41.望む正解は泥舟の先に
ドンと音を鳴らしてテーブルに置かれた豪勢なオードブル。美味しそうな食べ物をトングで取っては手に持っている皿に乗っけた。
皿の上に乗る煌びやかな食材。細く着られたみずみずしく艶やくキャベツの千切り。そして、爽やかなレタスやカラフルに染める人参や大根などの野菜。そこに炙りベーコンやチーズ、クルトン、オニオンガーリック、梅干しを乗せて頂く。ミートボールは噛むと肉汁がどわっと出てくる。オムレツは舌の上でふわふわと跳ねていくようだ。
「あんた達は命をかけて頑張ったんだ。それに比べりゃ、容易いってもんだよ。」グリーゼはドンと構えてそう言った。
疲れた体に染み渡る。特性のソースがかかったハンバーグが口の中で踊っていく。
「あたしは戦えないんだから、せめて美味しい料理を振舞って、疲れを癒していけたらって思うんだ。」
充分、癒されています。感謝がつきない。
食べ終わった皿はそこにあるキッチンで手洗い。全てグリーゼが引き受けた。
「これぐらい任せな」と頼もしい一声。
あっという間に皿が綺麗になった。それらがデリバリー用のカゴへと詰められていく。
玄関のベルが鳴る。
カシェルが見に行き、戻ってくるとアンタレスを連れてきた。
「アンタ、なんか用かい?」
「母ちゃん? なんでいるんだよ」と驚きを隠せない様子だった。
気を取り直した彼は口を開く。「まあいいや。今回の魔物の襲来で、魔王の大まかな位置が掴めた。まっ、あんなデカイ怪物が襲ってきたんだ。出現地を特定しやすかっただろうな。」
それもそうだな、と頷く。城程の大きさの巨躯がゴリラ型一体、鳥型一体、猿型五体と計七体が道を歩けば気づかないなんてことはない。
「で、王様が討伐任務の件で王直兵を呼び出した。行くぞ!」
彼に着いていき、王の間へと向かった。
◆
「例の魔物は南に位置する疾風村の付近で見つかったと言う。これより疾風村付近を捜索し、魔王を見つけ次第始末せよ。」
計十人、俺らは頭を垂れていた。
「カストル・ライ、セルバン、メリディアナの三名は非常事態に備えて王宮にて待機せよ。残りの王直兵においてはリベルを筆頭にして任務に当たれ。」
その言葉をしっかりと胃の中まで飲み込んだ。
ひとまずメリディアナが王都に残ることになったのでメイサについては問題ないだろう。不安点が解消されていた。
俺らは王の間を出て、集団で廊下を歩いていく。
「びっくりです。こんなにも王直兵が派遣されるなんて。」
腕を組んで後頭部に当てているアンタレスは「そうか?」に続いて「ああ、そうか」と繋げた。
「お前ら知らないもんな。去年のこと。リベルさんやイクリールさん、レグルスさんと一緒に魔王退治が行われたんだぜ。魔王との戦いは三日三晩続いたけど、すぐ逃げては魔物を作り出す魔王に決め手がなくて、結局痛み分けでお互い撤退することになっちまった。今度は、その時と比べもんにならねぇほどヤバイ魔物を作り出してきたんだぜ。そりゃ、大勢派遣すんだろ。」
その言葉の重みを増させるかのようにリベルが「ああ、苦戦だったな」と加えてきた。それが魔王の厄介さと強さが窺える。
ふとイクリールが立ち止まり「カシェル……いいか」と響かせる。それにカシェルが立ち止まり、他のみんなの動きも止まった。
場の空気を読んで二人の間に空間を設けるように少し離れる。視線が彼に集まった。
「さっきからずっと考えてたんだが、カシェル、お前ぇじゃこの任務は無理だ。任務から降りろ。」彼はポケットに手を突っ込みながら言っていた。
加えて「王様には俺様も一緒に頭を下げてやるか――」まで言った時に言葉を遮られる。「どうして? ウチ、目一杯頑張るから。」
