46.ラストリゾート
もう打つ手なしなのか。諦めの気持ちが過ぎってくる。どうにかして――じゃあ、どうやって。その先が一向に出てこない。この道を進んだ所でどうにかできるレベルではない。
「はっはっはっはっ。困っているようだな!」
とても暗い雰囲気の中、真逆のテンションで言葉を放っている。ゆっくりと声の方向を向いた。そこにいたのはケントだった。
「何しにきた」と剣が突きつけられている。
当たり前だ。ルマクだけではない、タリタも俺すらも身構えていた。彼は渦中にはいないとはいえ、敵対している人物であるからだ。
「安心するがよい。敵意はないのだからな。」
「何のつもりだ」と言葉巧みに騙されることはない。
「急いでいるのだろう? 今、戦うのは得策じゃないと思うが?」
その言葉でスッと剣が下ろされた。
「よろこべ。この時のために、8人乗りの車を用意したぞ。」魔法陣から大きな車が現れた。
ふと、気になっていたことを口に出していた。「お前……未来でも見えているのか?」
「そうだ。俺ちゃんの心の中は、みんなが幸せになる明るい未来を夢見てるぞ。」
「いや、そういうことじゃなくて……。」
暗かった雰囲気もいつしか消えていた。風の匂いが急に感じられるようになった気がした。
「俺はいつでも前向きだが、未来は見えてないぞ。見ているのは後ろの方だからな。そんなことはどうでも良いだろう。早くしないと間に合わないのではないか?」
つまり、早く車に乗り込めということだろうか。
「この長い道を車で猛スピードを出して、そこの崖から空を飛ぶんだ。だが、問題がある。俺ちゃんの能力だからか、途中で車が消失してしまうぞ。だーはっはっはっ。」
いや、笑い事ではない。途中で車がなくなったらそのまま落下して死ぬだけだ。
「それなら俺っちに任せて欲しいっす。ある程度まで近づけば、吾輩の能力でひと押しできるっすもん。そのためにみんな紐を付けて貰うっすよ。」
「そうと決まれば、善は急げ! さあ、乗り込むんだ!」
彼の大きな声に押され、車へと押し込められていく。
車の中は大分広かった。シートもなかなかに座り心地が良い。運転手はこの中で最年長19歳であるイクリールかミルファクかレグルスの誰にするかで迷われていたが、レグルスがハンドルを握るようだ。
シートベルトは身につけたし、みんなで一つの紐を繋げている。行く準備はできた。
丁度、浮く村がその直線上に重なりそうになっていた。
車が勢いよく進み、来た道を戻っていく。俺たちの足では時間が掛かりまくっていたその道も車なら楽々と早い時間で端へとたどり着いていた。
勢いをできるだけ殺さないようにも弱めにブレーキがかかり、そこから曲げられる。運転が荒いせいかバランスを取るのが難しい。ただ、初めての運転とは思えない上手さはあった。
「後は兎にも角にも、後はただの全踏みっすね。」
思いっきりペダルを押されたのだろう。聞いた事もないやうな壮大なエンジン音が鳴り響いている。あまりにも速すぎるスピードのせいで、体が椅子に押し付けられていく。潰されるかと思うぐらいのスピードだ。
もはやレーサーとタメを張るレベル。スポーツカーでは無いため限界はあると思うが、体感では同じぐらい出てるような気がした。外の景色が真横に伸びまくっている。
崖の所が上方向に向かっていて、そのまま空中へと飛んでいった。空中を浮きながら確かに進んでいく。
進む方向に確かに浮き島がある。このまま行けばたどり着きそうだ。
そう思った瞬間に車がパッと消えた。
さっきまでの勢いの流れのままに空中を進んでいく。身を投げ出された俺らは穏やかな風を突っ切ってゆらりと着実に進んでいく。
このまま辿り着くと思っていた。
