第10話 剣尊、最大級のコネを見つける
廃村を出てから数日。
俺たちは帝都へ向かいながら、途中で見つけた墓地や廃墟へ立ち寄っていた。
目的はもちろん、死体だ。
グレイヴを除けば、現在俺が召喚できる死者は最大九体。
最初に拾った三体だけでは枠が余っていたので、使えそうな骨を見つけるたびに契約し、鍛えていった。
その結果。
今、俺の前には九体のスケルトンが並んでいる。
ただし、もはや最初のようなただの村人の骨ではない。
一体は、スケルトンホースに跨り、長槍を携えたナイトスケルトン。
騎乗したまま高速で間合いを詰め、突撃から剣撃へ繋ぐ。
一体は、魔力を刻んだ二振りの剣を操るルーンスケルトン。
左右の剣に異なる魔力を宿して戦う、魔法剣士のような存在だ。
一体は、軽装のマントとスカーフを身につけ、短剣を扱うスケルトンシャドー。
正面から斬り合うより、潜伏、奇襲、索敵を得意としている。
そして、その中でもひときわ強いのが、全身から黒いオーラを立ち昇らせているデスナイトだった。
大剣を持ち、重い一撃と暗黒のオーラを組み合わせて戦う。
ほかにも索敵に特化したスケルトンスカウトや、剣速、守り、集団戦など、それぞれ異なる方向へ成長した者がいる。
元はすべて村人だ。
剣を握った経験すらなかった者もいる。
それを数日間、移動しながら鍛え続けた。
歩法。
剣術。
騎乗。
連携。
魔力の扱い。
本人――いや、本骨の適性を見ながら、それぞれ別の方向へ伸ばした結果がこれだ。
「うーむ……」
俺は九体を眺めながら腕を組んだ。
「これ以上は無理そうだな」
「何がだ?」
肩に乗っているグレイヴが聞いてくる。
「成長の余地がない」
デスナイトへ目を向ける。
動きは悪くない。
俺が教えた剣術も、十分に身についている。
だが、その先がない。
「伸びしろを全部使ってしまった」
「……」
「やはり元が村人では限界があるな」
すると、グレイヴの眼窩の炎が大きく揺れた。
「いや!」
「なんだ?」
「おい! おかしいだろう!」
突然怒鳴られた。
「何がだ?」
「何が、ではない!」
グレイヴがデスナイトを指差す。
「あれを見ろ!」
「デスナイトがどうした?」
「デスナイトだぞ? 魔王の側近、四天王級――場合によっては魔王を名乗ってもおかしくないほどの存在だ」
「だからなんだ?」
「おかしいだろう!」
グレイヴが頭を抱えた。
骨なので髪はないが。
「ただの村人の死体を数日鍛えただけだぞ!?」
「ああ」
「それがデスナイトになっておる!」
「だが」
俺は改めてデスナイトを見る。
「強くても剣神程度だろう」
「剣神程度!?」
「この程度では俺の稽古相手にはならん」
「は、はあ……」
なぜかグレイヴの勢いがなくなった。
俺としては困っているのだが。
九体とも、最初に比べれば随分と強くなった。
だが、俺の目的は弟子を強くすることではない。
俺自身が、剣尊の先へ行くことだ。
俺の相手ができないのなら、まだ足りない。
「グレイヴ」
「なんだ?」
「この辺りに強者の死体は本当にないのか?」
「ない」
「では、俺の相手になる者を育てられないではないか」
「落ち着け。そう慌てるな」
グレイヴが呆れたように俺を見る。
「いったい何をそんなに急いでおる?」
「急いでいるわけではない。だが、無駄に時間を浪費する必要もないだろう」
「それなら、さらに高度な死霊術を教えてやろう」
「ほう」
「お前の望みに応えられるものがある」
「そんなものがあるのか?」
「ああ。手っ取り早いのは合成だ」
「合成?」
グレイヴが九体を見る。
「複数のアンデッドを一つへまとめ、より高位の存在へ昇華させる魔術だ」
「却下だ」
「早いな!?」
「せっかく育てた弟子たちを材料にする気はない」
「弟子?」
「ああ」
「死体だぞ?」
「俺が剣を教えた。なら弟子だ」
グレイヴはしばらく黙った。
「……そうだったな」
納得したらしい。
「では、合成以外で頼む」
「ならば融合という手もある」
「合成とどう違う?」
「今いる個体を消す必要がない」
それなら聞く価値がある。
「強者が持つ強大なオーラや魔力を吸収させ、存在そのものの格を引き上げる」
「存在の格?」
「ああ。こやつらの問題は、もはや技ではない」
グレイヴがデスナイトを見る。
「お前が言った通り、器そのものの限界だ。ならば器を作り変えればよい」
なるほど。
「つまり、強者を見つければいいのか」
「そういうことだ」
「だが、強者の死体はこの辺りにはないのだろう?」
「別に生きていても構わん」
「生きていても?」
グレイヴが当然のように答えた。
「殺せば死体になるだろう」
「……」
俺は少し考えた。
「それはさすがに場面を選ぶだろう」
「貴様にもその程度の常識はあったのだな」
