2-8. 回る議論と燃える車輪
———革命軍がいよいよ帝国を攻める作戦会議を始めた。
掃討作戦に被せ、対抗するためである。
会議にはアイラ、つまりアルファも同席。
一同の前で試作品の自転車を披露することになった。
試運転を務めるのはアーシス。
その運転はぎこちなく危うくバランスを崩しそうになりながらフラフラと進む。
実用性がないのではと訝しむ者が現れ始めた頃、アーシスに代わり救世主がチリリンッと見事に乗りこなしたことで一同は歓喜した。
かくして、世にも稀な自転車騎士が誕生することになったのである。
だが革命軍本部はそれだけでは終わらなかった。
この自転車を戦争に利用するだけでは惜しい。
これを普及させれば人々の移動方法が劇的に変わるかもしれない。
人々の距離は縮まり交流が盛んになり、そうなれば流通は版図を広げ活性化される。
新たな産業も生まれるかも知れない。
人力ではなく魔力を動力にしてみては?
もっと大勢を乗せられるものは出来ないのか?
様々な議論が湧き、場が盛り上がる程に好評であった。
革命が成功したその時に。
心に未来を浮かべながら皆は語り合った。
その様子を見ていたアルファは少し満足していた。
「アイラ」
「はい」
「戦争の後のことを考える人もちゃんといるんだね」
「はい。世界の在り方を変えたいと願う人達ですから。戦いという目前に迫った脅威にどうしても目がいってしまうだけなのです」
「そっか」
そして自転車は完成する。
アルファ曰く。
「革命軍で産業革命を成してしまった」
その後、魔法工房で意見を求められたアルファとアイラ。
相談事も終わり、作成に取り掛かる工房を見ながらアルファはふと思った。
「ねえアイラ」
「はい」
「自転車のブレーキはどうするの?」
「付いていますよ? ベルも付いてますし」
「そうじゃなくてブレーキかけた時の、キキィッ! って音」
「油でもたっぷりかけておけば大丈夫でしょう」
「……もしかして考えるの面倒になってる?」
「いえ、まさかそのようなこと。そうですね、見つかってはなりませんし、整備士と相談いたしましょう」
「……うん」
アイラでも面倒に思うことがあるのだと少年は思った。
しかし、この時の彼女は別のことを考えていた。
革命の、その先のことを。
アルファが工房を出ようとするとアーシスがそれを止めた。
「おいアルファ、お前用の防具も作っておこうと思う」
「いらない。戦いには参加しないし」
「そうなのか?」
「当たり前でしょ」
「まぁ、ならいいんだが。ほんとかな」
「何よりそんな鉄板、今のボクには不要だよ」
「鉄板ってお前、これがないと」
「私の力で何者も寄せ付けませんから。ご安心を。例え私が修復不能になろうともアルファだけは守ります」
「……わかりました」
「アイラ様一つお願いがあります」
「なんでしょうか」
「もう2度とご自身をなげうつような真似はおやめください。あなたはもう十分にその存在を」
「私が決めることです。私とて、もう後には引けないのです」
「……過ぎたことを、すみません」
「いえ、ありがとう、アーシス」
自転車の生産は順調に進み工場で馬の数に劣らない程には生産が出来る見込みとなった。
革命軍の準備は滞りなく進んでいる。
しかしそれは帝国も同様である。
諜報部の報告によれば南北を繋ぐ大橋に人の姿はなく、帝都周辺の草原には騎士団が拠点を築きつつあるという。
下手に前に出ればすぐさま戦闘が始まってしまう。
革命軍としては大橋の手前までしか歩を進めることが出来なかった。
それまでどこか遠い出来事に思われた戦いは、すでに決定事項として目前に迫っていた。
そうして、両者の緊張は高まりつつあった。
帝国の動きを察知した本部は急遽作戦会議を開いた。
珍しくチュニー参謀に直接呼ばれたアルファとアイラ。
少年はいつにない状況に、緊急性の強さを感じ取っていた。
「参謀さん、相手はこっちよりも数が多くて資源も豊富なんでしょ? 今開戦して勝てるのかな。皆は疲れ果てている」
「今しかないのだ。アルファ少年の言う通り、確かに長い戦いに身も心もやつれ挫ける者は少なくない。しかしだ。それを気力と志で覆すのが革命軍なのだよ」
「あっそ。綱渡りの精神論か。よくやるね」
本部につくと、気の早い幹部がすでに議論が始めていた。
到着した参謀を迎える幹部達は、背後に見かけない少年がいることに気づく。
しかしすぐにアイラの存在を察し、彼らは慌ただしくなった。
アイラ様だと!
