2-2. 温泉にて
———諜報部から離れ、宿泊施設へと案内されたアルファ。
この星に来て初めて人間らしい生活環境に感動を隠せなかった。
来る途中にアイラから案内されいくつか店を見ていたが、休憩出来る場所というのは格別の喜びがあるもの。
そしてこの街には天然の温泉がある。
アーシスがいかにここの温泉が素晴らしいかを語る。
大河から流れ落ちる様を模した源泉の滝、大人数で行っても開放的なほどの広い浴場。
お肌がすべすべになる効能、もちろん滋養にもいいとくる。
一緒に行くか? とアーシスに誘われると、少年は喜んで付いて行った。
温泉施設は広く、他の利用者も当然いる。
街の人間は革命のために集まった者ばかり。
しかしその役割は当然、前線で戦う戦士だけでなくバックヤード側も集っている。
そのため温泉にはガタイのいい者だけでなく、恰幅の良い者、明らかに事務方の人間もいる。
ウキウキしながらのれんをくぐろうと入るアルファ。
だが入口に入ろうか、というところでアーシスに腕を捕まれ引き戻される。
ご機嫌が斜めに傾いたアルファは、今度はなんだと喧嘩腰。
だがしかし、端末を装着したまま湯に入るのはよろしくない、裸一貫で入るべきだと主張するアーシスに周りにいた近所のおじさんらも、そうだぞボウズ、などと口々に賛同する。
アルファとしても、ここまで言われるとさすがに躊躇れるが、これはこの世界で唯一身を守ってくれるものである。
彼にとっての生命線。
容易く置いていくことはできない。
思案した結果、布で頭に巻きつけて男湯へ向かうことになった。
近所のおじさんらも満足気である。
端末をくるんだ布を少年の頭に巻き付ける工程は、実に慎重に行われた。
しっかりと端末を布で隠し、間違ってもその姿が見えることがないよう、細心の注意を払ったのだ。
当然である。
なぜなら、アイラは女の子だからである。
身体を洗い、いざ湯に浸かるとアルファはこの上ない幸福に包まれていくのであった。
「なんだかとってもゆ〜らゆら〜」
ユラユラ星人が天上へと誘われていると、アーシスが近寄ってきた。
頭の布が湯に浸っていると指摘され、渋々立ち上がるアルファ。
近くの水面から出た岩の上で整えるため端末を置く。
端末がアルファから離れたことを見てとったアーシス。
素早くアルファに掴みかかると、壁際の滝の如く流れ落ちる源泉へ引っ張っていった。
すかさず異変に気づいたアイラはアルファに呼びかける。
「アルファ、アルファ! やはり近くにいない……アーシスですね! どうするおつもりです、アーシス! 誰か、手を貸してください! 誰か!」
だがしかし、返ってくるのは戸惑うどよめきだけであった。
お、おい、いま女の子の声がしなかったか?
ここって男湯だよな? お、俺達間違えてないよな?
ちょっと心配になってきた、一旦出ようぜ!
ひー、くわばらくわばら。
なんだなんだ?