何故だかため息が放たれていた。
「そういうこったねぇんだよ。強いかどうか関係ねぇからな。そんな基準でいっちまったらアンタレスの雑魚なんかより余程強ぇよ。」
その言葉を聞いて近くから「おい。待て。今、自然な流れで俺様に流れ弾が当たらなかったか?」と突っ込まれたが、この場の空気に掻き消されていた。
「俺様が言いてぇのは、てめぇは弱き者を躊躇いなく殺せっかどうかなんだよ。」
「弱き……もん?」
「ああ。ワイが思うに、お前……女や子ども、小動物なんかの弱い奴は、例え悪だとしても罰せられねぇような甘ったるい人間に見えんだよ。俺には分かる。」
横から「なるほどな。そういうことか」と声が上がる。
「殺すのが可哀想……。殺すのが躊躇われる。それでも任務のために殺すことが出来るのかどうかを聞いているのだよ。彼は、ね。」
リベルの補足。
彼女の言葉と動きが止まった。
目の前にいる彼は頭を掻きながら「やっぱお前ぇには無理だよなぁ」と言う。それに対して「少し考えさせて」と返されていた。
無言のまま廊下を進み、無言のまま解散した。
彼女の様子は今までとは違う複雑な表情を浮かべていた。
◆
暗い面立ちで空を眺めている姿。
虚しさを漂わせる静けさ。いつもとは違う様子にみんなその雰囲気に合わせていた。ただ、重みはなかった。
今朝までは賑やかだった居間も、今は静けさが漂う。
ようやく彼女が口を開いた。
「カシェルはね、ずっと逃げてきたんだ。向き合うのが怖くて……。ずっと目を逸らしてたの。」
そんなゆっくりと流れる言葉に傾聴していった。
「殺すのが躊躇われる存在を殺さなきゃいけない。それを聞いた時、ウチの故郷が滅んだ時の事を思い浮かべてたの。許されないことをしたあの子に向き合う勇気がなくて、ずっと目を逸らしてた。多分、このままだとずっと逃げ続けることになる気がする。王直兵として、辛い過去をばさっと切り捨ててさ、みんなと行きたいのに、やっぱり怖いんだ。どうすればいいんだろう……。」
天使族の村の滅亡。それがどれ程の心への影響を与えるか。俺も故郷の滅亡を受けた人間であるが故に痛い程分かる。祖国の先輩達に拾われ、共に育てられて行かなければ、今の俺はきっといない。ずっと心に病みを抱えて前に進めなかっただろう。だからこそ、痛感してしまうのだ。
「自分を信じて選べばいいと思う。後悔しない選択肢を選べばいいんだ。」それは先輩からの言葉を意訳した言葉だった。
「それができたら悩んでないのよ。自分のことだからよく分かる。例えば二つの選択肢があったとして、本当に選びたい道は、真っ暗で、推し戻そうとしてきて、進めば進むほどに戻りたくなる道なの。」
二つの道の一つはとても険しい道なのだろう。もしやすると泥舟かも知れない。
「後悔すると分かっていても、結局、その道は選べなくて。向き合うのが……怖いんだ。けど、頭では進まないと、とは思ってる。」
不安が溢れ出している。
「どうすればいいんだろう――。」
少しだけ瞳から零れていた。
心の中に抱える病みが闇となって、むやみやたらと心を推し潰そうとしてくるのだろう。
「俺はカシェルの抱える気持ちについてを知ることはできない。だって、人間なんだから他人の気持ちなんて読めないんだ。受け取り方なんて人それぞれ違うし、そもそも人によって心の強さだってまちまちで違うんだ。俺はルマクと話していてそう思ったんだ。」
チラッとルマクを見た。彼は頭を傾けていた。彼との会話が一瞬だけ思い返される。故郷の件の話だったが、彼は意外にも心のダメージを受けていないようなことを言っていた。その会話がひたすらに俺の脳裏を駆け回っていた。