「俺を何だと思っている?」
「馬を背負って街道を走る男だ」
関係ないだろう。
「ともかく、今のこいつらはここまでということか」
「そういうことになる」
グレイヴが頷く。
「お前自身がネクロマンサーとして成長すれば、使える術も増える。召喚した死者へ施せる強化も変わってくるだろう」
「なら、アカデミーで死霊術を学ぶ意味もあるな」
「ふむ。我も我の時代にはなかった技術が学べるのではないかと、少し楽しみにしておる」
問題は、まだ入学試験までかなり日があることだった。
想定よりも遥かに速いペースで帝都へ近づいてしまったらしい。
普通に馬へ乗って移動していれば、もう少し時間がかかったのだろう。
「グレイヴ」
「なんだ?」
「まだ入学試験まで、かなり日が余っているな」
「ふむ」
「これから何をする? 強者の死体はない。弟子たちは限界まで鍛えた」
グレイヴは少し考えたあと、俺を見る。
「人脈を作るのはどうだ?」
「まだ入学前だぞ?」
「だからこそだ。時期を考えよ」
「時期?」
「帝立セレスティア・アカデミーの入学試験が近い」
それはそうだ。
「ならば今、帝都へ続く街道には、アカデミーへ向かう名のある家門の子弟が多くいるはずだ」
「なるほど」
「その中には、旅の途中で何らかの問題に巻き込まれている者もいるかもしれん」
グレイヴが笑う。
「困っている者を助ければ、自然に恩が売れる」
「コネになるな」
「そういうことだ」
悪くない。
父からも、有力家門と友誼を結べと言われている。
入学してから一人ずつ話しかけるより、困っているところを助ける方が早い。
「では探そう」
俺が周囲へ意識を広げようとすると、グレイヴが言った。
「せっかく弟子を育てたのだ。使えばよかろう」
「弟子を?」
「ちょうど偵察向きの者がおる」
「ああ。確かに」
その時。
「我にお任せを」
背後から声がした。
細身の骨格。
首元には暗い色のスカーフ。
身体を隠す短いマント。
腰には細身の剣を一本差している。
九体の中でも、特に身軽さと索敵能力を伸ばしたスケルトンスカウトだ。
スカウトが俺の前で片膝をついた。
「今の話は聞いていたな?」
「はい」
言葉まで話せるようになっている。
これも成長した結果だ。
「帝都へ向かう街道を探れ。有力家門の者で、何か問題に巻き込まれている者がいないか探してこい」
「御意」
スカウトが立ち上がる。
次の瞬間には地面を蹴り、街道脇の森へ消えていった。
速い。
「悪くないな」
それからしばらくして。
森の奥から気配が近づいてきた。
スケルトンスカウトが戻ってくる。
俺の前へ着地すると、そのまま片膝をついた。
「我が主」
「見つけたか?」
「はい」
「誰だ?」
「北東へ進んだ先で、武装した一団との戦闘を確認しました」
「有力家門か?」
「その可能性は高いかと」
スカウトが顔を上げる。
「馬車に、帝国皇室の紋章がございます」
グレイヴの眼窩の炎が揺れた。
「皇室?」
「はい」
スカウトが続ける。
「護衛の者たちは、一人の少女を守りながら戦っております」
「少女?」
「護衛が『第三皇女殿下をお守りしろ』と叫んでおりました」
しばらく沈黙した。
俺はグレイヴを見る。
グレイヴも俺を見る。
「……いきなり最大級のコネを見つけたな」
「ああ」
俺は立ち上がった。
「状況は?」
「護衛側が押されております。このままでは長く持たないかと」
「相手は?」
「身元を示す紋章のない武装集団です」
魔物ではないのか。
それなら少し話が変わってくる。
偶然襲われたのではなく、皇女そのものを狙っている可能性が高い。
「面白くなってきたな」
グレイヴがわずかに目を細めるように炎を揺らした。
「政争に巻き込まれる可能性もあるぞ。我が主よ」
「無論、助ける」
「即答か」
「助けたことで敵対者が増えるなら、その時は助力した陣営を俺が勝たせればいい」
一瞬、グレイヴが黙る。
やがて低く笑った。
「剣尊たる我が主らしい答えよな」
俺は右手を上げた。
せっかく九人まで育てたのだ。
実戦でどこまで使えるのかを見るには、ちょうどいい。
「行くぞ」
スカウトが立ち上がる。
「御意」
「しかし、本当にあの弟子たちを戦わせるのか?」
グレイヴが聞く。
「ああ」
「数日前までは、ただの村人の骨だったのだぞ。実戦経験はないはずだ」
「実戦でも臆せず戦えるくらいには鍛え上げている」
「忘れるな。死霊は基本消耗品なのだ。ダメージを受けすぎれば二度と蘇らないぞ」
俺は帝都へ続く街道の先を見る。
「問題ない。俺の弟子たちは強い」
弟子たちにとっては、これが初めての実戦になる。
第三皇女とのコネ。
弟子たちの実戦訓練。
どちらも一度に済む。
悪くない。
俺たちは第三皇女のもとへ向かった。




