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第11話 剣尊、姫を救出する

森を抜けた瞬間、金属同士がぶつかる音が聞こえた。


「いたな」


街道から少し外れた場所で、二十人近い武装集団が馬車を取り囲んでいる。


守っているのは十人ほど。


全員かなり鍛えられているようだが、すでに何人かが負傷していた。


その中央に、一人の少女がいる。


白を基調とした旅装に、金色の髪。


年齢は俺と大して変わらないだろう。


護衛たちは少女を囲みながら、少しずつ後退している。


「第三皇女か?」


俺が聞く。


「間違いありません」


隣にいたスケルトンスカウトが答えた。


「襲撃者は十九名。護衛側は負傷者を含め十一名。戦闘可能なのは七名ほどかと」


「よく調べた」


「光栄です」


スカウトが頭を下げる。


グレイブが俺の肩から戦場を眺めた。


「盗賊ではなさそうだな」


「ああ」


動きが揃いすぎている。


全員が顔を隠し、武器や防具にも紋章がない。


明らかに正体を隠すことを前提としている。


「暗殺か?」


「その可能性が高いだろう」


だが。


俺は襲撃者たちの中に、妙な気配を感じた。


一人だけ違う。


集団の少し後方。


黒い外套を羽織った大男が立っている。


まだ戦闘には加わっていない。


ただ腕を組んで戦況を眺めているだけだ。


にもかかわらず。


分かる。


強い。


俺の口元が自然と緩んだ。


「……ほう」


「我が主?」


グレイブが俺を見る。


「あの男」


「何だ?」


「明らかに強者だ」


転生して十年。


この世界で何人もの剣士を見てきた。


父も強い。


兄たちも、今の時代では十分に優秀なのだろう。


だが。


俺が戦いたいと思うほどの相手には、まだ出会っていなかった。


それが今。


ようやく見つかった。


胸の奥から、久しく忘れていた感覚が湧き上がる。


血が騒ぐ。


「いいな」


「何がだ?」


「転生してから初めてだ」


俺は大男を見たまま答えた。


「少しは楽しめそうな相手に会った」


グレイブが嫌な予感でもしたように俺を見る。


「我が主よ。念のため言っておくが――」


「グレイブ」


俺は肩の小さな魔王を見る。


「なんだ?」


「お前に召喚権限と指揮権を与える」


「なに?」


契約を通じて魔力を流す。


グレイブへ、俺の配下を一時的に召喚・指揮する権限を渡す。


「雑魚は任せた」


「待て」


「好きに戦え」


「待て待て待て!」


俺は黒い外套の男を指す。


「俺はあの男と決着をつける」


「我が主!」


もう遅い。


地面を蹴る。


背後からグレイブの怒声が飛んできた。


「ま、待て! 剣術は!?」


俺は走りながら少しだけ後ろを振り返る。


そして頷いた。


「剣術を使うつもりはない」


「そういう問題では――!」


最後まで聞かず、さらに加速する。


襲撃者の一人が俺に気づいた。


「何だ、こいつ――」


邪魔だ。


横を通り抜ける。


狙うのは一人だけ。


大男がようやく俺を見る。


目が合った。


男の空気が変わる。


それまで隠していたオーラが一気に膨れ上がった。


やはり強い。


俺は笑った。


「名のある強者と見た」


男が腰の剣へ手を伸ばす。


俺はその直前。


地面を蹴った。


剣を使わない。


剣尊の技も使わない。


ただの飛び蹴りだ。


男の胸へ足が入る。


轟音。


男の巨体が吹き飛んだ。


木を一本。


二本。


三本。


へし折る。


さらに地面を何度も跳ね。


ようやく止まった。


「……」


俺は着地する。


返事がない。


「おい」


男は動かない。


「……」


近づく。


胸が完全に陥没していた。


呼吸もない。


心臓も止まっている。


俺はしばらく男を見下ろした。


そして。


気づいた。


「しまった!」


遠くで戦っていたグレイブがこちらを振り向いた。


「今度は何だ!?」


「久しぶりすぎて力加減を間違えた!」


「何をしておるのだ貴様は!」


おかしい。


それなりに耐えると思ったのだが。


確かに強者ではあった。


だが、俺が思っていたより少し弱かったらしい。


「せっかく見つけたのに……」


残念だ。


もう少し戦いたかった。


「仕方ない」


俺は男の死体へ手を向ける。


「有効活用するか」


死霊術の魔力を伸ばす。


肉体ではなく、その内側へ。


まだ完全に散っていない魂を掴む。


「《抽出》」


淡い光が男の胸から浮かび上がった。


人の形を保てないほど圧縮された、青白い魂の塊。


手の上へ引き寄せる。


「ほう」


かなり濃い。


これなら弟子の強化に使える。


俺が後ろを振り返ると。


戦闘はすでに終わっていた。


「早いな」