「分かろうとすることはできても、本当の背景や気持ちなんて分かるはずがないんだと思う。だから、こうしろああしろなんて無責任なことは言えないし、気持ち分かるよ、なんて勝手な憶測での同調もできない。」
俺は彼女の近くへと歩いた。そして、手を差し伸べる。
「無責任に助けるなんて言うこともできはしないけどさ、困ってたらできる範囲で手は差しのべるし、逆に俺らがピンチの時は手を差し伸べてくれよ。仲間なんだから、一緒に寄り添い合って進めばいいんだ。仲間と一緒に、共に進もうぜ!」
彼女が俺の手を握り、その場に立った。
「ありがとう。辛い道でもみんながいるもんね。進むよ。逃げてた自分にさよならする!」
彼女は決心したようだ。過去としっかりと向き合うという強い意思を瞳に宿していた。そして、そんな強い気持ちは割り切った心を宿していた。
◆
「来たんか。しっかりと殺す対象は誰であっても殺せるんだろうなぁ?」
「任せて。もう何があっても逃げないから。非情な選択だとしても、辛い選択肢だとしても、仲間がいるから、きっと大丈夫。」
「ま、有言実行してくれや。」
ボロボロの街を抜け、門の先に集まった討伐隊。七人の王直兵に、従者であるイクリールやルマクも参加。さらに、国兵が六名。計十五名が討伐しに行く。
「よろしくだしよ!」と国兵もやる気満タンのようだ。
ふとレグルスの方を見た。彼のリュックだけ異様に大きい気がする。彼がリュックから何かを取り出した。チョコレートだ。それを見て「もしやそのリュックの中身は……」と言われたの対して「お菓子を詰め込んだらパンパンになっちゃったんすよ」と何気なく答えていた。甘いものを美味しそうに食べられていく。「どうせ長丁場なんだし、食べてなきゃやってられないんすよねぇ~」と一人言い放っていた。
何やら門の近くが騒がしい感じがする。
門兵が「駄目だ!」と強く槍で行く手を塞いでいた。その圧に押し負けた男が踵を返きていた。そんな男が俺らの集団を見つけると近づいてきた。
白いワイシャツに黒いクロックス。つまり、スーツである。シンプルな服装だが、唯一腰についた月の模型のキーホルダーをつけたチェーンが目立っていた。パーマかかった片目隠れのまあまあ身長のある男だった。しかし、雷の国ならまだしも、風の国でスーツは相当珍しい。
「そこにいるのはもしかして王直兵かな?」
それに対して「そうだが」と答えられていた。
「それは良かった。実は、王都に入ろうと思ってるけど入れてくれなくて。最近壁が壊れたと聞いて、もしかしたら入れるかなと淡い気持ちで来たけど、やっぱり駄目だったみたいで。王直兵特権でどうにかして入れさせてくれはしないです?」
一瞬、この人の知り合いかどうか全員で顔を見合ったが、全員が頭を横に掲げた。
「駄目だ。怪しい者を入れる訳にはいかない。そもそも君はどこから来た?」
「国外から。そのせいで居場所がなくて。村に少しだけお世話になったけど、穀潰しだと言われて追い出されてしまって。王都ならもしかしたら宛てがあるかもって思うので。」
そこでみんなで顔を見合ってから、身を構えた。
「てめぇ、何もんなんだ。あ?」
彼は何の躊躇いもなく「皆さんの国では"均衡を破壊する者"って呼ばれてるらしいね、僕。」
それを聞いた瞬間に、俺たちは戦う準備をした。
ただ、乗り物の男をケント、炎の女をメイサと仮定するのならば、残りは草の女となる。しかし、どう見ても彼は男にしか見えなかった。一体全体どういうことだろうか――。




