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第12話 剣尊、冒険者になる

第三皇女アリシアと別れてから、俺たちは再び帝都へ向かっていた。


といっても、急ぐ必要はない。


入学試験まではまだ数日ある。


せっかくなので道中も弟子たちの訓練に使っていたのだが、その途中。


「我が主。一つ具申してもよろしいでしょうか」


俺の隣を歩いていたファントムが口を開いた。


先ほど強者の魂を融合し、スケルトンスカウトから進化したばかりの弟子だ。


青白い霊気をまとい、以前より明らかに存在感が増している。


「なんだ?」


「我々の装備についてです」


「装備?」


俺はファントムの腰にある剣を見る。


最初に俺が作った地鋼剣だ。


土を圧縮し、闘気を通すことで鋼鉄に近い強度を持たせたもの。


切れ味にも問題はない。


「壊れたのか?」


「いいえ。性能には何の不満もございません」


「なら何が問題だ?」


「目立ちます」


俺はもう一度剣を見る。


装飾もない。


見たところ、ごく普通の剣だ。


「別に派手ではないが」


「そういう意味ではございません」


ファントムが剣の柄へ触れる。


「見る者が見れば、これが剣尊の技によって作られた武器だと分かるのではないでしょうか」


肩の上に座っていたグレイヴも頷く。


「確かにな」


「お前もそう思うか?」


「うむ。武器だけではない。こやつらの動きも、剣尊流を知る者なら違和感を覚えるだろう」


なるほど。


父からも正体を悟られるなと言われている。


弟子たちの装備から俺へ辿り着かれるのは面倒だ。


「では装備を変えよう」


「それがよろしいかと」


「近くの町で買えばいい」


解決した。


……と思ったのだが。


俺は少し考えた。


「金がない」


ファントムが黙った。


グレイヴも黙った。


「……ないのか?」


「ああ」


「刀尊家は名門なのであろう?」


「名門だ」


「ならば実家に頼ればよいではないか」


「我が家は貧乏だ」


「名門なのに!?」


「名門と金持ちは同義ではない」


昔なら違ったのだろう。


だが、アルドの死後、刀尊家は大きく力を失った。


領地も減った。


門弟も減った。


帝国からの監視もある。


そのうえ、俺を帝立セレスティア・アカデミーへ送り出すだけでも金がかかっている。


「学費を出すだけで精一杯だ」


「……世知辛い話だな」


元魔王に同情されるとは思わなかった。


すると、ファントムが言った。


「でしたら、冒険者ギルドはいかがでしょう」


「冒険者ギルド?」


「はい。冒険者として依頼を受けるか、ダンジョンを攻略すれば、魔石や素材を売却できます」


「金になるのか?」


「なります」


「ならそれでいいな」


簡単な話だ。


グレイヴが口を挟む。


「入学試験はどうする?」


「先に試験会場へ近い町まで移動しておけばいいだろう」


「ふむ。それなら問題あるまい」


◇


半日ほど進むと、街道の先に城壁が見えてきた。


交易都市ベルガ。


帝都へ続く主要街道の途中にある町で、商人や冒険者の往来も多い。


近郊には複数のダンジョンも存在するらしい。


「ここなら十分だな」


「帝都までもそう遠くない」


肩の上でグレイヴが言う。


「入学試験にも十分間に合うだろう」


なら問題ない。


俺たちは町へ入った。


弟子たちは目立つため、《リコール》ですべて召喚を解除してある。


《リコール》された契約死霊は、《ストレージ》へ戻る。


《ストレージ》は死霊術によって作られた収納空間で、契約死霊だけではなく、死体、武器、防具、旅の荷物までまとめて保管しておける。


必要になれば、契約死霊はそこから再び召喚すればいい。


便利なものだ。


グレイヴだけは小さな姿のまま俺の肩に残している。


ファントムも今は《ストレージ》の中だ。


冒険者ギルドはすぐに見つかった。


大通り沿いに建つ三階建ての大きな建物だ。


剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。


扉を開ける。


中にはかなりの数の人間がいた。


剣士。


戦士。


魔術師。


斥候。


昼間から酒を飲んでいる者までいる。


俺が入った瞬間。


何人かの視線がこちらへ向いた。


まあ当然だろう。


俺は十歳なのだから。


そのまま受付へ向かう。


若い女が座っていた。


