34.太古より受け継がれし詩
北にあるから北を示す方角にある道を真っ直ぐ進めば良い。そんな考えはとても浅はかである。
進んだ先が行き止まりならまだマシ。徐々にカーブしていき、方向が違う道へと進み、いつの間にか同じ場所へと戻っていることを何回か起こしていた。つまり、俺らは浅はかであった。
洞窟の中、壁に伝う蔦が見える。先に進むに連れて緑豊かな洞窟になっていく。さらに進むと日差しが見えてきた。
外だ。コンパスは北を向いているが、どう見ても聳え立つ山が見える。道は右に逸れ、さらに右に逸れて南は行けと言わんがばかりに伸びている。
まさか洞窟内だけではなく、外にも俺らを騙す道があったとは……。下見に少しだけ進むが、どう考えても違う道だろう。
グシャッみたいな何かを潰す音。俺は何かを踏み潰したみたいだ。右足から突然緑の蔦がワサワサと現れ伸び始める。思わず尻もちを着いてしまった。さらに最悪なことに、その時に小石を手で押えてほんの小さな擦り傷を作ってしまった。
お手玉が出来そうなまん丸の黄色い種がある。何かの花の種子だろうか。それを取ってお手玉にして気を紛らわそうとした瞬間、その種は、中から蔦が現れては俺の腕を縛り付けていく。
カシェルがそれを外そうとしてくれたが、お手玉にしようとしていた二つ目、三つ目の種から蔦が現れ、彼女の下半身をこれでもかという程、縛りつけて動けなくしていた。
「何これすっごい恥ずかしいんだけど。これ、他の人に見られたら恥ずかしくて死んじゃうかも」なんて不謹慎な事が言われている傍から誰かがやって来た。
「何をしているんだ?」と緑色のニット帽を被った同い年ぐらいの女子だ。
言葉を失っている人に変わって「突然、蔦が絡まって動けなくなったんだ」ととても簡単な経緯を伝えた。
「そういう事か」と言って、彼女は踵を返して行ってしまった。
虚しく縛られて動けないでいる。
「嘘でしょ。すんなりと見捨てられちゃったよ!」と驚かれている。
まあ、驚くのも無理は無い。
蔦と悪戦苦闘していると、再び彼女がやって来た。その手には桶を持っている。
液体をかけられた。
液体に触れた蔦が萎縮していき消えていく。あっという間に拘束は消えた。
「青の種子は血液を認識すると自らの蔦で巻きついて離さないんだ。灰色の種子を砕いて水に溶かした液体をかければすぐに消える。」
だから俺は擦り傷ができた右手を、カシェルは川に落ちた時にできた傷のある下半身を狙われていたのか。
「しかし、見ない顔だな。旅人か?」
「実はね、風の塔に行きたいんだ。」
「あそこか……。あそこに行きたいのか、珍しい。」
「もし良かったら道案内してくれる?」
「つい先程まで会った人達にどうして道案内までしないといけないのか。気が進まないね。」
ぶっきらぼうな言い方。無愛想な言葉が宙を跳ねる。
「出会いは一期一会だよっ。この出会いを大切にしようよ。因みにウチはカシェルって言うの。こちらは……」「アトラだ。王直兵をやってる。」
それを聞いた彼女は驚いて「王直兵?」と反芻していた。
「そうか。僕は近くの村に住むアンカー。アンタら濡れてるし、ウチに来ない? お風呂でも入りなよ」とぶっきらぼうな言い方ながらも、先程とは違う食いつきがあった。
アンカーを先頭に村へと寄り道するための道を進む。
そこに人間以上の大きさのモグラが現れた。いや、モグラの魔物が現れた。
魔物退治は王直兵の出番だな。俺は身構えたが、それより先にアンカーが動いた。
《黄色の種子》
魔物の下から草が大量に生えてきた。それが魔物を上へと押し上げる。
《紫色の種子》
近くの木から突然現れては魔物を狙って進む茨。それが四つ。それぞれが魔物の動きを封じた。
《赤色の種子》
魔物の眼前で爆発が起きた。ただ、まだ魔物は生きている。
「倒しきれないなら、倒すまで爆発させてやる。」
《赤色の種子》何度も爆発が起きた。
ようやくモグラの魔物は爆散して消えた。
「凄ーい。やるじゃん!」
草を操る能力……。ふと頭の中で過ぎる記憶。バランスブレイカーの三人は乗り物の男と炎の女、そして草の女。まさかな、と思いながら同行していく。
こじんまりとした村だった。因習村と同規模の大きさだと思われる。
「昔はもっと大きかったって。病気が蔓延して、多くの村人が死んだ。僕のおっとうとおっかあもそれで亡くなった。」
趣ある静けさは、悲しき過去の上で成り立っていたみたいだ。森のざわめきを体で感じ取る。
ひとまず荷物を置いて、お湯へと向かう。男湯はドラム缶風呂で質素な物だったが、疲れた体を癒すのは持ってこいだ。数日入れていないためか余計に気持ち良く感じた。
ゆっくりとこの時間を噛み締めていく。
のぼせる前に出た。着替えて、アンカーの家へと戻る。俺たちが置いた荷物の上に彼女がいた。なぜか天井にくっついている。
どんな状況だ?
