3-8. アルファとアイラ
———アルファの視線の先にある王城。
騎士に追われたことで、彼は城から遠ざかっていた。
少年は城を目指した。
革命のためではない。
身の安全を考えると、城内が最も適していると思われたからだ。
実際、帝都の住民は城に避難していた。
城へ向かう道中、帝国兵に見つかり怪しまれたが、ルーの家紋を見せると皆一様に態度を変え、城への道を示した。
体は重く、足を止めながら少年は進んだ。
アルファはこの状況について考えずにはいられなかった。
なぜ自分がここにいるのか。
母船と共に静かに宇宙をさすらっていたはずが、なぜ。
あと少しのはず。
エネルギーは回復している。
あと少しで船に帰れるはずなのだ。
ならば、なぜ今ここにいるのだろうか。
どれだけ考えても理由がない。
そう、理由がないのだ。
自分でなければならない理由などどこにもなかった。
答えのない問に苛立ちはつのり、脳が悲鳴を上げる。
足がもつれ、よろめき、壁に寄りかかる。
背中に感じる石の硬い感触が、少年の頭を冷やした。
視線を上げると城が目に入った。
見えているのになかなかたどり着けない。
乱れる呼吸が煩わしい。
落ち着かせようと務めるアルファ。
不意に、虚しさが胸をよぎる。
彼は力を抜き大きく息を吸った。
冷めた空気が、思考をクリアにする。
踏み出そうと上げた足を、静かに降ろした。
抑えようのない感情のうねりが彼の全身を襲った。
「はぁ、はぁ。もう無理だよ。これ以上は進めない。苦しいよアイラ」
「あと一息です。皇帝の城はもう目の前なのです」
「目の前って、数ブロック先じゃないか! ボクは戦士じゃないんだ。体力もなければこんな状況でまともな精神でいられない、気が変になりそうだ。あいつらはなんで平気な顔して戦っていられるんだよ」
「アルファ。惑星調査の一環で戦闘訓練も受けているでしょう。あなたはこの先、様々な環境に身を置くことになるはずです。その叡智をもって100年を生きた少年らしく超然として下さい」
「無理言うなよ! 生まれた日を遡ったら100年前ってだけで実際は十数年しか生きてない普通の子供なんだぞ!」
アルファはここまで歩んできた道を仰ぎ見た。
いまや破壊は街中に広がっている。
かつて整った石造りの道は砕け、辺りには粉塵が舞い、華やかな街はいたるところで崩壊を迎え始めている。
轟音に頭を揺さぶられ、目に映る全てに神経が向けられる。
遠く城壁の外では、今なお自分と同じ人間の命が大量に消化されている。
目の前の惨劇を指して彼は続けた。
「見ろよ、騎士なんて古典にしか出てこないような奴らのくせして魔法が尋常じゃない破壊を生んでいる。これはボクらが知っている近代兵器による国家間の戦闘そのものだ。いや違う。そうさ、これは戦争なんだ」
「アルファ……」
「ボクが対処出来るのは軽い取っ組み合いであって戦略や戦術じゃない。戦争なんてボクの範疇外だよ!」
「……」
「アイラ、君はボクのAIじゃない。この戦争に関わる権力者の1人だ」
「私は……」
「ずっと考えていた。脱出ポッドにボクを乗せて送り込んだのは君なんだろう? そうさ、スリープ前に聞いたお休みって言葉は君が言ったんだ。あのAIがそんな事言うわけないって不思議に思ってた。あの時すでに計画してたんだ。それなのにこんな危険な事に無理やり関わらせておいて超然としろだと? 答えてよ、アイラはボクに何をさせたいんだ。いい加減ちゃんと答えろよっ!」
街に響く叫び。
沈黙を続ける端末。
腕輪からいくつかの色の光が沈むように消え、染み出すように浮かんでくる。
流れ出てきた声は、どこか揺らいでいた。
「……ごめんなさいアルファ。私はあの船に取り込まれた後、自分だけでどうにかここに来られないか考えました。ですがこの演算性能をもってしても単独でこの地に戻ることは出来ないと判断し、あなたに協力してもらおうと決めたのです」
「無理やり連れてきて協力とはよく言えたものだね」
「はい。人の姿をしたあなたがいなくてはなりませんでした。始めは話し合おうと検討を進めたのですが、アルファ。この状況を説明し革命に参加してほしいとお願いしたらあなたは来てくれたでしょうか」
「それは、来ないね。ボクには全く関係ない」
「私もその解答を予測しました。仮に関わるとしても、あなたはあの船の武装で帝国を地図から消すという暴挙を提案したでしょう。あの時はまだ宮司としての責務に囚われ、ここに戻らなければと考えていました。革命を、皆を導かねばという使命感が強かったのです」
「いい迷惑だ」
「……はい」
今のアルファを動かすには納得が必要だ。
彼女はそう判断した。
これが、アルファとの最後の会話になるとしても。
