3-1. 開戦、戦場を燃やす炎の騎士
———最初の戦場はレングーア大橋である。
先に触れた通り、帝都周辺の地形は至ってシンプル。
背後を崖に面した城の正面に、南東へ広がるように街があり、そして東へ地続きで草原やら町々が点在する。
南には街一つを呑み込める程の幅がある大河が流れ、その上に件の大橋がかかっている。
橋は普段、小さな市場が開かれたり、南北の交流地として賑わうこともある場所。
この橋の成り立ちは、かつてとある青年が大陸の反対側へ行きたいと言い出したことがきっかけである。
青年が事業を興し、その後数世代かけて架けられたのであった。
南北を繋いだ橋の完成からまだ半世紀も経っていない現在、この国で生きる多くの者が戦争に巻き込んでほしくないと願っていた。
しかし、平和の象徴とも呼べる大橋は、決戦における序章の舞台となろうとしていた。
その序章を終えれば待ち受けるのは本編の始まりである。
戦を知る者は皆、草原が主戦場となるだろうと読む。
帝国としては橋の上でどれだけ敵を払い落とせるかが以後の損耗に関わる。
逆に革命軍は消耗を避けなければ続く戦いの勝算は薄まるばかり。
互いの思惑が巡る大橋。
両陣営の軍師らは共に、革命軍が主導権を得る短期決戦になると予想していた。
兵の配置が完了し、橋の端で睨み合う戦士達と騎士団。
先に動き出したのは革命軍の戦士達であった。
隊列というよりも抑えきれない猛りに呼応し脚を揃え進む行軍は、多層的な響きで橋の静寂を乱す。
前方には整然とした隊列を組んだ帝国騎士。
迫る騎士は一糸乱れず踏み鳴らす行進で橋を揺らす。
両者が激突した橋の中央で遂に戦いが始まる。
革命軍はいきなり主力をぶつけてきた。
彼らの戦いは入れ替わり立ち替わりながらも攻勢の末、帝国軍を飲み込むように大橋を渡り切る。
帝国としては様子見程度の戦いのつもりであったが、後が無い革命軍の勢いは王者の余裕を引き剥がし、予備戦力までも投入することになった。
序章に過ぎないはずの戦いは、後に英雄的と称される兵が数名現れる程の激戦となり、初戦敗退した帝国の士気を大きく下げる結果となった。
勢いに乗る革命軍は進軍を続け、前線は主戦場となる草原へと辿り着く。
朝日が昇る中、彼らは橋を渡った後も休むことなく進む。
皇帝討つべしと唱える彼らの目に映るのは、草原の先にそびえる帝都……ではなく、天を焼き尽くそうとするかのような伸びた一柱の炎であった。
騎士長ルー・ア・シー。
伝え聞く彼の武勇は多い。
一騎当千を成し遂げ帝国の危機を救ったヤバスの戦い。
魔王ブルー・ウ・イーと互角に戦ったとされるユウシヤの決闘。
これらは戦乱の時代、英雄を欲する帝国のため、真なる騎士を生み出すための薪であった。
数々の偽りの武勇。
しかしこの国にそれが嘘だと疑う者はいない。
かつて帝都を襲った巨人のような竜巻が現れた時、立ち塞がったのが炎の騎士。
空に伸びた炎が鍔迫り合いの末に巨人を斬り伏せる様を国中が目撃しているからである。
彼を賛美する声は絶えることがない。
炎の騎士、真なる騎士、帝国最強。
革命軍の前にかつてない脅威が立ち塞がる。
帝都を守護する鋼鉄の騎士団。
隊列を組んだ黒鉄の壁が草原を占める。
そして最前線に立つ騎士長に進軍の準備が整った知らせが入る。
「報告です。ルー総司令官、進軍の準備が整いました」
「ご苦労。皆の者、序章は終わった! さあここからが本番だ! 帝国の闇よ、朝焼けとともに消え去るが良い!」
忠剣八公の1人、騎士長ルー・ア・シーが剣を掲げる。
「炎よ、天を燃やし我が敵をその火で照らせ、炎天火!」
天へと突き立てたその剣から渦巻くように赤い鮮烈な炎が燃え上がった。
重くのしかかる朝焼けの空を両断するかのように、天へと進む一条の赤い光が世界を焦がす。
「さあ革命軍よ、我が到来を知るがいい!」
空へと伸びる炎は帝国のいたる所で目撃された。
そして革命軍の本拠地からも確認され、街で待つ者達は戦いが本戦へと至った事を知り、戦士の安否と勝利に祈りを捧げた。