重力というものが段々俺らを下へ下へと落としていく。
「ここは任せるっすよ。」
そこでレグルスが来た道へと向かって手から衝撃波を放った。その反動で目的地のある真後ろへと飛ばされ、紐に繋がった俺たちもそれに引っ張られるように進む。
二発目――。
三発目――。
後ほんの少しだと言うのに届かない。「ヤバいっす」と言う声を聞いて、危機感が現れる。このまま落ちてしまうのか。
「こんなとこで使いたかねぇけど、しゃあねぇな。」
リュックから落ちていく三つの頭蓋骨。それが起爆した。その爆発による爆風で俺たちは大地へと飛ばされることができた。
何とか一命を取り留めた。確かに俺たちは地面の上に立っている。
俺たちは紐を外した。
そんな時に、ミルファクのいた地面が崩れた。そのまま空へと投げ出されかける。
《一本指・風針》
タリタの機転で、紐を指につけた針で服に紐を縫い付け、縫い付けられた紐を引っ張ってぶらんぶらんと紐一つで一命を取り留めている彼を助け出した。
何とか到着したそこは荘厳を見せる大地であった。小屋などがポツポツと建っている。レンガを基調とした建物に蔓が蔓延る。自然に侵された土地ということだ。その先には山が聳えていた。その山には洞窟のようなものがある。村へと繋がる道だろう。
一歩踏みしめる度に根を張り蔓延る草木が音を上げる。
まだ入り口でしかない。村はもっと荘厳的なのだろう。
俺の瞳に何本もの光の柱が見えた。間違いなくミカエルの攻撃だが、それは俺たちから程遠いもっと先から放たれていた。
何が起きたのか……さっぱり分からない。カシェルと何かトラブルになったのだろうか。心配事だけは増えていく。
パッと目の前に現れるミカエル。
「ようこそ。我が故郷、天使族の村へ。本村はこの山の先にありますが、先程の攻撃で落石が起き、崩れた岩盤が行く手を阻んでいます。進むのは困難でしょう。」
先程の攻撃はこの為だったのか。ひとまずカシェルの件ではなさそうで胸を撫で下ろした。
しかし、非常に厄介な事をしてくれた。
「しかし、朗報です。あちらにスカイカーがありますので、三人までなら山を容易く越えられるでしょう。」
彼の指先には一台の乗り物があった。三角形の形をしていて、運転席の後ろに二人分座れる後部座席がある。
「乗る人はこちらで決めます。もし私の指示に従わなければ、躊躇いなく乗り物は破壊しますので、しかと指示には遵守してくださいね。」
淡々と一言一言が流れていく。この状況下に置いては、彼が戦況の殆どを握っている。ここは彼に合わせていくしか無さそうだ。
「では、今からカシェルさんの決めた三人を呼びます。その方が乗車可能となります。一人目はアトラさん。二人目はルマクさん。」
俺らはそのままスカイカーへも向かった。
「最後はタリタさん。」タリタもまた俺達の所へと来た。選ばれたのはタリタだったようだ。
「その他の方々は、地道に進むか、ここで決着の行方を楽しみにするか、どちらかをお選び下さいね。」
そう言うと、彼はパッとその場から消えていた。
残された人達を代表して「ワイらは問題ねぇ。地道でも何でもいいから絶対ぇ、追いついてやんぜ。だから、先行っとけよ」とイクリール。
選ばれた三人としてスカイカーに乗り込んだ。
運転席に座ったものの、そもそも操作方法が分からない。
雷の国には車というものがある。では、雷の国出身だからってそれを運転したことがあると言うと、否、一切運転したことがない。乗ったことはあるが、運転は一度もない。ただ、アクセルを踏んでハンドルをきるというイメージがあるだけだ。
さて、前の部品を見てみよう。三角形の形のハンドルで左右に移動するのだろう。足元にはペダルが四つあった。どれを押せばいいんだ?
