45.最強の天使
「ルシファーに負けて、殺されたはずじゃ……。」
そんな独り言も占めていた言葉を受け取り「実の所、兄上には負けていません。が、その後、嵌められて殺された、と思っていました。しかし、不運中の幸い、死にはしなかった」と答えた。
彼は少しずつカシェルの方へと歩き、対面した。
「驚きました。私が祖国に戻った時には既に天使族の村は滅亡していましたから。私は羽をもがれ、天使族ではなくなりましたから、もう天使族は絶滅したと思っていたのです。」
彼はどこか光り輝いているように見えた。
「そして今、天使族の生き残りを見つけた。長らく夢に見たけれども心の底では諦めていた天使族の復興計画。あなたがいれば実行できる。是非、あなたを我々の元へと引き入れたい。」
それに対して「ごめんなさい。自分には帰る場所があるから」とその誘いを振った。
「まあ、いいでしょう。当然の返答ですね。昔の私ならそれで引き下がっていたでしょう。しかしながら、今は違います。無理やりでも連れ帰って、計画を実行しますから。」
そこから徒歩何歩かの所でレグルスがラスアルに問いかける。その際に石をお手玉のように片手で上げてはキャッチを繰り返していた。ある意味、脅しの意がそこにあった。「どうして、魔王を匿ったんすか?」
「迷える子羊を救うのが神のお告げ。慈悲深い心が大事なのだ。例え、アゼルフの野郎が何を言おうと、これは正しい行為として受け入れられるべきだいん。」
「そうなんすね。まあ、あっしには関係ないんすけどね。」
持っていた石に触れようとした――。
《神の鉄槌・S244E94H7S》
一本の光の柱。まるで天空にいる神々が落とした天罰のような攻撃。その光の柱がレグルスを焼いていく。
さっきまで魔王と戦い満身創痍だったのもあるだろう。レグルスは気を失ってその場に倒れた。
「アゼルフの時代は終わらせます。これからは天使族がこの国を治めていくのです。あなた方も私達へと乗り換えてみては如何でしょう。」
「んなこた、させねぇよ。」
《神喰殺音・離灰亞惨》
炎の龍がミカエルを襲った……と思いきや、その攻撃はすり抜けた。
「残念ながら、今の私には効きません。無意味ですね。」
《神の鉄槌・S244E94D11S》
光の柱がイクリールを襲った。彼もその一撃を受けて気絶してしまった。そのまま地面に倒れていった。
「今の私には、あなた達では勝てませんよ。」
眼鏡の奥から冷徹な視線を覗かせていた。
それを見たベイが「僕は今回はパス。僕は戦闘員じゃないからさ」とその場から退いていった。
残るは七人。
「さて、カシェルさん。着いてきて貰いますよ」と圧をかけながらゆっくりと歩いてくる。それに対して、彼女はゆっくりと後退している。
「ひゃっはー。お前ぇ、気に食わねぇぜ!」
《四本指・風刀》
《メタルクロー》
三人による剣技。しかし、どれも攻撃は当たらない。
《神の鉄槌・S244E94F9L》
先程よりも大きな光の柱が放たれる。ミカエルを中心に周りに広い範囲を巻き込む攻撃。攻撃が止み、ミカエルが現れる。平穏を見せる顔。
泡を吹いて気絶するミルファクを初め、タリタやルマクも地に伏せていた。
圧倒的な強さに気圧されそうだ。
彼は何事も無かったかのように胸を張り近づく。
「私と一緒に来て貰いますよ。これ以上、仲間が傷つくのは見たくはないでしょう。」
ジリジリと近づいては、ヒリヒリとした中でユラユラと後退していくカシェル。俺の体はいつの間にか動いていて、彼女の目の前に立っていた。口すら勝手に動いていく。理性ではなく感情が勝っていくのが分かる。
「嫌がってるのが分かるだろ?」
「ええ、分かりますよ。だからこそ、力付くで連れ去ると言っているのです。」
