42.胃、弱るか……だしよ
「均衡を破壊する者は始末せよという風神様からの司令が出ている。」
今すぐにでも技を放つぞ、という姿勢。
それに対して臆する態度は取ることはなく淡々と、飄々と立っていた。
「本当か? それは本当に風神君の言ったことなのかな。」
「何が言いたい?」圧をかけられていく。
「風神君がそんなことを言うとは思えない。あいつは実力差を分かってるはず。だから、違うと思うんだよ。それ、ここの王が勝手に曲解したんじゃないか?」
それに対して誰もうんともすんとも言わなかった。
「僕はさ、風神君とは仲が良いんだよね」なんて言いながらボサッとした髪を掻いていた。
「だから、始末、つまり殺すという手段を取るなんて有り得ないって分かるんだ。君たちが束になっても足元にも及ばない強さだからさ。簡単に国も滅ぼせる程度の力だよ。勝機はないと思わなきゃおかしいんだよね。多分、交渉して穏便に帰らせるように伝えたんじゃないか? 王にさ。けど、王はそこまで知る由はないから、王がそんな国を、ひいては身分を脅かす彼らを強引に殺害すると曲解したんだと思うよ。」
リベルさえ黙りだった。
「君たちが聞いたのは風神君からじゃなくて、王からだよね?」その静けさの間の後で「図星かな。じゃあ、その可能性は捨てられない訳だ」と釘を刺してきた。
「お前は本当に均衡を破壊する者なのか。それともこれは全て君の妄想か。」
「はぁ、めんどくさ。そんなに疑う必要なくないか。考えたら分かるでしょ、一般市民がそんな情報持つ訳ないって。」
「しかし、我々の持つ情報だと既に"乗り物を召喚する男"と接触した。残り二人は女だと聞いている。その三人に当てはまらないではないか。」
その事については俺も気になっていた。
「まあ、そうか。僕は風神君と仲が良いから対象から外して貰っていたんだと思う。この国には五人……違ったか、四人と一体がいるんだ。その一体は既に封印済だし、内一人は知人関係のある僕のこと。残り三人は風神君とはあまり面識はないのにこの国に侵入してきた人達。せっかく作り上げた箱庭を破壊してしまうかも知れないからね。追放命令を出したんだよ。きっとさ。」
実は三人ではなく五つでしたパターンだった。そのパターンについては思いつかなかった。
「この助言は覚えておくといいよ。君達じゃ束になっても、ケントさんやメイサさん、コペルさんには手も足も出ないで死ぬだけさ。」
「それは……身に染みている。」リベルは淡々と放った。一度死んだ記憶がある。何故生き返ったかは分からないが、その記憶が確かなものとして理解を促していた。
それと、やはりメイサはバランスブレイカーで確定なのだろう。
「もし倒したければ海外から助っ人を呼ばなきゃ無理だね。ただ、呼ぼうと思えば呼べるのか……。この国には助っ人になれる人が外にはいたか。確か指折り屈指の実力者達の中に、風の国出身者が二人いたはず。その人達を呼び戻せば始末もできるかもよ。」
周りを見渡したら、誰もピンと来ていないらしい。王直兵歴の長いリベルでさえも分かっていない。
「あれ、知らないのか? 外の世界じゃ特段有名だよ。その人達、悪の権化として多くの人達から恐れられてるんだけどな。その内一人はリーダーとして悪のカリスマと呼ばれてるし。もしかしてこの国では目立っていなかった?」
やはり誰もピンときていないようだ。
「誰だ?」と直接質問された。
「ルシファーとアスタロト……だなぁ。彼らの悪行は外じゃ有名だよ。そのせいで物好きじゃないとこの国には行きたくないという人が溢れ返っている。ま、風神君が風の壁で鎖国してるから来れないんだけどね。」
そこでカシェルが食い気味に前へと出てきた。
「ねぇ、その二人は来てるの?」
「いや、来てないと思うよ。来てたら風の報せで伝えてくれるだろうし。」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろしていたが、俺の顔を見てすぐに表情を変えていた。「ホッとしちゃダメだった。せっかく仲間と一緒に向き合うって決めたのにね」と一人、自分に言い聞かせていた。
ルシファーは確か天使族の村を滅ぼしたと噂される人だったはずだ。つまり、その人と向き合うことがカシェルの心の問題ということなのだろうか。