真ん中の大きなペダルを押しても何も起きない。横にあるペダル、さらに横にあるペダルを押したが何も起きず、ただエンジン音が蒸されるだけだった。
残ったペダルを押すとカチッという音と共にレバーのようなものが上に上がり固定された。いわゆる安全装置のようなものだろうか。また、押しても何も起きなかった大きなペダルがブレーキだろうか。
ひとまず近くのペダルを足で強く押す。
グァン。そんな音と共に、恐るべきスピードで真上へと上がっていった。まるでここまで来る時になったケントの車みたいだ。
さらにもう一つのペダルを踏んだ。今度は恐るべきスピードで急降下していく。まるでジェットコースターの急降下のように、フリーフォールみたいな宙に浮くような感覚だ。思わずブレーキをベタ踏みした。
空中で止まった。その反動で体が上に引っ張られかけた。車はゆっくりと下降していき、ついに元の場所へと戻った。
息を荒げる。死ぬかと思った。
運転手交代。
俺の引き継いだ情報を元にタリタが運転する。彼はハンドルを前に傾けた。横だけではなく前にも倒せるようだ。そして、車は前へと進んで行った。
ガシン。前方にあった岩場にぶつかって止まった。「事故ったー。」言わずとも見れば分かる。
運転手交代。
残る運転手はルマクだ。我々16歳組の中でも最も不安な存在だ。……大丈夫だろうか。
ギュインと凄まじい速さで上に上がったと思いきや、次は真っ直ぐ突っ切ったり、左や右への大波乱な運転。まさに予測不可能な動きに思わず酔いにより吐きそうだ。
ある意味奇跡と言って過言ではない。普通、運転していて回転するだろうか。もちろん、他者から回転させられてる訳ではなく、ルマクの運転によって回転しているのだ。回転が止まれば、斜め方向に急に落ちては上昇したり、真下に急降下したり、てんやわんやの運転に気持ちが悪くなるのは致し方ないだろう、と言い聞かせる。
山は越えられた。後はゆっくりと降下するだけだ。だのに、思いっきり斜めに落ちながら進んでいく。滑降のレベルが段違いだ。このままだと大きな木に激突する。
――激突した。
運良く、木の葉の重なる位置に衝突し、動きが止まった。枝によって支えられている。
何とか脱出して地面に降り立った。そして、この村に申し訳ないのだが、吐くものだけ吐いた。
本当にごめんなさい。だけど、今や清々しい気持ちである。
木に絡まったスカイカーや地面の汚物は見て見ぬふりをして前を向く。
そこには荘厳的な美しい景色が広がっていた。
手付かずだった家々を飲み込む自然。苔の緑がいいアクセントだ。まさに楽園と言うに相応しい場所だった。思わず息を飲み込んだ。
「ここが……天使族の村。」
広がる景色に思わず見蕩れてしまいそうな感じがする。すぐにすべきことを思い出すために首を思いっきり横に振った。
「選ばれた三人に問いましょう。どうしてここへと来たのですか。私に負けたでしょう。圧倒的な実力差。勝てないと分かっても尚、来る愚かさ。それを持ってしてまた戦いを挑むということですか?」
そんな彼に向かって「負けたままじゃ終われねぇからな」とルマク。「なーんーとーなーくー」とタリタ。それを聞いて「単細胞でしたか」と淡々と分析していた。
俺は違う。俺は「絶対にカシェルを助けるためだ」と答えた。
「あなたは私と戦い死ぬかも知れません。ですが、今身を引くことを約束すれば命は助けて上げましょう。」
「興味ねぇよ。俺は相手がどんなに強敵だろうとカシェルを助ける。かげかえのない仲間だからな。」
風がゆらりと吹いていた。
「これから風の国は天使族が支配します。そこの重役にあなた達を起用すると言えば、諦めてくれますか?」
「する訳ないだろ。」そんなの当たり前だ。
そこでルマクが横入りする。「どう支配するんだ? 天使族の支配っていうのは」と意外と確信をつくような質問だ。
「そう言えば、説明がまだでしたね。この天使族の村は分かると思いますが空を飛んでいます。目的地は王宮。そこにこの村を王宮に取って代わって着地させるのです。」
「それじゃ、王宮にいる人達もその周りに住む人達もみんな死ぬじゃないか。」
「ええ、改革に犠牲はやむ無しですよ。何か大きな変革において、甘い考えではすぐに身を滅ぼしますよ。これは私からの教訓です。」
頭の中に浮かんでくるメリディアナやグリーゼのイメージ。他にも有象無象の市民の姿も思い浮かばれていく。
「嫌いだな。そんな考え方。関係ない他人を傷つけるなんて許せない行為だ。」
「そういう考えを甘いというのです。」
心に火が付けられたのが分かる。活動力にもなる火だ。
「俺は絶対にカシェルを助ける。その上で、お前を倒して、王都を守る。」
「欲張りすぎです。あまりにも稚拙な考えに反吐が出る。それが可能かどうか考えましたか? もう一度、可能かどうか考えた上で、結果を教えてください。」
「ああ、可能不可能考えて、結論を出すぜ。俺は絶対にカシェルを助けて、お前を倒して、王都を守る!」
