1-1. 目覚め
目が覚めたらホログラムの中にいた。
最初ボクはそう思った。
だってあの宇宙船のAIは真面目にイタズラをしてしまうからだ。
例えばこんなことがあった。
「AI、お水ちょーだい」
「ピピッ、ガガガ、ピピ、ピー。どうぞ」
流暢な機械音と共に、ウィーンと唸りながらトレイに乗せたオイルが出てくる。
そうきたか。
「君にとっては水かもしれないけどボクには飲めないよ。取り替えて」
「ピピピ、ガ、ガガガガ、ピー。それが水です」
そんな調子でいつもボクを楽しませてくれる。
でも操舵技術はピカイチ。
事故に遭ったことは一度もない。
障害がレーダーに映れば、大好きなレーザー砲で即排除。
海賊に交渉の余地はない。
皆が避けて通る暗礁宙域も恐るるに足らず。
あの船の進路を遮るモノなど存在しないのだ。
安心安全の旅を保証するためにリソースを99%使っているのだ。
そんな中でボクのサポートをするのはさぞ大変だろう。
感謝をすれども文句などあろうものか。
心地よい軽い日差し。
目の前の大自然溢れる川原。
更には脱出ポッドを揺籠にした目覚め。
これはきっとボクへのささやかなサプライズのつもりなのだろうと考えたのだ。
それでこの風景をホログラムと思ったわけなんだけど、どうもおかしい。
妙にリアリティがある。
これってどういう状況なんだろう?
ちょっと整理しよう。
まず航行中のボクは眠っていることが多い。
大半は生命維持装置に任せてスリープモードで過ごしている。
おかげで生まれてから100年は経っているらしいけど、実際は10代半ば。
学校の課題で宇宙を飛び回ること100年足らず。
クラスの皆とは課題提出の時に会うくらいか。
そういえばもうじきだな。
皆も課題で同様に宇宙に広がっているから、生体年齢はおおよそ同じくらいのはず。
彼らのことは名前による差別やそもそも発音が出来なかったりするので記号で呼び合っていた。
ボクはアルファ。
コードネームみたいでそれなりに気に入っている。
最後に覚えているのもスリープモードに入ったこと。
お休みアルファ、とあのAIにしては優しく言っていた記憶がある。
となれば眠っている間に何かがあったのだ。
脱出といえば撃沈だけど、撃沈などあの船自身が許さないだろう。
他に考えられる事といえば、うーん。
さっぱり思いつかない。
手首に巻き付けてある船の端末からは何も応答がない。
それに気のせいか、少し発熱しているように感じる。
故障してないといいんだけど⋯⋯
横倒しのポッドから降りようと思って縁に手をかけたら妙なザラつきを感じる。
立ち上がって覗き込んだら壁面が焦げている。
不時着か?と周りを見ると、ポッドが落ちた衝撃で地面がえぐれている。
でも意外と痕跡は少ないな。
着地の前にバランサーが効いたのかも。
うーん。
壁面の焦げ跡、着地の衝撃ではなさそうだし、大気圏で焼けたとか?
あの船のことだから生命維持に関わる調整をおざなりにしていたのかもしれない。
だとしたら、無事でいた幸運を喜ぼう⋯⋯
まったく。
さてこの状況、どう考えたものか。
川原を挟むすごい密度の森。
猛威とも呼べる大自然の物量には圧倒されるけど、こうしていても仕方がない。
周辺だけでも確認しておかないと。
幸い今日は晴れているし。
文明のない純粋な有機体に満ちた世界。
自分の星がこうなっていたら世も末だと思うね。
世紀末な世界だ。
最大限の警戒を怠らないようにしなきゃ。
よーし、いざ調査開始だ。
まずこの星の生態からだ。
この木、枝はそのしなやかで折ってみると芯は瑞々しい。
太い根は地面にしっかり食い込んでいて、その地面もガリガリと図形を描ける。
わかってはいたけど、ホログラムではないんだな。
もう疑う余地はないようだ。
あ、カブトムシだ。
へへへ、希少な生態サンプルとしてチェックしておこう。
よし、次は川だ。
足元の小石を振りかぶり水切り。
3回、悪くない。
ふっ、ボクの腕は鈍っていないようだ。
視界を覆う山脈。
比較的低めの山を見つけ、意を決して斜面を登り始める。
中腹に山の出口のような少し開けた場所があった。
ここからなら山の周辺を見渡せる。
しばらく眺めていたら背後から冷えた風が吹き出してきた。
まるで深い山に閉じ込められた風が逃げ出してきたみたいだ。
思わず身震い。
そ、そろそろ行くか。
おや?