「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「冒険者になりたい」


受付嬢が俺を見る。


少し困った顔になった。


「あなたが、ですか?」


「ああ」


背後から笑い声がした。


「おいおい」


振り返る。


大柄な男が酒杯を片手にこちらを見ていた。


「最近はガキでも冒険者になれるのか?」


周囲からも笑いが起こる。


「しかも武器も持ってねえぞ」


「何のギフトだ?」


受付嬢が申し訳なさそうに俺を見る。


「登録自体は可能ですが……ギフトを確認してもよろしいですか?」


「ネクロマンサーだ」


一瞬。


静かになる。


次の瞬間。


先ほど以上の笑い声が起きた。


「ネクロマンサー!?」


「死体を歩かせるだけの奴か!」


「そんな小僧がダンジョンへ行く気かよ!」


「骨でも拾いに行くのか?」


なるほど。


やはりネクロマンサーの評価は低いらしい。


別に気にはならない。


「登録できるのか?」


俺が聞く。


受付嬢は少し困ったように頷いた。


「年齢やギフトだけを理由に登録を拒否する規則はありません。ただし、最初は最低ランクからになります」


「構わん」


「では、お名前をお願いします」


「ソード・刀尊」


受付嬢の手が止まった。


「……刀尊?」


周囲の笑い声も消える。


さっきまで俺を笑っていた男たちまでこちらを見た。


受付嬢が確認するように聞く。


「あの……刀尊家ですか?」


「他にあるのか?」


「い、いえ」


明らかに表情が変わった。


すると奥にいた年配の男がこちらへ近づいてきた。


職員らしい。


「少しいいか」


「ああ」


「君は本当に刀尊家の人間なのか?」


「そうだ」


「証明できるものは?」


俺は家から持たされた身分証を渡した。


男が確認する。


その顔が険しくなった。


「……本物か」


「なら登録してくれ」


だが。


男は身分証を俺へ返した。


「悪いが、帰ってくれ」


「なぜだ?」


「登録は受け付けられん」


「さっき登録できると言っていたぞ」


「年齢の問題じゃない」


男が声を落とす。


「刀尊家の人間を、うちで登録するつもりはない」


「理由は?」


「分かっているだろう」


「分からん」


男は俺を見つめる。


「帝国から目を付けられている旧剣術名家だ。そんな家の人間を登録したとなれば、こちらまで何を疑われるか分からん」


「冒険者になるだけだぞ?」


「それでもだ」


「帝国法で禁止されているのか?」


男が詰まった。


「……禁止はされていない」


「なら登録できるのでは?」


「理屈の話をしているんじゃない!」


男の声が大きくなる。


「こっちにも生活があるんだ。厄介事は御免だ」


しばらく男を見る。


俺を嫌っているわけではなさそうだ。


単に怖いのだ。


帝国が。


「分かった」


俺は身分証をしまった。


「帰る」


「……悪く思わないでくれ」


「別に怒ってはいない」


ギルドを出る。


少し歩いたところで、グレイヴが口を開いた。


「随分素直に引き下がったな」


「無理に登録しても意味がない」


「ほう」


「なら別人として登録すればいい」


「……」


グレイヴが俺を見る。


「何だ?」


「気持ちの切り替えが早いのだな」


「簡単な話だろう」


「顔も名前も知られているぞ」


「なら顔も変える」


俺は自分の頬に触れる。


「剣尊流の肉体操作なら、筋肉や骨格を多少変えることはできる」


「待て」


グレイヴが言った。


「せっかくネクロマンサーなのだ。死霊術を使えばよかろう」


「死霊術で変装できるのか?」


「《コンバート》がある」


「コンバートか」


契約した死者が持つ能力を、一時的に術者本人へ移す死霊術。


まだ本格的には使っていない。


「だが、変装できる能力を持つ弟子など――」


俺は《ストレージ》からファントムを呼び出した。


青白い霊気とともに、ファントムが姿を現す。


「我が主」


「お前に変装できる能力はあるか?」


「ございます」


「あるのか」


「進化した際、新たな技能を取得しました」


「何だ?」


「《ファントムシフト》です」


ファントムの姿が揺らぐ。


青白い霊気が全身を包む。


次の瞬間。


そこに立っていたのは骨ではなかった。


黒髪の若い男。


見た目だけなら完全に人間だ。


