3-4. 戦嵐の戦姫
さっきの炎、ルーが前線に出たのね。
いよいよ大詰めかしら。
だけど様子がおかしい。
何かあったな。
「ライ様」
「はい」
「報告です。北部から革命軍と思われる部隊が南下、帝都にも侵入しているとのこと」
「わかりました。帝都守備部隊に伝令を。騎士長ライ・ク・アーの名の下に命じます。全力で帝都を守りなさい」
「御意に……ライ様」
「まだ何か?」
「よくぞお戻りになられました。おかえりなさいませ、ライ様」
「ええ。ではよしなに」
「はっ!」
全力で帝都を守りなさい、か。
笑える内容ね。
具体的に何も指示していないじゃない。
よく戻ってきたとは、なんだか皮肉にも聞こえる。
でもそう、私は戻ってきた。
私にはやらなければならないことがある。
そろそろ準備しなくては。
この時をずっと待っていた。
だけどその前に、叶うならアイラに会いたい。
あの噂は本当なのだろうか。
ポーの情報によれば南から来るという話だった。
金髪の少年か。
そういえばセーツも一緒らしいわね。
合理的なのはきらいじゃない。
でも時間がないと言って邪魔されたらいやだわ。
少年を先導する者は一流の元殺し屋。
潜入はお手のもの。
早々見つかるわけもない。
少し探して見つからなかったら諦めよう。
帝都南からの潜入、進路を考えるとこのあたりかしら。
静かね。
あの家の屋根、見晴らしが良さそう。
石造りの家か。
温もりがあって、素敵な家ね。
風が心地良い。
ここからだとよく見える。
絵の題材にでもなりそうな風情ある綺麗な街並み。
私が守った街もそう。
綺麗。
だけど、もうアイラはいない。
やっぱり見つからないわね。
残念だけど、諦めよう。
アイラ。
どうかこれ以上、自分を追い詰めないでほしい。
あなたの魂に救いがあらんことを。
あら?
堂々と路地を走る少年と護衛か。
金髪の少年。
子供がこんなところにいるなら間違いはない。
あっさり見つかる幸運に感謝したいとこだけど。
情報ありがとう、ポー。
そうね、お礼してあげないと。
———その時、何かに怯えるように風がやんだ。
音を拒むように静まり返る帝都の街。
街の空を焼き切るように駆け抜ける真紅の光が1つ。
その存在の到来に、屋根の瓦が崩れ落ち、震える窓が砕け散り、世界が自壊しそうな軋轢を孕んで振えだす。
突如、少年の腕輪が静寂を割ってシステム音をかき鳴らす。
異常を感知した端末が、主へ最大限の危機が近づいたことを告げた。
「強力なエネルギー反応! アーシス! 何か来ます!」
「なっ! アルファ、逃げろ!」
「えっ」
「アルファ! 逃げてっ———」
何が起こったのかわからないままアーシスに突き飛ばされたアルファ。
高速で飛来する赤い閃光。
轟音が弾け、街が揺れる。
土煙の中、軽量な真紅の鎧を着た黒髪の女がアーシスの前に立っていた。
その両肩には、魔力を圧縮した炎と雷の球体が彼女を守るように浮いている。
アルファを一瞥した彼女の瞳が、僅かに揺れた。
「て、てめぇ! 何しやがる!」
「その子に用があるの。どいて。間抜けに用はないわ」
「はぁ? っざけんな!」
「うわぁぁぁ、ボ、ボクは隠れてるからねぇー!」
「待ってアルファ、あれはライなの! 待って、お願い待って! ライ!」
突如始まった激しい戦い。
アイラの想いは対立する2人へは届かなかった。
アルファにはその叫びが聞こえていた。
しかしまずは自分の身を優先する。
少年はその場から全力で走り去ることを決めた———
身体は天へと還り、魂はあなたと共に、導きの果へといざゆかん。
かつて親友に向け唱えた言葉。
まさか皮肉にも体現することになるとは。
