第15話 剣尊、盗賊に捕まっていた女たちを弟子にする
ファントムの後を追い、砦の地下へ降りた。
戦闘はすでに終わっている。
盗賊団の頭目の魂も回収されていたらしい。それなりの強さがあるそうなので、後で誰かの強化に使えばいいだろう。
「こちらです」
ファントムが鉄格子の前で足を止めた。
中を見る。
十人ほどの女がいた。
若い者が多い。
壁にもたれたまま動かない者。
床に横たわっている者。
目を開けてはいるが、焦点の合っていない者。
俺は鉄格子を掴み、そのまま力を込めた。
金属が軋み、格子が大きく曲がる。
中へ入り、近くにいた女の前へしゃがんだ。
「聞こえるか?」
反応は鈍い。
しばらくして、女がゆっくりこちらを見る。
「……たすけ……」
それだけ言うと、再び目を閉じた。
俺は部屋を見回す。
「確かに、鎖を外して『あとはご自由に』というわけにもいかない状態だな」
グレイヴが女たちを順番に確認していく。
「薬だな」
「ああ」
「意識を鈍らせるものだけではない。身体の自由を奪うものに、依存性のある薬まで使われておる」
一人の腕を取り、状態を確かめる。
「長期間投与されていた者もいる。このまま外へ放り出したところで、まともな生活へ戻るのは難しいだろう」
グレイヴが女たちを見渡した。
「いっそ、ここで終わらせる方が慈悲という考え方すら――」
「その必要はない」
グレイヴが俺を見る。
「治せるのか?」
「ああ」
毒物や薬物への対処なら、前世でも散々やった。
戦場で毒を盛られることなど珍しくない。
体内の魔力循環を整え、残留した薬物を排出する。
剣尊流活術を使えば、依存症状もかなり抑えられるはずだ。
「薬については俺が何とかする。体力も、食べて寝れば数日で戻る」
「簡単に言うな」
「難しくないからな」
グレイヴはしばらく俺を見ていたが、やがて肩をすくめた。
「それで、この者たちをどうする?」
「まとめて面倒を見る」
「ほう」
「こうなったのも何かの縁だろう」
すると、グレイヴが少し意外そうに俺を見た。
「随分と慈悲深いことを言うではないか」
「失礼だな」
「お前は聖人君子ではないだろう?」
「もちろん違う」
「では、なぜそこまでする?」
「ああ、そういうことか」
簡単な話だ。
俺は女たちを見る。
「助けた後、剣を教える」
「……やはりそう来たか」
「命を救われた相手なら、一生懸命修行するかもしれないだろう?」
「この期に及んで、まだ弟子を増やすつもりか」
「当たり前だ。弟子は力になる」
「お前は随分と弟子にこだわるな」
「ああ。世が世なら、剣尊流の道場を自分で開きたかったくらいだ」
「道場まで?」
「前世では弟子たちが開いていたからな。今世では俺自身でやってみたい」
もっとも、今の帝国では剣尊の教えそのものが禁じられている。
大っぴらに看板を掲げることはできない。
だが、弟子を取る意味までなくなったわけではない。
グレイヴが首を傾げる。
「そこまでして弟子を増やす理由は何だ?」
「いくつもある」
俺は指を一本立てた。
「まず、自分の技を磨くのに役立つ」
「弟子を育てることがか?」
「ああ」
他人へ教えると、自分では気づかなかった無駄が見える。
どこで躓くのか。
何が理解しづらいのか。
自分にしかできない技術を、どうすれば他人にも使える形へ落とし込めるのか。
剣尊流も、そうやって作り上げた。
「教えるというのは、自分の技を分解して作り直すことでもある」
「なるほど」
「それだけではない」
「まだあるのか?」
「人脈にもなるし、俺一人ではできないことを任せられる」
グレイヴが少し黙った。
「つまり、手足としても使えると」
「言い方は悪いが、そういうことだ」
前世なら、俺が何かを調べたいと言えば人が動いた。
旅へ出ると言えば金も馬も用意された。
必要な情報があれば、それを調べる者がいた。
ラグナス王家という巨大な組織が、最初から俺の背後にあったからだ。
今は違う。
「今の俺には、自分でそういう繋がりを作る必要がある」
「父親に言われていた人脈というやつか」
「ああ」
俺は女たちを見る。
「もちろん、一方的に働かせるつもりはない。俺は剣を教える。弟子はその力を使って俺を助ける。それでいい」
「師弟も一つの交換関係ということか」
「そういうことだ」
優れた師を求めて弟子が集まり。
優れた弟子を求めて師が技を教える。
それ自体は珍しい話ではない。
「だから剣士は、優秀な弟子を欲しがる」
「慈善ではなく、自分自身のためでもあると」
「ああ」
グレイヴが納得したように顎を鳴らした。
「我の場合は、それを死霊が担っていたわけか」
「近いな」
「なるほど」
俺は改めて女たちを見る。
「さて。そうなると、一芝居必要だな」
「一芝居?」
「俺が表立って師を名乗るのは都合が悪い」
「なぜだ?」
「今の俺は十歳だからな」
女たちはただでさえ弱っている。
助けられた直後に十歳の子供から「今日から俺の弟子になれ」と言われたところで、素直に師として受け入れるとは限らない。
ならば、最初からそれらしい人間を立てた方が早い。
俺はグレイヴを見る。
「だから、お前が師匠役をやれ」