「さて、話がだいぶズレたね。話を戻そうか。僕を王都に入れてはくれないか?」
「ダメに決まっているだろう。ここまでの会話のどこに入都許可できる箇所があったのだ?」
「はー、やっぱり駄目かぁ。」
「そもそも、王都に宛てがなかろうに。何をしに行くのだ?」
「いやぁ、一応、宛はあるんだよね。アトラさんとかカシェルさんとかメリディアナさんとかを宛にして来てるんだけど――。」
その一言のせいで、視線が俺らの元へと集まった。突然の視線に動揺を隠せない。いや、俺、お前のこと一切知らないんだが。
じっと見られる。耐え難い空間になってしまった。それに耐えきれず「俺、お前のこと知らないんだが」と言い放ってしまった。本当は知っている人だったらどうしよう。
それを見て「もしかして、君が……アトラさん?」と訊ねられ、恐る恐る頷く。彼は「初めまして」と言った。つまり、知人ではなかったということだ。少し胸を撫で下ろした。
「実は、ケント君に君たちの所を勧められていてね。どうかな。僕を君たちの仲間にしてはくれないか?」
突然の仲間になりたい目。しかし、俺はこの人の事を何一つ知らなかった。名前すらも知らない。そんな知らない「分からない人を簡単に仲間になんか受け入れられないよ」と思う。
「それもそうだな」と彼は納得していた。
そんな彼が「ところで、みんなは今から何をしに行くんだい?」と聞いてきた。それに対して「魔王退治」と答えられる。
「なるほど。では、僕もその魔王退治とやらにご一緒できないかな。そうしたら、僕のことを理解して終わった頃には仲間にするかどうか判断できるようになると思うしね。」
思わぬ提案に反発の意を示す表情が周りで浮かべられている。
「危険だ。一般の者を危険な場所には同行させられない。」
「話の文脈から判断できないの? 僕は強いよ。自分で言うのが憚られるけどさ、この国は疎か、世界、いや地球での"最強"と呼ばれているんだけどな。」
その発言に疑問と懸念は残るものも結局「好きにしろ」と同行を許可することになっていた。
改めて彼が討伐隊に加わった。
「自己紹介がまだだね。僕はベテルギウス。長いからベイとでも呼んでくれ。」
スーツを着ているせいでどこかピシッとした雰囲気もありつつ、ゆるっとしたパーマのせいだろうか、彼から出るオーラのせいかアンニュイな雰囲気が出されていた。
「果てしなく長いこと生きてるからさ、色々なあだ名が付けられているんだよね、僕。最強、壱月、独狼、千の騎士、月狼、満月鬼、他にもあるけど、聞いたことはない?」と訊ねては明らかな間が空いて「そうか……忘れてくれ」と話を括った。
「果てしなく長くって、どれ程生きてるんだしよ?」と国兵から疑問が出た。
彼はうんと考えてから「何年生きてるんだろうね。そんなこと考えてたらお腹が痛くなってきたよ」と言い出した。それを聞いて呆れた彼は「そんな、何年生きたか考えただけで胃、弱るか?……だしよ」と吐いていた。「ひとまず見た目は22歳ぐらいだ」と締めくくられていた。
ひとまず魔王討伐隊は南下していき、目撃情報を元にした魔王出現地へと向かっていった。
◆
疾風村。そこは風車が一際目立つ緩やかな雰囲気が流れる優しい村。そこに住まう人々はのんびりと日常を過ごしている。その中でも村の端にある教会が一際目立っていた。
「あらぁ。リベルちゃんじゃない? 逞しくなっちゃって。何年ぶりかしら?」
「お久しぶりです。ギルドでの仕事で来たのが五年程前なので。それぐらいではないか、と。それにしても、変わりましたね、町並みも。」
「リベルちゃんは知らないもんねぇ。教会ができたのよ数年か前に。」
ここはリベルの故郷だったようだ。
そして、ここが魔王出現目撃地に一番近くにある村であった。
ここまで来るのに日は落ちていく時間になってしまっていた。一晩はここで過ごしていこう。そういう話になり、俺らは幾つかの班に分かれ、それぞれの村人の家を民宿という形で家の隅を貸してくれることになった。
俺とカシェルとルマクは村のおばさんの家に泊まった。有難いことに料理まで振る舞ってくれるという。
半ハンバーグが五つ出された。普通のサイズの半分程で食べやすさがある。それをカシェルは一つ。他二つで分けた。「ごめんなさいね。本当は六つ作ったはずなんだけどねぇ」と謝られたので、いえいえと言葉で上書きした。
