死体は、ただ操ればいいというわけではないらしい。
「契約戦か」
自然と口元が緩む。
父が怪訝そうに俺を見る。
「なぜ笑っている?」
「いよいよ魔王と戦えるらしい」
「ほう。いよいよか」
魔王。
どの程度強い?
第53代というくらいだから、歴代で五十三人もいたのだろう。
ならば、その中でどの程度の位置にいた?
生前の力をどこまで再現できる?
剣尊だった頃の俺と比べれば?
久しぶりに楽しめそうだ。
その瞬間。
棺を縛っていた鎖が激しく震えた。
一本。
また一本。
次々と鎖が外れていく。
地下空間を満たすように、棺からどす黒い魔力が噴き出した。
「っ……!」
父が刀へ手を掛ける。
禍々しい。
それでいて、凄まじい圧力だ。
壁が震える。
空気そのものが重くなったように感じる。
「これが……」
父が棺を睨む。
「魔王グレイヴ……!」
棺の蓋がゆっくりと動いた。
黒い魔力の中から、一体の影が起き上がる。
俺は目を細めた。
スケルトンだった。
肉は一片も残っていない。
頭には古びた王冠。
身体には朽ちかけた黒い衣。
一見すれば、ただの骸骨だ。
だが、その身体を覆う禍々しいオーラだけは尋常ではない。
父も息を呑んでいる。
「これが魔王グレイヴ……」
父はグレイヴを見つめる。
「一見、ただのスケルトンだが……」
そこで。
ちらりと俺を見た。
俺は首を傾げる。
なんだ?
早く始めないのか?
俺はすでに戦うつもりで構えている。
グレイヴの眼窩に青白い炎が灯った。
さあ。
来い。
魔王がどれほどのものか見せてもらおう。
そのときだった。
【魔王グレイヴとの契約が完了しました】
「……?」
何もしていない。
それどころか。
戦いはまだ始まってすらいない。
同時に、グレイヴの身体を覆っていた禍々しいオーラがすっと消えた。
地下空間を圧迫していた魔力も消える。
静かになった。
俺はしばらくグレイヴを見る。
グレイヴも俺を見ている。
やがて。
第53代魔王はゆっくりと棺から立ち上がった。
「お前が我が継承者か」
低く、威厳のある声だった。
「喜べ」
グレイヴが両腕を広げる。
「我のすべてをお前に授けよう」
「……」
俺は眉を寄せた。
「戦いは終わりか?」
「何を言っている?」
「契約戦とやらだ。なぜ急に終わった?」
グレイヴの眼窩の炎が揺れた。
「ふん」
鼻で笑ったらしい。
骸骨なので表情は分からないが。
「我ほどの者ともなれば、そのようなものは不要だ」
「なんだと?」
「当然だ」
随分と自信がある。
だが。
俺は改めてグレイヴを見る。
先ほどまでの禍々しい魔力は、完全に消えている。
今のグレイヴから感じる力は――。
弱い。
かなり弱い。
どう見ても、魔王と呼ばれるほどの力量には感じられない。
父が俺の横へ近づいた。
そして小声で耳打ちする。
「ソード」
「なんだ?」
「あるいは、期待外れだったかもしれんな」
俺も声を落とす。
「なぜそう思う?」
「どう考えても大した力量ではない」
父も同じことを感じたらしい。
俺はもう一度グレイヴを見る。
グレイヴは胸を張って立っている。
見た目だけなら、威厳はある。
ただし。
ただのスケルトンだ。
「いや」
俺は首を振った。
「そう決めつけるのは早計だ」
「そうか?」
「ああ。少し話を聞いてみよう」
俺と父が揃ってグレイヴを見る。
「何をこそこそ話しておる」
「お前の力量についてだ」
「ほう?」
グレイヴがこちらを見る。
「我の力を知りたいか」
「ああ」
「よかろう」
堂々とした答えだった。
「ならばまず、我が何者なのかを教えてやろう」
グレイヴの眼窩で、青白い炎が揺れる。
「我は第53代魔王グレイヴ」
そして。
「かつて女神セレスティアを殺すため、人類すべてを敵に回した男だ」
父の表情が強張る。
俺は少しだけ興味を引かれた。
女神セレスティア。
またその名か。
どうやら。
ただのスケルトンではないという部分だけは、本当らしい。