「あなたには怪我一つさせるつもりはありませんでした。誤算だったのはあなたの脱出ポッドを魔法が狙った事です。上空から高速で飛来する物体を狙い撃つなど、容易くできることではありません。おそらく激戦地であった砦に帝国の優秀な魔法使いが残っていたのでしょう。その時、本船との通信機能に支障が出たため機能が著しく低下し、すぐにあなたを守ることが出来ませんでした」
「これからどうするつもり」
「アルファを船に戻す事は現状可能です。魔力によるエネルギーの充填は既定値に達しています。いつでも帰ることが出来ます」
「この星に来てから一番嬉しい報告だよ」
「すぐに送ります。元々城に辿り着き次第、私を指揮官に預けあなたは帰還する。そのつもりでいたのです」
「あっそ。じゃあさっさとやろう、と言いたいところだけど。バカアーシスもどっか行っちゃったし、とにかく城まで行って誰かに君を渡せばいいんでしょ」
「はい」
「ふん。いいさ、目の前だというあの城まで行ってやるよ」
少年は歩き続けた。
日の出前に潜入したが、既に太陽は頂点から下り始めている。
空腹を感じ、辺りを見渡す。
誰もいないパン屋が目に入る。
店の奥にある瓦礫やガラスのかかっていないパンを選び、彼はかじりながら進んだ。
道中、アイラについて彼は考えていた。
あまり変わらない歳のアイラはこの苦しい戦いに参加し剣を振るっていた。
そして最後は親友に捕まり、首を落とされた。
本来なら終わりのはずが、どんな巡り合わせなのか宇宙船のAIと同化。
未だに信じがたい現象。
一度死んだのに、それでも尚この戦争に関わろうとする。
アルファには、アイラの気持ちがわからなかった。
ここで帰るという選択をすれば全てが終わる。
無事に帰還でき、かつての日常へと戻るのだ。
でも都合よく使われて、もう必要ないと言われるのは腹立たしい。
この先にいるのは、皇帝コーン・ク・リート。
この状況を変えられなかった王様。
果たしてそいつはどんな顔をしているのだろうか。
この無益な戦いをどんな顔をして眺めているのだろうか。
考え事をしているアルファにアイラが声をかけた。
気がつけば城は目前であった。
近くにいた門番にルーの家紋を見せると中へ招き入れようとしてくれた。
「アルファ。ルーの家紋とともに私を渡して下さい。皇帝へ渡すものだと言っていただければ問題はありません」
「そうだね」
「では、これからあなたを船に転送します」
「……はぁ、あーもうっ! まったく! どっちに転んでも悔しい。ボクのAIってどうしてこう……ちょっとアイラ」
「はい」
「今までボクの船は事故なんて無縁だったのに、なのに魔法で撃ち落とされて故障とか、君はほんとポンコツだよね」
「返す言葉もありません」
「ふん、だろうね。君はやっぱりボクのAIだ。何だかんだでボクがいないとまともに動かないんだもん」
「……アルファ?」
アイラから目をそらし、少年は鼻息荒くまくし立てた。
「ここまで来て帰ったらそれこそ都合よく使われただけになる。そんなの癪に障るじゃないか。この戦いもあと少しで終わりなんだろ。なら最後まで見届ける。皇帝って奴の顔を一目拝んでやる。だけど、いいかいアイラ。ここからはボクの意思で動く。彼らの思想なんてボクらにはまったく関係ないんだから。そこは履き違えないでよ。いい? ここからは誰の指図も受けないからな。それと今度はちゃんと守ってよ、アイラ」
「はい、お任せ下さい。アルファ、必ず守ります。宮司といえど私も騎士の端くれでした。必ず、今度こそあなたをお守りいたします。この存在にかけて」
「当然だよ。だけどまだわかってない。騎士なんて関係ないんだ。だって君のマスターはボクなんだから守るのは当たり前なんだよ。わかったかい。アイラ、もう勝手は許さない。いいね」
「はい、マスターアルファ」
「よし」
アルファは、腕輪に手を添えて、優しく包み込んだ。
「それともう一つ」
「何でしょうか」
「たまに自らの存在をかけて、って気安く言うけどそれはダメだ。君がいなくなったらボクは帰れない。とても困る。あのお姉さんやアーシスも言っていたけどさ、もう自己犠牲なんて考えないでよ。そういうのって事の前後を見ればカッコよく見えるけど、それだけだ。自己犠牲のためにここにいるわけじゃないでしょ。もっと上手に生きてみせて。君はもう、革命軍のアイラじゃないんだから」
「わかりました」
「ほんとかな。君、ずぼらなんでしょ?」
「ふふっ、約束します」
「そ。じゃあ行こう。ぱぱっと終わらせてさっさと帰ろう」
「はい。帰りましょう、私達の船に」
アイラと共に城の中へと向かうアルファ。
ありがとう。
戦火が轟く中、少年の耳にそんな言葉が聞こえた気がした———




