1-2. 戦火の残り火、端末に宿るもの
喉に当てられているのはナイフだろうか。
首筋に一瞬、痛みのない焼けるような感覚が走る。
まずい。
なんとか切り抜けないと。
こ、こうなったら、いつもの手でいくしか……
「ボ、ボ、ボクは、ここでカブトムシを」
「お前は革命軍か」
くぅ、少年のあどけなさが通じない。
というか……革命?
「かくめい? えーっと、ああそう! 時代を覆すカブトムシレボリューションを」
「誤魔化すなら容赦はしない。子供とはいえな」
「な、何のことかわからないんだよ、本当だよ? 本当に全然わからなくて」
ああどうしよう。
簡単な護身術は学校で習ったけど、通用する気がしない。
どうすればこの危機を脱することが出来るのか。
そもそも、この人だれ?
「……ふむ」
あれ? なんか考え込んでる。
「とりあえず来てもらおうか」
「お、お手柔らかに」
「黙れ。騒ぐなよ」
「はい」
後ろに引っ張られるのってちょっと歩きづらい。
そして沈黙が重い。
それにしても、この人何者だろうか。
ボクを掴む腕は、黒いレザー製の袖に包まれている。
背中に当たる硬いものは鎧だとしても、感触的に面積は小さい。
向こうにいる騎士達よりは軽装なんだな。
となると偵察担当とか?
おや、止まった。
「おい、お前1人か? 子供がなんでここにいる。どこから来た、いやどこに属している」
矢継ぎ早に責め立てる。
しゃべりたいのか聞きたいのかはっきりしてほしい。
「ひ、人が見えたから」
「物騒だと思わなかったのか」
「そう思って逃げようとしたらこうなりまして」
ちっ……だとしたら、いや………よし、腕くらいなら……
言いたいことははっきり言ってほしい。
そして後半が物騒なことこの上ない。
よし、って何がよしなんだ。
しかし羽交い締めにされたままも疲れてきた。
ああ、こんな時こそ助けてAI!
と、叫びたいところだけどそもそも未だに反応がない。
肝心な時に主人の助けにならないとか。
どうにかしなければ……まずは、まずはこの人から離れないと。
この人、力自慢なようで、ボクとしてはとても息苦しい。
「あ、あの」
「なんだ」
「苦しいのでちょっと離れてほしくて」
「逃げるつもりだろ」
「そうしたいけど、ぐえっ」
余計息苦しくなってしまった。
押し当てられた革製品の独特の臭いが鼻をつく。
これ苦手。
それにしてもこの人、さっきからなんかやたらと辺りを気にしているみたいだ。
もしかして砦にいる人達を警戒してる?
つまりこの人の味方じゃないのかも。
だとしたらお願い、やっぱりこっちに気づいて……
思い返すと、こんな状況になっているのは多分全部あの船が原因だ。
どうせまた何かやらかしたのだろう。
端末は全然機能しないし、このポンコツめ。
と思って見た端末が、一瞬何か宿ったみたいに瞬いた。
あれ、動いた?
「ピピッ、ジー、ジー」
おお、端末が起動し始めたのか!
やったぞ、これなら勝ったも同然だ。
「なんだこの音は。お前、何をしている!」
「うはははは! もうじきここにレーザーが照射されるだろう。そうなれば君は跡形もなくこの世から消えることになるのだ。なので離れたまえ」
「よくわからんが、離れないと困るんだな? ということは大雑把な攻撃がくるわけか。だったらこのままでいた方がよさそうだ」
「そんなことはない。ないからちょっと離れて」
「いやだ」
「いやいや、困ったなぁ」
「危険な兆候があればこの首を跳ねる」
全然好転しないな。
というか端末がまた沈黙してしまった。
やっぱり壊れてるのかな?
「何も起こらんな。小僧、このまま付いて来てもらう。とにかく騒ぐなよ。向こうで何者なのか答えてもらうぞ」
「ひぃぃぃぃ」
詰んだ……
諦めかけたその時。
腕の端末がまたチラチラ光りだした。
端末を流れる光の粒。
これは、今度こそ起動したな!
