第3話 剣尊、ネクロマンサーになる
十歳になった翌日、刀尊家の礼拝堂には朝から家族が集まっていた。
父ブレイド、母ルナ、次兄スパロー、三兄クロウ。
それから俺の婚約者である聖と、その両親も来ている。
長兄ホークと姉のレイナはいない。
ホークは現在、各地の剣術名家を回っている。
帝国の支配下でこのまま衰退していくのか、それとも古い剣術名家同士でもう一度力を合わせるのか。そんな話し合いをしているらしい。
レイナは帝国内に常駐し、刀尊家を代表して帝国側との交渉を担当している。
二人とも俺のギフト授与式のためだけに仕事を放り出して戻ってくる気はなかったようだ。
理由は単純だった。
アルド・ラグナスの生まれ変わりを自称している俺のことだから、どうせ剣士系のギフトを授かるだろう。
二人とも、そう考えているらしい。
俺も同意見だったので特に気にはしていない。それに、剣術名家の出で剣士系のギフトが出ないことの方が珍しいのだ。
礼拝堂の中央には、ギフトを確認するための白い神石が置かれている。
その奥には女神セレスティアの像が立っていた。
前世では特に何とも思わなかったのだが、今見るとなぜか少し気に入らない。
理由は自分でも分からない。
まあ、それも今はどうでもいい。
今日から、ようやく剣を握れるのだ。
「ソード」
父が俺を呼んだ。
「なんだ」
「分かっていると思うが、今日授かるギフトは今後のお前の人生を大きく左右する」
「そうなのか?」
父の眉がわずかに動いた。
「そうだ」
「俺にはあまり関係ないと思うが」
「なぜだ?」
「剣士になるからだ」
横でスパローが吹き出した。
「まだ言ってるのかよ」
「何をだ?」
「自分が剣尊アルド・ラグナスだって話だよ」
「事実だからな」
「はいはい。剣尊様」
スパローは呆れたように肩をすくめた。
クロウも楽しそうに口を挟んでくる。
「でも楽しみですね。剣尊様なら、さぞすごい剣士系ギフトが出るんでしょう?」
「ギフトなど何でもいい」
「は?」
「俺が剣を使えば剣士だ」
クロウはしばらく俺を見たあと、意味が分からないという顔をした。
「いや、そういうものじゃないだろ」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
俺には前世で剣尊まで到達した技術がある。
ギフトが何であろうと、剣の腕まで消えるわけではない。
その程度の話なのだが、どうも兄たちには理解できないらしい。
スパローが得意そうに腕を組んだ。
「まあ、剣士系が出たところで今は俺の方が上だけどな」
「そうなのか?」
「俺はもう剣豪だぞ」
「知っている」
「お前は今日ギフトを授かって、そこから始めるんだ。だったら俺の方が強いに決まってるだろ」
「それはない」
「お前……!」
こいつらとは昔からこうだった。
俺がアルドだと名乗るたびに馬鹿にしてきたので、そのたびに力の差を見せてやった。
一対一でも。
二人がかりでも。
結果は変わらなかった。
それでも、しばらくするとまた突っかかってくる。
学習能力には多少問題があるようだが、何度負けても向かってくる根性だけは大したものだと思う。
「静かにしろ」
父の一言で、二人はようやく口を閉じた。
俺が神石へ向かおうとすると、袖を小さく引かれた。
聖だった。
「ソード」
「なんだ」
「剣士だといいね」
「剣士に決まっている」
聖は少し笑った。
「やっぱりそう言うと思った」
「何がおかしい」
「別に。それより私のときも約束、忘れないでよ」
「剣を教える話か?」
「そう」
「ああ。覚えている」
聖は満足そうに頷いた。
俺は神石の前へ進む。
父が妙に真剣な顔でこちらを見ていた。
母も、スパローも、クロウも、聖も、その両親も俺を見ている。
そこまで注目するようなことだろうか。
俺にとっては、ただの確認作業にすぎない。
前世で剣尊まで至った俺が、今世でも剣を握る。
ただ、それだけの話だ。
俺は右手を神石へ置いた。
白い光があふれ、身体の奥へ何かが入り込んでくる。
魔力とは違う。
もっと深いところ。
魂そのものへ新しい性質が刻み込まれていく。
懐かしい感覚だった。
前世でも十歳のときに経験している。
やがて、自分の意識の中へギフトの名が浮かび上がった。
剣士。
あるいは、それに連なる何か。
当然そうなると思っていた。
だが、実際に浮かび上がった文字はまったく違っていた。
【ネクロマンサー】
俺はしばらく、その文字を眺めた。
