44.「僕は佐藤ベテルギウス。気軽にベイって呼んでね。」
手と手が触れた。
その瞬き一つ、その瞬間。
魔王アルタイルは魔物が消える時のように爆散した。いや、爆散したかのように見えた。その事実が嘘だったかのように、普通なら破裂によって飛ばされる肉片も塵となって、いや塵よりも細かくなってそこから消えた。彼自身がそこから消えたのだ。
「あーあ。だから止めた方がいいって言ったのにね。」
こんなにも苦戦を強いられ激しい戦いを行っていたのに、あまりにも呆気ない終わり方に唖然としてしまう。
等しく皆の足が止まっていた。
「何を……したのだ?」
「ん? 力を付与しただけだよ。」
「力を付与? どんな能力なのだ?」
「うーん、能力ではないなぁ。実力者の、さらに上澄みなら使える"技"だよ。僕の場合、十段階でしか分けられず、さらに付与後、一定時間で効果は切れる。けど、あなた達のよく知る奴ならもっと質が高いよ。」
「よく知る奴?」
「風神君さ。雷神君もなんだけど、二人は僕が十段階にしか分けられない所、一よりも下の力をさらに細かく分けて与えることができる。それも被貸与者が死ぬまで効果を保てる。」
俺は雷神様より能力を授かった身だ。だからこそ、その恐ろしさと畏れ多い気持ちが湧き上がってくる。
「魔王はそれを能力にしたものだなぁ。ただ、力の付与は付与された者が耐えきれなければ意味がない。魔物のように能力に耐えきれず巨大化すると共に理性を失ってしまう。そして、負けると中の能力に耐えられず破裂してしまう。さらに耐えきれない能力を注がれると、その時点で破裂してしまう。人間でもそれは変わらないんだ。痴暴症がいい例だよね。」
彼は「どう分かった?」と優しく聞いてくれた。それに対して一応頷いた。
ふと気になったことがある。今のが技というならば、別に能力があるってことになる。気になったので聞いてみた。
「僕の能力は、"不老不死"だよ。死なない……いや、死ねないんだ。だからこそ、アトラさんやカシェルさんには言ったけど、僕の目的は最高の死を向かえることなのさ。それを叶えるためには二つ条件があるんだ。」
彼はゆっくりとこちらへと話しながら歩いてきた。
「一つは不老不死を授けること。さっき話していた付与で"10"を付与して定着した人間がね、不老不死の能力も同時に引き継ぐんだよ。それで僕は晴れて不老不死ではなくなる。もう一つは最高の死を向かえるために、最高の仲間に見送って貰うこと。最高の仲間が必要なんだよねぇ。」
俺と対面して向き合う。彼はどこか柔らかな表情をしていた。
「あなたたちのチームは僕の"目的"を叶えてくれるかも知れない。そう思ったんだよ。だからね、僕はあなた達の仲間になりたい。」
仲間になりたそうな目でこちらを見ている。
頭に浮かぶ選択肢――仲間にしますか?
俺は、まだ判断材料は少ないとは言え「ああ」と答えていた。頭より口が先走っていたみたいだ。
「魔王討伐への協力感謝する。」
リベルが頭を下げた。一応、功労者扱いになったのだろう。
頭を下げ終えた彼はまだへこたれているカシェルの近くへと進む。彼はそんな様子を見て「まだ悔やんでいるのか」とゆっくりと言葉を吐いた。
「結局、自分は……中途半端だなぁって。本当にどうしたら良かったんだろうって……。」
「弱音を吐くな。心を強く持て。弱き感情を理性で上回れ。俺らは王直兵。似たようなことはざらにある。一々悔やんでいては身は持たぬぞ。」
弱弱しい言葉を、それを吐き出す口も、その言葉だけで封じていた。
「今回の件を例えるのならばトロッコ問題にでも例えられるだろう。」
「トロッコ問題?」
トロッコ問題とは一般的にはレールの上を走る暴走して止まることのないトロッコがあり、そのレールの先には二つの道がある。そのどちらも人がおり、どちらかを救い、どちらかを見捨てる、とするならばどちらを選ぶのか、という心理学の考えである。
「そうだ。どちらかを殺める二択から一つ選ばなければならない。大抵のパターンは大多数か、大切な人か重要人物一人の二択。今回の場合は今後被害が出るであろう人数は未知数の被害者達か、それとも子どもだが加害者か。そのレバーを引くのは君自身にあり、引かなければ被害者を見殺し、引けば意図的に加害者を轢き殺す。」
つまり、選べないということも選択肢の一つに入るようだ。優柔不断では結局、それになってしまうのだろう。
「我々は立場上、人の上に立つ人間だ。それ故に、重い選択肢を選ばなければならない。そんな我々だからこそ、レバーの位置に立つことになる。」
彼の言葉は俺の頭にスッと入ってきた。全く同じ内容ではないが、似たような話を聞いたことがある。そして、それは雷の国の先輩からの言葉だったことを思い出した。