「ジー、ツツー……や、ピポポッ、ポー、ピピィー、や……やめな、さい……アーシス、き、騎士、ポー……ッィー……」
「なっ! なぜ、いや、誰が」
背後の動揺が手に取るように伝わってくる。
ちなみに動揺しているのはボクも同様だ。
「わ、私です……アイラです」
「アイラ、様だと? 確かにこのお声は」
「騎士たる者、礼節を重んじるべきではありませんか? まずはその子を離しなさい」
「しかし、信じられません。あなたは帝国で斬首されたはず。なぜ、それにお姿がどこにも」
「その問に答えることは難しいのです。革命軍の宿営地が近くにあるのですよね?アーシス、まずはそこへ向かいましょう。ここで話し込むのは危険ではないですか?」
「わかりまし……いいだろう。そこで真偽をはっきりさせる」
置いてきぼりをくらってはいるが、もうどうにでもなれ。
AIが勝手にアイラと名乗っているけど名付けた覚えはない。
船の型番は確かSBR-SY112-1124649だったからアイラなんて呼びようがないし。
だとするとAIのシステム名とか?
それとも……
まあいいか。
とりあえず助かったみたいだからね。
「逃げるなよ。少しでも抵抗したら命はないからな」
「らじゃー」
「それと名前だ。怪しくないなら答えろ」
「ボクはアルファ」
「アルファ。不審な動きをしたら」
「わかってるよ」
ようやく安心したのか、ボクを解放してくれた。
ふぅ、やっと身体が楽になった。
くるりと振り返って離れてくれた彼を見る。
パッと見でわかるのは、成人してそこそこ経った利発そうな青年って感じかな。
それと。
「よろしくね、アーシス」
「ふん、黙ってろ」
———AIのお陰で窮地を脱したアルファ。
正体不明のアイラの名の下、特に拘束もされずにアーシスの案内で革命軍の宿営地を目指す。
不安より好奇心が抑えきれず、アルファは道中話し続けた。
アーシスは黙れと寡黙に繰り返すが、その度にアイラがたしなめ、そして調子づくアルファ。
3人の少し歪なお決まりの流れにも慣れた頃、アルファはアーシスとの出会いの経緯をようやく理解した———
「君は革命軍の人で、戦闘後の砦跡にいる敵の帝国兵を監視ついでに嫌がらせしてたってわけか」
「言い方。砦の破壊だけじゃなく進行も諦めてないぞと牽制してるんだよ。たとえ、その気のないフェイクとお互いわかっていてもな」
「やっぱり嫌がらせじゃん」
「アルファ。彼は若くして課を任されるほど優秀なのですよ」
優秀ねぇ。
たしかに教養がある印象を受ける。
けど、課を任されるって言われてもな。
「課って何?」
「はい。課というのは」
「アイラ、様。軽々しく情報を口にされては困ります。まだ帝国の者が近くにいるかもしれ」
「問題ありません。周囲を継続して索敵していますが誰もおりませんよ」
「ふふん、ボクのAIは優秀なのさ。それで?」
「はぁ、俺が話します。その方が内容をコントロール出来ますから」
「お願いします。ありがとう、アーシス」
「いえ、別に」
とか言いつつちょっと嬉しそうだ。
ニヤニヤしてたらデレデレさんにキツく睨まれた。
「まず、革命軍【 柳の園 】の各部門には課で区切った複数のチームがある。俺は諜報部門の1つ、ヤナギ課を率いている」
「へー」
「ちなみにヤナギ課は本隊直属だ。他の亜流部隊とは違う」
「ふーん、つまりエリートだと」
「まあそんなところだ」
「なるほどねぇ」
なんだかんだで結構しゃべってるじゃん。
それと、アイラと名乗るこのAI。
ボクを船に転送してくれないのかな。
いつまで着いていけばいいんだ?
