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第1話 剣尊、転生する

結論から言えば、最強の剣尊であるこの俺、アルド・ラグナスは裏切られて死んだ。


だからといって、裏切った連中を恨んではいない。


むしろ、よくここまで耐えたものだと思う。


砦への補給が途絶えて七日。


援軍が来ないと分かってから五日。


食料だけではなく、矢も薬も尽きていた。


俺なら剣一本あれば戦える。


だが、ほかの者はそうではない。


兵士には食事が必要だ。


眠る時間も必要だ。


故郷には家族がいる。


その家族を人質に取られ、


――剣尊アルドを殺せば助ける。


そう言われたなら、選択肢など最初から存在しない。


祖国は、俺を反逆者にすることに決めたらしい。


理由は知らない。


知ったところで、今さら何かが変わるわけでもない。


雨の降る砦の中庭で、俺は弟子たちに囲まれていた。


全員、俺が育てた剣士だ。


先頭に立っているのは、一番弟子だった。


握った剣の切っ先が、わずかに震えている。


「剣を捨ててください、アルド殿下」


「殿下はやめろ。俺はとっくに王位継承権を捨てた」


「……では、アルド師匠。剣を捨ててください」


「断れば?」


一番弟子は唇を噛んだ。


「ここで……死んでいただきます」


俺を包囲している者は二十人。


万全なら二十秒もかからない。


剣豪。


剣聖。


剣帝。


剣神。


どの位階にいる者であろうと、この人数なら問題ではなかった。


だが、俺は三日前から毒を受けている。


右目は見えない。


左腕も動かない。


残った魔力も、先ほどの戦いでほとんど使い果たした。


それでも。


こいつらを皆殺しにするくらいはできる。


問題は、その後だ。


砦の外には帝国軍。


そして祖国の軍まで待っている。


何より、ここにいる弟子たちが俺へ剣を向けなければ、捕らえられている家族が処刑される。


「なるほど」


俺は剣を地面へ突き立てた。


弟子たちの表情が強張る。


「補給を断たれ、家族を押さえられ、俺を殺せば助けると言われた。この状況なら、そうなる」


誰も答えない。


俺は周囲を見回した。


皆、ひどい顔をしている。


「気にするな。俺でも同じ選択をする」


一番弟子が俯いた。


「申し訳……ありません」


「謝る必要はない」


俺は一番弟子を見る。


「それより構えが崩れているぞ」


「え……?」


「左肩が上がっている。何度言わせる」


一番弟子が反射的に肩を下げた。


ようやく少しはましな構えになった。


「そうだ。それでいい」


俺は満足して、剣から手を離した。


次の瞬間。


一番弟子の剣が俺の胸を貫いた。


背後から二本。


脇腹に一本。


さらに数本。


全員が確実に俺を殺そうとしている。


正しい判断だ。


中途半端に手を抜けば、死ぬのは自分たちだからな。


膝をついた俺を、一番弟子が抱き止めた。


「あなたは……王国を裏切り、帝国との戦争を招いた者として記録されます」


「そうか」


「ラグナス王家や、師匠に連なる方々へ累が及ばぬよう、可能な限り手は尽くします」


「好きにしろ」


一番弟子の声が震えた。


「師匠は……我々を、お恨みになりますか?」


死にかけの人間に、ずいぶんと面倒なことを聞く。


「恨む理由がないと言っただろう」


それでも弟子の顔は晴れなかった。


人間は不思議なものだ。


許されなければ苦しみ。


許されても苦しむ。


身体から力が抜けていく。


思えば、俺は恵まれていた。


王族として生まれた。


父は王だった。


兄弟たちも俺を嫌ってはいなかった。


むしろ、王位継承権を早々に放棄し、


「俺は剣士になる」


と言い出した俺に、呆れながらも莫大な支援をしてくれた。


最高の師を呼んでくれた。


欲しい剣は買ってくれた。


遠国に優れた剣術があると聞けば、旅費も人員も用意してくれた。


そのすべてを使って、俺は強くなった。


剣士。


剣豪。


剣聖。


剣帝。


剣神。


そして――剣尊。


剣を握る者なら、誰もが知る頂。


気がつけば、俺より強い者はいなくなっていた。


俺が剣尊となったことで、剣士そのものの地位も上がった。


戦場の花形は剣士。


子供たちは剣士に憧れた。


貴族は競って剣術家を抱えた。


俺が考えた鍛錬法や技術を、弟子たちは各地へ広めた。


悪い人生ではなかった。


後悔もない。


ただ。


最後だけは少々気に入らなかった。


俺を殺したのは強者ではない。


飢え。


毒。


王命。


人質。


そして、戦争。


それらが俺を殺した。


合理的な結末ではある。


だが、剣尊アルド・ラグナスの最期としては、あまりにもつまらない。


次があるなら。


もう少しましな人生にしたいものだ。


いや。


どうせなら――。


剣尊の、その先を見てみたい。


晩年。


俺は時折、不思議な感覚を覚えていた。


剣尊が頂点ではない。


まだ先がある。


もう少しで何かに手が届く。


そんな感覚だった。


結局、それが何なのか分からないまま死ぬことになったが。


次があるなら、今度こそ確かめたい。


もっとも。


死んだ人間に次など――。


◇


あった。


次に目を開けたとき。


身体が動かなかった。


剣を握ろうにも、指に力が入らない。


起き上がろうにも、首すらまともに動かせない。


何が起きた。


敵の魔術か?


死霊術か?


それとも死の間際に幻でも見ているのか?


口を開く。


「おぎゃあ!」


…………。


もう一度。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


どうやら。


俺は赤子になっているらしい。


目の前には、見知らぬ女がいた。


疲れ切った顔で、それでも嬉しそうに俺を抱いている。


「元気な男の子ですよ」


誰かがそう言った。


少し離れたところに、一人の男が立っていた。


鋭い目。


鍛え上げられた身体。


腰には刀。


見るからに剣士だ。


悪くない。


少なくとも、剣とは無縁の家に生まれたわけではなさそうだ。


男は俺をじっと見た。


赤子を見る目ではない。


まるで、一本の剣でも品定めするような目だった。


そして。


「……妙だな」


男が呟く。


「何がです?」


「この子の身体だ」


ほう。


「まだ生まれたばかりだというのに、重心が崩れない」


……分かるのか?


「手足の動きも妙に無駄がない。魔力の流れも……」


男はしばらく黙った。


やがて。


小さく笑った。


「この子は剣士になる」


当たり前だ。


見る目はあるらしい。


「名前は決まっているのですか?」


「ああ」


男は迷わなかった。


「ソード」


…………。


ソード?


「俺の名はブレイドだ」


男――ブレイドは、俺を見下ろした。


「同じ剣を意味する名がいい」


なるほど。


単純な親だ。


嫌いではない。


「ソード・刀尊」


ブレイドはそう言った。


どうやら、今世の俺の名前らしい。


ソード・刀尊。


悪くない。


前世では、剣尊アルド・ラグナス。


そして今世では、ソード・刀尊。


どういう理由で転生したのかは知らない。


女神の気まぐれか。


偶然か。


あるいは何か別の理由があるのか。


今の俺には分からない。


だが、一つだけ分かる。


ここにも剣がある。


ならば。


もう一度、剣を極めればいい。


前世で届かなかった場所まで。


剣尊の、その先まで。


そう考えながら。


俺――ソード・刀尊の二度目の人生は始まった。


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