でもその言葉は何一つとして叶えられない。
身体は消え、魂とて寄り添えず、導きなど……
私に残されたのはこの声だけ。
でもどれだけ叫ぼうとも、彼女の背中に触れることは敵わない。
友の怒りを鎮められるのは私だけなのに。
私に身体があれば、彼女を抱きとめる身体さえあれば。
私に出来ることなど、あるのだろうか。
———飾り気のないショートソードを右手に持つライ・ク・アー。
戦場における彼女は炎と雷を常に従えている。
肩に陣取る1対の赤と黄色の球体は停滞し、時折り主の周囲を回遊して見るものを牽制する。
対するアーシスもショートソードを構える。
同じ剣を持つ理由はしかし対照的。
憤怒の猛りと義憤の使命が、巻き上がる粉塵の中で交差する。
戦士が駆けた。
家々の隙間を影のように流れ、実体を掴ませない洗練された動き。
逃がしはしない。
その残影を追ってライは炎雷を放つ。
膨れ上がった魔球が分身を放つように撃ち出された。
止むことのない炸裂音。
砲弾が戦士の影を追って静かな街に降り注ぐ。
家主の歴史を刻んだ家々は次々と破壊され砕け散る。
壁を撃ち抜き、部屋を荒らす戦嵐の騎士に躊躇はなかった。
その温もりはただ狂おしく、その心を苦しめる。
魔力の光がどれだけ瞬こうとも、その瞳の奥へは届くことはない。
彼女の心は帝国の闇よりも深い霧に閉ざされていた。
戦姫は瓦礫へと化した街を尻目に戦士を追う。
彼女の意思に応えた球体が蠢き形を変える。
炎球が丸く膨れ上がり生まれた、空間を圧迫する業火の槌。
太陽のように燃える槌は、鋼鉄の鎧を溶かし骨を砕いてその身を焼き尽くす。
雷球は剣となり、神々しくも猛る雷は見る者を畏怖させる。
天の怒りにも等しい雷剣は、物理を貫通し、斬られた者は神経を断絶され死を免れぬ。
「ちっ、どっちも即死級じゃねーか」
家という隠れ蓑を失ったアーシスが姿を表した。
戦姫が一歩踏み込み、戦士を狙った火炎の圧力が瓦礫を叩き潰し、溶けた家具が異臭を放つ。
「魔法の使えないあなたではね」
狙いが外れたことは気に留めず、魔力の熱量とはかけ離れた冷たい視線が戦士を捉えた。
「くっ、剣技も一流と聞くし、くそったれ!」
毒づき身を翻すアーシス。
迫る真紅の閃光が黒い影を大地に縫い止めようと牙を剥く。
受けることも出来ない理不尽の嵐から遠ざかり、彼は次手を考える。
巻き上がる破片に顔をしかめながら魔法をかいくぐり、建物を盾にやり過ごすアーシス。
ライ・ク・アーの剣技は一流。
肉弾戦でさえ彼女に隙はない。
更に戦嵐の騎士はその火力だけでなく、微力な魔力を放つことでソナーのように敵の位置を把握する。
敵の位置を正確に把握し、炎雷を駆使して的確に射抜いていく。
近づけば魔法と鋼が襲い来る。
有名すぎるその能力に欠点は乏しく、アーシスは防戦一方であった。
「こんな奴どうしろってんだ、くそっ、こちとら崖登ったあとだってのによっ!」
「その割に動くじゃない。そうね、流石と言っておこうかしら。セーツが信頼するだけのことはある」
「そりゃどーもっ、ていうかあんたなにがしたいんだ」
「別に。ただの憂さ晴らしよ」
「いい迷惑だバカヤロウ!」
「……」
「あっ、いまのは、その」
「殺す」
再度炎雷の弾丸を浴びせられたアーシスは、倒壊した家を卓越したバランス感覚で登る。
ライの姿を視界の端に収め撤退する機会を伺う。
素早く瓦礫から瓦礫へと飛び移る背中を規則的な射撃が襲う。
頭上をかすめる弾丸を避け、低い足場を踏み進む。
家の床に足がついた時、ふと、違和感が湧く。
彼は魔力球へと目を向けた。
ライ・ク・アーがいない。
視界の端で瓦礫の影から女が飛び出した。
アーシスの冷静な瞳とライの無感情な瞳が交差する。