そこに湯上り直後のカシェルも戻ってきた。
「どんな荷物泥棒かと思いきや、まさかあなただったとはね。」
すぐに天井から床へと降ろされていく。つまり、羽で浮かせられていたのだろう。
「これはやっていいこと? 悪いこと?」
「……。」
「ダメなことだよ。メッだよ。」
慣れた手際で彼女を叱っていく。まるで子どもを叱る親みたいだ。
「どうしてこんなことをやったのかだけ教えて。理由があるんでしょ。」
無言を貫こうとしている。
だが、目を逸らそうとしている彼女とカシェルとの睨めっこの末に「金が欲しかったから」と呟いていた。
「全く。お金ぐらい働いて稼ぎなさい! 二度としちゃダメだからね。」
まったくもう、みたいな態度。それに対して、受け身だった彼女だが、この時だけは違った。
「何も知らない癖に。」
「ひょえ?」と首を傾げる。
「働いてもお金なんてはした金しか稼げない。金が必要なんだ。薬は高いんだよ……。」その拳はなぜか震えていた。
そこに一人の老婆がふらりとやって来た。
「お、おお。イオタかい。帰ってきたら一言いいんしゃい。今、イっちゃんの好きなタルタルソースかけチーズハンバーグ乗せ卵納豆ワカメご飯作るから待っときんしゃい。」
何なんだ、その呪文みたいな料理は……。
「その人はおっとうじゃないよ。」
その声はその人には届かなかった。
その流れに乗せられるまま、俺らはタルタルソースかけチーズハンバーグ乗せ卵納豆ワカメご飯を頂いた。見た感じ、美味しそうとは思えなかったが、口の中に入れると意外と美味しかった。
その人は上機嫌の表情で「そうさ、嬉しいのさ、生きる喜び」と口ずさみ始めた。そのフレーズだけが何度も繰り返されていく。
「また、その歌……。」彼女は呆れている。
しかし、その歌を俺はどこかで聞いたことがあった気がした。そうだ、雷の国に伝わっている歌である『ベーの歌』だ。だが、ここは風の国であるため、きっと聞き間違いだと思った。多分、気の所為だ。
場所を変えることにした。帰り際「また来んしゃい」と笑顔で手を振られた。思わず俺も手を振り返す。
アンカー曰く、その人はアンカーのお婆さんテーミンだと言う。テーミンとアンカーで二人暮らししている。
「おばあはどんどん記憶が無くなってきたんだ。最近じゃ、僕の事も分からなくなってしまったんだ。このままじゃ痴暴症になっちまう。泣け無しの金で手に入れた薬で何とかほんの少しだけ進行を緩めてもまだ足りないんだ。お金がもっともっと必要なんだ。」
目が潤い初めているのが見えた。
「だけど、ありがとな。おばあがあんなに喜んでる所、久々に見たもんな……。」
瞳から水滴が流れ続けて止まらなくなっている。心のダムが決壊したようだ。戻すのに時間がかかりそうだった。
泣きの時間が終わった。
彼女は「あんたら王直兵って言ってたな。洞窟の中、案内してもいいぜ」と気前よく先頭に立ってくれた。
彼女の顔は緩やかに笑っていた。
神秘的な洞窟の中を探索していく。
宝石が散りばめられた洞窟内は七色の光に包まれた暗闇だ。
分かれ道を迷うことなく進んでいく。
進んだ先は行き止まりだった。
「嘘でしょ。まさかの迷子?」
その声は聞こえていないようだ。
「ねぇ、あんたら王直兵なんだろ。『太古より受け継がれし詩』を知ってるよな?」
俺はその詩を知らなかった。ゆっくりと横を見ていく。全く知らなそうな顔だ。「何なんだ、その『太古より受け継がれし詩』って。」
彼女は「知らないのか」と聞くと「ううん。知らないよ」と返されていた。
彼女は少し遠ざかっていくように歩んでいく。
「そこにあるのは魔法の扉。その扉を開くためには、扉の前で『太古より受け継がれし詩』を歌わなければならない。その詩がその扉を開ける鍵なんだ。」