夜ご飯を平らげた。感謝に尽きる。
「俺はタリタと共に夜間見回りをする」とルマクが出ていった。彼は数日寝なくても生きていける機械の体であり、光なき夜だとしても目野が利く。まさに夜に行動できる人材として打って付けの人材だった。
ひとまず寝床に入り明日のためにしっかりと体を休めよう。
布団に包まり、夢の中へと入るために目を瞑った。瞼に隠された暗闇の中で、何やら音がする。寝付きが悪くじっとしていても寝られないせいか体がそれに反応して体を起こした。
ゆっくりと異変に向かって進む。
「あれ起こしちゃった?」とコソコソと話したのはカシェルだった。音の正体は彼女が犯人だったみたいだ。
そんな彼女は「誰か盗人がいる」と言って、ゆっくりと家を歩いていった。それについて行く。
暗闇の中で、さらに真っ黒に蠢く何かが天井に張り付いている。家主を起こさぬようにその何かが外に出され、そのまま俺らも家から出る。
羽から下ろされたその正体は小さな男の子だった。大人のコートを着てるせいでコートはブカブカで下半分は床に引きつっている。
「ねぇ、盗もうとしたでしょ。」
「だって、欲しかったんだもん!」
「それでも盗むのはダメ! 欲しいものは自力で手に入れるのよ。分かった?」
「はぁい。」
見た目からして素直そうな子だった。また、見た目で見ると元気っぽい活発な男の子にも見えた。
「お家はどこ?」彼女の優しさが溢れ出ていた。家まで送ってあげるつもりだろう。
「家はない」と言うその子に「じゃあ、どこに住んでるの?」と聞いていた。その子は躊躇いなく「くさ」と答えた。ただ、そこに加えて、教会の方を指さして「たまにあそこにもいく」と言っていた。
彼女はその子の手を取って教会へと歩いていった。俺も一緒について行く。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。名前なんて言うの。僕はアルタイルって言うんだ!」
それに対して至極当然のように「カシェルだよ」「アトラだ」と返して上げた。そんな彼は「優しいね」と呟いていたのが聞こえた。
また、「何歳?」という問いに元気よく「七歳」と答えられた。そこまでしか話をしていないが、もう教会に辿り着いてしまった。
夜遅くだが教会の扉をノックする。そこからは簡易的な服装をした男が現れた。少し小肥りな体型。「こんな夜遅くに誰かい?」と顔を覗かせる。
そんな彼がアルタイルに気付いた。それで何かを察したようだ。そんな彼に「ハゲおじさん」と悪気なく放たれていた。髪の毛については頭頂部から前方にかけては昼間だったら反射しているだろうと思う。そんな彼は「ラスアルおじさんと呼びなさい」と優しく声をかけていた。
そんな彼はその子を引き取って扉を閉じた。ガシャンと扉の鍵が閉まる音がした。
俺達二人で夜道を歩く。
星々が綺麗で、何よりも月が特段に綺麗な満月の夜空だった。
そこに一人の男が行く先に立っていた。
ベテルギウス――通名、ベイだった。田舎の静寂の中。彼は月光に照らされている。
「今宵は満月。素晴らしい夜だね。」
そんな淡い言葉を吐き散らしていた。
「どうしてここに?」
「君たちの仲間に入ろうと思っているんだ。少し油を売りに来ただけさ。与太話でもしようじゃないか。」
ふと、彼のいる場所のさらに奥に魔物がいるように見えた。暗闇のせいで確証を得られない。
「僕は君が来訪者ということを知っている。その上で、君の仲間になりたいと思うんだ。ケント君が太鼓判を押したチームだから、気になるのさ。ただ、それだけじゃない。君は僕の目的を叶えてくれる可能性を持つ人材だと、僕の直感が言っているんだ。」
この男は俺が雷の国出身者ということを知っているみたいだ。雷の力を振り絞って戦ったケントならば俺が雷の国出身だということは分かるだろう。つまり、ケントは生きていて、そんな彼から聞いたのだろうと推測された。
「僕にとって"死とは救済"なんだ。」
少しずつだが奥の影はゆっくりとゆっくりと近づいてきているような気がした。シルエットが濃くなっていく度に魔物っぽさが強くなっている。
「僕はね、最高の死を望んでいるのさ。それ故に、君は僕のこの目的を叶えてくれると思うんだよ。」
満月の月明かりが彼の姿を怪しく照らしていた。