「我が?」
「ああ」
グレイヴは自分の小さな身体を見下ろした。
「この姿でか?」
「そのままでは威厳がないな」
「随分な言いようだ」
「事実だろう」
「否定はできんが」
俺は少し考える。
「デスナイトの暗黒オーラを借りればどうだ?」
「《コンバート》か」
「ああ。死霊同士でも使えるのか?」
「お前ほど契約の支配力が強ければ可能だ」
「なら、それでいこう」
後は黒い鎧でも着せれば、それなりに恐ろしい教官には見えるだろう。
「それから、訓練にはバンディットゾンビを使う」
倒した盗賊たちは、すでにバンディットゾンビにしてある。
グレイヴがすぐに意図を察した。
「盗賊への恐怖を克服させるのか」
「ああ。まずはそこからだ」
彼女たちを捕らえていたのと同じ盗賊の姿をした相手と、何度も戦わせる。
ゾンビなら加減もできる。
倒されても、こちらで何度でも動かせる。
訓練相手としては都合がいい。
「随分荒っぽい方法だな」
「次に同じような相手と遭遇した時、自分で逃げられるくらいにはしておきたい」
グレイヴが俺を見る。
「そのために我へ怖い格好をさせると?」
「ああ。偉そうに喋るのも得意だろう?」
「元魔王だからな」
「適任だ」
「褒められている気がせんな」
俺はグレイヴへ、教える順番を一通り伝えた。
姿勢。
呼吸。
足運び。
重心移動。
身体の使い方。
そして最低限の剣術。
最初は一体のバンディットゾンビを相手にする。
慣れれば二体。
さらに余裕が出たら数を増やせばいい。
訓練相手には困らない。
グレイヴは黙って聞いていたが、やがて頷いた。
「ふむ。分かった」
「できそうか?」
「任せておけ」
「頼んだ」
◇
それから数日。
まずは女たちの療養を優先した。
身体に残っていた薬は俺が抜いた。
食事と睡眠を取らせ、まともに歩ける程度まで回復してから、訓練を始める。
指導そのものはグレイヴへ任せた。
内容は俺が決めてある。
結果だけ確認すれば十分だ。
数日後。
砦の広場へ出ると、女たちが剣を振っていた。
「思ったより早かったな」
最初に地下で見た時とは、もう別人のようだった。
まだ剣士と呼べるほどではない。
だが足元は安定し、最低限の身体操作も身についている。
少し離れた場所には、訓練相手に使われていたバンディットゾンビたちが並んでいた。
一体を相手にする程度なら、すでに問題なく戦える者もいる。
「素質は悪くない」
隣へ戻ってきたグレイヴが言った。
今はいつもの小さな骸骨姿だ。
「恐怖も随分薄れた。最初は奴らの姿を見るだけで身体が固まる者もいたがな」
「なら十分だ」
このまま基礎を続ければ、いずれまともに戦えるようになるだろう。
しばらく女たちの稽古を眺めていたグレイヴが口を開いた。
「しかし、問題もあるぞ」
「なんだ?」
「剣を教えたことだ」
「ああ」
「帝国法に反している。まして剣尊流の技術だと露見すれば、ただでは済まん」
「分かっている」
「本当に理解しておるのか?」
「ああ」
それでも、先延ばしにする理由はなかった。
「弟子は早いうちから育てた方がいい」
「なぜそこまで急ぐ?」
俺は剣を振る女たちを見る。
「俺を超える剣士が生まれる確率を上げるためだ」
グレイヴが黙った。
「……意味が分からん」
「珍しい話でもない」
剣士の中には、自分のすべてを弟子へ叩き込み、最後にはその弟子に敗れて死ぬことを最高の最期だと考える者すらいる。
「なぜ、自分より強い者をわざわざ育てる?」
グレイヴが俺を見る。
「お前も弟子に敗れて死ぬことを望んでいるのか?」
「いや」
即答する。
「俺を超えた弟子が現れたなら、俺がそいつをもう一度超える」
「……ほう」
「そして、そいつがまた俺を超えればいい」
俺が先へ行く。
弟子が追いつく。
追い越されたなら、また俺がその先へ行く。
それを繰り返せばいい。
「俺が剣尊になってから困ったことの一つは、戦う相手がいなくなったことだ」
生者の中に敵はいなかった。
だから今世では、死者にまで強敵を求めている。
なら、生者の強敵を自分で育てるのも悪くない。
「十年後に教え始めるより、今教えた方が十年分強くなるだろう?」
「それはそうだな」
「なら、先延ばしにする理由がない」
グレイヴはしばらく黙っていた。
やがて、納得したように頷く。
「つまり、お前にとって弟子とは、手足であり、技を磨くための相手であり――」
「ああ」
俺は剣を振る女たちを見る。
「未来の強敵候補でもある」
「自分を超える弟子を、自分の手で育てるというわけか」
「ああ。そしてそいつが俺を超えたなら、今度は俺が超える」
「終わりがないな」
「それでいい」
俺は剣を振る女たちを見ながら言った。
「弟子は師の屍を越え、師は弟子の屍を越える。そうやって俺は、剣尊のさらに先へ行く」
死んだから終わりというわけでもない。
今の俺には、死者と剣を交える術まである。
ならば、生者も死者も関係ない。
追いついてくる者がいるなら、何度でも超えればいい。
俺は女たちの稽古を眺める。
この中から。
いつか俺を超えるほどの剣士が現れるかもしれない。
その時は――。
俺がさらに、その先へ行く。




