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第20話 剣尊、弟子と戦う

古びた剣術訓練場へ、一人の男が入ってきた。


レオン・グランツ。


十年前より随分痩せている。


頬はこけ、歩き方にもわずかなぎこちなさがあった。


病を患っているという父上の話は本当らしい。


レオンは訓練場の中央にいる俺を見つけると、足を止めた。


「君は確か……ソード・刀尊君」


俺のことを知っているらしい。


入学試験の件だろう。


「そうだ」


俺は足元に落ちていた枝を一本拾った。


レオンの視線が、その枝へ向く。


「抜け、レオン」


「……何?」


当然の反応か。


十歳の子供が突然自分を呼び捨てにし、剣を抜けと言っているのだから。


だが、レオンは腰の剣へ手を伸ばさない。


俺はもう一度言った。


「抜かぬのか?」


「君はいったい――」


「抜かぬというのなら」


地面を蹴る。


瞬時に距離を詰めた。


「こちらから行くまで」


レオンの目が見開かれる。


俺は枝を振るった。


狙うのは首。


鋭い殺気を込めた一撃だ。


レオンの身体が反射的に動く。


剣が鞘から走った。


ガンッ!


枝と鋼が激突した。


「な……!」


レオンの顔に驚愕が浮かぶ。


鋼の剣で受けたにもかかわらず、枝は折れない。


それどころか。


俺の枝に押され、レオンの剣がじりじりと下がっていく。


レオンの腕が震えていた。


足が少しずつ後ろへ滑る。


俺は目の前の弟子を見る。


「弱い……」


「……!」


「貴様の十年は……」


さらに枝を押し込む。


レオンが歯を食いしばった。


病で身体が衰えている。


それだけではない。


剣そのものまで鈍っていた。


「この程度のものだったのか!」


一気に力を込める。


「ぐっ!」


レオンの身体が弾き飛ばされた。


地面を転がる。


それでも剣だけは手放していない。


そこは昔と変わらない。


だが、遅い。


あまりにも遅い。


俺は地面を蹴った。


レオンが顔を上げた時には、すでにその頭上へ到達していた。


枝を振り上げる。


「――っ!」


レオンが剣を持ち上げようとする。


間に合わない。


その瞬間。


俺の持つ枝に、光が宿った。


薄く。


鋭く。


枝の先から、魔力の刃が伸びていく。


レオンの目が限界まで見開かれた。


「オーラ……ブレード……!」


その声が震えた。


忘れるはずがない。


オーラブレード。


剣尊流の象徴。


かつて俺が完成させ、弟子たちへ伝えた技だ。


ギフトに依存せず、自らの魔力を刃へと変える。


そして現在では、その使い手すべてに封印が施されるほど、帝国から徹底的に弾圧されている。


レオンがそれを見間違えるはずがない。


俺は枝を振り下ろした。


オーラブレードが、レオンの頭上へ落ちる。


もう避けられない。


防ぐこともできない。


レオンの身体から力が抜けた。


死を悟ったのだろう。


その顔に、どこか安堵したような色さえ浮かんだ。


そして。


光の刃が、その身体を通り抜けた。


「――――」


レオンは動かなかった。


やがて、ゆっくりと目を開く。


自分の身体を見る。


血は出ていない。


頭も割れていない。


「……?」


胸へ手を当てる。


一度。


深く息を吸った。


「……っ」


もう一度。


今度はもっと深く。


長年、身体の奥にまとわりついていた重さが消えている。


滞っていた魔力も、少しずつ流れ始めていた。


レオンが俺を見る。


「こ……これは……」


俺は枝を下ろした。


「《剣尊流活術――浄刃》」


剣尊流活術。


極限まで研ぎ澄ましたオーラブレードによって、身体そのものではなく、その内部にある異常だけを斬る技だ。


今回斬ったのは、レオンを長年蝕んでいた病巣。


衰えた身体まですぐに元へ戻るわけではないが、これ以上病に身体を食われることはないだろう。


レオンは呆然と胸へ手を当てていた。


だが。


やがて、その顔が大きく歪んだ。


「も……申し訳ありません……」


目から涙が溢れ出す。


握っていた剣が地面へ落ちた。


レオンはその場に膝をつく。


「師匠……!」


両手を地面についた。


そのまま額まで土へ擦りつける。


「申し訳ありません……! 申し訳ありません……!」


俺は何も言わなかった。


レオンの肩が震えている。


しばらく、そのままにしておいた。


冷たい風が訓練場を抜けていく。


「……夜風が冷たいな」


レオンが顔を上げた。


「場所を変えるぞ」


訓練場の脇には、古い道場が残っていた。


扉を開ける。


長く使われていないのだろう。


中にはほとんど物がなく、薄く埃が積もっている。


俺は壁際の窓を閉めた。


風が止まった。


そのまま板張りの床へ腰を下ろす。


レオンも黙ってついてきた。


そして俺の正面へ来ると、床に正座した。


昔と同じだ。


俺が教えを授ける時、こいつはいつもこうして座っていた。


しばらく誰も口を開かなかった。


やがてレオンが、震える声で言った。


「し、師匠……私はあなたを……」


「情けない奴だ」


言葉を遮る。


「強くなるためなら師をも喰らえ。そう教えたはずだが」


「し、しかし……」


俺はそれ以上、何も言わなかった。


十年前の話を今さら何度繰り返したところで意味はない。


しばらく沈黙が続く。


やがて俺は口を開いた。


「ともかく、貴様にやってもらいたいことがある」


レオンが顔を上げる。


「何なりと」


「俺をこのアカデミーの地下へ連れていけ」


「地下へ……?」


「ああ。そこに初代魔王の遺体があるらしい」


レオンは一瞬驚いたものの、すぐに頷いた。


「分かりました。今の私が、それでお役に立てるのであれば」


「そうか」


俺は肩の上のグレイヴを見る。


「うまくいったな、グレイヴ」


『……そうだな』


珍しく歯切れが悪い。


見ると、グレイヴはじっとレオンを見ていた。


『主にも、こんな一面があったのだな』


「どういう意味だ?」


『普段があまりにものほほんとしておるからな。本当に剣尊だったのか、少し疑わしく思っていたところだ』


「そういう意味では、グレイヴも魔王という感じはまったくないぞ」


『ぬかせ』


グレイヴが胸を張った。


『今から見ることになる初代魔王――竜王は、かつて我が使役していた存在だ。あれと対面すれば、さしもの貴様も腰を抜かすであろうよ』


「ほう」


それほどの相手か。


「それは楽しみだ」


『ふふん。今のうちにその余裕を保っておくがいい』


随分自信があるらしい。


なら期待しておこう。


俺は立ち上がった。


「レオン」


「はい」


「歩きながら話そう」


レオンも立ち上がる。


「これまでのこと」


俺は道場の扉へ向かった。


「そして、これからのことについてな」


レオンは一度だけ目を伏せた。


それから、静かに頷く。


「承知しました」


俺たちは古びた道場を後にし、アカデミーの地下へ向かって歩き出した。



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