ヒリつく雰囲気に飲まれる訳にはいかない。気持ちだけで頭と身体を動かしていく。
《A――アンペア――》
攻撃が当たらない。まるですり抜けたような感覚すらある。それなのに致命傷になる攻撃が来る。それだけは避けなければ、と足を止めないように動き、周りの気配の察知に集中する。
《神の鉄槌・S244E94J9M》
ずっと集中していたはずなのに。ずっと警戒していたはずなのに。すぐにでも攻撃を予知したら動く準備をしていた。しかし、攻撃を避けようとすること自体すら行えなかった。俺は今黄緑色に眩く光るレーザーのような光の中にいる。
攻撃を避けるには、まず攻撃を察知すること。次にどの方向に逃げるかを脳内で示し、行動に移す。そして、行動中に絶妙な調整で攻撃を避けるもしくは防御及び追撃をする。つまり、避けるためには何段階か踏まなければならない。だのに、彼の攻撃は攻撃を察知する段階で避けられない攻撃を放ってきたのだ。
攻撃は当たらないのに、敵の攻撃は回避がほぼできない上に威力がある。
ああ、意識が飛びそうだ。
薄らと閉じていく記憶の中で、最後に見たのは緑色に光る粒のようなものだった。
◆
目を覚まして体を起こした。とても心地の良い風が吹いているのが分かる。俺は今草原の上に寝そべっていたみたいだ。
周りを見渡すと同じように倒れている人がチラホラいる。
しかし、いくら見渡してもカシェルの姿はそこにはなかった。
「起きたか……」とリベル。「結論から言おう。カシェル君は連れ去られた。」
思わず意識が急に覚醒したかのように思えた。
「あの子自身が選択したのだ。自身の身柄を引き渡す代わりに、我々の命を奪わないという約束を結んだ。お陰で我々は死なずにいるのだ。つまり、カシェル君に命を救われたのだよ。」
きっと苦渋の決断だったのだろう。とても辛い選択肢だったはずだ。無理やりそんな選択肢を突きつけたミカエルに怒りが湧いてくる。
「リベルさん。奴らはどこに行ったか分かりますか?」
「ミカエル殿はパッとその場から消えたよ。牧師の方はカシェルと共に南東へと向かった。行く先なら予想できる。天使族の復興という言葉も出た。方向も間違いない。間違いなく……天使族の村だ。」
天使族の村。カシェルの生まれ故郷だ。滅亡したと言われる場所でもある。俺も噂でしか聞いたことはなかった。彼女は村のことについて教えてはくれなかったからだ。
「ありがとうございます。」
「止めても無理やりでも行くのだろう。直感ではあるが、今の君はそんな感じがするのだよ。」
「もちろんです」と言い切った。言い切る自身しかなかった。
「やはりな。だからこそ、俺から忠告だ。ミカエル殿には勝てない。だからこそ、カシェル君を奪い返して王都に逃げ切るのだ。王都には強さ自慢のメリディアナ君とセルバン殿がいる。迎え撃つのならば王都にするのだ。」
「分かりました」とお礼を言って、ひとまず南東を目指した。
「おい。待て」とルマク。「俺様を置いていくな」と俺の横に立った。
申し訳ない気持ちになった。頼もしい仲間がいるということは、押し潰されそうなこの気持ちが軽くなっていく。そんな気がした。
「おいおいおい。待てや。」
思わず振り返った。
「ワイも連れてけや。今度こそリベンジしたる。」イクリールも傍にきた。
「ぼーくーもーいーくー。」タリタも同様。
今度はアンタレスが「おいおい。置いてくなよ、俺を」と急ぎ足で来る。
ミルファクは「置いてかないでくださいよぉ。先輩!」とイクリールを追いかけてきた。
「あたしも行ってあげるっすよ。どうせ道分かんないんじゃないっすか?」レグルスまでもが着いてくるようだ。
急な大所帯に心寂しさが吹き飛んだ。
そこにベイが「待ちくたびれたよ」と石に座っていた。どの口が言っているのだろうか。だが、一緒に救出しに行ってくれるようだ。