「姿を変えられるのか」


「人型の範囲であれば、体格、顔、声を偽装できます」


「便利だな」


「潜入、偵察を目的とした技能です」


なるほど。


「では借りる」


俺はファントムへ手を向ける。


「《コンバート》」


契約が反応する。


ファントムから俺へ魔力が流れ込んできた。


同時に、それまで知らなかった技能の感覚が頭の中へ入ってくる。


【コンバート対象――ファントムスカウト】


【スキル《ファントムシフト》を一時取得しました】


「こうか」


《ファントムシフト》。


身体が変化する。


視線が高くなる。


手足が伸び、肩幅も広がった。


顔も変える。


三十代ほど。


旅慣れた戦士に見えるよう、多少無精髭も加えておく。


声を出す。


「どうだ?」


低い声になった。


グレイヴが俺の周囲を一周する。


「悪くない。十歳の小僧には見えん」


「ならこれで行こう」


「待て」


「まだ何かあるのか?」


「名前だ」


そうだった。


また刀尊と名乗れば同じことになる。


少し考える。


「アル・ラグナ」


グレイヴが固まった。


「……お前」


「なんだ?」


「正体を隠す気はあるのか?」


「ある」


「どこがだ!」


アルド・ラグナス。


そこから少し削っただけだ。


「妙な名前をつけると、俺まで分からなくなる」


「そんな理由で前世の名前に寄せるな!」


「偽名を忘れて反応しない方が怪しいだろう」


グレイヴはしばらく黙った。


「……まあ、ぼろが出るよりはましか」


「そうだろう」


「そういうことにしておこう」


◇


再び冒険者ギルドへ入る。


当然、先ほどの俺だと気づく者はいない。


今度は誰も笑わなかった。


三十代。


鍛え上げた身体。


無精髭。


見た目だけなら、どこにでもいるベテラン戦士だ。


俺は先ほどと同じ受付へ向かう。


受付嬢がこちらを見る。


「いらっしゃいませ。本日は?」


「冒険者登録だ」


低い声で答える。


「かしこまりました。初めての登録でよろしいでしょうか?」


「ああ」


「では、お名前を」


「アル・ラグナ」


肩のグレイヴから念話が飛んでくる。


『本当にそれで行くのだな……』


無視する。


受付嬢が書類へ記入した。


「続いて、冒険職を確認させていただきます」


「戦士だ」


『おい!』


突然グレイヴの声が頭に響く。


『お前はネクロマンサーだろう!』


返事はしない。


受付嬢が水晶を取り出した。


「では念のため、適性を確認させてください」


「構わん」


俺は水晶へ手を置く。


『我が主!』


『まあ見てろ』


体内の魔力の流れを変える。


剣尊とは、ただ剣を振るう者ではない。


呼吸。


筋肉。


骨格。


重心。


神経。


魔力。


そのすべてを剣へ最適化する。


戦士の魔力運用など、前世で何千、何万と見てきた。


同じ形へ整えるだけだ。


水晶が光る。


受付嬢が結果を確認した。


「はい。確かに戦士ですね」


『!?』


肩の上で、グレイヴの眼窩の炎が大きく揺れた。


『どうやったのだ!?』


『剣尊たるこの俺にとっては、この程度たやすいことだ』


『何でもありだな、お前は……』


受付嬢が首を傾げる。


「何か?」


「いや、何でもない」


「では、使用武器は剣でよろしいでしょうか?」


「ああ」


今度は何の問題もなく手続きが進んでいく。


最後に受付嬢が一枚の金属板を差し出した。


「こちらへ魔力を流してください」


手を置く。


淡い光が広がる。


やがて一枚の冒険者証が完成した。


そこには、


――アル・ラグナ。


そう刻まれている。


「登録完了です。本日より冒険者として活動できます」


「分かった」


冒険者証を受け取る。


これで金を稼げる。


弟子たちの装備を揃えられる。


ついでにダンジョンへ潜れば、強い魔物や死体も見つかるかもしれない。


悪くない。


俺は冒険者証を懐へしまった。


「さて」


『なんだ?』


「よいダンジョンを探すか」


グレイヴの眼窩で、青白い炎が揺れる。


『ようやく本題だな』


ああ。


金も必要だ。


装備も必要だ。


強者も欲しい。


ならば、すべてダンジョンで手に入れればいい。


冒険者アル・ラグナ。


悪くない偽名だと思う。



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