第19話 剣尊、コネの力を使う
試験終了後。
俺は合格者の発表を確認していた。
掲示板のかなり下の方。
ほとんど最後に近い位置に、俺の名前がある。
ソード・刀尊。
ぎりぎりではあるが、合格だ。
「これでアカデミーに入れるな」
肩の上のグレイヴも安堵したように頷いた。
『ああ。ずいぶん遠回りしたがな』
「死霊を全部禁止されるとは思わなかった」
『その後、学院側が用意したスケルトンからソウルイーターを作ったのだから十分だろう』
「そのことだがあれは偶然だったのだろうか?」
『何を言う?偶然だろう?』
「何か変じゃなかったか?」
それを聞いてグレイヴの顔がこわばる。
『ほう。剣尊ほどの言葉ならば、無視はできまい。そちらは調べておく。ともあれ、今は入学手続きを行うのが先だろう」
忘れていた。
ともかく、合格した。
あとは入学手続きを済ませればいい。
そう思って掲示板から離れようとした時だった。
「おお、ソード・刀尊君ではないか!」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
試験中、俺の死霊をインチキ扱いしていた魔術師の試験官だった。
妙に機嫌がいい。
「何か用か?」
「ああ。実に残念なお知らせがあってな」
口では残念と言っているが、顔はまったく残念そうではない。
むしろ嬉しそうだ。
「たった今、追加の推薦合格者が決まった」
「そうか」
「うむ。そしてアカデミーの定員には限りがある」
男がわざとらしく咳払いする。
「したがって、今回の一般試験における最下位合格者の入学資格を取り消すことになった」
「最下位?」
掲示板を見る。
俺より下にも何人か名前があったはずだ。
「正確には戦闘クラスにおける最下位だ」
「なるほど」
つまり。
「俺か」
「その通り!」
男の笑顔が一段と大きくなった。
グレイヴが小声で言う。
『嬉しそうだな』
『そうだな』
試験官は俺の肩を叩いた。
「残念だったな!」
「そうだな」
「だが落ち込む必要はないぞ!」
別に落ち込んではいない。
「帝国は広く門戸を開き、いつでも有能な人材を求めている!」
「そうか」
「一年間しっかり研鑽を積み、また来年チャレンジしたまえ!」
「分かった」
「…………」
男の笑顔が少し止まった。
「それだけか?」
「何がだ?」
「いや……普通はもう少し悔しがるものではないのか?」
「規則なら仕方ないだろう」
「そ、そうか」
「では帰る」
「お、おう」
俺はそのまま歩き出した。
しばらくしてグレイヴが言う。
『本当に帰るつもりか?』
「ああ」
『待て待て待て!』
「なんだ?」
『もう少し粘れ!』
「試験にも落ちたのだろう?」
『合格してから落とされたのだ!』
「同じことだ」
『違う!』
随分こだわるな。
俺はアカデミーの正門へ向かいながら考えた。
「まあ仕方ない。アッシュ砦から地盤を固めるか」
『……本気か?』
「ああ」
アカデミーでしかできないこともあるだろうが、剣尊の先へ進む方法がここにしかないわけではない。
アッシュ砦を育てる。
死霊を集める。
強者の死体を探す。
やることはいくらでもある。
「むしろ弟子を増やす方を先に――」
『待て』
グレイヴの声が変わった。
俺は足を止める。
「今度は何だ?」
『……実はな』
珍しく歯切れが悪い。
「言え」
『我がお前をこのアカデミーへ入れたがっていたのには、理由がある』
「学べるものが多いからではなかったのか?」
『それもある』
「ほかには?」
グレイヴが周囲を確認する。
そして小声で言った。
『このアカデミーの地下に、死体がある』
「死体?」
『ああ』
「強いのか?」
『強い』
それだけで興味が湧いた。
「誰だ?」
グレイヴが少し間を置いた。
『初代魔王』
「ほう」
『竜王だ』
俺はアカデミーを見る。
「この下に?」
『眠っているはずだ』
「なぜ今まで黙っていた?」
『言えば、お前が無茶をすると思ったからだ』
「無茶?」
『今すぐ地下へ侵入するとかな』
「なるほど」
グレイヴが念を押す。
『待てよ。だからといって侵入はやめておけ』
「そんなことは考えていない」
『本当か?』
「ああ」
今の俺には、もっと適切な方法がある。
父上にも散々言われた。
前世の俺に足りなかったもの。
金。
情報。
政治。
そして。
「今こそコネの力を使うべきだろう」
『……』
グレイヴが黙った。
「何だ?」
『お前の口からその言葉が出るとはな』
「父上に散々言われたからな」
強さだけではどうにもならないことがある。
今回の試験だけでも十分分かった。
ならば使えるものは使えばいい。
『誰を頼る?』
「まずアリシアだ」
『いきなり第三皇女か』
「知り合いだからな」
もう一人いる。
「聖にも頼む」
ホーリーロッド家は帝国側の有力家門だ。
聖本人も推薦で入学している。
二人なら、アカデミー上層部へ話を通すこともできるだろう。
◇
アリシアに会うのは簡単だった。
俺が面会を求めると、なぜかほとんど待たされることなく通された。
「ソード!」
部屋へ入った瞬間、アリシアが立ち上がった。
随分嬉しそうだ。
「久しぶりだな」
「はい!」
そこまで久しぶりでもない気がするが。