「ねぇAI」
「アイラとお呼びください」
自己主張の強さはあの船譲りか。
「わかった。アイラ、転送は出来ないの?」
「すみません、今は出来ません。リンクが上手くいかないのです」
「ふーん」
ウソかホントか。
どちらにしても軌道上の船と接続出来ないのか。
だとしたら、しばらくはこのまま。
やだなぁ……
「おい、なんの話しをしている」
「アーシス君には理解できない難解な話しさ」
「こ、こいつ、安全だとわかった途端にっ!」
「ふふん」
数日でも滞在するなら情報がもっとほしい。
何もわからないままじゃ判断のしようもない。
革命軍と帝国軍か。
どうせ戻れないし、それにこの星にちょっと興味も湧いてきた。
とはいえ革命って、言い換えたらテロだろ。
危険思想の塊かもしれない。
状況次第では帝国に行くのも選択肢の1つだよな。
よし、アーシスから色々聞き出してみるか。
適切なコミュニケーションは信頼関係の構築に不可欠だ、って学校の先生が言っていたっけ。
「帝国ってどんな奴らなの?」
「質問ばっかりだな。一応捕虜だってことわかっとけ」
「いいじゃないか。ボクは帝国とは無縁だし」
「お前はそれを証明出来んだろ。ちっ。アスファルト帝国。まあ簡単に言えばこの大陸の覇者だな」
「なんか、黒くて硬そうな国だね」
「はぁ?」
「あの砦はまだ使えるの?」
「無理だろうな」
「帝国は再建を考えているのかな」
「ったく、ちょっとは黙れよ。検討してるのかもな」
「こだわる理由、必要性がわからないや」
「ふん、頭の回るガキだ。この山脈を境に、反対側には交通の要所となる都市がある。それなりの規模で進軍する場合、あの砦を通る必要がある」
「だから取り合ってるのか」
「そうだ。砦の制圧は戦略上意味がある。いや、あったんだ……あれをめぐった戦いで、お互い甚大な被害が出た。俺達のチームにも……」
「ふーん」
結構大変な目に遭ってるみたいだ。
人命を尊重しない争いなんてやめればいいのに。
「激しい戦いの末に半壊したんだねぇ」
「そうとも言えるし、そうではないとも言える」
「どういうこと?」
「ある時、参謀が言った。取れないなら諦めようってな。間もなく作戦は決行され、ああなったってわけだ。んで参謀が立案した作戦名ってのが」
「簡単に壊せるならさっさとやればよかったのに」
「しゃべりたいのか聞きたいのかどっちだよ」
「だって疑問はその場で言わないと忘れちゃうでしょ」
「どうでもいいってことだろ、それ」
「で、なんですぐ壊さなかったの?」
「だからあの砦が欲しかったんだよ。言ったろ、戦略上必要だったんだ」
「でも被害甚大だったんでしょ。早期決着が望ましかったんじゃ」
「それはな、作戦の行方はギャンブルにも等しかったからだ」
「……何したの」
「風に大量の火薬を運ばせ続けて魔法で爆砕。上手くいき過ぎて山の斜面ごと吹っ飛ぶ有り様だ。連鎖する爆発に敵味方問わず呆然としていたよ」
「あー、道理で地形が崩れてたわけだ。よくやるねぇ」
「同感だ。だがそうでもしないと負けていた。疲弊したまま砦の攻略が滞れば帝国は物量に任せて攻めてくる。執着していたら終わっていたんだよ」
「なるほどね。戦略って難しい」
「緻密なものを大雑把にやり遂げなきゃならんからな」
「よくわからないや」
「お子様にはな」
「むー」
別の場所に道と砦を作って、とは簡単にはいかないか。
立地調査に自然環境との融和、僕らの技術でもそこまで容易い事業でもないみたいだし。
戦争ともなれば、相手に気取られずに進行が求められる。
大変だねぇ。
「だから革命軍と帝国で……その争いにボクは……うん? 魔法? ねぇアーシス、さっき魔法って言った?」
「砦のことか? 遠距離の起爆なんて魔法以外じゃあな。失敗は出来んからよ」
「魔法って、なんか原理不明のエネルギーを撃ち出す感じの?」
「あん? まぁ多分その魔法だ」
ってことは、つまり……
「世紀末どころかファンタジーじゃないか。ま、まさかボク、異世界に転移したとかじゃないよな……へへへ」
