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第4話 剣尊VS剣豪

ギフト授与式が終わっても、礼拝堂の空気は重いままだった。


原因はもちろん、俺が授かった【ネクロマンサー】というギフトだ。


もっとも。


俺自身は特に困っていない。


むしろ、死者の強者と戦える可能性が出てきたことで、授与式の前より機嫌がいいくらいだった。


問題なのは周囲らしい。


「聖」


最初に動いたのは、ホーリーロッド家の当主――聖の父親だった。


「こちらへ来なさい」


「え?」


「帰るぞ」


先ほどまで穏やかだった声が、明らかに硬くなっている。


聖は父親と俺を交互に見た。


「でも、まだソードと話してない」


「話は家で聞く」


「何の話?」


父親はすぐには答えなかった。


その隣では、聖の母親も困ったような顔をしている。


しばらくして、父親が口を開いた。


「婚約についてだ」


聖の顔色が変わった。


「どうして?」


「どうしても何もないだろう」


父親の視線が俺の右手へ向く。


そこには、ネクロマンサーの証である黒い紋章が浮かんでいる。


「刀尊家は剣術の名門だ。だからこそ、我々もこの婚約を認めていた」


「ソードはソードじゃない」


「問題はそこではない」


「そこだよ!」


珍しく聖が大きな声を出した。


「昨日までと何も変わってないじゃない!」


「聖」


「ソードがネクロマンサーになったからって、急に違う人になるわけじゃないでしょ!」


なるほど。


どうやら聖なりに俺を庇っているらしい。


俺としては、そこまで大きな問題なのかよく分からない。


ギフトが変わったところで、俺は俺だ。


「心配するな、聖」


「ソード?」


「お前は俺の弟子だ」


俺は少し考えてから付け加えた。


「それに婚約者でもある。そのことに変わりはない」


聖が何度か瞬きをした。


「……うん」


なぜか少し嬉しそうだ。


一方で、ホーリーロッド家の当主はまったく嬉しそうではなかった。


「ソード君」


「なんだ」


「それを決めるのは君だけではない」


「そうなのか?」


「そうだ」


面倒だな。


婚約というものは、もっと簡単な話だと思っていた。


前世では王族だったせいか、こういうことは周囲が勝手に決めていた。


今世でも似たようなものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「今日は帰る」


聖の父親が娘の手を取る。


「待って!」


「聖」


「ソード!」


聖は引かれながら振り返った。


「明日も来るから!」


「ああ」


俺は頷いた。


「鍛錬を休むなよ」


「そこ!?」


何かおかしかっただろうか。


聖はそのまま両親に連れられて礼拝堂を出ていった。


母ルナが小さくため息をつく。


「ソード」


「なんだ?」


「もう少し女の子には優しくしてあげなさい」


「優しくしたつもりだが」


「そう……」


なぜか母まで困った顔をしている。


そのとき。


「ふざけるなよ」


背後から声がした。


スパローだった。


先ほどまで俺のギフトを笑っていた顔が、今は険しくなっている。


「何がだ?」


「何がじゃねえ!」


スパローは俺を指差した。


「ネクロマンサーだぞ!?」


「そうらしいな」


「ここは刀尊家だ!」


「知っている」


「剣術の名門なんだぞ!」


「それも知っている」


「だったら分かるだろ!」


分からん。


何が言いたいのか、もう少し簡潔に話してほしい。


俺の態度が気に入らなかったのか、スパローはさらに声を荒らげた。


「ネクロマンサーのお前が刀尊家を名乗る資格なんてない!」


「ほう」


「出ていけよ」


礼拝堂が静かになった。


クロウも、今度は笑っていない。


母は何か言おうとしたが、その前に俺が口を開いた。


「なるほど」


「なんだよ」


「お前は、俺が刀尊家に相応しくないと言いたいわけだな」


「そうだ」


「なら簡単だ」


俺はスパローを見る。


「剣で決めよう」


スパローの眉が動いた。


「……は?」


「俺が刀尊家に相応しいかどうか。剣で勝負して決めればいい」


「お前、何言って――」


「剣術名家なのだろう?」


俺は首を傾げる。


「なら、それが一番分かりやすい」


スパローはしばらく黙っていた。


やがて口元を歪める。


「いいぜ」


そして父を見る。


「父上。いいですよね?」


ブレイドはすぐには答えなかった。


俺とスパローを順番に見たあと、短く言った。


「好きにしろ。ただし、屋敷の中でやれ」


「分かった」


なぜ屋敷の中に限定するのか。


大方、帝国の監視と関係があるのだろう。


幼い頃から、ときどき俺の周囲には妙な気配があった。


ただ、どうやら今は席を外しているようだ。


まあいい。


戦う場所など、どこでも同じだ。


俺たちは礼拝堂を出て、屋敷の裏手にある小さな稽古場へ移動した。


大きな道場ではない。


家族が個人的に使う場所で、外からはほとんど見えない。


クロウと母もついてきた。


父は少し離れた場所で腕を組んでいる。


スパローは壁に立てかけてあった訓練用の剣へ手を伸ばした。


