第17話 剣尊、ケチをつけられる
◇
「殿下」
「何ですの?」
アリシア・クラウンは、手にしていた本から顔を上げた。
「ソード・刀尊様が、アカデミーへ到着されたようです」
その瞬間、アリシアの表情が明るくなる。
「本当ですの?」
「はい」
ソードが帝都へ入れば知らせるよう、以前から命じていた。
もちろん、監視させているつもりなどない。
いつ来るのか少し気になっていただけである。
「それで?」
「現在、入学試験の受付で判断が止まっております」
「なぜですの?」
「ネクロマンサーの一般枠がほぼ埋まっていたため、戦闘クラスを希望されたそうです。しかし、刀尊家のご子息を正式な戦闘クラスへ入れてよいものかと」
アリシアの笑顔が消えた。
「受験資格は?」
「ございます」
「ネクロマンサーが戦闘クラスを受けることは禁止されていますの?」
「いいえ」
「刀尊家の人間が受験することは?」
「それも禁止されておりません」
「では、受けさせなさい」
「ですが――」
「私の名前を出して構いません」
部下が姿勢を正した。
「承知しました」
「それと」
「はい」
アリシアの口元に笑みが戻る。
「試験結果が出たら、知らせてくださいませ」
「かしこまりました」
部下が退出する。
アリシアは再び本を開いた。
だが、しばらく経ってもページは進まなかった。
「……ふふっ」
試験が楽しみになってきましたわね。
◇
しばらくすると、受付の男が戻ってきた。
「許可が出た」
「そうか」
「戦闘クラスの一般試験を受けていいそうだ」
随分あっさり決まったものだ。
肩の上でグレイヴが首を傾げる。
『妙だな』
『何がだ?』
『つい先ほどまで判断できぬと言っていたのだぞ』
俺は少し考えた。
そして答えに辿り着く。
『グレイヴ』
『なんだ?』
『剣尊たるこの俺、ソード・刀尊ともなれば――天運すら我が手中にあるということだ』
『馬鹿な!』
吐き捨てるような返事だった。
『少し考えれば分かるだろう! 大方、お前が助けた第三皇女が口を利いたのだ!』
『アリシアが?』
『刀尊家は今のお前を助けられる立場ではない。今、お前のために動ける有力者など第三皇女くらいだ』
なるほど。
それなら話は通る。
『ほう。なら、これが父上の言っていたコネの力というやつか』
『そういうことだ』
『だが、どうでもいい』
『なに?』
『結局のところ、俺は試験を受けられた。重要なのはその点だろう?』
『いや……それはそうなのだが』
『なら問題ない』
俺は受付の男を見る。
「試験場はどこだ?」
「この廊下をまっすぐ行って外へ出ろ。戦闘クラスの受験者は演習場に集まっている」
「分かった」
俺は試験場へ向かった。
◇
戦闘クラスの試験場は、アカデミーの裏手に広がる巨大な演習区域だった。
森。
岩場。
草原。
それらを高い防壁が囲んでいる。
すでに百人以上の受験生が集まっていた。
高台に立つ試験官が声を上げる。
「試験内容は単純だ!」
魔術で増幅された声が演習場へ響いた。
「制限時間は一時間! その間に、演習区域へ放たれた魔物を討伐せよ! 魔物ごとに点数が設定されている! 強い魔物ほど高得点だ!」
分かりやすい。
「ギフトの使用は自由! 武器も許可されたものなら自由に使用してよい!」
俺は肩のグレイヴを見る。
『死霊も使っていいらしいぞ』
『そう言っておるな』
なら、やることは決まった。
開始の合図が鳴る。
受験生たちが一斉に走り出した。
戦士が武器を抜き。
魔術師が詠唱を始め。
弓使いが森へ駆け込んでいく。
俺はその場に残り、右手を上げた。
「起きろ」
魔法陣が次々と展開する。
スケルトン。
ナイトスケルトン。
ルーンスケルトン。
スケルトンシャドー。
ファントムスカウト。
そしてデスナイト。
死霊たちが姿を現した。
近くにいた受験生たちが足を止める。
