32.少女レイ
「君には要はない。そこにいる女を引き渡してはくれぬか。手荒な真似はしたくはない。」
少しだけ右腕が動いていた。すぐにでも重力をかけられるようにしているのだろう。
「それは無理なお願いだっ。タリタ君達に返せば、君達はメイサを殺すんだろう?」
「カシェル達は殺さないから――。」
「君達二人に返してしまったら……駄目なんだよ。同じ轍は踏めないからな。」
結局、彼は潔く返す気は無さそうだった。
「取り返したければ、力づくで取り返しに来い。そもそも、訳あって、君達全員には一度死んで貰わないといけないからな。」
刀が握られ、手刀を放つ構えになり、右手が挙げられた。三人はやる気のようだ。
「そうそう。俺ちゃん、君達の言う均衡を破壊する者の一人だぜ。」
そう言えば、グリーゼが教えてくれたバランスブレイカーの三人は『草を操る女』と『炎を操る女』、そして『乗り物を召喚する男』だったことを思い出した。もし彼もその内の一人ならば乗り物でも召喚するのだろうか。
《風の重力》
飛びっきりの重さがかかっているにも関わらず、平気そうに立っている。
《風剣・居合》
抜刀。そこから放たれる居合とその先を巻き込む斬撃。しかし、彼はケントではなく真横に向かって斬り伏せた。
そこに走り衝突しようとしてきた車を縦に真っ二つに斬り裂いた。縦半分になった車がセルバンを避けて通り過ぎていった。
「流石だなっ。車を真っ二つにできるのはとても凄いことだぞっ!」
タリタが高く跳んで、手刀を放つ準備をしている。
空中に現れるオレンジ色の丸い魔法陣。
その魔法陣がタリタの方を向いている。そして、そこからバイクが飛び出してきた。そのままバイクに衝突し、弾き飛ばされて落ちてしまっていた。
間違いないだろう。彼は『乗り物を召喚する男』である。
「リベル殿。タリタ殿。ついでに、アトラ殿とカシェル殿もだ。オヌシらはここから逃げよ。この者には勝てぬ。王様には申し訳ないが、この任務の遂行は無理じゃ。」
どこか逃げ腰にも聞こえる言葉。それに反して、彼はやる気を見せている。刀を鞘にしまい、再び抜刀しようとしているのが良い証拠だ。
彼の近くに現れる魔法陣。
魔法陣から現れて進んでいくバイクを彼は《風剣・抜刀》で薙ぎ払い両断した。が、すぐに新たな魔法陣が斜め方向へと現れている。その直線上に同じような魔法陣が存在していた。
《T――トレイン――》
魔法陣から現れては直線上に進む新幹線。その新幹線が真っ直ぐ進む先には魔法陣。一つ目の魔法陣から出て、二つ目の魔法陣へと戻って消えていく。その間の位置にセルバンがいて、彼は新幹線に轢かれ、肉塊となって吹き飛ばされてしまった。
風の重力も止む。
その目に映る衝撃からか、能力を解いてしまったみたいだ。
「嘘だ。風の国で一番強いあのセルバンが……こんな呆気なく、手玉に取るような経緯で殺されるとは。均衡を破る……か。その通りだな。俺たちの風の能力というルールを軽々と越している……。」その声は震えていた。
《C――カー――》
魔法陣と魔法陣に挟まれた空間にいるリベルは召喚された車に轢かれて飛ばされた。彼は何もしなかった訳ではない。自らの辺りに重力をかけていたが、車にはその能力が効かなかったみたいだ。
もはや一瞬。僅かな時間で猛者であるはずの二人が容易く葬り去られたのだ。
「ゆる……さない……。許さない。お陰で目が覚めた。」
あの眠そうなタリタがそこにはいなかった。鋭い目付きで睨んでいる。言葉もいつもと違って、一般的なスピードになっている。
《四本指・風刀》
素早い移動で懐へと近づき、刀の手刀を繰り出した。
《B――バイク――》
空中に現れるバイク。これもまた魔法陣と魔法陣の間を直線上に進んでいく。そこをタリタが斬り伏せた、と思った。
しかし、バイクはスラッと空中で道を変えて刀が当たらない位置を進む道へと迂回をしてから、彼にぶつかって、元の道に戻った。そのまま魔法陣に戻っていく。
ぶつけられた彼はそのまま落下するが、上手な身のこなし方でダメージを分散し、再び手刀を構えていた。
カンカンカンカンカン。
どこからか音がする。
結構……近いな。
それに気付いた時には遅かった。
真後ろに魔法陣と魔法陣、それが繋ぐ道ができていたことに。その中にカシェルがいたことに。
赤い電車が走り抜けていく。
まるで黄色と黒の縞模様の踏切がそこに行くのを拒んだかのように、俺は間に合うことが出来なかった。
鈍い音と共に、吹き飛ばされていく彼女の姿。
絶望的な色で瞳の中のパレットが染められていった。
亡骸が地面に転がっていった。
空いた口が唖然として塞がらない。
「もう……やめてくれ。」メイサもまた絶句しながらその場を眺めていた。
怒りを超えて、絶望が体を鈍らせる。
「すまない。出来ることならこんな事したくはないのだが、こうする他に道はないんだ。」
その言葉だけは、先程の元気ある言葉とは違って重たみが存在していた。
地面と垂直に現れる、空中を底にして魔法陣。そこから現れゆく車やバイクに翻弄されていく。
乗り物は鉄でできている。ぎりぎりで吹き飛ばされるように避けることができた。だが、その度に軽く吹き飛ばされるのでダメージは受けていた。