「入学試験を受けたのでしょう?」
「知っているのか?」
「え?」
一瞬、アリシアの動きが止まった。
「ええ。それは、その……偶然耳に入りまして」
「そうか」
「はい。偶然です」
妙に強調する。
まあいい。
「実は頼みがある」
「私に?」
アリシアの表情がさらに明るくなった。
「何でしょう?」
「アカデミーに入りたい」
「……はい?」
「試験には一度受かったのだが、取り消された」
アリシアの笑顔が消えた。
「取り消された?」
「ああ。推薦合格者が増えたらしい」
「…………」
「それで俺が外された」
「誰が決めたのですか?」
「知らん」
アリシアが静かに立ち上がった。
先ほどまでとは違う笑顔を浮かべている。
「分かりましたわ」
「力を貸してくれるか?」
「もちろんです」
即答だった。
「助かる」
アリシアの頬が少し緩んだ。
「……もう一度言っていただけます?」
「何を?」
「いえ。何でもありません」
変な奴だな。
◇
次は聖だ。
推薦入学しているため、すでに学院内の寮へ入っていた。
面会を申し込む。
こちらもすぐに会えた。
「ソード様!」
聖が駆け寄ってくる。
「本当に来たのですね!」
「ああ」
「ずっと待っていました!」
「そうか」
聖は俺の肩にいるグレイヴを見る。
「その骸骨は?」
「グレイヴだ」
『第53代魔王グレイヴだ』
「魔王!?」
「気にするな」
「気にします!」
そうなのか。
「それより頼みがある」
「はい!」
こちらも即答だった。
「まだ何も言っていないぞ」
「ソード様のお願いなら大丈夫です!」
「」
便利だな。
『我が主』
「なんだ?」
『女性にその言い方はやめておけ』
「なぜだ?」
『……まあいい』
聖にも事情を説明する。
試験には一度合格した。
しかし追加推薦者が出て、合格が取り消された。
話を聞き終えた聖が眉を寄せる。
「そんなのおかしいです」
「そうなのか?」
「当然です!」
やはりおかしなことらしい。ならばなおさら撤回してもらわねばな。俺は規則なら仕方ないとも思っていたのだが。
「ホーリーロッド家からも確認します」
「頼む」
「任せてください!」
これで二つ。
グレイヴが肩の上で言う。
『第三皇女とホーリーロッド家か。随分強いコネを持っていたものだな』
「だから父上も人脈を作れと言ったのだろう」
『まだ入学前なのだがな』
確かに。
だが、もう一人いる。
前世の弟子。
現在の学長。
レオン・グランツだ。
「最後にレオンにも話しておくか」
『学長本人にか?』
「ああ」
『簡単に会える相手ではないぞ』
実際、その通りだった。
学長への面会を申し込んだものの、予約なしでは受け付けられないと言われた。
次に面会できるのは数週間後らしい。
「遅いな」
『まあ、学長だからな』
「仕方ない」
『諦めるのか?』
「いや」
俺はアカデミーを見る。
「向こうから来てもらう」
『……どうやって?』
◇
少しして。
俺はアカデミーの敷地内へ入り込んでいた。
『我が主』
「なんだ?」
『これは侵入ではないのか?』
「そうとも言うな」
『さっきコネの力を使うと言っていなかったか?』
「使っただろう」
『その直後に不法侵入する奴があるか』
誰にも見つかっていないのだから問題ない。
人の少ない場所を選びながら、学院の奥へ進んでいく。
やがて、古びた訓練場が見えてきた。
地面には雑草が生え、端に置かれた木製の人形もところどころ朽ちている。
壁際の武器棚もほとんど空だった。
『ここは?』
「剣術訓練場らしいな」
『随分使われておらんようだが』
「ああ」
かつてなら、こんな場所には剣士が溢れていたはずだ。
今では誰もいない。
「今の時代なら、こんなものなのだろう」
俺は訓練場の中央へ進んだ。
「ここでいい」
『何をする?』
「レオンを呼ぶ」
『どうやって?』
俺は目を閉じた。
魔力を細く絞る。
周囲へ広げる必要はない。
一人だけ。
かつて何度も俺の剣を受けた男にだけ届けばいい。
ほんの一瞬。
殺気を放った。
剣尊として完成した、俺の殺気。
それを一本の針のように絞り、学院の奥へ飛ばす。
すぐに消す。
『……今のは』
「あいつなら分かる」
十分もしなかった。
学院の奥から、一人の男がこちらへ向かってくる。
歩みは速い。
だが、その身体は以前とは大きく変わっていた。
随分痩せた。
顔色もよくない。
足取りにも、わずかな重さがある。
十年という年月だけでは説明できない。
病を患っているという話は本当らしい。
それでも。
間違えるはずがなかった。
レオン・グランツ。
俺の弟子だ。
腰には一本の剣を佩いている。
長く剣を振っていないと聞いていたが、剣士としての習慣までは捨てていないらしい。
レオンは訓練場へ入ると、周囲を見回した。
殺気の主を探しているのだろう。
やがて。
俺と目が合った。
動きが止まる。
俺は足元に落ちていた枝を一本拾った。
レオンの目が、その枝へ向く。
次に。
俺の足。
腰。
肩。
構え。
そのすべてを、食い入るように見ていた。
顔から血の気が引いていく。
俺は枝を構えた。
十年前と同じように。
弟子へ稽古をつける時と同じように。
そして。
「抜け、レオン」