「な、なんだ……?」
「全部、あいつの死霊か?」
「デスナイトまでいるぞ!」
俺は弟子たちへ命じた。
「魔物を倒せ」
死霊たちが一斉に散開する。
森から魔物の咆哮が聞こえた。
すぐに途切れる。
岩場ではデスナイトが大剣を振るい、魔物をまとめて薙ぎ払う。
ナイトスケルトンは騎乗したまま次の獲物へ向かい、ルーンスケルトンは左右の魔法剣で別々の魔物を仕留めていた。
得点が次々と加算されていく。
『順調だな』
「ああ」
『主は戦わんのか?』
「必要ないだろう」
『ないな』
俺は弟子たちの戦いを眺めた。
そんなことをしているうちに、試験開始から三十分ほどが経過していた。
ところが。
試験官席では、別の騒ぎが起きていた。
◇
「ありえん!」
一人の試験官が立ち上がった。
五十代ほどの魔術師だった。
「あの死霊を見ろ! デスナイトまでいるぞ!」
別の試験官が頷く。
「確かに、十歳のネクロマンサーが使役できる死霊ではありませんな」
「当然だ! 十歳どころかデスナイトを使役できるネクロマンサーなど、おとぎ話でも聞いたことがないぞ!」
男が机を叩いた。
「ネクロマンサーは契約戦で死者を屈服させ、使役権を得る! 己の力量を大きく上回る死霊を、あれほど何体も従えられるはずがない!」
「では、不正があると?」
「刀尊家だぞ!」
男は演習場にいる俺を指さした。
「剣尊の技術を利用したに違いない!」
「いや、それはさすがに横暴では?」
別の試験官が口を挟んだ。
「剣尊アルドと刀尊家に直接の関係があったという記録はありません。同じ剣士であるというだけでしょう」
「……いや」
さらに別の試験官が顎へ手を当てた。
「そうとも言い切れませんぞ」
「ほら見ろ!」
「剣尊がギフトの枠から逸脱した技術体系を確立したのは事実です。そして刀尊家を含む複数の剣術名家が、その技術を取り入れていたことも確認されております」
魔術師の男が勢いづいた。
「ならば決まりだ! 刀尊家が何らかの違法な手段でネクロマンサーのギフトを強化したに違いない!」
「そこまでは言っておりませんが」
「これはギフトの秩序を乱す重大な行為だ!」
男は止まらない。
「帝国法への違反だ! 失格は当然! 場合によっては刀尊家そのものへの処分も――」
「それはさすがに」
試験官の一人が静かに言った。
「第三皇女殿下の意向を無視されるおつもりで?」
「…………」
魔術師の男が止まった。
「今回の受験を認めるよう求められたのは、第三皇女殿下ですぞ」
「それは……」
男がゆっくり座る。
「……確かに」
先ほどまでの勢いが嘘のように消えた。
その時だった。
別の試験官が口を開いた。
「ですが、法は法です」
魔術師の男が顔を上げる。
「どういう意味だ?」
「受験そのものを拒否する必要はありません。しかし、違法な方法で強化された疑いのある死霊を、そのまま試験で使用させるわけにもいかないでしょう」
魔術師の男の顔が輝いた。
「その通りだ!」
「試験全体を止める必要はありません。ソード・刀尊の戦闘だけを一時中断させ、死霊を調査しましょう」
「そうだ!」
男は立ち上がった。
「やはりインチキではないか!」
◇
突然、試験官席から俺の名前を呼ぶ声が響いた。
「ソード・刀尊! ただちに戦闘を中止し、その場で待機しろ!」
「何だ?」
俺は死霊たちへ命じた。
「止まれ」
散開していた死霊たちが動きを止める。
周囲では、ほかの受験生たちが変わらず魔物と戦っている。
高台から、何人もの試験官がこちらへ向かってきた。
『また面倒事か』
「そのようだな」
『さすがにやりすぎたか』
そうかもしれないと俺は思った。ほとんどの魔物は俺の死霊が狩ってしまっているし、受験生たちも俺の死霊にビビッてまともに行動できていない。
何らかの処置があるのだろうとこの時はまだ楽観的に構えていた。