首を狙う白い一閃、戦士は剣を振り上げる。
鉄が擦り合う摩擦音が耳を刺し、一瞬の火花が散り両者の顔を照らしだす。
横へ振り抜いた剣をそのままに、左手を固めて踏み込み戦士の腹を打つ。
激痛に顔をしかめながら、彼はナイフを左に握り投げつけた。
ライは表情を変えることもなくそれを払い除けた。
「ぐっ、いってー、あんた意外と邪道だな」
「戦いに正攻法なんてないでしょ。バカね」
「うっせ」
魔球を引き戻しライ・ク・アー自ら弾丸となり肉迫する。
バケモノに捕まれば終わりである。
何度か斬り結ぶんだが、鍔迫り合いだけは避けて魔法を避けて駆け回るアーシス。
逃げる背中に雷刃が迫るが代わりに壁を焼き切られ、殺意のこもった強大な一撃が炸裂し、周辺は爆炎に包まれた。
黒煙を突き破って出てきたアーシス。
だが、それを見越したライが襲いかかる。
面食らう彼は、とっさに瓦礫を蹴飛ばし牽制した。
「うげっ、鋼鉄がへこんじまった。はぁ、硬いもんは蹴るもんじゃねーな」
「逃げるだけか」
「当たり前だ! あんたみたいな化物と真っ向から戦えんのはルーかローゼくらいだろ!」
「化物とは言ってくれるわね。そう、いいわ。なら化物らしくなってあげる」
「は?」
彼女の言葉に従うように、肩を漂っていた球体が膨らみ始める。
「お、おいおい、まさか……それって、決戦用じゃねーのかよ」
膨大な魔力を糧に、球体は血肉を纏うように伸ばし、自らを巨大な腕へと変えた。
巨腕の影響が彼女の鎧にもあわられ真紅の鎧を包み込む。
灼熱の炎と閃光を放つ稲妻がライ・ク・アーの前進に絡み合い、彼女は、まるで鬼のような姿に変貌していた。
試すように振るわれた赤腕が、近くの瓦礫を軽々と粉砕する。
「ぜ、全然騎士っぽくねーな。別にびびってねーし」
「そんなこと聞いてないわ。あまり好きではないけど、私は戦嵐の騎士なんて呼ばれているの。その由来、身を持って教えてあげるわ」
「ふん、遠慮しておきたいな。てか、いい加減見逃してほしいもんだぜ」
「だめよ。敵地であっさり見つかるドジを踏んだあなたが悪いの。あと私はバカじゃない。覚悟しなさい」
「……あんたって、結構根に持つのな」
自らも出し惜しみしている場合ではないと判断し、アーシスは切り札の準備を始めた———
いきなり出てきた騎士がアーシスと離れていく。
上手く誘導してくれたのかな。
そういうところは頼りになるね。
さて、どこかに隠れないと。
だけど、あんなの隠れたところで意味がないな。
むしろ建物の下に行くのは危険か。
いつ崩れるかわかったもんじゃない。
それにしても。
「ちょっとちょっと、なんなのあれ、本当に人間なの? なんか凄いスピードで飛んできたんだけど」
「彼女は私の親友です。騎士長ライ・ク・アー。戦嵐の騎士や戦姫とも呼ばれる八公の騎士です」
「友達ならどうにかしてよ!」
「そうしようとしたのに誰も聞いてくれなかったじゃない!」
「うっ、だってあんなの、いきなり来たら逃げるでしょ、普通」
「だとしても、いきなり襲うなんて……なんで、なんでなの、ライ」
「ボクにどうしてほしいんだ。まさかアーシスの加勢でもしろと? アイラの機能が回復してるのはわかったけど、あれは君の性能じゃ相手にならない」
「はい。仰るとおりです。でも、どうにかしたいのです」
「気持ちだけじゃどうにもならないでしょ。今出来ることは、アーシスに迷惑がかからないようにここを離れることだ」
「……そうですね。わかりました」
「こう言っちゃ何だけど、アーシスが勝てるとは思えない。でも負けるとも思えない。きっとどうにかするよ」
「はい。彼を、そしてライを信じます」