俺がそう言うと、グレイブがこちらへ飛んでくる。


その後ろには、俺のスケルトンたちが並んでいた。


ナイトスケルトン。


ルーンスケルトン。


スケルトンシャドー。


デスナイト。


そして他の剣士系スケルトンたち。


襲撃者たちはほとんど地面に倒れている。


一部は武器を捨て、護衛たちに拘束されていた。


「誰が早いな、だ!」


グレイブが俺の頭を骨の拳で叩いた。


「痛くないぞ」


「そういう問題ではない!」


「ちゃんと剣術は使わなかっただろう」


「飛び蹴り一発で殺す方が目立つわ!」


なるほど。


それもそうか。


「次から気をつける」


「本当だろうな……」


グレイブは疑わしそうだったが、今はそれより弟子たちだ。


俺は手の上に浮かぶ魂を見る。


「グレイブ」


「なんだ?」


「強者の魂を褒美として与えたい」


「ほう」


「今回、最も功績の大きかった者は誰だ?」


グレイブは少し考える。


戦っていたスケルトンたちを見る。


やがて答えた。


「やはり今回はスカウトだろう」


「俺の考えと同じだ」


今回この場所を発見できたのは、スカウトのおかげだ。


もし見つけるのが遅れていれば、皇女側にもっと被害が出ていたかもしれない。


「スカウト」


「はい、我が主」


スケルトンスカウトが俺の前へ出て片膝をつく。


「今回の功績は大きい」


「ありがたきお言葉」


俺は魂を見せる。


「褒美だ。受け取れ」


スカウトが顔を上げる。


「ありがたき幸せ」


「ではやるぞ」


俺は魂をスカウトへ向けた。


グレイブから聞いたばかりの術を使う。


合成ではない。


弟子そのものを消す必要はない。


強者の魂を取り込み、存在の格を引き上げる。


「《融合》」


魂が光へ変わった。


スカウトの胸へ吸い込まれる。


次の瞬間。


全身から青白い光が噴き出した。


「……!」


スカウトの骨格が変化する。


細身の姿はそのまま。


だが骨そのものがわずかに黒みを帯び、その周囲を薄い霊気が漂い始める。


首元のスカーフが風もないのに揺れる。


マントも変化した。


腰に差していた剣まで、青白い霊光を帯びていく。


頭の中に声が響いた。


【強者の魂との融合に成功しました】


【存在の格が上昇します】


【スケルトンスカウトは《ファントムスカウト》へ進化しました】


光が収まる。


スカウト――いや、ファントムスカウトがゆっくり立ち上がる。


「どうだ?」


ファントムスカウトが自分の手を見る。


指を動かす。


次の瞬間。


姿が消えた。


「ほう」


俺の真後ろに現れる。


速い。


以前とは比較にならない。


「以前とは比べ物になりませぬ」


ファントムスカウトが再び俺の前へ跪いた。


「この力、すべて我が主のために」


「いいな」


俺は満足して頷く。


「また一段強くなった」


「我が主よ」


グレイブが横から口を挟んだ。


「なんだ?」


「今殺した男については、何か思うところはないのか?」


「あるぞ」


「ほう」


「もっと力加減を練習する必要がある」


「そちらか……」


当然だ。


次に強者を見つけた時は、もう少し長く戦いたい。


その時。


背後から声がした。


「……あの」


振り返る。


護衛たちが、俺たちを呆然と見ていた。


その中央にいる金髪の少女も同じだった。


そういえば救出に来たのだった。


少女が一歩前へ出る。


護衛の男が慌てて止める。


「殿下、まだ危険です!」


「ですが、私たちを助けてくださった方でしょう?」


「しかし、ネクロマンサーです!」


少女が護衛を見る。


「だから何です?」


護衛が言葉を失った。


少女はこちらへ歩いてくる。


近くで見ても、やはり俺と同年代くらいだ。


しかし立ち居振る舞いは随分と落ち着いている。


「助けていただき、ありがとうございます」


少女が丁寧に頭を下げた。


「私はアリシア・クラウン。帝国の第三皇女です」


「ソード・刀尊だ」


一瞬。


護衛たちの顔が変わった。


「刀尊……?」


古い剣術名家の名前だからだろう。


アリシアも少し驚いたようだった。


だが、すぐに表情を戻した。


「あなたが刀尊家の……」


「ああ」


「帝立セレスティア・アカデミーへ向かっているのですか?」


「そのつもりだ」


「では、私と同じですね」


「そうなのか?」


「はい。私も今年入学します」


ちょうどいい。


父から有力家門と友誼を結べと言われている。


皇族なら十分すぎるほど有力だろう。


そこへ護衛隊長らしき男が近づいてきた。


「ソード殿」


「ああ」


「この度のご助力、皇室を代表して感謝する」


「別に構わん」


隊長の視線が俺の後ろへ向く。


デスナイトをはじめとしたスケルトンたちが並んでいる。


「このアンデッドたちは……?」


「俺の弟子だ」


「弟子?」