ここに来られたのか!
宮司殿が!
社の長が!
なんと、社長がいらしただと!
ええーい、場を整えろ! モタモタするなっ。
おい! 早くお茶をお出ししろ!
「ねえアイラ」
「はい」
「段々彼らがサラリーマンに見えてきたよ」
「……補足しておくと、私はもう宮司ではありません」
「つまり?」
「もう社長ではありませんからね」
「わかったよ。アイラ社長」
「ちがうもん」
会議の趣旨は主にいつ開戦するかであった。
こちらの準備が遅れるほど帝国の防衛網が完成し不利になる。
しかしまだ奇襲部隊の体制が整っておらず、今出ても失敗しかねない。
そうなればだた潰されていくのを甘んじて受けるのみ。
それに、この作戦にはもう一つ役割がある。
その準備もまだ整っていない。
上手く時間を使わなくてはならない。
どう進めるのが良策となりうるのか、彼らは必死に議論した。
そんな革命軍の未来を決める作戦の合間のことである。
アルファに比較的若い幹部が話しかけてきた。
「少年、帝国では都市防衛の一環で帝都周辺にいる権力者が奥へと逃げこんでいるのだそうだ。姑息なら奴らだと思わんか」
「そうかな? ボクだったら同じ事をするよ。小競り合いが起きる前線にわざわざ居続けるなんて間抜けもいいとこだ。それに国を運営するには相応の人材が必要だもの。学や教養があって、そして経験もある人間は多い方がいい。国がそれを守るならまともな組織だと思うよ。むしろ君たちこそ革命の後」
「アルファ少年。奥に潜む者がそれに準ずるのであれば成り立つ話だな。それと君は部外者だ。それ以上は慎みたまえ」
「これは失礼しました参謀さん。権力者に利己的なだけの輩が多いという点には同意だ。ただね、部外者だからこそ盲目的な君たちに言える事があるんだと思うよ。ま、ボクは巻き込まれているから部外者ではないけどさ」
「だが帝国を擁護するような発言は控えてもらおう。仮に必要な議論であっても今は全体の士気に関わる」
「わかったよ」
「ねえアイラ」
「はい」
「あの参謀、信じていいの?」
「優秀なのは事実です。その野心も含め、この戦いには必要不可欠なのです」
「そう。ならいいけど」
アルファは心持ち、彼らを遠巻きに見ていた。
熱い議論はまだ続いている。
この国の未来を決める戦いについてなのだから。
「ですが参謀殿! この作戦が失敗すればどうなるかおわかりか! 先の戦いで皆が死を覚悟の上で希望を託した作戦【愛、虹の向こうへ】は失敗に終わり、我々は……あの苦しみをもう一度味わうおつもりか!」
「主の声を代弁することこそが我が務め。その上で私が考え抜き幾重にも策を重ねた【勇気と希望と怒りを胸に大作戦】に不服があると申すか!」
「あるに決まっとるわっ! そのネーミングにだぁーれが賛同していると———!」
「そうだそうだぁ! そもそも———!」
熱い議論はまだまだ続いている。
「ね、ねえアイラ」
「……」
「アイラ?」
「はい」
「ほんとにあの参謀を信じていいの?」
「……優秀なんですよ?」
長ーい議論も終わり、いよいよ作戦の最終段階へと進む。
正面から攻め、奇襲を行い皇帝の城まで押し切る。
この作戦はまともなものなのか。
先のない彼らにとって、それを見極めることは憚られることだった。
最後にチュニーは言った。
「革命の成就は我らの悲願。何を犠牲にしようとも、我らはその先へと進まねば、進まなければならないのだ」
彼のその覚悟を聞き、僅かな間に皆はそれぞれの思想へと思いを巡らせ、そして会議は終わった。
革命とは誰が為に成されるものなのか。
アルファは宿に戻り、これからのことを考えながら眠りについた———




