3-9. 王の盾
———最上階を目指して階段を登るアルファ。
城内は静かで空気も冷めていた。
どこかから響く振動が足から伝わってくる。
疲れ果てた少年を見た門番は、民の避難場所である広間を案内した。
しかしアルファの目的地は最上階。
アイラの案を使い、騎士長から直接家紋を渡してほしいと頼まれたことを伝える。
門番は少年が託された使命に感銘を受け、最上階への道を示したのであった。
最上階への道はアイラが把握している。
かつて革命が起こる以前、アイラはこの城に来ることがあったという。
階を登るごとに、短くて、淡白な音だけがアルファの耳に入ってきた。
「アイラ」
「はい」
「アーシス達はもう来てるのかな」
「ここからではまだ検知できません。城の構造は複雑に入り組んでいますので」
「そっか。無事だといいね」
「はい」
「皇帝ってさ、どんな人なの?」
「覇王と恐れられる威厳を持つ方です」
「覇王ねぇ」
「ですが普段は……そうですねぇ。気のいいおじさん、でしょうか」
「こ、皇帝なんだよね? ギャップが凄いな」
「ふふっ、はい。懐かしいものです。この城もそう」
「アイラにとってはここも馴染みのある場所なんだ」
「はい。コーン皇帝は、私とライを娘のように可愛がってくれました。もちろん宮司と名家の娘という立場、多少は政治的な面もあったでしょうけど」
「へー。優しい人なんだね」
「ええ。私とライは、コーンおじさんと呼んでいつも遊んでもらっていました」
周りからは覇王と恐れられる皇帝コーン・ク・リート。
しかしひとたび冠を下ろせば少女達と戯れるコーンおじさん。
どちらが真の姿なのであろうか。
「……アイラ見てると、後者って気がするな」
「なんのことです?」
「近所のおじさんって感じだなぁと思って。まぁ、身内には甘いのか」
「そうかもしれません。ですが、たしかに……」
「どうしたの?」
「今思うと、トウモロコシ畑でトラクター運転していそうな名前ですね。そしてあの人すごく似合う」
「……アイラ、何言ってんの」
「おっほん。決戦前ですので、軽いユーモアで緊張感をほぐそうかと」
「ボクらが戦うわけじゃないでしょ。ただ結末を見に行くだけ」
「もちろんですとも。ではアルファ、気を引き締めていきますよ。おー」
「君が誰の影響を受けて育ったのか、なんかわかった気がする」
しばらく階段を登り続けると踊り場に出て別の階段を登る。
そんなことを何度か繰り返し、ついに大広間に出た。
広間は激しい戦闘により瓦礫が散らばっていた。
その奥には最後の階段。
長く伸びた階段の先に、大きな扉がある。
扉はすでに、開いている。
「ずいぶん派手にやったみたいだね。アーシス達は先に行ったようだし、急いだ方が良さそうだ」
「はい。あの先に皇帝がいます。行きましょう」
「あれ? ねえ、階段の側に誰かがいるよ」
「あれは」
「待って、当ててあげる。騎士長なんでしょ?」
「正解です。騎士長ローゼ・ル・ウー。王の盾の名を持つ猛将です」
「生きてるのかな」
「ええ。呼吸により鎧が擦れる僅かな音を検知しました。周りには、他に誰もいません。おそらくは」
「ここで一戦交えたのは彼1人ってことか」
「はい」
「一騎当千なんて物語の中だけにしてほしいね。横通っても大丈夫かな」
「おそらく問題ありません。彼が革命軍を通したのであればもう剣を向けてくることは無いはずです」
「ならいいんだけど。思い返すと、騎士長にはいい思い出がないな」
膝を折り床に座り込んだ騎士。
意識がないのかもしれない。
鎧は数カ所剥がれている。
擦り傷などが見えるが、ざっと見たところ、致命傷はなさそうであった。
アルファが横を通り過ぎようとした時、不意に騎士が呻いた。
もはやここで引くなどありえないのだ。
アルファは主導権を得るべく先に声をかけた。
「こんにちは」
「……ん? うっ、少年。情けないところを見せてしまったな。どうした、避難所はずっと下だ」
「違うよ。ボクは皇帝に会いに来たんだ。いや、見に来たと言った方が正確かな」
「何を」
「ごきげんよう、騎士長ローゼ・ル・ウー。アイラ・シーンにございます」
その名を聞き、弾かれたように顔を上げるローゼ。
少年を気遣い浮かべていた笑顔は消え、痛みも忘れ声の出どころに意識を向けた。
「……はっ、ははは。噂の幽霊か。なるほど。ごきげんよう、アイラ姫」
「お体は大丈夫ですか?」
「この通り無様なものだよ。だが大事はない。騎士長ポー・ツ・イーとセーツ・マ・ルーにやられた。完敗だ」
「騎士長セーツは光の騎士であるあなたにとって相性が悪いですからね」
「ああ。闇の魔法は厄介だったよ。我がライバルの実力は衰えていなかった。あの名付けもね」
余裕を取り戻し、軽くウィンクするローゼ。
しかしすぐに眼差しが真剣なものへと変わる。
「だがポーも侮りがたいものだった。彼があそこまでやるとはな。正直、これまで甘く見ていたよ」
「彼は八公に見合う実力を持った騎士です」
「そうかもしれん。少なくとも、皇帝の目に止まっただけのことはあるようだ」
その時、上の階から物音が響いた。
3人の意識は上へと導かれる。
アルファは扉を見つめ、階段へと足を向けた。
「行くのかね」
「うん。ボクはそのために来たから。大事な場面を見逃したら全てが徒労に終わるんだよ」
「そうか。では、我が王の最後を見届けてくれ」
「わかった」
「あ、そうだ」
「なんだ? 少年」
「ボクはアルファ」
「そうか。なぜ名乗る」
「だって八公は皆聞いてくるから」
「ははは、よくわからんが覚えておこう」
「うん。じゃあね」
ローゼは少年が登る姿を見送り、そして己の掌へと視線を落とす。
しばらく見つめた後、掌と共にゆっくりとまぶたを閉じ、主の行く末に想いを馳せた。
そして少年は振り返ることなく、最後の扉を目指し階段を登っていく———