「ああ」


隊長が黙った。


アリシアも目を瞬く。


グレイブが肩の上から囁いた。


「普通は配下と説明するのではないか?」


「俺が剣を教えたから弟子だ」


「もう好きにせよ」


アリシアはファントムスカウトを見る。


「先ほど、その方を進化させていましたよね?」


「ああ」


「もともとはアンデッドなのですよね?」


「元はただの村人だ」


「……村人?」


「数日鍛えた」


アリシアがもう一度ファントムスカウトを見る。


しばらく沈黙した。


「数日……」


「何だ?」


「いえ」


なぜか少し笑った。


「とても変わった方なのですね」


「よく言われる」


「やはり言われるのですね」


何がおかしいのか、また笑う。


それより。


俺には一つやることがある。


「アリシア」


「はい?」


「俺と友人になってくれ」


「……はい?」


アリシアが固まった。


護衛たちも固まる。


グレイブまで俺を見る。


「なぜです?」


「父上から、有力な家門の者と友誼を結べと言われた」


グレイブが額を押さえた。


「我が主よ……」


「何だ?」


「もう少し言い方というものがある」


「事実だろう」


「そういう問題ではない」


アリシアはしばらく俺を見ていた。


そして。


「ふふっ」


笑い始めた。


「何がおかしい?」


「ごめんなさい」


口元を押さえる。


「私に友人になってほしいと、こんなふうに言った方は初めてです」


「そうなのか?」


「普通はもっと遠回しです」


「面倒だな」


「私もそう思います」


そう言って、アリシアが右手を差し出した。


「分かりました」


「何がだ?」


「友人になりましょう。ソード」


俺もその手を握る。


「助かる」


「こちらこそ。命を助けていただきましたから」


手を離したあとも、アリシアはどこか楽しそうに俺を見ていた。


どうやら最初のコネ作りは成功したらしい。


「我が主よ」


グレイブが小声で言う。


「なんだ?」


「友人をコネと数えるのは、本人の前では言うなよ」


「なぜだ?」


「人間関係とはそういうものだ」


よく分からん。


その時、護衛たちが拘束した襲撃者の一人を連れてきた。


「殿下」


隊長の表情が険しい。


「何者かは分かりましたか?」


「いいえ。装備にも身体にも所属を示すものがありません」


アリシアの笑みが消える。


「やはり、偶然の襲撃ではありませんね」


「ああ」


俺が答えると、アリシアがこちらを見る。


「そう思いますか?」


「最初からお前を狙っていた」


護衛を崩すより、何度も皇女へ直接攻撃を仕掛けていた。


あの強者も後ろで全体を見ていた。


盗賊の動きではない。


「暗殺だろうな」


アリシアは少し黙った。


「……そうですね」


十歳の少女にしては随分冷静だ。


皇族なら、こういうことも珍しくないのだろうか。


「捕らえた者はこちらで預かります」


「好きにしろ」


俺には必要ない。


「帝都へ戻れば調べられる者もいます」


「なら任せる」


「ありがとうございます」


これで一件落着だ。


弟子の実戦訓練もできた。


スカウトも進化した。


強者とはほとんど戦えなかったが。


コネも一つできた。


悪くない。


「では俺たちは行く」


「もう行くのですか?」


アリシアが聞く。


「ああ」


「私たちも帝都へ向かっています。一緒に行きませんか?」


俺は少し考えた。


皇女と一緒なら検問で困ることもないだろう。


人脈を作るという意味でも悪くない。


だが。


弟子たちの訓練も残っている。


「遠慮しておく」


「なぜです?」


「弟子たちの歩法訓練がある」


「……歩法?」


「ああ。帝都まで走らせる」


アリシアが俺の後ろを見る。


そこには、俺が背負ってきた馬がいる。


「もしかして」


「何だ?」


「その馬は、どうするのです?」


「背負って走る」


「……」


アリシアが黙った。


グレイブが俺の肩でため息をつく。


「我が主よ。人目があるぞ」


「そうだったな」


仕方ない。


俺は馬を地面へ下ろした。


「今日は乗る」


「そうしてくれ」


アリシアが突然吹き出した。


「ふふっ……」


「何だ?」


「いえ。本当に変わった方ですね」


「そうか?」


「はい」


なぜか楽しそうだ。


「では、アカデミーでまた会いましょう。ソード」


「ああ」


「約束ですよ」


「分かった」


アリシアはもう一度笑った。


その時の俺は。


第三皇女と知り合えたことで、父から言われた人脈作りが一つ進んだ。


それくらいにしか考えていなかった。


ただ。


どうやらアリシアの方は、それだけではなかったらしい。


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