「レバーを引くのはさぞ辛いことだ。なぜなら、自らの手で殺めるということなのだから。レバーさえ引かなければ罪悪感を感じなくて済むが、多くの人を見殺しにしてしまう。どうして罰すことをしないのか、批判も来るだろう。それを加害者も人間で、人間を等しく守るため、と宣えば問題を見て見ぬふりができる。それで大多数が死ねど、それは自然の成り行きにしかならない。果たしてそれで良いのか。君はそれではダメだと思っている。思っていなければ、悔やむことはなかろう。」
「自分はそういうレバーを……引けなかった人です。引こうと思っても……引けなかった。どうしたら引けますか。」
「理性で感情を押し殺せば良いのだ。もちろん、理不尽に奪う行為に罪悪感は残る。そのことについて批判が来るかも知れぬな。それでも引かなければならないのだ。それが上に立つ役割なのだから。」
「どちらも助ける……なんてことはできないのかな……。」
「そんなに世界は甘くない。では仮にどちらも助けるということを、トロッコを脱線させる、に置き換えて考えていこうか。どちらも助けるためにトロッコを脱線させた。だが、その先にあるのはトロッコが見ず知らずの人間の集い場に突っ込んでいくパターン。死にはしなかったが、トロッコ破損によって、どちらも深い傷を負うパターン。他にも可能性として考えられる。何を言いたいかと言えば、第三の選択でどんな被害が出るかは未知数。それで被害が増えたら本末転倒だろう。結局、何をしても正解なんてないのだよ。」
あの時の先輩はそんなことを百点のテストに例えて揶揄していたなぁ、と染み染み思い返していた。だから優柔不断になって悪循環に落ちるな、と俺を励ましてくれたっけ。彼と先輩がどこか重なっていくような気がした。
「トロッコ問題はとても意地悪な問題だ。選べないのはもちろん、その舞台に立つことすら憚られることだ。君の反応も人間として、当然のことだ。恥ずむことではない。恐怖や心配、不安、様々な感情は人間の根本なのだからね。」
彼はどこか遠くの空を眺めていた。
「人間とは、元々、感情のみの存在だ。感情は生物的に必要なものなのだ。感情があるからこそ、赤子は意を伝えられ助けて貰える。そして、感情があるからこそ愛が生まれ、子孫を残す動機となる。一方で、我々は集団を通し、歴史を通し、社会性を学んでいく。人々の文明、即ち社会そのものが理性を育むのだ。大人になるほど理性を知って行くのだ。だが、その理性とは上から貼り付けただけで根本には感情がある。それ故に感情が勝ることは何ら不思議なことではなく、感情が勝り選択できない人間も、批判してしまう人間も、自然としては当然の摂理で仕方ないことなのだ。」
そんな彼は再び彼女の方向を見た。その表情は起伏がなく、どこか冷たい印象を与えていた。
「だが、感情が勝る人間には上に立つ資格はない。覚悟なく、問題解決にならない。最悪、他責思考にさえ陥る場合もある。そんな人間が上に立つなど笑止千万。そのためにも理性で感情に蓋をしなければならないのだ。」
それはとても厳しい言葉だった。鋭い槍のような言葉のナイフが突き刺さってるように見えた。しかし、刺して終わりの彼ではない。
「君は民衆からしたら立場的に上にはなるものの、我々からしたら新米だ。つまり、上の立場ではないのだよ。何度でも言おう、今は何ら恥じることも責任を感じて悔やむこともない。間違えて当然、できなくて当然の立場なのだ。感情に打ち勝つ方法を模索する猶予がある。だからこそ、自分を責めるのは筋違いだ。」
彼なりのケアなのだろう。
吹き荒れる風が草原を通っていく。
草っ原が風によってなびいている。俺らは清々しい風を浴びながら下町、疾風村を眺めていた。
そんな穏やかな村の眺めは一転。村は炎に包まれていた。
あまりにも唐突で、衝撃的な状況に目を見開き口をポカンと開けてしまった。周りをチラッと見ても誰もがその様子に釘付けになっている。
「何が……起きているのだ……。」
震えた唇から発せられたであろう言葉。先程まで理性によって悠々と語っていた彼とは打って変わって、動揺という感情を含んだ声がした。
「村を焼いたんすよ」とレグルス。
「何のために焼いたのだ?」
「魔王を隠してたからに決まってるじゃないっすか。だから、村人を全処刑して村に火を放ったんすよ。」
「どうしてそんなことをするのだ。殺す判断が軽すぎるぞ!」
荒々しい声に驚き、横隔膜が痙攣し始めてしまった。だが、緊迫感がすぐにそれを止めた。
「小生に言われても……。王様から呼び出し食らって頼まれたんすよ。リベルは疾風村出身で、故郷に甘くする可能性があるから、副リーダー的ポジションのあっしに命令したんすよ。もし魔王を匿っている人間が一人でもいたら、村の人を皆殺しにし、村を全壊せよ、って。そんな命令を受けたんすよ。やるしかないに決まってるじゃないっすか。だって、ミーは受けた任務は確実にこなす人間なんすから。」
つまり、この悲惨な光景は王様の仕業ということか。