「何も変わっていないではありませんか。変えなくてよろしいのですか?」
「そうだ。それが俺の選択だ!」
「全くあなたとは相容れなさそうです。」
彼が手を伸ばした。
あの光の柱を繰り出す技が来る。
「ルマク、タリタ。とにかく緩急つけて走り回るんだ。奴は俺らに照準を合わせて放ってくる。絶対に照準が合わないような撹乱するんだ。」そして、さらに指示として「ルマク! どっか地面を抉れないか?」と伝える。
《アイアンテール》おしりに挟んだ刀が地面を穿った。
そして、「近くに集まるんだ」と砕けた地面の上に立った。
「正解ですよ。私の技の正体を見破ったのですね。」
「ああ、お前の技はレーザーだろ? てっきり上から放たれていたと思ってたけど、予め仕組んでいる地面から上に向かってレーザーを放っているんだろ?」
光の集合体が威力となって放たれる攻撃。下からノータイムで放たれるので回避がほぼできない。俺はこの攻撃を受けた時に光の粒を見たことでその仕組みに気付くことができたのだ。
「攻撃をされなくなった所で……」彼はパッと消えて、今度は俺らの近くにパッと現れる。「攻撃できなければ勝てはしませんよ。」
すり抜けてしまう実態なき存在。しかし、確かにそこにいる……ように見える。
「なるほどな。お前、ホログラムだろ?」
ホログラム――つまり、電子の集合体。それによって実態があるように見せているだけ。本体は別にある。「お前、どこにいるんだ?」
「ええ、考え方は愚かでも、戦闘の知識は抜群ですね。私は《電子》に関する能力者。もちろん、安心して下さい。天使族の村にはいます。どこにいるかは教えられませんけどね。」
似たような能力なら雷の国にはゴロゴロいる。俺の経験則から言うと、電子の能力を倒すためには結局本体を攻撃しなければならない。つまり、見つけ出さなきゃならないのだ。
「では、ヒントを与えますので、私がどこにいるか探しにきてください。次の三つの道の先のどこかに私はいます。」
三つ……。そして、俺らは三人。こうなれば別々に別れるしか道はなさそうだ。
「一つはあなた達から見て左手。山の位置に洞窟となる穴が見えますね。その先へと進むと村長の秘密の隠れ家があります。」「行くぜ。俺は行く。絶対に行く。」その道はルマクが担当するようだ。
「一つは前方にある大きな建物の中に隠されています。秘密のスイッチを押せば、秘密の部屋へと行けるかも知れませんよ。」「おーもーしーろーそー。」そこはタリタにお願いした。
「一つはスカイカー乗車駅に繋がる地下の道です。後方、右手側に下へと降りる階段があるでしょう。そこから先に駅がありますが、もしかしたら秘密の経路に出会うかも知れませんね。」「そこは俺に任せてくれ。」そして、そこは俺が行く。
「では、頑張って探し出して下さいね。楽しみにしていますよ」とパッとその姿は消えていた。
ここからは三手に別れて進む。
俺は階段を降りて人工的な洞穴を進んで行った。洞穴ではあるが、幾つか小さい穴が空いてあって、そこから光が射し込んでいる。お陰で目視で進むことができる。
ある程度まで進むと落石によって入り口を塞がれた場所に立ち会った。運がいいのか、それとも罠なのか、その場所の横には道が存在していた。今にも落ちそうな「非常通路」と書かれた看板には「天使族以外は使用不可」と書いてある。しかし、だからと言って進まないという道はない。
非常通路を進む。その通路は外へと繋がっていた。まさに断崖絶壁のような崖だ。そんな場所に削り出されたことでできたような岩の足場がある。一人分のスペースしかなく、右は岩、左は空ですぐ真下に広がる地面の景色が覗ける。
落ちるとは即ち――死。天使族じゃなければ落ちてしまいそうなこの通路を恐る恐る進む。
今度はボロくなった吊り橋だ。真上の崖に括られた縄が不安心感を与えている。そして、この大地が空を進むことによって、吊り橋も横に揺れていた。
ゆっくりと歩いていく。
ガシャン。右足がすっぽ抜けた。縄の手すりに掴まっていなかったら、落ちていたかも知れない。ゆっくりゆっくりと慎重に進むしかない。
何とか吊り橋は渡り終えた。
今度はマス目事に足場がない通路だ。落ちないように跳び越えて進んでいく。足を滑らせたら一環の終わりだ。
何とか渡りきった。後は岩の足場を進むだけだ。そして、ようやく目の先に洞穴へと戻る道が見えてきた。
吊り橋や穴場に比べたら断然マシな場所だ。だが、足を滑らせたら行けないのでゆっくりと進む。
ガ行に濁点をさらに加えた悍ましい音。
「そりゃないだろ」と思わず言ってしまった。足場の岩場は全て崩落し、俺は空中に身を投げ出された。
空から落ちる感覚だ。風の抵抗感と確かに落ちていく重み。脳裏に浮かぶ「死」という一文字。
ここまで高ければ磁力で何とかできるというレベルじゃない。もう能力じゃどうしようもない程、落下していた。このまま死ぬんだ。大空の匂いがそう強く思わせていった。