剣士ではない。
剣豪でも、剣聖でもない。
ネクロマンサー。
死者を操る死霊系のギフト。
召喚士の一種であり、死体を扱うことから聖職者には特に嫌われている。
召喚系の中でも、世間の評価はかなり低い。
そんな知識が自然と頭へ流れ込んでくる。
右手の甲には黒い紋章が浮かび上がっていた。
礼拝堂が静まり返る。
最初に声を上げたのはスパローだった。
「ネ……クロマンサー?」
「ああ。そうらしい」
「お前が?」
「見れば分かるだろう」
スパローは俺の顔と右手を交互に見た。
やがて耐えきれなくなったように吹き出す。
「ネ、ネクロマンサー……! お前が? 剣尊様が?」
クロウもすぐに笑い始めた。
「ネクロマンサーってお前! ゴミギフトじゃねえか!」
「そうなのか?」
「そうなのかって……!」
クロウはますます面白そうに笑った。
「刀尊家の面汚しじゃねえか! そうですよね、父上!」
そう言いながら、クロウは父の顔色をうかがった。
しかし、父は笑わなかった。
答えもしない。
ただ、俺の右手に浮かんだ黒い紋章をじっと見つめていた。
妙に険しい顔をしている。
母は心配そうだった。
「ソード……大丈夫?」
「何がだ?」
「だって、そのギフト……」
母はそこで言葉を濁した。
聖も呆然としている。
そして聖の両親は、明らかに先ほどまでとは違う顔になっていた。
特に聖の父親は、俺の黒い紋章を見た瞬間に笑みを消している。
なるほど。
どうやらネクロマンサーというギフトは、俺が思っていた以上に嫌われているらしい。
だが、俺は別のことを考えていた。
ネクロマンサー。
死者を操る力。
確かに予想外ではある。
剣士系のギフトが出るものだとばかり思っていた。
だが、不思議と落胆はなかった。
むしろ、考えれば考えるほど面白い。
前世の俺は、強い人間を探し続けた。
剣士。
戦士。
魔術師。
武闘家。
異国の達人。
魔族。
強いと聞けば会いに行き、戦った。
そして勝った。
いつしか、生きている人間の中に俺より強い者はいなくなった。
晩年は、それが少し退屈だった。
だが。
死者ならどうだ?
百年前。
五百年前。
千年前。
俺が生まれるより遥か昔に死んだ強者たち。
伝説の剣士。
英雄。
大魔術師。
竜殺し。
魔王。
本当に伝説ほど強かったのか。
前世の俺には確かめる方法がなかった。
死者とは戦えない。
当たり前のことだ。
だが、ネクロマンサーなら話は違う。
死者を呼び戻せるのなら、俺はそいつらと戦えるのではないか。
生者に敵はいなかった。
なら、死者の中から探せばいい。
そして、そこで俺はもう一つの可能性に気づいた。
十年前。
剣尊アルド・ラグナスは死んだ。
つまり、この世界のどこかにアルド・ラグナスの死体が存在していたはずだ。
今も残っているかは分からない。
だが、反逆者とはいえ元王族。
しかも史上初の剣尊だ。
何らかの理由で保存されていたとしても不思議ではない。
もし、その死体を見つけたらどうなる?
ネクロマンサーである俺が、アルド・ラグナスを呼び戻す。
そうなれば。
俺は前世の自分自身と戦えるのではないか?
思わず口元が緩んだ。
「ソード……?」
聖が不安そうに俺を見る。
「どうしたの?」
「いや」
俺は右手の黒い紋章を見ながら答えた。
「面白くなってきたと思ってな」
「……え?」
周囲は、俺が外れギフトを引いたと思っている。
剣術名家の四男が、よりにもよってネクロマンサー。
刀尊家にとっては大問題なのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
剣尊アルド・ラグナスとしてはできなかったことがある。
ならば、ソード・刀尊としてやればいい。
ネクロマンサー。
悪くない。
二度目の人生に与えられた力としては、かなり面白そうだった。
◇
その日のうちに、ソードのギフトについての報告は帝国側にも届いた。
刀尊家は、かつて大きな勢力を持った剣術名家である。
その末子が幼い頃から「自分は剣尊アルド・ラグナスの生まれ変わりだ」と公言していたため、帝国も念のため動向を確認していた。
しかし、授かったギフトは【ネクロマンサー】。
剣尊アルドの転生者であるなら、当然ながら剣士系のギフトを持つ。
帝国側はそう考えた。
結論は簡単だった。
よくある子供の戯言だったのだろう。
それまで続いていたソードへの監視は、ギフト授与を境に解除された。