計八人による大救出劇。
そんな俺らに向けてリベルが言い放つ。「俺は申し訳ないがやるべき事がある。それを先に終わらせたい。」彼はゆっくりと後ろを向き「俺は故郷である疾風村とそこにいた人々を葬いたい。君たちの助っ人にはなりたいが、時間をかけて弔うから間に合わなそうだ」と説明した。
最後に彼は「カシェル君も含めて、全員で生きて帰ってくるのだぞ」と言うと、俺らはさぞ当たり前のように返答した。
彼に見送られながら、目指すは天使族の村。そして、待っているのはミカエルだ。今からでも拳に力が入ってくるのが分かった。
◆
やはり、実力者が束になっているのは心強い。
魔王が死んだ今でも魔物の残党が彷徨いている。増えはしないため、倒せば着実に魔物は減る。魔物を圧倒的な実力差で倒した。強いだけではなく、こちらには数もある。
なだらかな道が終わり厳しい道が続く。
とても普通の人では進めない道だ。
「天使族の村はっすね、山の上にあるっす。さらに、暴風雨の壁に一部くっついているような地形のせいで、行く道の一部が天候が激しく悪いっす。」
一度、暴風雨をかするように進まないと行けない道だ。岩場が手すりのようになっているため、それを掴んで行けということだろう。それを掴んでゆっくりと進んでいく。手を離したら吹き飛ばされて、一溜りもない状態になりそうだ。
何とか暴風雨の道を抜けられた。
「おかしいだろ。こんな道じゃ天使族の村にはいけねぇだろ。」
「うぬは前に一回遊びで行ったんすよ。旅が趣味なんで。まー、スカイカーっすけど。」
「スカイカー?」
「そうっす。天使族の村とその真下の草原地帯を行き来できる空飛ぶ乗り物っすよ。無人の乗り場に放置されてるんすよね。普通はそれ使って行き来するんで、この道なんか使ってる人って、おいら達ぐらいっすね」とケラケラ笑っている。
「じゃあ、スカイカー使っとけば良かったじゃねぇかよ!」真っ当なツッコミだ。思わず頷いてしまった。
それに対して首を横に振られていた。「多分、無理っすよ。天使族の村を拠点にするなら、追って来る可能性を鑑みて使えないようにするのが妥当じゃないっすか? 行って乗れませんでした~、ってのがオチっすよ。」
確かに一理ある。追われた時の場合に行くための手段を絶つ。やはり、今の道が正解だったみたいだ。
丘のような場所に出た。長い長いほんのりと上昇する坂の一本道。そこから真っ直ぐ先は崖になっていて、その先には清々しい程澄み渡った青空があった。崖付近には横に迂回する道が繋がっていて、そこからクネクネとした長い坂道を進むと天使族の村に繋がっている。
この一本道が思った以上に長い。歩いても走っても一向に縮まる気配がしない。
それでも一歩、着実に一歩を踏み出す。
何とか半分まで来た。後、半分だ。
ようやく残り三分の一まで来た。後少しだ。
ゴゴゴ、いや、さらに歪んで巨大なゴゴゴという音。あまりにも強烈な地ならしの轟音に思わず耳を塞いでしまった。
地面が揺れてバランスを保てない。
突然の天変地異に神経がすり減っていきそうだ。
地震が止んだ。音もそれに付随して落ち着いてきた。
そして、みんなが目の前の景色を見て「嘘だろ……」と呟いていた。
地面から離れていく大地。巨大な岩盤ごとそれは浮かび上がっていく。それは浮いていたのである。その上に立つ木々も建物も、そこにあるもの等しく浮かんでいく――。
「村が浮くなんて……ありかよ。」
俺らの通る道の先は分断され、天使族の村は空へと浮かび上がった。そして、少しずつ、少しずつではあるが北西――つまり王都の方に向かって進んでいた。
「どうやって、あそこに行きゃいいんだよ。」
空飛ぶ村は、まさに俺らに対して絶望を与えていたのだった。