それは勇猛さと気高さを併せ持つ真なる騎士の到来を示す御旗であり、慄くものは去るべしと告げる救済の炎でもあった。
「全軍、我が炎に続けっ! 進めぇー!」
そして、最後の戦いが始まった。
戦いはすでに数時間にも及んでいた。
現状では両者は拮抗していた。
前衛がぶつかり、戦線の押し合いが続く。
炎を見てなお勢いが衰えない勇猛なる革命軍戦士。
冷徹なる心を叩きつけるかのように迎え撃つ鋼鉄の帝国騎士。
しかし、不意に帝国軍が引き潮のように後退する。
真意の読めない不気味さに戸惑いつつも戦士達は前進を決める。
だが追撃を良しとしない帝国騎士の魔法が襲う。
大地は爆ぜ、草木は燃え、何人も寄せ付けぬ猛攻。
戦士達は面食らい、もつれる足で急ぎ物陰に潜む。
風さえも沈黙する中、その空白を埋めるように1人の騎士が歩み出た。
息苦しいほどの魔力の熱量。
戦士達は喉が焼け付くような渇いた錯覚を得る。
汗が頬を伝い、顎から滑り落ちる。
均衡を崩すべく、揺らめく炎の剣を手に、稀代の英雄が前線に現れたのだ。
広範囲でありながら、鋼鉄すら溶かすと言われる紅蓮の炎。
生身で受ければひとたまりもない。
その消耗故に出番は限られると言うが、ともすればその一振りで戦が終わることもあるという。
空間を焼き尽くす焔が迫る中、前衛の戦士達が慌てて引き下がる。
そして背後の仲間を守るために魔力の盾を全力で構えるディフェンダー陣が前衛へと歩み出る。
戦士達は覚悟した。
必死に防御を固める彼らを見て不敵に笑う騎士長ルー・ア・シー。
「盾か、いいだろう。立ちはだかるのであらば我が一太刀をその身に受けるがいい。凌いでみせろよ、戦士諸君!」
ルーは剣を構え魔力を込める。
「炎よ、我が魂と共に燃え上がれ! 友に護炎を、我が敵には屠る剣と成り業を断ち斬るべし、はぁぁぁっ!」
竜巻を斬り伏せた炎が立ち昇る。
「邪気よ消えよ! 炎斬り!」
焔の横薙ぎが革命軍を容赦なく斬り払う。
形なき質量に襲われ悲鳴をあげる盾。
強烈な熱波が革命軍を包み込む。
戦場を包む炎が姿を消すと、辺り一面が焼け焦げ世界は一変した。
かつて草原だった黒ずんだ大地を目にした革命軍は遂に攻めの勢いを失う。
「完全ではないが凌いだか。はははっ! 猛者ばかりじゃないか! 流石だ、長い間戦ってきただけのことはある。だがしかし。帝国の騎士達よ! 敵に猶予を与えるな! 前線を押し上げろ! この好機を逃すなよ!」
猛攻をかける帝国騎士団。
騎士団は戦場を包む熱波を身に纏わせ、怯む敵兵へと襲いかかる。
だが。
革命軍もまた、炎を合図に作戦を決行した。
帝都の北から南下する奇襲部隊が現れたのだ。
北部への警戒を怠らず、偵察を送り続けていたルーは驚く。
北部に駐屯する兵からは、開戦前夜に異常なしと報告を受けた。
だとすれば本日未明以降に、あの奇襲部隊は潜伏したのだ。
秘密裏に帝国騎士を討ち破り、北の一部を占拠したことになる。
大橋周辺から距離にして馬を使えば数時間。
だが馬を走らせる気配は無かった。
どうやって。
その困惑が指揮官の思考を鈍らせた。
迫る奇襲部隊は大橋で活躍した主力が大半を占める。
奇襲部隊は二手に分かれ、帝国軍の側面を襲う部隊と帝都へ侵入する部隊。
その姿にルーの困惑は更に増す。
かつて見たことのない代物であったからだ。
それはこの星のみならず、おそらくどの銀河を巡ったとしてもそうそうお目にかかることは無いであろう。
自転車騎士。
後の世でそう呼ばれる甲冑に身を固めた戦士達が、自転車を猛スピードで漕いで突撃しているのだ。
この自転車により目立つことなく高速移動を実現した奇襲部隊。
1人が必死に漕ぎ、後ろに主力メンバー1人が乗る2人乗りの編成である。
細い車輪、整備など当然していない不安定な道なき道を激走する。
困惑から立ち直り、改めてその姿を認識したルーは憤った。
「2人乗りは危険だとわからんのかっ!」
戦場は混迷をきたす———