ベルトにつけられたケースから赤色の種子が取り出されていた。それを軽く握っているのが分かる。
「その先にあるのは宝だ。村の伝承で、その先に宝があることは知っている。昔はその宝の部屋に、伝承者がさらに宝を置いていったらしい。だが、今となってやその入り方を知る者はいねぇ。知っていた村人は病気で亡くなった。今やその伝承だけが噂として存在しているだけだ。」
よく見ると、扉のように真ん中が真っ直ぐの線が入っていた。だが、隙間なく閉じられたそれを無理やり開けるのは無理だろうと思われる。
「国を代表する王直兵なら知ってんじゃないかって期待したが、知らないのなら、身ぐるみを剥がすだけだ。」
徐々に本性が顕になっていく。
「僕は盗賊団の一員なんだ。盗賊らしく金になるもん全て奪ってやる。」
赤色の種子が投げられていった。空中で爆散していく。
「ねぇ、アトラ君。切り傷程度のダメージって与えられる?」
思わぬ要求が来た。正直、切り傷程度の攻撃では倒すことは出来ないし、そもそも切り傷程度の攻撃をするのが難しいが「やってみよう」と思う。
ニードルを一つ目の前にして構える。
狙うはお腹ぎりぎり当たるか当たらないかの所。そこに向けて、ロックオンする。
赤色の種子による爆散で、破裂後に飛び散る小さな種子が狙いを邪魔していく。
「冷静に……。」
冷静に、とと聞かせて……。
ニードルショット。俺はニードルを放った。それは空を切って彼女の横腹を切った。
「ナイスショット! じゃあ、この青色の種子はお返しするね!」
空中に浮いていた種子が彼女に向かって進んだ。体に触れると否や横腹を中心に蔦がまとわりつき、彼女を拘束した。
彼女は"風で種子を操る能力"だろう。でなければ、このように自身の技で自滅することはない。それ即ち、彼女はバランスブレイカーではないことを示していた。
「くそっ」とその言葉を何度も何度も繰り返されていた。
どこか惨めな気持ちで見下ろした。
そこに紙で折られた矢印がやって来た。カシェルの仕業ということがすぐに分かる。しかし、何のためにそんな物を浮かせているのだろうか。
そこにテーミンがやってくる。その矢印はその人を呼ぶために飛ばされていたのだった。
「おばあ、ごめん。今月の薬買えそうにないや。」
そんな悲痛な叫びなど聞こえなかったかのように彼女を過ぎ去っていった。良いか悪いか、彼女が惨めに感じられていく。
お婆さんは俺らをも通り過ぎて岩の扉の前へと行き「懐かしいねぇ」と言った。もしかしたらこの人は、この伝承について何か知っているのかも知れない。
扉の前で詩を歌う。
「そうさ、嬉しいのさ、生きる喜び。」岩の奥から何か音がし始めた。
何かが起きそうだ。
再び同じフレーズを繰り返していく。期待できる音がしなくなった。
とても惜しい。
地面に縛られているジタバタする姿がみっともない。その姿に憐れみを感じられる。
「そうさ、嬉しいのさ、生きる喜び」とエンドレスで繰り返されるだけで何も起こらない。またもや虚しく憐れな状況だ。
多分、違うだろうと思いながらも、雷の国に伝わる『ベーの詩』を繋げて見ることにした。
「そうさ、嬉しいのさ、生きる喜び」「例え、胸の傷が傷んでも。」
地べたから「あんな笑顔を見た事がなかった」と聞こえた。
何かを思い出したかのように、テーミンは口を動かしていく。それに合わせて岩が連動するように阿吽の呼吸で合わせるように音を鳴らしていく。
「そうさ、嬉しいのさ、生きる喜び、例え、胸の内が苦しんでも。」
彼女の歌う詩は、俺の知っている『ベーの詩』とは歌詞が違っていた。だが、メロディラインは似ている感じがした。
「『何のために産まれて』『何をして生きるのか』分からないまま終わる。そんなのは嫌だ。」