隣ではタリタが死に繋がる攻撃は斬り伏せて、それ以外の対処しようともどうしようもない攻撃を受けていた。
ある程度すると攻撃が止んだ。
俺もタリタも息が絶え絶えだ。
「俺は皆を笑顔にしたいっ。どんなに苦しい道があったとしても、諦めなければきっと最後に笑顔になれるとは思わないかっ!」
暑苦しく話しかけてきた。
彼はまだまだ余裕そうだが、こちらはそうとは行かない。返事なんてする余裕なんてない。
「俺にはなっ、笑顔にしたい仲間がいるんだ! だが、そのためには、君達を一度だけ殺らなければならない。だが、これだけは覚えてくれ。君達は諦めなければ笑顔になれるっ! なれるんだっ!」
何を言っているのかさっぱり分からない。
「死んだら、それまで何だよ。俺にはお前の言うことなんか理解できないな。」
「僕も同じく。君の当たり前は僕達の当たり前じゃない。」
ふと横を向いて頷きあった。それだけで何をするか頭の中で閃いていった。
ニードルアームを反対方向にして持つ。
「タリタ。これに乗れ!」
「うん」と彼は真ん中に穴が空いている平たい側の方に足を乗せた。
磁力を使って棘を吹き飛ばす。それに乗った彼が敵の眼前へと辿り着く。
《五本指・風大剣》
真っ直ぐ伸ばされた指。その横に風でできた小さな大剣の模型が見える。一瞬にしてその模型は手に入り込み、手に宿る。
攻撃の直前で現れる魔法陣。そこから飛び出してきた車を一刀両断。しかし分断することはできずに真ん中に大きな凹みを作っただけだった。ただ、それだけでも凄いと思う。
隙だらけの彼の元に蹴りが入った。
異次元並の威力はなく、普通の蹴りだ。
しかし、その蹴りによって後ろに飛ばされ、そのまま落下した。彼は上手に着地する。
「素晴らしいコンビネーションだ」と拍手された。
高い高い岩場から見下ろされている。
「お前達には死んで貰うシナリオにしようと思っているんだ。俺はっ! 最後に皆が笑顔になれるなら、俺は"悪"にでもなるっ!」
正義と悪。リベルとの話し合いによって考えさせられた正義について。悪と思っていた存在も裏を返せば正義を掲げているかも知れない。まさに、デモ隊と王様サイドのように。しかし、彼は違う。自らを悪と名乗ったのだ。とても分かりやすい状況だ。悪なら分かりやすく倒せばいい。
しかし、どう倒せば良いのか。そこが一番の難問だ。
「君達は俺の必殺技を受けて生き残れるかな。トレイン、バイク、カー、それらをミックスして放つ必殺技だ!」
俺らの周りに現れる魔法陣。魔法陣は俺らを囲むようにして現れていく。四方八方。さらに詳しく言うと、俺の周りに地面を除く円――半円を描くように隙間なく並んでいく丸い魔法陣。斜めにも、上にも、もちろん魔法陣がある。俺らは魔法陣の円の中に閉じ込められたのだ。
「さあ、行くぜっ! 俺ちゃんの飛び切りの必殺技っ!」
《T・B・C・M》
斜め方向にある魔法陣から現れて直線に進む車。それが地面を穴も開けずに貫通して消えていく。まるで地面にも戻るようの魔法陣があるみたいな感覚だ。
それだけじゃない。次は後ろから電車。上から真下に真っ直ぐ進むバイク。あらゆる場所であらゆる角度から乗り物が現れてはそこから真っ直ぐに進んで地面や魔法陣へと吸い込まれるように消えていく。
スピードが段違いの新幹線。範囲が広い電車。速さが変わる車。時々、真っ直ぐの道が迂回ルートに変わるバイク。他にも色々な種類がある。それらがズレたタイミングで次々に襲いかかってくるのだ。
トンッ。
意識していない場所から何かが触れた。一瞬、車がぶつかってしまったかと思ったが、威力はなく、硬くもない、そんなものが触れたことに気付いて、違うと分かった。
タリタだった。ポンと押しただけだった。理由も明白。俺を助けるためだ。
先程までいた位置に斜め上から斜め下に向けて襲いかかる電車が通り過ぎ去っていった。代わりにそこに来たタリタは地面に叩きつけられ、電車に圧迫され、見るも無惨な肉塊だけが取り残されていた。
未だに通り続ける乗り物達。一つ通ると、その次が来る。目の見える位置だけではなく、後ろからも来る。真上からも来る。気を緩めば一溜りもない。
「もう……やめて。」悲痛の叫びだけが聞こえる。
一か八か、新技を試すしかない。下手したら動けなくなるかも知れない。だが、そんな事を言っている場合じゃない。
体全体に自らの電気を高速で流していく。
体の隅々が刺激され、活性化されていくのが分かる。
《W――ワット――》攻撃と素早さの上昇。
簡単に言えば、単純なパワーアップだ。筋力が異常に活性化されている。
ただ完全に技を成功させてはいない。40パーセントという所だろう。しかし、俺にはまだ気持ちを力に変えることができる。怒りを力に変えるんだ。
跳躍力も段違いに上昇した。
お陰で横から真っ直ぐに来た車を避けられた。
が、空中にいる間に、真後ろの、斜め上から下にかけて進む新幹線に今気付いた。振り返った時には、新幹線の口の部分がお腹にグッとぶつかっていた。
あれ?【シェルタンからの一言】
こういう例外を引っ張り出して批判に繋げる人って融通効かなそうな堅物だなーって思うおいらです(ひ〇ゆ〇風ボイス)