なんか一旦出た方がいいらしいぞ。
そりゃいかん、まだ来たばかりだが仕方がないわな。
そんなバカなと声を失うアイラ。
くしくも、彼女の声が人払いをしてしまったのである。
そしてとうとう誰もいなくなってしまった。
その様子を見ていたアーシスとアルファ。
ちょっと気まずくなり、話し始めるきっかけを逃してしまった。
その後、周囲が静かになり落ちついた頃、アルファはアーシスの行動を咎めた。
「急にびっくりするじゃないか」
「まぁちょっとな。無理矢理でもないとお前とアイラ様を引き剥がせんだろ」
「温泉に誘ったのはそのためか。まったく。それで何?」
「お前にとってあの腕輪が道具なのはわかっている。だがな、あの中には俺達が信奉する宮司様がいるんだ。あまり雑に扱ってくれるなよ」
「だったらあそこに置いてきていいの?」
アルファは、岩に置かれた包みを指す。
「こうして目に見える所にあるから構わんだろう。それに、当のアイラ様が人払いをなされた」
「さっきのあれは、はぁ。じゃあどうすればいいのさ」
「アイラ様のことを少し知ってほしい。お前はいつも一緒にいるからな」
「離れるわけにはいかないからね。でも別に今じゃなくても、アイラの前で」
「ご存知でも本人に聞かせたくないんだよ。死んだ時のことなんて。あの方を、これ以上苦しめたくないんだ」
「……わかった」
轟き落ちる源泉の音。
だが不思議とアーシスの声はアルファの耳に届いた。
彼らは幸福の湯に浸かっていることさえも忘れ、かつて革命軍の先頭に立ちそして斬首された少女のことを話した。
「生前のアイラ様はまだ成人前、お前より少し年上の女性だ。そして王族でもあり社の宮司でもあった」
「優秀だね」
「そのアイラ様を捕えた帝国はすぐに斬首した。投獄する間もなくだ。その事にどれ程の意味が込められていたと思う? 奴らは言い切ったんだ。帝国に仇なす者は何者であっても一切の容赦をしないとな」
「そうなんだ」
「お前には他人事だろうが、当然俺達の怒りは頂点に達したさ」
「心中察するに余りある、だね」
「ちっ。だがあの人は戻ってきた。よくはわからんが、もう人間ではないのだろう?」
「そうだね」
「一度死んで、それでもなお挑まれるそのお気持ちを、お前は考えたことがあるか? お前はアイラ様のお気持ちを」
「言っておくけど、ボクにはこの革命とやらは関係ない。ボクは早く帰りたいんだよ。ボクだってやることがある。それにアイラアイラっていうけど、じゃあ君はボクのことを考えたのか? わけもわからない状況で、いきなりナイフを突きつけられた少年の気持ちがお前にわかるのか」
「そ、それは。悪かった」
「ふん、ボクはバカじゃない。ここまで無事でいられたのは確かにアイラのおかげだし、君の助力あってのことだ。それには感謝してるよ」
「俺はただ、あの人を止めたくて……」
源泉の滝は2人の沈黙を飲み込み流れ落ちる。
アイラは黙してその状況を聞いていた。
彼らが離れようとも、端末はその会話をキャッチ出来ていたのだ。
しかし、聞くことは出来ても、彼女が歩み寄ることは出来ないのだ———
勝手なことばかり。
革命なんてものに無理やり引きずり込んでおいて、こんなの八つ当たりじゃないか。
そもそも、そのアイラが事の発端かもしれないのに。
まったく。
まったく。
まったく!
ボクだって言いたいことが山程あるんだぞ!
「お前はこの戦いを冷ややかに見ているよな」
「当然だ。戦争に明るい未来なんてないもの」
「じゃあお前ならどうする? 生きること自体難しいんだぞ。しかもそれは意図的に引き起こされている。止めたいと願うのは当然だろう」
「当然なのはどんな世でも生きることが難しいことでしょ。それに対話は」
「対話出来てりゃこうはなっていないさ。俺はそれなりの地位の出だが、そんなものはなんの役にも立たなかった」
「騎士だっけ」
「ああ。だが名ばかりの騎士だ。空席を埋めるために選ばれただけだからな」
「そう」
だから革命を、とでも? 戦うにしたってやり方ってものがあるだろう。
「じゃあアーシスは革命の後はどうするつもりなの。どうなっていくのがいいって思ってるんだ?」
「まだ、わからない。しかし帝国のやり方を野放しにするわけにも行かない。俺にだって、アルファ、俺にだってわかっているんだ……いや、わからないのか、だからこうして」
「どっちだよ。まさか酔ってるの?」
「正気だよ、ああ正気さ! ……俺もお前と同じように思ってんだ! 怒りや悲しみを振るい戦ったとして、勝敗問わずその果にあるのは何だ?戦いで昂った余す感情の矛先をどこに向ければいい。帝国を享受する民か? それとも世界への希望や絶望か? 何か、何かが根本的に足りないんだ。俺はそれが何かわからなくて、もどかしいんだ」
「それは時代ごとに繰り返される永遠の課題だよ、アーシス」
そして、その課題の解決が帝国を生んだのさ。