「くれぐれもおいらを恨まないで下さいね。恨むなら王様にお願いするっす。」
目を瞑るリベル。そんな彼の浮かべる表情は、正直俺じゃ読み取れなかった。どこか淡白な、けど奥底に何かを隠しているような気がする。
「アトラ君。以前、君に質問したことがあったね。」
なんの事だろうか。思い出せない。
「その時は心のどこかでは理解出来ずにいたんだ。だが、今ならとても、深く、理解できそうだ。その気持ちが痛く分かるんだ。」
彼は続けて「しかし、俺は、理性を大事にし、それを説いてきた。今更出した手は引っ込めないし、二言は良くないからな。待てば海路の日和あり、を信じ続けようと思うがね」と締めくくっていた。
ふと、一人の男がこちらへと近づいてくる。
小太りした体型に牧師の服。十字架のネックレス。彼は確か協会にいた人物だ。魔王を匿った確かな人物でもあり、レグルスの言っていた村人大虐殺の被害に合わなかった人物でもある。確かラスアルさんと言っていたはずだ。
その背後から国兵の一人が「待つんだしよ」と追ってきている。
ラスアルは落ちていた拳寸大の石を拾って、追っ手に投げつける。その石はとてつもないスピンがかかっていた。フォークボールでも投げたのだろうか。
石が顔近くにきた。
突然、石が破裂。それによって石の破片が塊となって周りに飛び散った。それらが国兵の目や頬や首元、体を傷つける。思わずして倒れ込んで転がっていた。これは痛いじゃすまなそうだ。
「王直兵……。ユーらの仕業だなん」と小高い声で言われた。
「アゼルフの馬鹿の仕業だろん。あの馬鹿め。村を協会を焼きやがって~。許さないぞ。」
まさか王様のことを呼び捨てにしたどころか馬鹿呼ばわりするとは。あまりにも無礼すぎて呆然としてしまいそうだ。
「無礼だな。流石に頭が高くはないか。」
彼は俺らを見るといきなり石を投げつけてきた。石は途中で破裂して、周りに破裂弾を繰り広げていく。範囲が広く近すぎると避けれない。
「石は破裂するもんだい。風で加速しながら回転させられた石は遠心力に耐えきれず爆発するのん。」
《風の重力》
風の重力に囚われていたが、リベルが突然スピンし始めた。初めは一回転、二回転とゆっくり回っていたが、すぐに数え切れない程の回転をしていた。それと同時に重力の能力も切れる。
「目が……回る」とその場に倒れ込んでしまっていた。
とてもふざけたような能力だが、その実はとても厄介な能力だ。
今度は彼自身が回った。そのままこちらへと近づいてくる。まるで小さなトルネードみたいな雰囲気のソレにぶつかると思いっきり吹き飛ばされてしまった。結構吹き飛ばされた。威力は人間の攻撃の範疇に収まっているが、守りにくさなどを考えれば非常に厄介だ。
「目が回るん。」
馬鹿だ。こいつ馬鹿だ。自らの攻撃で自らふらふらになっている。本当にふざけた能力だな……。
「ええい。こんなことしてる場合かい。」一人ツッコミ。
石を沢山持っていた。先程の攻撃の時に集めていたのか。「受けてみよ。己の強烈な一撃。石破裂流星群!」
それを投げようとするが、投げられていなかった。彼の手が投げる直前で止まっていた。いや、動かなくなっていた。
「ごめんね……。危ないから止めさせて貰ったの。」
カシェルだった。羽の力で動きを止めてくれたみたいだ。
彼は持っていた石を全て落とした。
そんな彼の表情は驚きの表情だった。
「オヌーシ、天使かい?」
「天使……だけど。」
「奇跡だ。奇跡だい。一度は頓挫し、二度とは無理だと諦めていた計画が……。」パッと明るくなる顔。そして、太陽が彼の頭頂部を照らしていた。
彼は左腕で服から何か機械のような物を取り出した。そこから一瞬だけ緑の光がピカッと光った。
「ラッキーとアンラッキーは表裏一体やい。さっきまでのはアンラッキー。それど同等のラッキーが今舞い降りたねん!」
一体全体、彼になんの心情の変化が起きたのだろうか。
そこに残りの王直兵も集まってきた。
みんなで変質者を見るような目で彼を見ていた。
「何事ですか?」「見つけたん。天使の生き残りを見つけたのん!」
彼の隣に突然現れた一人の男。濃い緑色の七三分けにした髪。眼鏡の奥からは鋭い視線。臙脂色のスーツと少し砕けたネクタイが真面目さと共に、長年の歴によるラフさやチャームポイント、いわゆるベテラン感を与えている。
その男は眼鏡をクイッと手を当てていた。
カシェルを見て「間違いありませんね。確かにあの子は天使です。お手柄ですよ。あの計画が復活しますから」と言い、「やるからには早めに行った方が良さそうですね」と淡々と語っていた。
俺はその男の情報を詳しく知っている。雷の国にて、大虐殺を行い、多くの人間の命を奪った後、追われる立場になった身に陥っては、逃げ道から雷の国を脱出した男。
「えっ、死んだんじゃ……ないの?」
彼女は驚いていた。
その男の名はミカエル。俺が任務において殺すべき人間の一人である。