「ご安心くださいアルファ。ここはあなたの頭の中ではありません。魔法ならともかく異世界転移なんて非現実的なファンタジーが起こるわけないではありませんか」
「そ、それもそうか、ごめん。っていやいや、魔法だよ⁉ なんで機械が超自然受け入れてんだ」
「……」
「ちょっとアイラ? まったくもー、都合悪くなるとこれだもん。ずるいよ」
「アルファだって魔法の存在を疑おうとしなかったでしょ」
「うっ、だって憧れるじゃないか。あったらいいなって」
「では私はマスターに似たのですね」
「……ずるい」
「俺はアイラ様の今の状況が理解できん」
「この腕輪はおしゃべりなただの道具」
「お話以外にも様々な」
「ややこしくなるからアイラは黙ってて」
「お前、アイラ様に向かって! ……なぜ、その腕輪に……アイラ様がなぜ」
「後で説明してくれるんでしょ。そうだ、さっき言いかけた作戦名はなんだったの? 凄い作戦だからさぞお硬い名称なんでしょ?」
「どーかな。作戦名がまず革命的だともっぱらの評判だよ」
「作戦名が?」
「あーそうだよ。参謀殿が発令した作戦は【甘美なる死の舞で華麗に爆裂大作戦】だ」
「チュニーらしいですね」
「その参謀クビにした方がいいと思うよ」
「厄介なことにちゃんとキレる頭がついてんだよ」
大丈夫かな、この革命軍……
日が暮れ始めた頃、森に入った。
暗い森は歩きにくくて危険だけど、鬱蒼としたこの場所は野宿に適さないようだ。
しかしボクの体力は底をつき始め足取りが重い。
「おい大丈夫か? 仕方がない、宿営地入口まで背負ってやるよ」
そう言ってアーシスが背負ってくれた。
案外気がきくみたいだ。
鎧のせいで寝心地はよくない。
でも連日の緊張と疲れのせいか、ボクはいつの間にか眠っていた。
何かあってもアイラが周囲を把握し、そして対応はアーシスがするだろうし。
今は、身を任せてもいいだろう。
———夜の宿営地。
見張りの兵が何かの音に気が付き目を凝らす。
すると暗がりから突然人影が現れ驚くが、アーシスと分かり剣を降ろした。
兵士は見慣れぬ少年に対する疑念の視線を向けるが、2人は無視して奥へと向う。
道すがら宿営地を観察するアルファ。
ざっと見て50人程だと当たりをつける。
明るく談話する者もいれば、暗がりに座り込む者もいた。
鎧は傷で覆われ、袖口からは巻き付けた包帯が見えている。
口は半開きのまま、未練を失った光ない眼差しは何を見るのか。
使い込んだテントからは生死を彷徨う呻きが漏れる。
それらが戦闘の過酷さを物語っていた。
一際大きなテントの前に着くと、ここで待ってろと言い残してアーシスは1人だけ入っていく。
見張りの視線に刺されながら、このテントは宿営地の作戦本部だとアイラから聞く少年。
この後の展開を予想したアルファは渋い顔をした。
それを見て取ったアイラは、この後の会話を自らに全任させてほしい旨を手短に話し、マスターは承諾した。
しばらくの後。
見知らぬ兵が出てきてアルファを一瞥し、硬い表情で中へと招き入れた。
中は狭いながらも騒然としていた。
アーシス含め10人程。
被せ合うように言葉が飛び交っている。
だが少年の姿を見るや否や、示し合わせたように全員が視線を向けた。
無遠慮で容赦のない目。
しかし、根性は皆無のアルファではあるが、持ち前の理知を調子の良さでカバーして臆せずに見返す。
ここで目を伏せたら、この先いいように扱われることがわかっていたからだ。
束の間の静寂。
すると1人の男が名乗りながら歩み出た。
彼の名はチュニー。
革命軍の参謀である。
アイラの不可解な存命、そして所属不明の少年について報告された一同は混乱の最中にあった。
そしてその姿を目の当たりにして混乱は更に深まり、アイラとアルファへ質問が飛びかう。
何者でどこから来たのか、アイラは本当に生きているのか、どこにいるのか。
そのアイラは、本物なのか。
革命軍宿営地本部テントは今、かつてない状況に遭遇していた。
そして参謀を中心に疑念が渦巻いていく。
少年が掲げる腕輪に参謀は問う。
あなたは何者なのかと———
「私はアイラ。社の宮司、アイラ・シーンです」