子どもの頃の記憶が蘇る。俺は両親に『ベーの詩』をよく歌って貰っていたな、と思い出が込み上げてくる。
「忘れないで、夢を。恐れないで、涙。だから、今日も行くんだ、どこまでも。」
歌詞は違っても、心に響くものがある。気を緩めてしまえば、涙腺が緩んでしまいそうだ。
「そうさ、離さないで、みんなの為に。愛と勇気だけが面舵さ。」
もはやテーミンは詩の波に乗っかっていた。もはや、何も考えていないのではないかと思うぐらい、無我夢中に歌っているのが見える。
「あーあー、らーらーらーあー、優しい君は。行け、みんなの笑顔を守るため。」
岩がそれに共鳴してほんの少しずつ開き始める。
アンカーがみっともなくもがいている。
それを見て「灰色の種子はあるの?」と情けが掛けられていた。羽で川から水を汲み、その水と灰色の種子が混ぜられて、アンカーにパシャリとかけていく。もう彼女は自由の身だ。
そうこうしている内に、岩の扉が全開した。
その先へと進んでいく。
宝という宝は一つも見当たらない。相変わらず七色に光る宝石が埋め込まれている洞窟内。その中に絵が描かれたパレットが幾つも置かれているだけだ。中には落書きみたいな絵も多い。そして、絵には一つ共通点があった。
一番真ん中に目立つように置かれた絵。それこそ落書きと言うに相応しい。顔がついたアンパンはマントを羽織った体がある。それがデカデカと描かれていた。
他の絵はそのアンパンとその横に何人かの人が描かれていた。アンパンについては非リアリティなのに、人はどこか実現している人みたいな感じがする。
「ねぇ、ここに説明書きがあるよ。」
近くの石版に文字が掘られていた。この絵について説明したものだろうか。読み上げていく。
「これは"千の騎士"が描いた勇者。バイ菌を倒し、困ってる者を助ける。この勇者は皆の笑顔を守る者である。」
次の段落だ。文字の書き方が違うので、違う人が書いたのだろうか。
「この勇者と大切な人を絵に記し、描かれた人がいつまでも笑顔でいられることを願うため、この場に保存することにした。この文は我が伝統を踏襲していくことを約束するためのものである。」
近くで膝から崩れ落ちていた人がいた。
「宝なんてないじゃんかよ。僕の今までの苦労は何だったんだよ。こんなんじゃ、金が足りないじゃんか。」
怒りの混じった拳で硬い地面が叩かれていた。
「宝ばっかりじゃないか」と俺は呟いた。
ここを見た時は宝なんてある訳ないと思った。けど、そこにあった石版を見て、宝だったのだと認識した。
今度は涙ぐんだ老人の声が聞こえた。
テーミンはある絵画を眺めては、手で縁に触れた。そして、泣いていた。
「イオタ……あたしの可愛い赤ちゃん。それと、可愛い可愛いアンカーちゃん。」
彼女の眺める先の絵には、真ん中に描かれたアンパンのヒーローと、その横に描かれたアンカーを示す赤ちゃんやその父や母、そしてテーミンを示す人などが描かれていた。
「いつまで経っても、あたしの大切な家族しゃい。」
その光景を目にした瞬間、彼女の怒りは消え失せて、代わりの涙が落ちていた。
「な、あるだろ。こんなにも沢山『宝』がさ。」
先程まではただの暗闇の中にある絵画が置かれた場所でしかなかったのに、どうしてだろうか、今や煌めくような場所にさえ見えている。
「ははは、何だよ。アンパンが勇者って。ははっ、アンパンに顔があるなんて……何なんだよ。ほんと。」
涙が優しく絶え間なく。
拳でそれを拭う姿。
瞳は悲しみの雨を降らせていなかった。それはまるで温かな春の雨のような。そんな風に俺は感じた。
チラリと見せる笑顔からは涙が零れ落ちていくのが見えた。
「……元気に育ちんしゃい。アンカーちゃん。」




