2-7. 念願の魔法
———部長に声をかけられたアルファ。
部長はそれまでの不機嫌が嘘のように機嫌が良くなり、少年が持つ機械を楽しげに見やる。
その朗らかさについ気が緩んだアルファは彼の相談を受けてしまった。
部長の悩みとは、馬の代わりに高速で静かに移動可能な物を作ってほしい、と革命軍本部に指示されたのだという。
しかし現状はヒントさえ掴めていない。
事の発端は作戦が未だ固まらない本部にある。
思案に暮れた結果、保留となった奇襲作戦を再度練り直すのが近道かと考え直し、他の案と並行して検討することになった、という経緯であった。
革命軍の本拠点から帝都へ進む場合、拠点を北上し大河にかかる大橋を渡る。
そしてそこから西に向け帝都へと向かうのが一般的な道である。
では一般的ではないルートを含めた場合はどうなるか。
4つのルートが見えてくる。
単純な話で帝国の城を中心に東西南北から進路をとっただけである。
まず帝都東側の一般人向けルート。
見晴らしが良くピクニックに適した草原も広がっている。
帝都城門はこの草原に向いている。
つまり正門であるためもっとも手厚い防衛網が敷かれている。
帝国兵に会いたいならばここを進めばたちどころに出会えるのだ。
城の背後となる西は崖。
大軍の進行は不可能。
奇襲というより潜入に適している。
皇帝の暗殺や情報収集のため過去何度となく挑んだが、しかし戻った者はいないといわれている。
城の南は大河が流れる。
人によっては海峡と呼ぶ程に対岸までの距離がある。
装備を持って皆で渡るのは造船から始めなければならないので実現は難しい。
また船上での戦いともなれば不慣れなこともあり、陸で待ち伏せする敵が有利である。
このルートを推す者はいなかった。
最後に帝都の北部。
そこは隆起の激しい地形となっている。
身を潜めやすく奇襲に向いているのだが、当然帝国側も警戒している。
何より進軍ルート上、大橋は帝都と北部への分岐点となる。
その分岐点から遠いのは北部側。
開戦に合わせて奇襲を行うために必要なことが2つ。
帝国に気づかれないようにすること。
そして速やかに奇襲部隊は北部へ潜伏しなければならない。
なぜなら配置に着くタイミングが肝であるからだ。
早ければ見つかり、遅ければ奇襲は失敗に終わる可能性が高い。
それこそが奇襲作戦に踏み切れない原因となっている。
作戦決行に踏み切れないのは、奇襲に適した足がないから。
進軍して大橋を渡った後、どうやって迅速に帝都北側まで進むかが課題。
大勢で盛大に馬を乗り回そうものなら、その轟音ですぐに見つかるだろう。
だが他に迅速な行動に適した乗り物はない。
部長を悩ませているのは、この課題を解決する足の開発。
付け加えて、可能な限り大勢が移動可能なもの、というオプションも悩みの種である。
いくつかの案は出ている。
魔法を利用した乗り物。
例えば、風や火などの魔法を行使し、用意した乗り物の推進力とする、などだ。
先進的なものではあるが、しかし魔力に敏感な者に気づかれる可能性はとても高い。
特に火は視認されやすい。
却下。
中には柔軟な発想も出てきた。
馬を特訓して足音が鳴らないよう走らせてみては?という案だ。
忍び足で走る馬の調教など現実的ではないという結論に行き着く。
ちなみに、ビジュアルに惹かれてとある作戦本部の幹部は是非と推したとかなんとか。
却下。
そしてついに。
疲れ果てた開発部員の頭のなか同様の案が登場する。
彼ら曰く。
大空を羽ばたいたらいいんじゃね?
それ直接帝都攻めるやつじゃん。
ついでに皇帝やっちゃう?
いいねぇ〜。
革命とかちょろいちょろい。
という会話になり、先程の部長の怒鳴り声が響いたのであった。
もちろん却下である。
だがしかし。
ここにきて革命軍に救世主が現れたのだ。
その名はアルファ。
静かに高速で移動できる乗り物という難題に対し、アルファとアイラは話し合った。
自分たちの科学技術をもってすれば当然解決できる。
もちろん空だって飛べる。
しかしオーパーツを作るわけにもいかない。
さて、この星の技術で可能な乗り物、果たして何があるだろうか。
そして救世主アルファは発案した。
自転車である。
馬のように大地を叩かず、しかし人間の脚力を超えるスピードを出せる。
一月もあれば試作品を、それも数台用意が可能だと判断。
錬金によって金属は軽量化が狙えるし、更に魔法操作による高精度の金属加工を用いれば折りたたみの機構を備えることも可能。
つまり持ち運びも出来るのだ、と力説するアルファ。
実物を知らない開発部ではあるが、アルファがざっくりとした設計図を描き、ある程度イメージができた部長は少年を掲げ振り回す程に喜んだ。
そうしてアイラの指示のもと正確な設計図を起こし、試作機の制作が開始された。
さてここで、アルファにとって本題であった魔法の話へと移る。
少年は工房に協力する代わりに魔法を教えろと部長に要求。
即答で了承され、工房の中で魔法が得意な者達にレクチャーしてもらえることになった。
物腰柔らかな開発部Aさん。
「魔力ってどんな風に感じ取ればいいの?」
「そうですねぇ。こう、イメージさせたものが空中にしゅーっと集まっていくのを感じ取るのです」
「……ありがとう。とても参考になったよ」
目つきがキリッとした開発部Bさん。
「魔力ってどうやってコントロールしてるの?」
「まず大事なのは現象を明確にイメージすることだ。人間はイメージしたことしか出来ないと言われている。つまり今から行う事の設計図が必要なんだ」
「うんうん」
「設計図を描いたら、次は手の先からエネルギーを迸らせてその図を描き込んでいく。その時に線があっちこっちいかないように注意して」
「ありがとう。とっても参考になったよ」
最後は開発部部長。
「あぁん? 魔法なんて気合だ気合!」
「ありがとう。さようなら」
工房から出て、街中を流れる小川をアルファは見つめていた。
「ねえアイラ」
「……はい」
「どんな風に魔力を感じ取ればいい? って聞いてるのに感じたものを感じ取ってます、とか」
「はい」
「コントロールの仕方を聞いてるのに失敗しないように注意してます、とか」
「はい」
「気合、とか!」
「アルファ……」
少年は足元の小石を拾い握り込み構えた。
心の声を小石に込めるようにして、ゆったりと流れる小川に向け叫びをぶつける。
「そぉれが、わからんからっ、聞いてるんだろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
怒りの一投によって小川は悲鳴のような水しぶきをあげ、水面は無数の波紋で歪んでいた。
ただの投擲ではない。
小石によって巻き上がった水に叩かれた川辺がその事実を雄弁に物語っている。
そう、小石に魔力が込められたのだ。
ついにアルファが魔力の流れをつかんだ瞬間である。
「……」
「よ、よかったですね、アルファ。魔法が使えましたよ」
「そうだね。そう、だね……」
こうしてアルファは、遂に憧れの魔法を手にしたのであった———