あれは、黒煙だな。
山火事か、もしくは別の何かか。
よーし、太陽はまだ高いし、山頂まで行ってみるか。
しばらく登るとさして高くもない山頂に着く。
久々の運動、首筋を汗がつたう。
中腹から見えた黒煙。
情報量の多い入り組んだ森の中でさえ目立っていた。
あれだ。
ここからだと半日かかりそうな場所。
森が焼け焦げ一部の斜面が崩落、いや崩壊が適しているほどに崩れている。
それと、崩壊付近に規則性を感じる配置の塊がある。
建築物だろうか。
一通り観察を済まし息を吐くと、身体が楽になった。
ついでにどっと疲れも押し寄せてくる。
ここからわかることは少ないようだし、そろそろポッドへ戻るか。
ポッドに戻る。
あっという間に辺りは暗くなり、否応なく不安も強まった。
気晴らしに船への不満を口遊みながら集めた火種を上手に組んで、ポッドのツールで火を起こす。
熱量が上がり、小さく灯った火は次第に大きくなって、組み合った薪を飲み込んでいった。
高度文明に守られたボクらにとって不要にも思えるこのサバイバル技術。
学校で最低限のことを無理やり覚えさせられたけど、おかげで助かった。
ゆらめく炎を見つめて今日という日を反芻する。
でも意識は次第に虚ろい始めてきた。
慣れない探索で疲れきったボクは、夜と共に眠りに落ちていった。
翌朝、非常食を口にしながら調査を振り返る。
遠くに見えた黒煙と、森の中に人為的かつ無作為な破壊の痕跡が所々見られたこと。
そして建築物。
明らかに開拓された土地があることがわかった。
つまり知的生命体がいると考えて間違いはないだろう。
危険性については保証出来ない。
要警戒だが、ポッドも端末も故障しているのだ。
このままではいずれ餓死。
この先の選択を誤ればボクに未来はない⋯⋯
だが、何があろうと今は進むしかないようだ。
———黒煙を目印に森を進むアルファ。
かつて歩いた人口森林に比べ、天然の森は植生が豊かで地形が複雑であった。
不慣れな入り組んだ道なき道に足を取られつつも少年は進む。
進む先に見える空へと伸びた黒煙。
あそこに誰かいる。
それは希望でもあり、未知なる不安の象徴でもあった。
アルファは精神論でいう根性と呼べるものが希薄である。
いや、皆無である。
弱音を吐くのは当たり前。
理屈で全て片付ける。
ただし興味が湧けば労は惜しまず。
そんな彼がこの困難な道を休まず進める理由。
それは恐怖からであった。
脱出ポッドという心理的安全圏から出て、1人未知へと赴く。
行く先に広がるのは、少年が宿す瞳の緑よりも深く、陰鬱とした暗い森。
少年の好奇心は隠れ、無音ではない森の静寂に神経は昂っていく。
理性と恐怖のせめぎ合いは踏み出す足を鈍らせる。
ともすれば、焦燥と孤独に耐えきれず、叫びだしたくなる気持ちを必死に抑え、彼は懸命に進んだ。
数時間歩き続けた少年。
山間の森を進むと次第に状況が見えてきた。
事前調査で確認した通り、いたる所に戦いの痕跡が確認された。
焼けた樹木、破砕した大地。
局地的な荒野のような有り様。
ここに住まう生物は皆、影を潜める。
少年は好戦的な生命体を意識せずにはいられなかった。
森の中をしばらく緩やかに登っていると、横目に木々の隙間から黒煙が立ち昇る廃墟が見えた。
少し行き過ぎてしまったようだが、目的地は近い。
それは、どうやら砦のようであった。
森に比べ歩きやすそうな整備された道。
建築物は木材を組んだり石を加工して積み上げられ、建築様式は古代のそれに似ている。
見たままであれば文明レベルは低いと思われた。
しかし、そうなると不自然な点がある。
未発達な文明に不釣り合いな戦闘の痕跡。
木材は焼け焦げ、石造りの建築も破砕している。
まだ細かい部分までは見えないが、まるで重火器、もしくは重機による破壊だ。
何かおかしい。
この場所は未開拓地ではあるが、もしかするとこの星の高度文明が何処かにあるのかもしれない。
それとも化物か。
これ以上進むべきか判断に迷うアルファだが、彼は歩みを進める。
近づくほどに煙の臭いが強まっていく。
木々の隙間に見え隠れする砦がアルファの不安を煽っていった。
崩れ去った砦。
そこには物々しい雰囲気の集団が取り巻いている。
どうやら周辺に散らばる廃材を片付けているようである。
彼らとの距離は広く、声は聞こえない。
物陰からその一団を観察するアルファ。
彼らは一様に古典的な金属の甲冑を身に纏っている。
軽装の者も中にはいるが、その姿も近代からは程遠い。
そんな彼らは人間の姿をしていた。
端末機能が稼働すれば、言語解析を行い意思疎通の可能性が期待出来る。
これはアルファにとって喜ばしい発見。
しかし安心は出来ない。
彼ら全員が装備しているもの。
剣である。
そしてあの破壊された森を思い出す。
破壊した方法は不明だが、それだけに危険と判定した少年。
一度その場から離れることを決める。
目前の恐怖に足がすくみ、汗ばんだ端末をいじりながら手首を押さえる。
彼らに見つかれば対処する術がない。
会話も出来ない一団を注視しながら、彼は後ずさるように動きだす。
だがそれが裏目に出てしまった。
意識の外から突然力任せに組み付かれる。
声を出す間もなく、背後から刃物と言葉を鋭く突きつけられた。
「何をしている」
少年は死を覚悟した———