俺も同じように一本取ろうとする。


「待て」


父が止めた。


「なんだ?」


「お前はネクロマンサーだ」


「ああ」


「ギフト適性外の武器を使うことは禁止されている」


俺は剣を見る。


「剣が使えないのか?」


「正式にはな」


なるほど。


十歳になればようやく剣を握れると思っていたのだが。


どうやらネクロマンサーになったせいで、それすら許されないらしい。


面倒な法律だ。以前にはこんな法律はなかったから帝国が作った悪法の一つなのだろう。


スパローが笑った。


「残念だったな」


「何がだ?」


「剣で勝負するんだろ?」


「そうだ」


「剣も持てないくせに、どうするんだよ」


確かに。


今ここで剣を使えば、法律違反になる。


俺は周囲を見回した。


稽古場の端に、一本の枝が落ちている。


ちょうどいい。


拾い上げる。


長さは俺の腕より少し長い。


多少曲がっているが、問題ない。


「これでいい」


スパローが呆れた顔をした。


「……枝?」


「ああ」


「お前、俺を馬鹿にしてるのか?」


「していない」


俺は枝を軽く振った。


重さ。


長さ。


しなり。


悪くない。


「剣で勝負するんじゃなかったのか?」


「これは剣ではない」


「は?」


「木の枝まで法律で禁止されているのか?」


父を見る。


ブレイドはわずかに口元を動かした。


「いや」


「なら問題ないな」


俺は枝を構えた。


スパローの顔が赤くなる。


「……本気でそれでやるつもりか?」


「当然だ」


「俺は剣豪だぞ」


「何度も聞いた」


「腕の一本くらいは覚悟しておけよ」


「好きにしろ」


俺は枝先を下げた。


「かかってくるがいい」


スパローが剣を抜いた。


訓練用とはいえ、まともに食らえば骨くらいは折れる。


構えは悪くない。


以前よりは上達している。


踏み込みも速い。


剣豪を名乗るだけのことはある。


だが。


それだけだ。


スパローが地面を蹴った。


速い。


少なくとも、今の時代の剣士としては。


俺は半歩だけ身体をずらした。


剣が鼻先を通過する。


そのまま枝で手首を叩く。


「っ!」


スパローの剣先が下がる。


俺は踏み込んだ。


枝先を喉元へ突きつけて止める。


「一本」


「まだだ!」


スパローが強引に剣を振る。


俺は後ろへ下がらない。


むしろ前へ入った。


相手の腕の内側。


剣を最も振りにくい位置へ潜り込む。


肘。


脇腹。


膝。


枝を三度当てる。


スパローの身体が崩れた。


「ぐっ……!」


最後に足を払う。


スパローが地面へ転がった。


一瞬だった。


「もう終わりか?」


「まだ……!」


起き上がろうとするスパローの目の前へ、枝先を突きつける。


今度は眉間。


スパローの動きが止まった。


「死んでいるぞ」


「……」


「二度目だ」


スパローは歯を食いしばった。


「もう一度……!」


根性はある。


そこだけは本当に評価できる。


俺は枝を下ろした。


「何度やっても同じだ」


「黙れ!」


スパローが立ち上がり、再び構える。


今度はさっきより慎重だ。


俺の動きを見ようとしている。


悪くない。


なら。


少しだけ見せてやるか。


俺は右足を半歩引いた。


重心を落とす。


呼吸を消す。


魔力を足裏へ流し、地面を踏む。


次の瞬間。


スパローの視界から、俺は消えた。


「な――」


背後へ回る。


枝で首筋を軽く叩く。


「三度目だ」


スパローの身体が固まった。


やがて剣が手から落ちる。


俺はそこで、妙に静かなことに気づいた。


クロウも。


母も。


誰も声を出していない。


そして父ブレイドだけが、俺を見ていた。


いや。


正確には、俺の足を見ている。


先ほどまでとは明らかに違う顔だった。


「……ソード」


「なんだ?」


父の声が低い。


「今の歩法。どこで覚えた?」


「どこで?」


妙な質問だ。


「俺が作った」


父の目が細くなった。


「もう一度聞く」


「何度聞かれても同じだ」


俺は枝を肩に担いだ。


「だから前から言っているだろう」


父をまっすぐ見る。


「俺は剣尊アルド・ラグナスだ」


今までなら。


父は「そうか」とだけ言った。


それで終わりだった。


だが。


今回は違った。


ブレイドはしばらく何も言わなかった。


俺の足。


持っている枝。


そして俺の顔。


順番に見ていく。


「……なるほど」


やがて。


父は小さく呟いた。


「確かに、今の技は……」


そこで一度言葉を切る。


その顔から。


いつもの父親らしい険しさが消えた。


代わりに浮かんでいたのは。


武人が、自分より遥か高みにいる者を見るときの表情だった。


父はゆっくりと俺へ向き直った。


「ソード」


「なんだ」


「少し、二人で話をしよう」


どうやら。


ようやく。


俺が十年間言い続けてきたことを。


父も信じる気になったらしい。


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