第2話 転生先は剣術名家
転生してから十年が経った。
今世の俺は、ソード・刀尊。
古くから続く剣術名家――刀尊家の四男だ。
父はブレイド・刀尊。
刀尊流の居合を修めた剣神。
母はルナ・刀尊。
そして俺には、四人の兄姉がいる。
長男、ホーク・刀尊。
長女、レイナ・刀尊。
次男、スパロー・刀尊。
三男、クロウ・刀尊。
そして四男が俺だ。
五人きょうだいの末っ子ということになる。
ホークとレイナは、俺とはかなり歳が離れていた。
長兄ホークはすでに成人している。
若くして刀尊家を代表する剣士となり、門弟たちからは天才と呼ばれていた。
次期当主になるのも、ほぼ間違いないらしい。最も俺が生まれてからは事情も変わりつつあるようだ。
実際。
腕は悪くない。
俺が初めてホークの剣をまともに見たのは、三歳の頃だった。
道場の隅から鍛錬を眺めていると、ホークが俺に気づいた。
「どうだ、ソード」
刀を納めながら笑う。
「兄さんは強いだろう?」
俺は少し考えた。
「まあまあだな」
ホークの笑顔が止まった。
「……まあまあ?」
「ああ」
「これでも、かなり強いんだぞ」
「分かっている」
だから、まあまあなのだ。
三歳になった頃には。
俺はすでに、この時代の人間に戦闘で負けるとは思っていなかった。
身体は小さい。
筋力も足りない。
だが。
身体操作。
魔力操作。
間合い。
呼吸。
経験。
そのすべてが違う。
前世の俺は剣尊だ。
三歳児の身体になったところで、積み重ねた技術まで失うわけではない。
もっとも。
そんなことを言っても、家族は誰も信じなかった。
俺は言葉をまともに話せるようになった頃から、何度も説明している。
「俺は剣尊アルド・ラグナスだ」
スパローは笑った。
クロウはもっと笑った。
母も笑った。
「まあ。ソードは剣尊様なの?」
「ああ」
「では剣尊様。お野菜も残さず食べましょうね」
「それとこれとは関係ない」
「あります」
「ない」
「あります」
結局、全部食べさせられた。
剣尊であろうと、母には勝てないらしい。
ホークの反応は少し違った。
「アルド殿下か」
俺を抱き上げながら、なぜか楽しそうに笑う。
「本当にそうなら面白いな」
「本当だ」
「そうかそうか」
頭を撫でられた。
信じてはいない。
だが。
アルド・ラグナスという名前を口にするときのホークは、どこか嬉しそうだった。
レイナは正反対だ。
「ソード」
「なんだ」
「その名前、あまり外では言わない方がいいわよ」
「なぜだ?」
「アルド・ラグナスを嫌っている人は多いから」
「そうなのか?」
「少なくとも私は嫌い」
即答だった。
「会ったこともないだろう」
「会ったことがなくても嫌いなものは嫌いよ」
妙な女だ。
そう思っていると。
レイナは俺を抱き上げた。
「でもソードは可愛いからいいの」
「下ろせ」
「嫌」
「俺は剣尊だぞ」
「はいはい」
頬をつままれた。
理不尽である。
父だけは。
俺がアルドを名乗っても、一度も笑わなかった。
かといって。
信じた様子もない。
「俺は剣尊アルド・ラグナスだ」
三歳の俺がそう言ったとき。
父はしばらく俺を見つめた。
「……そうか」
それだけだった。
その後も。
俺は普通に息子として扱われた。
別に困らない。
今の俺はアルド・ラグナスではなく。
ソード・刀尊なのだから。
問題があるとすれば。
剣を握れないことだった。
この国では。
十歳になるまで子供が武器を扱うことを禁じられている。
十歳になればギフトを授かり。
そこから正式に、自分の適性に合った道へ進む。
面倒な制度だ。
俺には前世の経験がある。
今さら適性など確認する必要もない。
とはいえ。
剣がなくても、鍛錬はできる。
走る。
跳ぶ。
登る。
泳ぐ。
呼吸を整える。
重心を操る。
魔力を全身へ巡らせる。
前世で何年もかけて身につけたものを。
今世では、生まれた直後から身体へ覚え込ませる。
これはこれで面白かった。
そして。
そんな俺の後ろを。
いつの間にか、一人の少女がついてくるようになった。
「ソードー! 待って!」
聖――ひじり・ホーリーロッド。
俺の婚約者だ。
ホーリーロッド家は聖女や高位神官を輩出する名門らしく、刀尊家とは家同士の事情で婚約が決まったという。
俺は特に気にしていない。
聖も。
たぶん気にしていない。
「あと何周!?」
「十一周」
「さっき十二周って言った!」
「一周走ったからな」
「今日はちゃんと減った!」
「当たり前だろう」
「前は増やしたじゃない!」
「口を動かす余裕があったからだ」
「横暴!」
文句を言いながら。
聖は走るのをやめない。
最初は少し走っただけで息を切らしていた。
それが何年も俺についてきた結果。
今ではかなり走れるようになった。
ある日。
鍛錬を終えた聖が、地面へ座り込みながら言った。
「ねえ、ソード」
「なんだ」
「十歳になったら、剣を教えてくれる?」
「剣士系のギフトならな」
「違ったら?」
「身体の使い方くらいなら教えられる」
「ほんと?」
「ああ」
聖が嬉しそうに笑う。
「約束ね!」
「分かった」
才能は。
まあ普通だ。
少なくとも。
剣尊になるような才能ではない。
だが。
努力する者は嫌いではない。
教えたことを守る。
苦しくても逃げない。
転んでも。
次の日にはまた来る。
だから。
いつの間にか聖は。
俺にとって婚約者であると同時に。
今世で最初の弟子になっていた。
そうして。
身体を鍛え。
兄たちと喧嘩をし。
姉に抱き上げられ。
母に野菜を食わされ。
聖を鍛えながら。
十年が過ぎた。
そして今日。
俺は十歳になった。
明日は。
ギフト授与式。
十年間待った。
ようやく。
剣を握れる。
前世の俺は剣尊。
なら。
今世でも当然。
剣士に連なるギフトが与えられる。
俺はそう信じていた。
いや。
信じるというほどでもない。
そんなものは。
決まりきったことだと思っていた。




